番外編 ホムンクルスと魔法少女

 目覚めて最初に見たのは、少女の顔だった。

 わたしの顔をじっと見ている。

 「わたしの声、聞こえる?」

 はっきり聞こえるし、質問内容も理解できたが返事はできなかった。声を出すことができなかったからだ。

 聞こえていることを分からせる為、目を動かしてみせる。

 「声はまだ無理か。ねえ、動くことはできる?」

 少女の要求に応えようとしたが、動くことはできかかった。力を感じてはいたが、手足が反応しなかったのだ。

 「やっぱりダメか~」

 落胆する少女に応えようと、さらに力を込めた途端、目の前の風景がぐるぐると回っていった。

 「首、取れちゃった。まだまだだな~。とりあえず首を戻してあげるね」

 少女は、わたしの首を拾い上げて体に合わせた後、言葉と共に両手から光を出した。

 その光を浴びている内に首が繋がっていくのを感じた。

 「明日は、もっと動けるようにしてあげるからね」

 言い終えた少女は、その場から出て行った。


 その日から少女は、毎日わたしの所へ来て、言葉と光りをかける作業を行い、その度に体内の力が増して、少しづつ動けるようになっていった。


 「さあ、立ってみて」

 体を動かし始めたわたしを、少女が不安そうに見ている。これまで何回も失敗して、その度に手足を折ってきたからだ。

 初めに上半身を起こし、それから両手両足を使って、体を持ち上げていく。 

 いつもだとこの時点で手足のどこかが折れていたが、体の半分を持ち上げても、今までのようにどこにも折れる感じはしない。

 手が床から離れ、足だけで体を持ち上げる動作に入る。ここからは初めての動作だ。

 両足に力を集中して、体を持ち上げていく。

 視線が、今で感じたことのない高さに達したところで、体を伸ばす。

 なんの支えもなく、真っ直ぐな姿勢を保つことができた。

 わたしは、自分の力だけで、立つことができたのだ。

 「やったわ! 立った! 立った~!」

 少女が、声を上げながらわたしの足に手を触れてきた。この時初めて、少女がわたしよりも小さいことを知った。

 「わたし、お父様とお母様に知らせてくる!」

 少女は、出ていってしまった。することもないので、そのまま立っていることにした。

 「見て見て~!。私が作ったホムンクルスだよ」

 少女が、大きな人間二人を連れて戻ってきた。一人はわたしより大きく、もう一人は少しだけ小さかった。

 「マリル、このホムンクルスをお前一人で作ったのか?」

 大きな人間が、わたしを指差しながら少女の名前を呼んだ。この時初めて少女がマリルという名前であることを知った。

 「この年でここまでのホムンクルスを作れるなんて信じられない。予想以上の魔力だ」

 「あなた、もしこのことが連邦に知られたりしたら」

 「私達も危ない。こんな目立つものは今すぐ破壊してしまおう」

 「破壊するって壊すってこと? お父様やめて!」

 マリルの言うことに耳を貸さず、大きな人間はわたしに光を放った。

 そこで目の前が真っ暗になった。


 意識が戻った時に初めに見たのは小さな灯りで、その側に居るマリルが、わたしを覗き込んでいる。

 「私が分かる?」

 返事の代わりに頷いて見せる。

 「お父様に壊された後、泣きながらこっそり取っておいたあなたの核を使って再生させたの。記憶までは自信無かったから忘れないでいてくれて本当に良かった」

 マリルは、とても嬉しそうに言った。

 「あなたはわたしが初めて作ったホムンクルスだもの。絶対に守ってあげる。ここはちょっと前にお家の周りを探検していた時に見つけた岩穴で秘密の隠れ家なの。ここなら誰にも見つからないわ」

 周りを見ると前に居た場所と比べてとても狭く、表面も歪だった。

 「ここからだと私の家も見えるんだよ。ほら、あそこ」

 出口に立って、指差された方向に視線を合わせると、建物が見えた。

 「それじゃあ今日はこれで帰るね。他の人が見たら驚くからここからは絶対に出ないでね」

 返事の代わりに頷いてみせる。

 「わたしがここに来るのが分かるように契約魔法を掛けるね。わたしが近付くと光って反応するからその時は出てきてお出迎えして」

 マリルが、わたしの左手を取り、手の甲に文字らしきもを書き込んでいく。

 「また明日ね」

 言い終えたマリルは、隠れ家から出て行った。

 その時左手を見て、マリルが離れていくのに合わせて、文字の光りが薄れていくのが分かった。

 それからマリルは、毎日わたしに会いに来て、色々なことを話してくれた。

 この時のわたしには、話を記憶することはできたが、内容を理解することはまだできなかった。


 その日、マリルは来なかった。

 隠れ家の端から顔を出して、家を見ると煙りが上がっている。

 わたしは、マリルに会いに行かなければならないと思い、言い付けを破り、隠れ家を出て家に向かった。左手の光りが、家に近付くごとに強さを増していく。

 マリルの反応は、炎に包まれた家の中からだった。

 中へ入ると室内は、火の海と化していた。わたしはマリルの元へ向かうべく、炎の中に身を投じた。

 土で出来ているからか、炎に触れても問題無く動けたので、光の示すまま二階の一室に入った。

 入ってすぐに床に倒れているマリルを見つけ、両腕に抱えて出ようとしたが、入り口は燃えているので、近くの窓から外へ飛び出した。

 地面に着地してもどこも壊れなかった。マリルが、体の硬度を強化し続けてくれたお陰だ。

 顔を上げると正面には、白い服を着た大きな人間が立っていた。

 「作りかけのホムンクルスがこんなところで何をしている?」

 声が出せないので、返事ができない。

 「その子をどうするつもりだ?」

 大きな人間が、マリルを指差しながら問い掛けてくる。

 「その様子だと声は出せないようだな。その子に危害を加える気がないのならこちらに渡してくれ」

 大きな人間が、両手を出してくる。

 わたしは、言われるままマリルを男に差し出した。そうした方がいいと思ったからだ。

 「よくこの子を助けてくれた。もしかしてお前はこの子が作ったホムンクルスか。破壊されたと聞いていたが、この子が再生させたんだな。驚くべき才能だ。お前を破壊した方がいいと思うが、今すぐこの場から去るのなら見逃してやる」

 大きな人間は、光る手を向けてきた。以前、わたしを破壊したのと同じことをするつもりのようだ。

 わたしは、背を向けて走り出した。その最中、空から水が降ってきた。マリルが教えてくれた雨というものだ。


 それからわたしは森の中で過ごした。隠れ家に居たところを知らない人間に見つかり、離れることにしたからだ。

 やることのないわたしは、森で見つけた洞窟で過ごし、時おり外に出て歩くということを繰り返していた。

 森に住む獣達は大きさに関わらず、わたしを見ると避けていくので、破壊される心配はなかった。たまに人間と出くわすこともあったが、見るなり逃げていくので、危害を加えられることもなかった。

 その日もいつものように森を歩いている最中、遠くで人間の大声が聞こえたので、その場から立ち去ろうとしたが、すぐに向きを変えた。

 左手が光ったことで、声の主がマリルであると分かったからだ。

 声の聞こえた場所に着くと、マリルは巨大な獣に襲われていた。

 わたしは、マリルを守ろうと獣の前に出たところ、鼻先に付いている角の一撃を体に受けて、吹っ飛ばされてしまった。

 「ロデオノホ!」

 マリルの声を聞きながら、体を動かそうとしたが無理だと分かった。さっきの一撃で、体がバラバラになっていたからだ。

 「大丈夫?」

 駆け寄ってきたマリルに安否を聞かれたが、バラバラなので、どうすることもできない。

 「あなた、私のホムンクルスよね?」

 その問いかけにも反応できるわけがない。

 「なにか手掛かりになるものはないかしら? これだわ!」

 マリルは、わたしの頭から少し離れたところに落ちている左手を見ながら言った。

 「見つけた。やっと見つけた。街で噂になっていたからもしかしてと思ってずっと探していたけど本当に私のホムンクルスだったんだ」

 話しているマリルの目には、水が浮かんでいた。涙と呼ばれているものだ。

 「すぐに再生して上げる」

 マリルは、わたしの体を一ヶ所に集めた後、両手から光を出してきて、その光を浴びると体は、完全な状態に再生した。

 「戻りましょ。私達の居た場所へ」

 マリルが、立ち上がったわたしの手を取ると視界が暗転して、気付けば森ではなく、一時期過ごしていたほら穴に居た。

 長い間放置されていたからか、中は草でいっぱいだった。

 「ここに来るのも十年振りか、ほんと久しぶりだわ。あの頃はお家もあってお父様もお母様も居たのに・・・・・」

 話し出した途端、マリルはまた泣き出してしまった。わたしはどうしていいのか分からず、立っていることしかできなかった。

 「何もかも無くしたと思っていたけど、こうしてあなたと再開できた。あなたは私がアウグステゥス家の人間であったことを覚えている唯一の証よ」

 わたしの全身を触りながら話していく。

 「だから決めたの。あなたを見つけられたら今度こそこれを使って完璧な存在にしてあげるって」

 マリルは、首に下げている白い塊を見せてきた。

 「これはね、我が家に伝わる家宝で強大な龍の牙の破片なの。とっても強い力が宿っているからこれを使えばあなたを完璧に仕上げることができるわ」

 マリルは、龍の牙をチェーンから外し、わたしによく掛けるのとは違う言葉を言い始め、それに合わせて光り出した牙を胸の中へ入れてきた。

 そうすると体内にこれまで感じたことのない強い力が沸いてきて、体の隅々に行き渡っていった。

 力の流れが治まると、全身に視覚以外の感覚が備わっているのを感じた。

 「やった! 完璧なホムンクルスになれたわ~!」

 わたしを見ているマリルが、完成した時のようにはしゃいでいる。

 自分に何が起こったのか分からないので、とりあえず手を見た。

 驚いた。これまでの茶色でざらざらな手ではなく、マリルと同じような色形をしていたからだ。

 それから全身を見てみると、手と同じように全く別物になっていて、顔に触れると凹凸を感じられ、頭に入っていた知識も全て理解できるようになっていた。

 「ねえ、私の名前を呼んでみて」

 「マリル」

 言われるまま名前を口にした。声も出せるようになったようだ。

 「話せる。話せるようになった~!」

 「ほんとだ」

 自分が思っていることが声に出せたことで、今までとは違うのだと実感した。

 「これであなたは完璧なホムンクルスよ」

 「完璧にしてくれてありがとう。マリル」

 マリルに礼を言った。ここで色々と教わったことで、相手に対してどんなことを言えばいいのかは分かっていたからだ。

 「あたなは私を火事をから救ってくれたんだのも。これくらい当然よ。ただ裸のままなのはまずいからちょっと待っていて」

 マリルは、その場から消え、少ししてから戻ってきた。

 「今日からこれを着て。邸にある執事の服まるまる一着持ってきちゃった。そういえば服の着方は教えていなかったから手伝ってあげる」

 マリルに手伝ってもらいながら服を着る。初めて知る服の感触にちょっとだけ違和感があった。

 「すっごく良く似合うわ」

 「ありがとう」

 礼を言った。着てみると、そう悪いものではないと思えた。

 「どういたしまして。ほんとは邸へ連れて行きたいけど、今のあなたは魔力が強い過ぎるから新しいお父様に見つかるといけないし、妹の世話もかるからしばらくここに居て。そうそう悪い人達が入ってこないように結界を施しておくから」

 そう言いながら壁に何かを書き込んでいく。

 「これでよし。また明日ね」


 それから昔のようにマリルは、わたしの元にやってきてあれこれ話した。唯一違うのは、わたしが言葉を話せて、会話ができることだった。

 時折、邸に連れて行ってもらい、風呂に入って体を洗ったりもした。

 そんな月日が流れたある日、マリルがいつもと違う恰好をして現れた。

 「どう? 私、正式に魔法使いの資格を得たの。最年少記録更新よ。これで魔法使いとして働けてアウグステゥス家の家紋を取り戻すこともできるわ。ただ色々な場所へ行かないといけなくなるからこれから毎日会えなくなるけど我慢してね」

 「それでしたら、私を従僕にしてはいただけないでしょうか?」

 この頃になると口調も変えていた。知識を身に付ける内に、ホムンクルスは造り主に対して敬語を使うことを学んだからだ。

 「急にどうしたの?」

 「ずっと前から考えていたのです。私のこの身をどうすれば生かすことができるのかと、そして今の話を聞いて決心したのでございます。魔法使いには従僕が必要であり、私をその一人に加えていただきたいと」

 「あなたは、私の家族も同然なのよ。危険な場所へ行くこともあるんだからそんなことはできないわ」

 「あなたは以前、私を守ると仰ってくださいました。今度は私があなたをお守りする番だと思うのです。力が足りないと仰るのであれば、力をお与えください。わが身に宿りし牙の力ならいかような力でも受け入れらるでしょう。どうか、私の願いをお聞き届けください」

 私は、必死に訴えた。

 「分かった。魔法使いには従僕が必要だし、最初の従僕があなたなら申し分ないわ」

 「ありがとうございます」

 「そうなるとあなたにもちゃんとした名前が必要になってくるわね」

 「お好きな名前をお付けください」

 「そうね。リュウガなんてどう? あなたには龍の牙を埋め込んあるから」

 「リュウガ。その名前、とても気に入りました」

 名前をもらったことで、嬉しさと同時に自身の存在をより確かに感じられた。

 「なら、左手を出して、正式な契約魔法をかけるから」

 「はい」

 左手を取ったマリルが、詠唱を唱えると、前のものとは違う紋章が刻まれていった。

 「リュウガ、これで今日からあなたはわたしの正式な従僕よ。その紋章はアウグステゥス家の家紋なの」

 「かしこまりました。マリル」

 左手に新しく刻まれた紋章を見ながら返事をした。

 「これから私を呼ぶ時はマリル様と言いなさい」

 「かしこまりました。マリル様」

 この時初めて、マリルに様を付けて呼んだ。

 「さあ、外に出ましょ。あなたはここに居る必要は無くなったわ」

 ほら穴に施していた結界を解除しながら言った。

 「はい」

 二人で、外に出ると澄み渡る青空の元、外の世界はどこまでも広く感じられた。

 「マリル様、まずは何をなさいますか?」

 「そうね。あなたとは別の強い従僕が欲しいから最強と呼ばれている炎の精霊にでも会いに行こうかしら」

 「かしこまりました」

 私は、マリル様と世界へ旅立った。


 「ここは?」

 初めに見たのは光だった。

 「リュウガ、リュウガ! 目を覚ましたのね」

 マリル様の顔が、飛び込んでくる。

 「私は、いったい?」

 「ペーパーマスターに龍の牙を抜かれてホムンクルスに戻って、取り返した牙を再移植したのよ。元に戻ってほんとに良かったわ」

 「良かったでござるな。リュウガ殿」

 「ほんま、めでたい話やでリュウはん~!」

 「元のリュウちゃんに会えて嬉しいわ!」

 マリル様と他の従僕からの言葉を聞いて、少し照れくさくなってしまう。

 「リュウガ、どこも変わっていないわよね」

 マリル様が、まだ不安そうに尋ねてくる。

 「はい、私はあなたの最初の従僕のリュウガでございますよ」

 笑顔で返事をすると、おもいっきり抱き着いてきた。

 抱き返しながらお体が大きくなろうとも、偉大な魔法使いになろうとも、マリル様が私の創造主にして仕えるべき主であることに変わりはなく、望む限りお仕えして、守り抜くことを改めて誓った。

 

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