番外編 マリルと魔法使い達
「メシクル」
「メシクル」
「メシクル」
杖や箱といった魔法道具が置かれている物置の中で、白いシャツに赤いネクタイを絞め、黒いズボンを着用した三人の少年が、同じ言葉を順番に言っていた。
三人が、声を掛けているのは、同じ服装をした黒髪の少年で、言葉を掛けられる度に苦しそうに顔を歪め、三回目で首を押さえながら両肘を地面に付けた。
「おい、さっさと言えよ。白状すれば開放してやるぞ。これ以上苦しいのは嫌だろ~?」
その問い掛けに対し、黒髪の少年は顔を横に振って、拒否の意思を示した。
「強情な奴だな。そうだ。賭けしようぜ。あいつが後何回で根を上げるかでさ」
左の少年が、物凄く意地悪な表情を浮かべて、残酷な提案を持ち出してくる。
「乗ったぜ。三回だ」
「じゃあ、俺二回~♪」
「俺は四回で」
賭けの対象数を言い合った三人が、声を出そうと息を吸うタイミングで、物置の扉が勢いよく開けるほどの猛烈な突風が入ってきて、置いてある道具の一部を床に落としていく。
「この風、あいつかよ・・・」
真ん中の少年が、風圧に顔を歪めながら嫌そうな声を出す。
「そこまでよ」
風が治まった後、少年達の前には、白いブラウスに青いネクタイを絞め、黒いスカートを履いた黒髪の少女が、高所から着地したような姿勢で居るのだった。
「校内での悪さはこのマリュー・シュヴァイッツアが許さないんだから」
少女は、立ちながら自身のフルネームを交えた決め台詞を言った。
「ちっ疾風の魔女のお出ましかよ」
右端の少年が、面倒臭そうにマリューから顔を背ける。
「それって最高の誉め言葉なんだけど」
マリューは、少年の皮肉を軽く受け流した。
「あんたらの相手をする前に」
黒髪の少年に向かって、右人指し指を軽く振ると、苦痛に歪んでいた表情が解けて、咳込み出した。
「さて、攻撃魔法でこんな酷いことしたんだからどうしてあげようかしらね~」
マリューが、獲物を狙う獣のような鋭い視線を三人に向けていく。
「全員、そこまでだ」
入り口から静かな声が発せられた。
「ちぇっ来るの早いのよ」
小声で悪態を付くマリューの視線の先に居るのは、青いネクタイをした銀髪の少年だった。
「げげっ、ジョバン生徒会長」
三人は、ジョバンを見るなり顔を青ざめていった。
「何を下らないことをやっているんだ。三人供、今すぐ無断で攻撃魔法を使ったことを校長先生に言いにいくんだ。言わないのなら僕が報告することになるけど、そうなれば罰が重くなるのは分かっているね」
ジョバンは、厳しい声で、三人にこれからの指示を出し、行わなかった場合の注意を付け加えた。
その言葉を聞いた三人組は、諦めの表情を浮かべ、一列になって出口へ歩き出した。
「まったく余計なことしないでよね」
最後尾のマリューが、反省の感じられないきつい表情で文句を言ってきた。
「君の罪を重くしない為だ。それと」
戒めるように言い返しながら、床に落ちている道具類を指差していく。
「ふん」
マリューは、返事をせず、道具の片付けを始めた。
「僕も手伝うよ」
二人でやることで、短時間で終わらせることができた。
「どこへ行くかは分かっているな」
物置から出て行こうとするマリューに声を掛ける。
「校長室に行けばいいんでしょ」
言い返すなり、大股で歩いて行った。邪魔された怒りを少しでも発散しようとしているのだと思った。
「君」
全員が出たのを見届けた後、黒髪の少年に呼び掛けた。
「なんだ?」
少年は、立ちながら返事ができるまでに回復していた。
「学校を辞めたまえ」
キツい一言を放つ。
「あんたも他の奴らと同じことを言うんだな」
「そうだ」
「迷いの無いお答えどうも」
少年は、怒ることなく苦笑を浮かべたが、皮肉というよりも諦めといった感じだった。
「誤解しないでもらいたいが君を思って言っているんだ。学校を辞めればあんな嫌な思いをしなくて済むだろ」
「ほんとのところはどうなんだ? あんたがここに来てからずっと俺を見張っているのは知ってるぞ」
「校長先生に言われて君に危害が及ばないようにしているんだ。まあ、僕自身としては嫌なものを見ないで済む」
嘘を付くのは得策ではないと思い、本音を口にした。
「明確な回答ありがとう。だけど校長が施設じゃなくてここに居るようにしてるからどうすることもできないんだよ。あの先生には絶対に勝てないし」
「そういう事情なら僕が校長先生に直談判してやる」
「じゃあ頼んだぜ。ジョバン生徒会長様」
少年は、治癒された首回りをさすりながら物置から出ていった。
「うう~さむ~い」
両肩を抱えたマリューが、全身を震わせながら生徒会長の執務室に入ってきた。
魔法学校の生徒会長には、個人の執務室が与えられるのだ。
「反省したかい?」
ジョバンは、作業中だった生徒会の書類を机に置き、席を立って戸棚へ行き、ティーカップや茶葉といったお茶の道具を出していった。
「毎回同じこと言ってて飽きないわけ?」
マリューが、自分で出した椅子に座りながら言い返してくる。
「毎度寒さで凍える君を見て他の言葉が浮かばないだけさ」
軽く肩をすくめながらお茶の用意を進めていく。
「クラウディア校長お得意の氷壁脱出の刑なんだから仕方ないじゃない」
「無断で魔法を使用した当然の報いだよ」
罰を受けた要因を説明しながら、湯気を上げるお茶の入ったカップを差し出す。
マリューへの気遣いであるが、下手に魔法を使って体を暖めないようにする為の措置でもあるのだ。
「いつも通りおいしいわね」
一口飲んで、味の感想を伝えてくる。
「お褒めいただきどうも。先生方に対する態度もそれくらい素直だといいんだけどね」
「言ってなさいよ。だんだん溶かすコツも分かってきたから解凍時間更新よ。あの三バカなんてまだ半分も溶せていなかったわ」
ざまあみろといった気持ちが、嫌でも聞き取れる声だった。
「それは校長先生が意図的に手加減しているからだよ」
「なんでそんなことするのよ?」
「君の行いが人として正しいけど生徒としては間違っているからだ」
「まったく相変わらず理屈っぽいわね」
「そのお陰で生徒会長になれたんだよ」
「理屈っぽいだけじゃ学校の秩序は守れないわよ」
「その上で守ることが大切なんだ。手段を選ばないのなら加害者と同じになってしまうだろ。そろそろ閉門の時間だから見に行ってくる。今日はもう大人しくしてるんだぞ」
「これが飲み終わるまでわね」
返事の代わりに苦笑を浮かべて、執務室から出て行った。
そこからは転送魔法を使い、東西南北に儲けられている門の施錠を確認していった。
門同士の距離はかなり離れていて、徒歩だと時間が掛かるので、生徒会長の特権として見回りの際には、転送魔法の使用が許可されているのだ。
「これでよし」
最後の北門が閉まっていることを確認した後、徒歩で別場所に移動した。
「入りなさい」
クラウディアと書かれた扉に近付くなり、声に合せるタイミングで開いたが、いつものことなので驚きはしない。
室内は、左手にぶ厚い本の並ぶ本棚、右手には肖像画やトロフィーが飾られ、床には湖面を思わせる薄青い絨毯が敷かれていて、天井に釣り下がっている真っ赤な炎を灯したランプが、部屋全体に明るさを行き渡らせていた。
そして一番奥に見える窓の手前には、机に向かって書類に目を通している金髪で、白い服を着た女性が、座っているのだった。
「失礼します。クラウディア校長先生」
「座る?」
書類を見ながら尋ねてくる。
「いえ、手短に済ませますから。内容は分かっていますよね」
訪ねてきた理由を分かっていると踏んだ上で、話を切り出す。
「マーベラスのことでしょ」
クラウディアは、姿勢を崩さず、目的を言い当てた。
「そうです。何故彼を入学させたのですか? 彼の素性は知っているのでしょう」
「あなたも彼を素性だけで判断するの? 授業態度に問題は無いと聞いているけど」
「彼個人に問題はありませんが、存在が問題の種になっているのは事実です。現に今日も四人の生徒が罰せられたじゃないですか」
「あなたも彼を疎んじているのね」
「僕は校内の規律を乱したくないだけです。彼にとっても毎日あんな目に合わされては苦痛なはずです。専門の施設に移すべきでしょう」
「あなたも政府と同じことを言うのね。彼が居ても居なくても人が集まる所では必ず問題が起こるものよ」
「政府に反対を押し切ってまで彼を普通の魔法使いにするつもりですか?」
「もちろんそのつもりよ。悪魔との契約者は罰せられるべきだと思うけど、その子孫まで迫害を受けるのは不当だとは思わない?」
「そうかもしれませんが、よほど彼を信頼しているんですね」
「校長である私が生徒を信頼しなくてどうするの」
「確かに教育者としては間違ってはいないと思います。だからといって卒業後に道を踏み外さないとは限りません」
「私は信頼する生徒に正しい教育をして送り出すだけ。その後どうするかは卒業生自身の問題になるわ。血筋や家柄に関係無くね」
クラウディアは、書類から目を離し、真っ直ぐジョバンを見ながら自身の信条を話した。
視線を向けられているだけあって、さっきまでとは違い、感情を直にぶつけられている気分だった。
「分かりました」
「どうするつもり?」
「生徒会長として今まで通りやるだけです。失礼します」
ジョバンは、クラウディアの返事を聞かずに一礼して、部屋から出て行った。
腑に落ちない気持ちで、廊下を歩いていた。
クラウディアの言うことも理解はできるが、悪魔との契約者を出した家系の者は、どのような事情であれ、連邦政府から正式な魔法使いの証を授けられないといったデメリットが多いことから、罪を犯す側に回る者も少なくない。
だからこそ、同じ境遇の者を集めた施設で、管理する必要があるのだ。
もしかして何か別の目的があるのかと考えながら何気なく窓に目を向けところ、問題の種であるマーベラスが、森の中へ入っていくのが見えた。
「森へ行くのか? それよりも門が閉まっているのにどうやって出たんだ?」
そう思った時には、周囲に人が居ないのを確認した上で、転送魔法で移動ていした。門の見回り以外で、魔法を使っているところを他の生徒に見られては、生徒会長として示しが付かないからである。
マーベラスが、出て行った場所に一番近い所をイメージした結果、着いたのは物置だった。
鍵を開けて中に入ってみたが、当然ながら誰も居ない。
「この部屋から外へ出入りしているとしたらあんな目に合わされていたのはそのせいか」
今日の虐めの原因を予想しながら、隠れた出入り口を探す。
一番怪しそうな隅を調べに行ったところ、あっさりとそれらしき物を見付けることができた。
それは立派な服を着た男性の銅像で、モデルは先代の校長だった。
いかがわしいことをした女子生徒に呪い殺されたというモデルの不祥事よって、今では物置の隅っこに追いやられ、さらに触れれば良くないことが起こるとの噂から、誰も近付こうとしないのだ。
手で押してもビクともせず、仕方なく魔法で押してみても動かないので、引いてみると壁ごと動いて隠し通路が現れた。
「これは卒業生した先輩達の仕業かな?」
などと軽口を言いながら、通路を通って外に出た。
学校から出た途端、微かな塩の匂いが、鼻に入ってくる。
魔法学校は、緑が生い茂る離島の海辺に建っているので、外に出れば嫌でも塩の匂いを嗅ぐことになるのだ。
探索魔法用の詠唱を唱え、左手から出した光を地面に当てて、足跡を浮かび上がらせる。
今居る場所は、生徒の研修コースではないので、マーベラスの足跡を見付けるのは、簡単だった。
周囲を警戒しながら足跡を辿っていく。
「ほんとに問題ばかり起こしてくれるな」
進んでいる中で、愚痴をこぼしてしまう。
森の中には、人を襲う獰猛な動物が多数生息しているが、貴重種ということで殺すのは校則違反どころか、重罪になりかねないので、無断で行こうとする無謀な生徒は居ないからだ。
「あそこか」
進む内に、目の前に小さなほら穴が見えてきて、足跡も繋がっているので、そこに居ると確信して向かって行く。
が、入り口まで後一歩というところで、全身に電流を浴びて意識を失ってしまった。
「おい、大丈夫か?」
顔を覗き込んでいるマーベラスから容態を聞かれる。
「気絶して大丈夫だと思うかい?」
寝たまま、皮肉交じりの返事をする。
「地面に猛獣避け用の結界を張っておいたんだけどまさか生徒会長さんが掛かるとは思わなかったよ」
「ここで何をしているんだ? 気絶させたんだから話してくれるね」
体を起こした後、気絶させられたことを取り引き材料にして、学校を出た理由を聞き出すことにした。
「これだよ」
マーベラスが、渋々といった感じで、体を脇にずらしたところ、三つの目を持つ猫が、子猫に乳を与えていた。
「それってトリプルキャットじゃないか!」
予想もしていなかったものを見て、思わず大声を上げてしまう。
「ばか。 声が大きいぞ。他の動物に聞かれたらどうするんだ?」
「大声出すに決まってるだろ。今年に入って絶滅認定された生き物だぞ」
「最後の一匹かどうかは分からないけどこの島には居たみたいだぜ。今は四匹になってるけど」
子供を加えた数を言ってくる。
「いつ見付けたんだ?」
「ここに来てすぐだ。物置の掃除していた時に秘密の通路を見つけて外に出て、森をぶらついていたらこいつを見かけてこっそり後を付いて行ったら子育てしてたのさ。それからは放課後に様子を見に来てるんだ。今では俺が渡す餌を食べるくらいに懐かれているよ」
「父親は居なかったのかい?」
「こいつらしか見てないから死んでいるのか、生きているのかは分からないな。俺だってこの森の奥に行くほど馬鹿じゃないぞ」
「あの三人はその猫のことで君を酷い目に合わせていたのか?」
「いいや、あいつらは俺が何をしているのか聞いただけさ」
「やっぱりか」
予想通りと思う中で、猫をチラ見すると警戒しているらしく、三つの目から鋭い視線を向けてられてしまう。
「学校へ知らせて保護してもらおう」
「なんでだよ?」
「このままにしておいて他の動物に襲われるよりはずっと安全だ。絶滅したと思っていた動物だと分かれば政府側で丁重に扱うよ」
「政府か・・・だったらあんたが見付けたって報告しろよ」
少し間があっての返事だった。考えを巡らせた上での答えなのだろう。
「どうして僕のことにする? 発見したのは君だろ」
「俺が報告したなんてことになるとどこかから盗んだんだろとか色々と言われるからな」
話しているマーベラスの表情が、暗くなっていくのを見て、これまで受けてきた酷い仕打ちを暗に語っているように思えた。
「とにかく猫を学校に連れていこう」
猫へ手を伸ばしかけた途端、物凄い唸り声に乗せて、鋭い爪を出した右手を振ってきた。
「危ない!」
マーベラスに腕を引っ込められたことで、爪の餌食にならずに済んだ。
「子供の居る動物に手を出すなんて無謀過ぎだぞ」
「なら、どうするんだ? この猫に魔法は一切効かないはずだろ」
絶滅危惧種図鑑から得た情報を口にする。
「物置から箱を持ってきてくれ」
「どうするんだ?」
「いい考えがあるんだ」
「分かった」
学校に引き返して、物置から魔法の実習道具を入れるのに使う箱を一個取っていった。
この時ばかりは、秘密の入り口が物置にあって、良かったと思った。
「持ってきたけどどうするんだ?」
「こうするんだよ」
マーベラスは、ポケットから出した餌を親猫にちらつかせ、食べようとした隙に捕まえて、反撃される前に手早く箱に入れ、続けて子猫達を入れて蓋を閉めた。
「どうよ」
どや顔で、猫達が入っている箱を見せてくる。
「見事な手際だ」
素直に称賛の言葉を送る。
「ここに来る前に猛獣の世話をしたことがあるから要領は分かるんだ。早く戻ろう。日が暮れたらヤバいのが出て来るからな」
「そうだな。ん?」
穴から顔を出したところで、獣の唸り声を耳にした。
「なんの声だ?」
その問いに答えるように、茂みから姿を表したのは、全身が赤毛に覆われた狼だった。
「レッドウルフ。なんでここに?」
「あれも絶滅動物ってやつか?」
「準だけどね。どうしてここに来たんだ? 夜行性のはずなのに」
「もうすぐ日暮れだし、あんたの大声を聞き付けたんじゃないか」
「ウオオォォォン!」
空に向かって、大きな遠吠えを上げた後、呼び掛けに応じるように五匹のレッドウルフが姿を見せてきた。
「絶滅危惧種じゃないのかよ?」
「準は付けただろ」
話している間にもレッドウルフ達は、唸り声を上げながら、じりじりと距離を詰めてくる。
「こいつ等を頼む」
マーベラスが、トリプルキャットの入った箱を差し出してくる。
「どうするつもりだ? 傷付けたりしたら罰則どころじゃ済まないぞ」
箱を受け取りながら注意を促す。
「こいつらを眠らせるだけだ。俺の力は知ってるだろ?」
返事をするマーベラスの全身から強い魔力が発せられていく。
「仕方ない」
ため息を吐きながら、マーベラスの横に立つ。
「なんのつもりだ?」
「僕も一緒にやる。それなら非常事態ってことで君の罰も少しは軽くできる」
「じゃあ、やるか」
二人して、レッドウルフに鋭い視線を向ける。
それからすぐにレッドウルフ達は、倒れるように眠っていった。
「あれだけの数を詠唱も無しに一瞬にして眠らせたのか、凄いな」
驚きながら称賛の言葉を送った。
「今のは俺じゃないぞ」
「じゃあ誰が?」
「見付けた」
森の奥から女の声に乗せて、紫色をしたローブが、ゆっくりと姿を見せた。
「なんだ? お前っ」
マーベラスの声が途切れたことで、相手が魔法使いと判断して、警戒しようとした時には、声を出せないどころか、指一本動かせなくなっていた。
詠唱も無しに拘束の魔法を掛けられてしまったのだ。
「ここにトリプルキャットが居るって聞いて捜しに来たんだけどまさかこんな所に隠れているとは思わなかったわ~」
聞いてもいないのに、自分から目的を話していく。
「そっちの黒髪の坊やには話があるけど銀髪坊やには死んでもらうわね」
殺害宣告を受け、ローブから出てきた真っ白で真っ赤な爪の生えた右手を向けられた直後、体の内部が破裂しそうな感覚に見舞われた。
破裂の魔法を掛けられたと分かり、体内の魔力を集中させて抗う。
「へぇ~すぐに破裂しないなんてやるじゃない。相当な血統の持ち主かしら。けど、これで終わりよ」
魔力を強められ、もう抵抗できそうにないと思い始めた。
「ハリケーンキイイィィィック!」
雄叫びを上げながら飛び込んできたマリューの放つドロップキックが、紫ローブの左脇腹にヒットし、森の奥へまで蹴り飛ばしていく。
「マ、マリュー・・・どう・・してこ・・・・こへ?」
破裂魔法から解放されたばかりなので、声が続かない。
「お茶が無くなったから。それよりも逃げるわよ」
そう言われて、腕を捕まれた直後、猛烈な勢いで引っ張られ、周囲のものが走馬灯のように見える中、気付けば物置に戻っていた。
「な、なんだ? いったい何が起こったんだ?」
マーベラスが、混乱した様子で状況を尋ねてくる。
「彼女の得意技さ」
「得意技?」
「超速で移動する魔法。シュバイッツア家の伝統芸よ」
マリューが、どや顔で説明する。
「だから疾風の魔女なんて呼ばれているのか」
「そういうこと」
「とりあえず助かったよ。ありがとう」
マーベラスは、素直に礼を言った。
「と、当然のことをしたまでよ~」
マリューは、背を向けて返事をした。直接礼を言われることがほとんどないので、照れているのだろうと思ったが、敢えて言わないでおくことにした。
「君って素直に礼を言うんだな」
「おいおい、俺は偏屈な人間じゃないぞ」
「悪い」
「にゃ~」
「そうだ。こいつのことを忘れてた。早く先生に報告しないと」
「是非とも聞かせてもらいたいわね」
そこへ現れたクラウディアに聞かれるまま、三人は事情を説明した。
その後、生徒の間に不安と混乱が広がらないよう教師達だけで、極秘に森の捜索が行われたが、紫のローブを見付けることはできなかった。
三人は校則違反を犯したとして罰を受け、その後、原因となった秘密の通路は完全に塞がれた。
その日、学校に一つの飛行物体が向かっていた。
本体は、海を航行する船に似ているが、マストは後方にカーブを描いていて、後方から放出されている光の粒子が、魚の背鰭のような膜を構築し、それから得られる推進力によって飛行する飛行船だった。
飛行船は、発着所のある学校の西側を進んでいて、五つあるレーンの中で、真ん中の台座に着陸し、底面のアンカーが、船体を固定するのに合わせて、光の膜を消してからマストを後方へ倒した。
その後、正面の門が開くのに合わせ、前方へ動く台座によって、校内へ収監された。
入港してきた飛行船の前には、大勢の生徒で溢れ、今にも飛び出しかねない雰囲気だったが、左右に立つ屈強な体型のホムンクルスの存在によって、ギリギリのところで踏み止まっているのだった。
生徒達の前に青い制服を着用した男十人が、転送魔法で現れ、それに続いて後方に大量の荷物が現れていく。
「それでは順番に用紙を出してください」
真ん中に立つ男の言葉の後、最前列の生徒達が前に出て、手にしている紙を男達に差し出していく。
紙を受け取った男達が、手にしている四角いタブレットサイズのプレートに紙を当て、書かれている文字を読み込んだ後、生徒の前に数個の荷物が出現した。
「荷物を確認してください」
「はい」
生徒が、一つ一つ手に取って、差出人と品名を確認していく。
「全部有ります」
「それでは確認の拇印を」
生徒が、差し出されたプレートに右人指し指を押す。
「確認が取れました。よろしいですよ」
受け取り完了の言葉を聞いた生徒は、顔いっぱいに喜び浮かべ、荷物を持って発着所を後にした。
今日は月に一度の物資搬入日で、親族からの贈り物や通販の商品が手元に届くとあって、生徒達にとって楽しみな日なのだ。
それとは別に購買には、都市の新商品が入荷するとあって、こちらにも大勢の生徒で溢れていたが、生徒会の完璧な仕切りによって、円滑に回っていた。
「だから外が騒がしいのか」
「そういうことだ」
「会長さんは行かなくてもいいのかい?」
「指示は伝えてあるし、荷物は後で受け取ればいい。購買の新商品もどうとでもなる」
「さすがは生徒会長さんだ」
「君は行かないのか?」
「俺に物を贈る親族が居ると思うか? それに人の多いところじゃやっかまれるだけだ」
「すまない。そういうつもりじゃなかったんだ」
「いいさ。今では一族も俺だけだから死ねばそれまでだからな」
話す本人は、笑顔を浮かべていたが、全身から出ている雰囲気は、とても暗かった。
あまりに自虐的過ぎる言葉に対して、掛ける言葉が見つからない。
「にゃ~」
トリプルキャットが、二人に割り込むように、鳴き声を上げた。
「こいつらはどうなるんだ?」
「今日入港した飛行船に同乗している絶滅動物の専門家が調べて、本物だと立証されれば都市の保護動物園に移送されるよ」
「大丈夫かよ」
「心配ないさ。連邦政府公認で全員身元もはっきりしているから」
「そういえば俺も散々調べられたっけな~」
連れ帰ったトリプルキャットは、本物と判明するまで、学校で保護することになり、二人は校内の飼育室に様子を見に来ているのだ。
そこへ背の低い男を先頭にして、数人の男女が近付いてきた。
「君達また来ていたのかね」
「ドリグル先生、その人達は?」
ジョバンが、背の低い髭もじゃの男性教師に質問する。
「話していた絶滅動物の研究員の皆さんだよ。今からその猫を本物かどうか鑑定するんだ」
「分かりました。邪魔しちゃ悪いから僕達は戻ろう」
「じゃあな」
マーベラスは、トリプルキャットに別れの挨拶をした後、ジョバンと一緒に飼育室から出ていった。
「二人供、どこ行ってたの?」
執務室に入るなり、マリューの出迎えを受けた。
「猫に会いに行っていたんだ」
「またマリルの所に行っていたのね」
「マリル?」
「あの三つ目猫ちゃんの名前。マリは私でルは猫好きな妹の名前から取ったの。子猫の方は考案中」
「名前を付けるくらい好きなら君も来れば良かったじゃないか」
「飛行船が入港する前に行ってきたわよ。その後はこれの確保っていう重大な使命を遂行していたの」
机の上に積まれている色とりどりの箱と袋を指さす。
「それは?」
「新発売のお菓子に決まってるじゃない」
あっけらかんとした調子で、品種を答えてくる。
「そうか」
「おたくっていつも生徒会長の執務室に居るな」
「私、ジョバンとは幼馴染みで風紀委員長だから出入り自由なの」
「風紀委員なんてこの学校にあったのか? 初めて聞いたぞ」
「彼女が勝手に言っているだけで存在はしないよ。僕の管轄下にいることで非公認ながら存在を許してるんだ。彼女のお陰で防げた事案も少なくないからね」
非公認であることを明言しつつ、有益でる点も交えて説明する。
「なるほど」
「そんな固い話なんかしてないでお菓子食べよ。ほらほらマーベラスもこっち来て」
「分かった」
マリューが、マーベラスに手招きして、席へ座らせる。
あの一件以来、マリューはマーベラスに親近感を持ったらしく、親しく話しをするようになっていた。
マーベラスの身の安全を確保するべく、監視下に置くという前提の基、執務室の出入りを許可しているので、顔を合わせる機会が増えたのも要因の一つだった。
手際よく三人分のお茶を容れて持っていった時には、二人はお菓子を美味しそうに食べ合っていた。
「僕がお茶を持ってくるまで待てないのかい?」
まったりしている二人を前にして、つい苛立ちが口から出てしまう。
「そう怒らないでこれ食べて」
お茶をテーブルに置いて、差し出されたお菓子を受け取り、一口食べた直後、口の中が甘さに侵食されて、死にそうになった。
「な、なんだ? これ・・・」
お茶を飲んで、口の中の甘さを和らげることで、どうにか話せるようになった。
「新商品のマックスチョコレート。甘くておいしいじゃない。ねえ、マーベラス」
「ああ、うまいな」
マリューとマーベラスは、平然とマックスチョコを食べ続けていた。
「僕にはちょっと合わないな」
お茶の残りをすすりながら、二人の味覚を大いに疑った。
その夜、事件は起こった。
生徒の間で、多数の食中毒患者が出たのだ。
保険医と治癒魔法を使える教師達で治療に当たったが、数が多いので手に追えず、都市から医療関係者を呼んで対応することになった。
「お前がやったんだろ!」
「俺じゃない」
「じゃあ、なんでお前が来た時にこんなことが起こるんだよ?」
「そんなの知るか。原因は今日は入荷した食い物なんだろ」
「ちゃんと封をしてある製品に毒なんか漏れるわけないだろ。それになんでお前は平気なんだよ。疾風の魔女と新商品のお菓子を食べていたことは知ってるんだぞ」
「お前、ほんとはゲドウ派の回し者なんじゃないのか? このゲドウ!」
「ゲドウ!」
「ゲドウ!」
回りの人間が、同じ言葉を憎しみの籠った強い口調で、マーベラスに浴びせていく。
マーベラスを食中毒の犯人と決め付けた一部の生徒達が、問い詰めているのだ。
「俺は毒を盛るなんて姑息なことはしない。どうせやるなら」
マーベラスは、言葉を切った後、床に右手を当て、掌から出した強烈な光で、大きな窪みを作って自身の力を示した。
その強大な力を前にして、生徒達は言葉を失い、顔を引きつらせながら後退りしていった。
「分かったかよ?」
その問いに応える者は、一人として居ない。
「いったい何の騒ぎ?」
声に合わせて、クラウディアが転送魔法で現れた。
「俺が食中毒の犯人だって決め付けてきたから違うって証明しただけだよ。あんたに言われたから居る続けているけどろくなもんじゃないな。早いとこ施設に行かせてくれよ」
マーベラスが、状況説明に次いで、本音を吐き出した。
「騒ぎはそこまでだ」
ジョバンが、マリューを伴って現場に駆け付けた。
「先生は症状の出ている生徒達の治療に当たってください。ここは僕が治めます」
「どうするつもり?」
「彼には疑いが晴れるまで自習室に入っていてもらいます。みんなもそれでいいな?」
ジョバンの射抜くような鋭い視線と高圧的かつ重い声から発せられた提案に対して、反対する者は一人も居なかった。
「まったく有り難くて涙が出るね~」
自習室の透明なドア超しから、マーベラスが皮肉をぶつけてくる。
「あの場から君を助ける為だ」
「どういうことだよ?」
「君が犯人じゃないことは分かっている。だけど、あの場で君を自由にしていたら別の生徒が違う場所で何かするかもしれないだろ。ここに居れば許可のない者は入れないから無用なトラブルも避けられるってわけさ」
「なるほどね。けど俺、元ゲドウ派なんだぜ」
「知ってる。君の主を倒した校長先生が身柄を預かる条件でここに入学させたんだろ」
「くわしいな」
「校長先生から君の保護を任される際に事情を聞かされたんだ」
「俺がゲドウ派だと知っててよく保護しようなんて思ったな」
「僕は生徒会長だし、君と直に接する内に差別的な気持ちも無くなったんだよ。とりあえず犯人が見つかるまではそこに居てくれ」
「出られないんだから居るしかないだろ」
「何か欲しいものはあるかい? 僕にできる範囲で持ってきてあげるよ」
「じゃあ、このドアを壊せる爆弾。魔力封じ仕様の壁に囲まれたんじゃ魔法でドアを壊せないからな」
「そんな物騒なものは無理だけど、その代わりに爆竹なら持ってきてあげるよ」
「そんなものここで爆発させたらうるさいだけだ」
「じゃあ、大人しくしていてくれ」
それから自習室を出る中、絶対に犯人を捕まえようと心に固く誓うのだった。
そう決意した直後、爆音に続いて、大きな揺れを感じた。
「今度はなんだ?」
転送魔法で、学校の屋上に移動して、高所から校内の様子を伺うと発着所の方で、火の手が上がっているのが見えた。
すぐに発着所に移動した直後、全身に猛烈な熱風を浴びせられた。
港内の至るところで、炎が上がっていたからだ。
「何があった?!」
消化活動に当たっているホムンクルスの一体に状況を尋ねる。
「係留している全ての飛行船が爆発したのです」
「昨日まで異常が無かったのに爆発したんだから誰かの仕業だな」
「目下捜索中です。ここは危険ですから離れてください」
ホムンクルスに促されて、離れようとしたところにクラウディア率いる教師陣が現れた。
「ここは私達に任せてあなたは生徒達を落ち着かせて」
「分かりました」
ジョバンは、転送魔法で放送室に移動した。
「全校生徒の諸君、僕は生徒会長のジョバン・パプティマスだ。発着所で飛行船が何者かによって爆破された。生徒諸君は指示があるまで宿舎に待機するんだ」
ジョバンは、校内放送で生徒達に待機を促した後、生徒会の役員全員にちゃんと避難しているか見に行くように指示を出した。
そうして校内が大騒ぎになる最中、自習室に近付く者が居た。
「誰だ? なんだ。絶滅動物の研究員か。マリルの立証はできたのかい?」
「マリルって?」
「そのトリプルキャットの名前だよ」
研究員が、右手に持っている猫の入ったケージを見ながら言った。
「これは正真正銘のトリプルキャットだったわ」
「なら、都市に連れていくんだな。その前にお別れでもさせてくれるのかい?」
「いいえ、君を迎えに来たの」
「俺も一緒に行くことになったのか?」
「言い方が悪かったわね。派閥に戻しに来たのよ」
言い終えるタイミングで、研究員は紫のローブになった。
「お前、ゲドウ派の人員だったのか」
「そういうこと。あなたが仕えていたウォルフがやられてこの学校に入れられたっていうから連れ戻すように命じられたのよ」
「派閥に戻る気はないぞ」
「どうして? あそこには君と同じ境遇の子もたくさん居るしこの学校なんかよりもずっといいと思うけど。ここに居る連中の君に対する仕打ちを思えば相当マシじゃない」
紫ローブは、予想もしてない優しい声で、環境の違いを指摘しながら派閥に戻るように促した。
「俺があんな目に合わされたのもあんたの仕業のせいだぞ」
「確かに学校を混乱させる為にやったことだけど、君を犯人だと決めつけて酷い仕打ちをしたのはここの連中よ」
「ここは確かに最悪だし、居る奴等も最低だよ。だけどな、いいように利用された挙げ句に殺されかけるよりは何倍もマシだぜ」
「それなら仕方ないわね。始末させてもらうわ。我々の敵にするわけにはいかないから」
紫ローブは、右手を上げてきた。
「従わないって言った途端にこれかよ」
「悪く思わないで」
「そこまでだ!」
二人の間に声を割り込ませてきたのは、ジョバンだった。
「随分と早い到着ね。この学校の監視機関は全部麻痺させて見張りのホムンクルスも始末した筈なんだけと」
「さっきの騒ぎで犯人が動くと思ってネズミ型カメラに入り口を見張らせてたんだ」
説明しながらネズミ型のカメラを見せる。
「あなたも始末してあげるわ。跡取りが死んだらパプティマス家もさぞ残念がるでしょうね」
紫ローブは、ジョバンに向かって、右手から火の玉を出した。
「おっと」
ジョバンは、先端に小さな魔法石の付いた木製の杖を前に出し、その先端から展開した防御魔法陣で炎を防いでみせた。
「生徒の杖の所持は校則違反のはずだけど」
「生徒会長ならではの特権ってやつさ。ロデオノホ!」
詠唱と同時に杖の先端から炎の球を出した。
「ふん」
紫ローブが、ケージを足元に置いて、左手を突き出すと、掌にくくり付けている円形のプレートが輝き、炎はその光にかき消されるように消失した。
「実験は大成功ね」
紫ローブは、プレートを見ながら満足そうな声を上げた。
「それはなんだ?」
「魔力を無効化する装置。この猫の血を使えば完成するって話だったけど本当だったのね」
「まさかトリプルキャットを・・・」
「そうよ。子猫一匹分の血を使ったの。子猫が居て良かったわ。一匹だけだったら使える血の量も少なくて完成しなかったかもしれないし」
「お前っ~!」
マーベラスが、怒りの声を張り上げる。
「心配しないで。すぐに会わせてあげるから」
紫ローブの後方で疾風が発生するも、すぐに治まり、その後には床に倒れているマリューの姿があった。
「あなたの魔法だって無効化できるのよ。キックを二度も食らう気はないわ」
皮肉をぶつけながら、お返しとばかりにマリューをおもいっきり蹴り飛ばして、自習室の壁に叩き付けた。
「そうはさせないぞ!」
「無駄よ」
紫ローブは、右手を軽く振って、ジョバンをマリューと同じく自習室に叩き付け、杖を床に落とさせた。
「もう手も足も出ないでしょ。今度こそ死になさい」
紫ローブが、右手を前に出すと前回と同じく苦しみ始め、同じ術が掛けられているのか、マリューも苦しんでいた。
「今こそ君の力を思う存分発揮してくれ」
自習室の扉に右手を当てたことで解錠され、マーベラスが外に出てきた。
「存分に発揮してやるよ。食らえ!」
マーベラスが、突き出した右手から直線に収束された光が、猛烈な勢いで発射された。
「ふん」
紫ローブは、左手のプレートで、魔法を無効化した。
「さすがは悪魔と契約した家柄だけあるわね。これがあれば意味が無いけど」
紫ローブは、魔法を無効化できていることで、マーベラスを舐めきっていた。
「それなら」
マーベラスは、手を下に向けて床を破壊し、それによって紫ローブを下半身まで瓦礫に埋もれさせた。
「マリュー、今だ!」
「分かったわ!」
ジョバンの指示に合わせて、マリューが紫ローブから猫とプレートを取っていった。
「今度はこっちが形勢逆転だな」
ジョバンが、拾い上げた杖の先を向けながら有利になったことを告げる。
「なら、ここは潮時ね」
紫ローブは、右手を上に向け、天井を破壊して作った穴から外へ飛び出していった。
その後、マリューの手から猫とプレートが消えてった。
「どういうこと?」
「きっと転送魔法で取り寄せたんだ」
「逃がすかよ。生徒会長、爆竹をありったけ出してくれ」
「どうするつもりだ?」
「いいからっ!」
「分かった」
言われた通りに転送魔法で、出せるだけの爆竹を取り寄せた。
「よし、おたく、超速で空を飛べるか?」
爆竹を抱えたマーベラスは、マリューに超速で飛行可能かどうか尋ねた。
「できるに決まっているじゃない」
「どうするつもりだ?」
「あいつを追うに決まってんだろ。転送魔法を使わなかったってことはあいつも初めて行く場所だから超速なら追い付けるはずだ。生徒会長はクラウディア校長に報告してくれ」
「じゃあ、飛ばすわよ!」
「やってくれ!」
二人を乗せた杖は、猛烈な勢いで飛び立っていった。
猛スピードで飛ぶ中、前方を飛んでいる紫ローブを見付けた。
「待て~!」
マーベラスは、前方の紫ローブに大声で呼び掛けた。
「しつこい男は嫌われるわよ!」
紫ローブは、飛行しながら振り返って、六つの光球を放ち、二人の目の前で爆発させていった。
「これじゃあ近付けない!」
「それならあいつを追い越せ! いい考えがある!」
「分かったわ!」
マリューは、一旦距離を置いた後で降下し、紫ローブの真下を通って追い越したところで、上昇して前方に出た。
「食らえ!」
マーベラスは、右手を振る体勢を取った。
「魔法は効かないわよ」
紫ローブは、プレートを突き出してきた。
「知ってる」
にっと笑いながら爆竹の箱を放り投げる。
「それは?」
「爆発物」
爆竹の箱に魔法で火を付けた直後、紫ローブの顔の回りで、激しい火花が炸裂していった。
「行くぞ!」
マーベラスは、杖から飛び出し、紫ローブにしがみ付いた。
「猫を返しやがれ~!」
「そう言われて返す馬鹿は居ないわよ!」
二人は、もつれ合いながら落下し、森を抜けた先にある砂浜を転がっていった。
「よくもやってくれたわね~」
紫ローブが、砂まみれの体を起こす。
一方のマーベラスは、右肩を押さえたまま、動こうとしなかった。
「マーベラス、大丈夫!」
マーベラスの側に着地したマリューが、安否を確める。
「ここは海岸か?」
二人の側にジョバンが、転送魔法で姿を見せた。
「ジョバン、どうして?」
「杖の気配を辿ってきたんだ」
「今度こそ三人まとめて始末してあげる」
紫ローブが、三人に向けて、右手を突き出した。
「そんなことさせるかよ!」
起き上がったマーベラスは、左手で掴んだ砂を紫ローブの顔に投げた。
「前が見えない」
「食らえ!」
マーベラスは、走って紫ローブの懐へ飛び込み、腹に左パンチを食らわせた。
「ぐはっ」
紫ローブが、痛恨の一声を上げる。
「悪いな。魔法を覚えるよりも前にみっちり体を鍛えられてるんだ」
言い終わった時には、紫ローブは意識を失い、前屈みに倒れていた。
「これで終わったな」
マーベラスが、一息付いたところで、一隻の飛行船が姿を見せた。
「フローラは失敗したようだな。証拠隠滅の為に全員灰にしてやろう」
甲板に姿を見せた黒尽くめの男が、抹殺を宣言した後、右手の杖から黒い稲妻を放ってきた。
「アイスシールド!」
声と供に出現した氷壁が、稲妻を防いだ。
「大丈夫?」
目の前に立っているのは、自身の杖を持ったクラウディアだった。
「あれは氷結の魔女だ! 今すぐ逃げろ!」
クラウディアを見た男が、焦り気味の声で撤退命令を出す。
「逃がさないわ。アイスバンガーシャワー!」
声に合わせて、空から降り注ぐ巨大な氷山が船体に穴を空け、落下して海に落ちたところを氷らせて捕えた。
「クラウディア校長、どうしてここへ?」
「ジョバン君と同じように杖の気配を辿ったの。杖は私が一本一本検品しているから」
クラウディアが、マリューの持っている杖を見ながら現れた経緯を説明していく。
「彼女が賊の一人?」
「マリル、いやトリプルキャットを取ろうとしたんだ。魔法を無効化する道具を作る為に」
クラウディアは、紫ローブに近付いて、フードを上げると出てきたのは、金髪の美女だった。
あまりの美人さに三人は、思わず息を飲んで、見とれてしまった。
「フローラ」
「知ってるんですか?」
「私の教え子よ。優秀な生徒で家系にも問題無かったのに残念だわ」
返事をするクラウディアは、いつなく哀しい表情を見せていた。
それを見たジョバンは、校長室で聞いた話を思い出した。
「賊ということは他にも仲間が居たんですね」
「そういうこと。学校で保管している重要品が盗まれていたの。その賊達も彼女と同じくあの飛行船で逃げようとしたのね。彼等は私達で捕まえたわ」
さっきまで表情が嘘のように、冷静に状況を説明していく。
「とりあえずよくやってくれたわ」
「全然良くないよ。子猫の一匹は殺されてその血は魔法道具の材料に使われたんだぞ」
マーベラスは、悔しそうに言った。
「けど、他の猫は救えたじゃない。あなたの活躍がなければ全部殺されて材料にされていたのよ」
クラウディアは、ケージに入っている猫を見ながら慰めの言葉を掛けた。
「そうだな。そう思うことにするよ」
マーベラスは、とりあえず納得したようだった。
こうして壮絶な一夜は、終わりを告げた。
「にゃあ~」
「元気でな。マリル」
「向こうに行ったらいっぱい子孫を増やすのよ~」
マリューが、泣きながらマリルに別れの言葉を掛ける。
事件の翌日、絶滅動物と正式に認定されたマリルは、新しく来た専門家達によって、都市に運ばれることになったのだ。
「昨日よりも元気そうだな」
マリルを乗せた飛行船を見送りながら、マーベラスに声を掛ける。
「ゲドウ派の奴等を根こそぎ捕まえたい気分だからな」
「だったら、きちんと学校を卒業して魔法連邦所属の捜査官になることだ」
「辞めろって言ってたじゃないか」
「もう言わないよ」
「けどな。俺が捜査官になれると思うか?」
「僕が何とかするよ。君にはたくさん助けられたからね」
「だったらなるしかないよな」
マーベラスは、自身の目標を声に出した。
「もうっ何を二人だけで勝手に決めているわけ?」
マリューが、話に割り込んでくる。
「おたくも捜査官になるつもりか?」
「うちのお家芸を生かすには打ってつけだって昨日のことで分かったわ。それとこれからはおたくじゃなくてマリューって名前で呼びなさい」
「じゃあ、お互いに捜査官になれるように頑張ろうぜ。マリュー」
「よろしい」
マリューが、大満足な笑顔を見せる。
「業績を上げ続ければもしかしたら君の家名だって取り戻せるかもしれないぞ」
「アウグステゥスか。それもいいかもな」
マーベラスは、少しだけ嬉しそうに言った。
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