第23話 デスグレートと魔法少女。 ~誕生編~
ペーパーマスターと名乗る謎の紳士が、アキハバラを歩いている。
自分だけの楽しみに使える材料を捜し求めている中、前方から飛んできた箱が足元に落ちた。
拾い上げると表面にはよく知っているロボットの写真と共に「完全超○金グレートマジンダム」と伯押し仕様の文字で、商品名が書かれていた。
「ちっきしょ~! てめえの店では二度と買わねえからな!」
顔を上げると一軒の店の前で、通行人が見ているのも構わず、怒鳴り散らしている男が見えた。
「これはまた大声を上げてどうされました?」
男に近付きながら、丁寧な口調で話し掛ける。
「その箱、あんたの方に飛んでいったのか? もしかして当たったりしてないよな・・・・」
当たった場合の賠償を考えているのか、気まずそうな表情を浮かべて、怪我の有無を尋ねてくる。
「足元に落ちただけですからご心配には及びません」
「そうか。それなら良かった」
自分に非がないと知って、顔から気まずさが消えていく。
「それでどうされたのです?」
改めて何があったのか質問する。
「あんたが持っている物のせいだよ」
男が、苛立った様子で箱を指差す。
「原因はこれですか」
「そいつは箱は本物だけど中身が別物だったんで返金してくれって言いに行ったら店の親父が、うちはどこよりも安さをもっとうにしているから返品には一切応じはられないとかぬかしやがったんだ。中身を確認できない通販だったのによ!」
話せば話すほど、怒りを顕にしていく。
「それはお気の毒でしたね。これはお返ししますよ」
男に箱を差し出す。
「そんな偽物なんかいらねえよ。見ているだけでも腹が立ってくるぜ!」
「それでしたら私がいただいてもよろしいでしょうか?」
「こっちとしては処分する手間が省けるからいいけど、あんたそんな偽物どうするんだ?」
「ちょっとしたお楽しみに使うおうと思いましてね」
「そうかい、好きにしな」
男は、そう言って、ペーパーマスターに背中を向けて歩いていった。
「これでまた新しいお楽しみを生み出せるというものです。そうは思いませんか? 皆さん」
ペーパーマスターが振り返った先には、リュウガを中心に従僕四人が立っていた。
「これはこれは下僕の勢揃いじゃないですか~」
特に驚く様子も見せずに話し続ける。
「今度はいったい何を企んでいる?」
リュウガが、厳しい口調で問い掛けてくる。
「新しいお楽しみを見つけただけですよ」
返事をしながら手にしている箱を、見せびらかすように前に出す。
「単なる迷惑行為でござろう」
「そういえば守君はどうしています?」
「まもはんは、妹はん達と東京見物や」
「なるほど、観光というやつですか。それもまた面白そうですね」
「だから、あ~たに邪魔させるわけにはいかないの」
「あなた方に私を止めることができますかな? そうそう、これは大事なものですから壊されないようにこちらに置いておきましょう」
偽物をすぐ近くの路地裏へ置いた。
「それでは始めましょうか」
「こっちも準備は出来たからな」
リュウガは、人払いの魔法を使って、通行人を近付けさせないようにしていた。
「行くぞ!」
その言葉を合図に、四人が一斉に飛び掛かってくる。
「毎回同じような戦い方でなんとも飽々しますね~」
軽やかな動きで四人の攻撃をかわしながら、嘆きの言葉を口にする。
「今回はいつもとは違うでござるよ!」
ホオガが、炎を宿した両拳を振りながら宣言してきた。
「どう違うのですかな?」
「こうでござる」
ホオガが、返事をしながら後ろに大きく飛び退いた直後、地面から飛び出てきたリュウガの突き上げてくる右パンチを顎に食らい、高く突き上げられてしまう。
「ライガ!」
「わいの電撃は肩こりによう効くで~!」
空中に待機していたライガに両肩を掴まれ、強烈な電撃を浴びせられる。
「フウはん!」
「吹っ飛びなさい!」
ライガが、離れるタイミングで、フウガの起こして強風を受けて、地面に叩き付けられてしまった。
「ホオちゃん!」
「これでトドメでござる!」
下で待ち構えていたホオガが、振り下ろす右拳に腹部を貫かれた上に、拳から吹き出す炎で全身を焼かれ、一瞬にして灰になった。
「この下郎も終わりでござるな」
「意外とあっけないもんやな」
「これでマリル様に顔向けできるわ~」
「待て、様子が変だぞ!」
リュウガの言葉通り、灰が動き出して盛り上がり、人型を形成した後にペーパーマスターへと再生した。
「これは予想外でした。まさかこんな目に合わされるとは思いませんでしたよ。あなた方の評価を改めないといけませんね。先程のご無礼な発言をお許し下さい」
シルクハットを取り、紳士らしい振舞いで四人に謝罪する。
「それならもっと高く評価してもらおうか。行くぞ!」
リュウガの合図に合わせて、四人が再攻撃を仕掛けてきた。
「評価を上げはしましたが、二度もあのような目に合うつもりはありませんよ」
全身を真っ黒なページに分解して、四人に貼り付いていった。
黒い紙に覆われ、必死にもがく四人から色の異なる煙が上がり、出尽くすと剥がれて一つに集って元の姿へ戻った。
「私の芸当もなかなかなものでしょ?」
マジシャンのような振舞いをしながら聞いた。
「わ、我々に何をした?」
リュウガが、苦しそうな声で質問してくる。
「な~に、あなた達の魔力の大半を抜き取っただけです。早ければ今日中には回復するでしょう。そうそうリュウガ君でしたか、君にはちょっと用があります」
動けない三人を杖でどかしながら、リュウガに近付いて片肘を付いた。
「私に何をするつもりだ?」
「いただくものがあるのですよ」
言い終えるなり、右手をリュウガの胸に突き刺す。
「うわ~!」
「ありました。ありました。これが欲しかったのですよ」
リュウガの体から取り出し、右手に持っている白い塊を見ながら嬉しそうに話す。
「これでもうあなた達に用はありません。そうそうこれを忘れるところでした」
四人をそのままにして、路地裏に置いてある超○金玩具を両手で拾い上げた。
「それでいったい何をするつもりや?」
ライガが、必死に絞り出す声で目的を尋ねる。
「さっきも言いました通り新しいお楽しみを作るんです。守君、マリルさん、メルルちゃんに柊ちゃんも巻き込みますから是非とも楽しみにしていてくださいね」
ペーパーマスターは一礼して、その場から消えた。
「いらっしゃいませって、いったいなんだ!?」
骨董店の主は仰天した。
入ってきたのが、今にも死にそうな顔で、三人を抱えているホオガだったからだ。
「いきなりの訪問、真に無礼であるが、しばし休ませてくだされ」
息も切れ切れで、話すのさえやっとといった感じだった。
「おいおい、うちは休憩所じゃないぞ。早く出ていってくれ! 出て行かないなら警察を呼ぶぞっ!」
ホオガは、返事の代わりに懐から取り出した札束を店主の足元に放り投げた。
「それだけあれば十分でござろう」
「これだけあれば十分だよ。好きなように使ってくれ。今日はもう店じまいだ」
店主は、札束を拾いながら入り口へ行って、閉店の札を掛けてカーテンを閉めた後、四人を放ったらかしのまま奥へと消えていった。
「かぐや」
店主が居なくなった頃合いを見計らって名前を呼んだ瞬間、十二単の美女が目の前に出現した。
ホオガが、この店で買った日本人形に宿る九十九神である。
「ホオガ様、いったいどうなされたのでございますか?」
以前とは異なる丁寧な口調で駆け寄ってくる。
「敵にやられてこの様でござる。他の者達は如何でござるか?」
「お待ちくださいませ」
かぐやが、三人の額に手を当てて症状を確認していく。
「魔力の大半を消耗されています。回復するまでは目を覚まさないでしょう」
「回復にはどのくらいかかりそうでござるか?」
「私の見立てでは最短でも夕刻まではかかるかと」
「ペーパーマスターの言う通りではござらぬか。早くマリル様にご報告申し上げねば」
「なりません。こうやって話をしていること自体危険なのですよ。今魔力を使われることはお命に関わります。ここはどうか回復されるまでお休み下さいませ」
ホオガは、返事もしないまま目を閉じてしまった。
「まったく無茶なお方」
かぐやは、ホオガの額を優しく撫でた。
「兄さん、俺パチンコに行ってくるから帰る時は裏の勝手口から出ていってくれよ」
出掛ける格好をした店主が、顔を出して、出て行く場所を伝えてきた。
「さっさと出て行けや! このくそじじいが~!」
物凄い怒鳴り声に、店主は血相を変えて出ていってしまった。
静かになった店内にある壁掛け時計を見て、昼にさえなっていないことを知り、回復までまだまだ時間が掛かると思った。
「ほんとにお高いですね。街の景色が一望できますよ。兄上様」
柊が、はしゃぎながら呼び掛けくる。
「姉様、とても綺麗な景色ですよ」
メルルが、同じように呼び掛けてくる。
鋼兄妹とマリル姉妹は、スカイツリーに来ていた。
今日は東京見物をしようということになり、場所決めの際に柊が真っ先に指定したのである。
メルルも東京は初めてということで、鋼兄妹に同行することになったのだ。
「俺も初めて来たけど、ほんと凄い景色だな」
「私も初めてだけど、なかなか壮観ね」
二人が、妹達に答えるように感想を言っていく。
「兄上様は、普段どちらへ行かれているのですか?」
「基本的にはアキハバラの電気街だな」
「私もそうね」
「いったいどのようなところなのですか? 兄上様の大好きなアニメの聖地ということくらいしか知らないのですが」
「私も姉様が通っている所には興味があります」
柊とメルルが揃って、期待と羨望の眼差しを向けながら聞いてくる。
「あそこは二人にはまだ早いかな~」
「そうね。もう少し大人になってからね~」
守とマリルは、二人して返事を濁した。今の妹達にアキハバラは、少々刺激が強過いと思ったからだ。
「そうだ。何か食べようぜ」
話題の矛先を変るべく、売店を指差す。
「何を売っているのですか?」
「アイスやジュースみたいだけど」
「なら、私はアイスが食べたいです」
柊が、アイスをリクエストする。
「メルルは?」
「私もアイスでいいです」
「じゃ、俺が買ってくるよ」
「私も行くわ。一人じゃ持ちきれないでしょ。それと資金もね」
最後の方は小声になっていた。長い付き合いから財政事情も知られているのだ。
「それでしたら私とメルルちゃんは、ここでお待ちしていますね」
「柊ちゃん、メルルをお願いね」
「お任せださい」
柊が、軽く胸を叩いて見せる。
「姉さま、いってらっしゃいませ」
二人は、売店に行く兄と姉を見送った。
「メルルちゃん、何かおありになったのですか?」
柊が、ちょっとだけ真面目な顔で尋ねてきた。
「なんで、そんなこと聞くの?」
予想外の問い掛けに驚いてしまう。
「マリルさんとご一緒ですのにあまり楽しそうに見えないものですから」
「もしかして柊って人の心が読めるの?」
「そんな大層なものではありません。感じられる雰囲気からそう思っただけです。母上様の付き添いで色々な方にお会いしていく内に自然と身に付けてものですわ」
「そうなんだ。それにしても今日の柊は随分汐らしいわね」
「昨日、たくさんの我儘を聞いていただきましたので、今日は良い妹に徹しようと思っているのです」
「柊はいい子過ぎるわ」
ため息混じりに言う。
「我儘ばかり言っていては兄上様に嫌われてしまいますから」
「私、トイレに行ってくるわ。柊は?」
「私は平気ですから行ってきてください。それに誰かが残っていないとお二人が心配されます」
「そうね」
メルルは、柊の側から離れた。
楽しそうに見えないという柊の言葉は的を得ていた。あんなに望んでいた大好きな姉と一緒に過ごせているというのに全然楽しめていなかったからだ。
原因は圧倒的な技量の差を見せつけられたことで、姉からは自分と同じようになれると言われても信じることができなかった。
そうしたことから、どうしても気分を高揚させることができなかったが、不機嫌に見せてはまずいと思い表面上は、はしゃいで見せていたのである。
「こんにちわ。メルルちゃん」
柱の陰から姿を見せたペーパーマスターが、親しげに話しかけてくる。
「ペーパーマスター。いったい何の用?」
メルルは、杖を出そうと構えた。
「まあまあ、そんなに殺気立てないでください。私は、あなたとお話しがしたいだけなのですから」
「話ですって?」
回りのことも考えて、話に乗るフリをすることにした。
「あなたに強大な力を上げようと思いましてね」
「いきなり何の話?」
「いきなりではありません。あなたはお姉様を越える力を欲している。そうでしょう?」
見透かすような顔で聞いてくる。
「姉様は、私なら必ず同じようになれると言ってくれたわ」
自分でも信じていない言葉で言い返す。
「ですから、その為の力を私が差し上げようと言っているのです」
「どうせ、あなたにとって都合のいいものなんでしょ」
「もちろんですとも。私の力であなたを強化するのですからね。しかし、それによってあなたはお姉様以上の力を身に付けることができるのですよ」
「嘘じゃないでしょうね」
メルルは、相手の心を読む力を使った。
「なんで心が読めないの?」
「無駄ですよ。私は”人間ではありません”からね。疑う気持ちも分かりますが、あなた以上の力を持っていることはその身をもって知っているでしょ~?」
煽るような言い方をしてくる。
「どうすればいいの?」
条件だけ聞く振りをした。
「私が欲しているものを下さい。それと引き換えに力を授けましょう」
「代価を求めるというわけね」
「もちろんです。タダで力を授けるのはフェアじゃないでしょ」
「何が欲しいの?」
「お姉様が所持している白い本です」
「あれは封印仕様の保管庫に入っているのよ。私じゃ開けられないわ」
「これを使ってください」
ペーパーマスターは、懐から真っ黒な鍵を出してきた。
「これは?」
「魔法を破壊する術式が込められた鍵です。これを使えば保管庫は開けられます。もっとも、これを受け取るかどうかはあなた次第です。使うかどうかもね」
「触っても平気なの? 触れただけで下僕にされそうだけど」
「ご安心ください。手にしている分には何の効果も有りません」
「・・・・」
メルルは、気付けば手を出して、鍵を受け取っていた。
「依頼の品を入手されましたら野外にて私の名前をお呼びください。それでは」
言い終わると姿を消した。
一人になって、さっきの会話が夢かと思ったが、右手に握っている真っ黒な鍵を見て、本当だったのだと実感させられた。
「メルル?」
背後からマリルに呼び掛けられた。
「姉様、どうしてここへ?」
急いで鍵をポケットにしまう。
「トイレに行ったきり、なかなか戻って来ないから心配で見に来たのよ」
「そうですか、もう済みましたから戻りましょう」
「それならいいわ」
マリルと一緒に鋼兄妹の元に戻った。
その後、夕方になるまで観光をする中、ペーパーマスターの動きが気になっていたが、四人からの連絡が無いので、今日は何事も無いものと思っていた。
それが大きな間違いと知ったのは、アキハバラ駅に着いて、リュウガに迎えに来てもらうおうとマリルがスマホで電話をする振りをして、交信した直後だった。
「ホオガ、それはいったいどういうこと? リュウガに何があったの?!」
マリルが、急に大声を上げたので、二人と一緒に驚いてしまった。
「どうかしたのか? リュウガに何かあったのか?!」
マリルの只ならない異変に情況を尋ねる。
「分からない。ともかくリュウガは都合は悪いらしいからタクシーで戻りましょ」
車はリュウガしか動かせない為、邸に戻る手段は徒歩かタクシーしかないのだ。
「分かった。二人共、帰りはタクシーだ」
妹達に説明した後、虚ろな顔をしているマリルを連れて駅を出て、タクシーを拾った。
遠い距離ではないので、乗車拒否される心配もあったが、無事に乗ることができたものの、マリルは青ざめた顔のまま黙っていたので、車内は沈鬱な雰囲気に包まれていた。
マリルは、邸へ続く登り道でタクシーを金を払って降りるなり、三人を置き去りにするように坂道を駆け上がっていった。
「やっと着いた~。俺一人に全部持たせるなよ~」
邸に入って、大きく息を吐いた。今日買った東京土産を全部持たされて、坂道を上ってきたからだ。
「男子たるものそれくらいの荷物で根を上げてどうします?」
「ホオガ、姉様は?」
「リュウガ殿の部屋に行ったでござる」
「それなら私も」
「メルル殿、待ってくだされ。今行くのは止めるでござる。そうそう守殿と柊殿は暖炉の部屋で待っていてくだされ」
話している間にメルルは脇をすり抜け、ホオガがその後を追いかけて行った。
「マリル姉様。っ!」
リュウガの部屋に入るなり絶句した。
中に居たのは、リュウガではなく人の形をした
その土塊の顔に付いている二つの目が、メルルの方を向いたので、全身に怖気による震えが走った。
「姉様、そいつはいったいなんなのです?! どこから入ってきた化け物なのですか!」
「違う! これはリュウガよ!」
「え?」
目の前の土塊をリュウガと呼ぶ姉に対して、言葉に詰まってしまう。
「だって、全然違うじゃないですか、どこがリュウガなのですか?」
「見た目はどうあれ、これはリュウガなの。メルル、出て行きなさい!」
「姉様、あの、私でお役に立てることがあれば・・・」
精一杯の勇気を振り絞って出した言葉だった。
「早く出て行って! 今はあなたに構っている場合じゃないのっ!」
その一言は、心に深く突き刺さり、これまで溜まっていた黒い感情を一気に溢れさせた。
「マリル姉様なんて大っきらい!」
姉に対する非難を叫んだ後、部屋から飛び出していった。
それから廊下を走るメルルには、一片の迷いも無かった。姉への憧れも親愛の感情も全て消え失せ、ただ自分に二度とあんな口を叩かせない、自分を無視させないという支配もしくは征服欲に染まり切っていた。
そして、マリルの部屋へ行き、今の心情を如実に表している真っ黒な鍵を取り出し、保管庫の鍵穴に入れる。
そうすると言われた通りに扉が開き、中から白い本を取って部屋を出て、二階のテラスへ行き、ペーパーマスターの名を叫んだ。
「メルルちゃん、私の名前を呼んだということは頼んでおいた品は入手できたのでしょうね?」
「これでしょ」
真っ白な本を差し出す。
「はい、大変けっこうです」
「言われた通りにしたんだから私に力をちょうだい!」
「分かっていますとも」
ペーパーマスターは、とても嬉しそうに返事をした。
「リュウガさんは大丈夫でしょうか?」
隣に座っている柊が聞いてきた。
「きっと大丈夫さ」
言ってはみたものの、不安は拭えなかった。マリルの取り乱しようが、尋常ではなかったからだ。
「私、なんだか疲れましたわ」
「今日はいっぱい歩いたからな」
「兄上様と一緒に歩いて、いっぱいお話できて、一緒にお食事ができて、今日は本当に幸せな一日でした。幸せ過ぎてなんだか眠くなってきました」
「寝てもいいぞ」
「そうさせてもらいます。兄上様、膝枕よろしく」
言った後、膝に頭を乗せた柊は、すぐに寝てしまった。
寝顔を見て、兄らしい微笑みを浮かべながら優しく髪を撫でた。
「今ならいいかしら」
人形九十九神ことかぐやが、部屋に入ってきた。
「なんで実体化してるんだ?」
突然の登場に仰天する。
「実体化なんて、あの子の術がなくてもできるのよ。それと今日あったことを話しておくわ」
かぐやは、ホオガから聞いたことを話した。
「そうか、リュウガに異変があったのは、ペーパーマスターのせいだったのか。他の二人はどうなんだ?」
「ライガとフウガはまで寝てる。私の見立てでは夕方には目を覚ますと思っていたんだけど、魔力の消費はそれ以上だったみたい。ホオガ様は動けるくらいになっているけど、まだ半分ってところね」
「そうか。それよりも、どうしてホオガのこと様付けで呼ぶんだ?」
「”付き合っている”からよ」
物凄く衝撃的な発言が飛び出した。
「貴様~! いったい何をしに来たでござる~!」
発言の詳細を聞こうとした直後、ホオガの大声が聞こえてきた。
「いったい、どうしたんだ?」
「兄上様、今のお声はいったい何事です?」
柊が、薄目を開けながら聞いてくる。
「ちょっと、様子を見てくるから寝てていいぞ」
「はい」
柊は、言う通り寝直した。
部屋を出て玄関に行くと、ペーパーマスターが立っていた。
「ほんとに何をしに来たんだ?」
込み上げてくる怒りを抑えながら問い掛ける。
「やあ、守君。会いたかったですよ」
こちらの心情とは裏腹に、とても親しげに声を掛けられた。
「俺はちっとも会いたくなかったけどな」
「これは手厳しい。今日は新しい楽しみのお披露目、いや挑戦状を叩き付けに来たのですよ」
「挑戦状? どういうことだ?」
「私は、これまで色々なものをお出しして、あなた達が戦うの見て楽しんいたのですが、一つだけ不満がございましてね」
「不満ってなんだ?」
「負けることですよ。毎回毎回必ず守君達が勝つことに対して次第に不満を抱くようになりまして。今回は勝ちにいかせてもらおうと思ったのです」
「勝ちに来るってことはマジンダム級の巨大ロボットでも出すつもりか?」
「その通りです」
「え?」
予想外の即答に対して、二人は小さな反応しかできなかった。
「リュウガの核を返しなさい!」
奥から出てきたマリルが、ペーパーマスターに怒声を浴びせる。
「これのことですかな?」
ペーパーマスターが、右手に持っている白い塊を見せる。
「それを今すぐ返さないとタダじゃおかないわよ!」
いつものマリルからは想像もできないほどの怒りっぷりに、言葉を挟む余地がない。
「残念ですが、お返しすることはできません。これはお楽しみの大切な材料ですからな。それとこれもいただきましたよ」
左手から白い本を出してみせた。
「どうやってその本を?!」
マリルが、驚きの表情を見せる。
「この子の協力によっててです」
顎を動かすと、眠っているように目を閉じて、手足を下げているメルルが現れた。
「メルル! どういうことなの?!」
「彼女はずっとあなたを追いかけていた。けど、追い付けないことが分かった。だからあなたを超える力を授けることを条件にこの本を所望したのです。いや~こんなに早く手に入るとは予想外でした。何か仲違いでもされましたかな?」
嫌味なくらいに芝居がかった言い方だった。
「さっき巨大ロボットを出すとか言っていたよな。それを使うってことなのか?」
「はい、後一つはこれを」
今朝、アキハバラにて入手した偽物を出現させた。
「では、私の芸を特とご覧下さい」
「させないわよ! ロデオノホ!」
マリルは、両手から炎を出したが、ペーパーマスターが、前方に張り巡らせらページの壁によって防がれてしいまった。
その壁が崩れ落ちると、ペーパーマスターの姿は無かった。
「どこへ行ったの姿を見せなさい!」
マリルの怒号が、玄関中に響き渡る。
「外へおいでください」
その言葉に従うように外に出ると、ペーパーマスターが夕日を背に立っていて、真っ赤に染まったその姿は、黒い服と相まって邪悪な雰囲気に満ち溢れていた。
「それではとくとご覧下さい」
言い終わると、三人が見ている前で、偽物と白い塊を合わせ、そこから魔力を帯びた強烈な光が放射される中、ペーパーマスター自身が変化したページと白い本に封印されていたページが、偽物を覆うように集まって巨大な人型を形成していった。
その後、全身が曲線で構成され、頭と肩と肘に角のような突起が付き、翼の生えた真っ黒な巨大ロボットになり、最後に胸が開いてメルルを内部に入れた。
「そうそう、彼女もいただきますよ」
巨大な左手が一振りすると柊が現れ、メルルと同じく胸の中へ入れてしまった。
「柊!」
妹の名前を叫ぶ中、二階の窓を割れて、柊が持ってきた木刀が飛び出してきた。
「おや、あなたも私に協力してくれるのですか。いいでしょう」
ロボットは、木刀を口の中へ入れた。
「これで全ての材料が揃いました。この姿の時はペーパーマスターではなく”デスグレート”とお呼びください」
デスグレートは、つり上がった形の両目を真っ赤に光らせ、ペーパーマスターの時と同じようにとても丁寧な口調で、自身のロボット名を口にするのだった。
「さあ、グレートマジンダムを出してください。お互いにロボット同士で思う存分戦いましょう」
自身が巨大ロボットとなったペーパーマスターが、マジンダムとの戦いを要求してくる。
「柊とメルルを人質にしておいてよくそんなこと言えるな。俺達と戦いたけりゃ二人を返せっ!」
「あのお二人はデスグレートを構成する素材であって人質ではありません。私に勝てば無傷でのご返却は保証いたしますよ」
「負けたら、どうなる?」
「聞くまでもないでしょう」
デスグレートは、唇に当たるマスク部分を微笑むように歪ませてみせた。
「マリル」
その呼びかけに対して、マリルは怒りに満ちた激しい表情のまま頷き、召喚したマジンダムを巨大化させた。
「では、拙者も」
「ダメよ!」
マリルが、マジンダムに憑依しようとするホオガを止める。
「なぜでございます?! 今は少しでも力が必要なはずっ!」
「魔力がまだ完全回復してないでしょ。今のままじゃ足手まといになるだけだけだから邸に戻って休んでて」
厳しい声で邸に戻るように命じた。
「承知したでござる」
ホオガは、言われた通り邸に入っていった。
マリルが、邸に防御用の結界を張った後、マジンダムに乗り、デスグレートと正面から対峙した。
「これが戦いの前の緊張感というやつですか、一部を通じて感じ取ってはいましたが、実際に体験してみると全然違うものですな~」
「守、まずはあいつを動けなくするわよ!」
「そのつもりだ! ハリケーントマホーク!」
マジンダムを走らせながら両手に斧を召喚した。
デスグレートは、その場を動かず、両手を分解して作り上げた身長と同じ大きさの盾を前面に出してきた。
二つの刃を盾に当たると、大気を歪ませるほどの衝撃が発生して、マジンダムの表面を駆け抜けていく。
「直撃したのになんともないのかよ!?」
無傷の盾を見て、驚きの声を上げる。
「その程度の攻撃では破壊できませんよ」
「だったら壊れるまでやってやる!」
それから何十発と攻撃を当てたが、破壊するどころか傷一つ付けられず、轟音が鳴らすばかりだった。
「なんて固さだ」
「防御するのも飽きましたのでこちらも応戦するとしましょうか」
デスグレートは、壁を分解して両手を斧に変え、トマホーク並の速さで打ち出してきた。
「こっちのマネかよ」
二体は、斧による壮絶な打ち合いに突入したが、妹達の安否を考えると、どうしても後手に回ってしまうので、マジンダムが一方的に防戦する形になっていた。
「そんな遠慮がちな攻撃ばかりしないでください。中のお二人でしたら、私がしっかりと保護しておりますので、ご心配なさらずともよいのですよ」
信用できない言葉を耳にして、益々攻撃を控え気味になってしまう。
「やれやれ、これではせっかくの戦いが台無しと言いたいところが、今回は勝ちに行かせていただきますので容赦はしませんよ」
斧から変形した龍頭に刃を受け止められたトマホークは、あっさり噛み砕かれてしまった。
「まったくデタラメな奴だ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。エクスプレロージョンパンチ!」
トマホークの柄を捨て、真紅の魔法陣を展開した両拳を突き出し、左右の龍頭に直撃させ、爆裂の威力でよろけさせる。
「やりますね。こんなこともできるのですよ」
デスグレートが、右足をおもいっきり踏むと、猛烈な勢いで走る一直線状の亀裂に合わせて地面が割れ、マジンダムは割れ目に落とされてしまった。
「どうなりましたかな?」
「どうにもなってねえよ!」
デスグレートが、割れ目を覗き込むタイミングで、マジンダムを急上昇させ、顎に右パンチを食らわせて殴り倒す。
「このデスグレートに一撃を加えるとはさすがは守君」
「フィンガーサンダー!」
倒れた隙に手足を狙い、指から稲妻を放つ。
デスグレートは、背中の翼を大きく広げて、空中へ回避した後、マジンダムと同じ高さまで上昇してきた。
「それでは空中戦とまいりましょうか」
デスグレートは、再び両腕を龍に変え、口から炎や電を連射してきた。
執拗な攻撃を前に反撃したかったが、妹達のことを思うと迂闊に攻撃できず、回避に専念するしかなかった。
「避けてばかりではどうにもなりませよ」
言いながら両手の龍頭を、勢いよく伸ばしてくる。
「グレートブレード!」
召喚した剣を両手で持って、攻撃を回避しながら左右の龍頭を切断した後、両腕が再生する前に倒そうと、切っ先を向けながら向かって行った。
再生途中のデスグレートが、体中から斧や槍を発射してきたが、グレートブレードを風車のように回転させることで、打ち返していく。
「さすがに魔剣に対してただの武器では部が悪いですな。おっと、すいません。あなたのことわすっかり忘れていました。その力、存分に使わせていただきますよ」
マスク部分を大きく開け、中から出してきた真っ黒な木刀を再生し終えた右手で持って、前面に出してきた。
「そんな木刀なんか叩き折ってやる!」
木刀に向かって、力いっぱい剣を振り降ろす。
強烈な一撃をその身に受けた木刀は、轟音を上げたものの、折れることも曲がることもなく刃を完璧に受け止めてみせた。
「グレートブレードを受け止めただと~?」
「嘘でしょ~?」
二人揃って、驚きの声を上げる。
「先程の木刀を私の力で魔剣レベルに強化したのです。受け止められるのは当然でしょ」
再生した左手を添え、両手で構えながら説明してくる。
「だったら、折れるまでやってやる!」
「できますかな~?」
それから二体は、空を縦横無尽に移動しながら刃をぶつけ、火花を散らして爆音を響かせる壮絶な打ち合いを展開した。
「足元が隙だらけですよ」
打ち合い続ける最中、デスグレートが右足を変形させて伸ばしてきた龍頭に左足を噛まれ、振り回された挙げ句、地上へ放り投げられてしまった。
不意を突かれた為に、マリルは減速させることができず、マジンダムは背中を地面に激突して、土煙を上げながら大きくヘコませたのだった。
「食らいなさい」
デスグレートの全身から放出された多数のページが、立ち上がろうとするマジンダムの全身に張り付き、リュウガ達と同じように煙を上げ始めた。
「さよなら、守君。これでトドメです」
木刀の切っ先をコックピットに向けて迫ってくる。
木刀が触れる寸前で、マジンダムは両腕を動かし、真剣白刃取りで止めた。
「魔力を吸っているはずなのに何故動けるのですか?」
「巨大化したマジンダムは魔力だけで動いてるんじゃないんだよ」
説明しながらマジンダムを立たせていく。
「それなら魔法攻撃はできないわけですな」
デスグレートは、木刀を持ったまま、体中から武器を出してきた。
「まずい」
「ガイアハンマー!」
デスグレートの真上に展開した黒い魔法陣から落下してきたガイアハンマーが、脳天を直撃した後、間髪入れずに二個目を直撃させて、体勢を前のめりに崩した。
「マリルか?」
「今の内よ。サンダーランサー」
召喚された槍を右手で持って、顔面を突き刺したデスグレートの一部が崩れ始め、それと同時に煙の噴出も止まった。
「エクスプロージョンパンチ!」
機能を取り戻したところで、真紅の魔法陣を展開した両手をデスグレートの両肩に突き刺して爆裂させると全身が崩れ始め、中から偽物玩具と一緒に目を瞑った状態の柊とメルルが現れた。
「柊! メルル!」
二人を取り戻そうと、マジンダムの右腕を伸ばす。
「おっと、今お二人に触れれば爆発しますよ。そのように術を施しましたから」
再生したペーパーマスターの説明を聞いて、手の動きを止める。
二人の胸には、今にも爆発しそうなくらいに赤く光るページが出現していたからだ。
「なんてことをするのっ!」
「きったねえマネしやがって~!」
二人が、怒りの声を上げていく。
「念の為という奴ですよ。それにしても一部達はまだ完全に力を取り戻していないようです。また明日参りますのでその時に続きをしましょう。そうそうこのお二人はあなた方が戦いから逃げない保険として預からせていただきますよ。では、明朝に」
言い終えたペーパーマスターは、二人と共に姿を消した。
「柊っ!」
「メルルっ!」
マジンダムのコックピットハッチを開けて、中から出た二人は妹の名前を叫んでいった。
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