第22話 妹と魔法少女。 ~発動編~

 「これはまた随分と高くなったな」

 目の前の機械樹は、空を抜くほどの高さに達した大山になっていた。

 「早く戻さないとアキハバラだけじゃなくて日本全体が大変なことになるわ」

 マリルは、飛行魔法の速度を上げた。

 そうして機械樹に接近した途端、表面からコンクリートやアスファルトで形作られた龍のような頭が、無数に出現して襲いかかってきた。

 「前に襲ってきたのとは別物になってるぞ」

 「時間が経過したせいで魔力の性質が向上しているのね」

 「まあ、邪魔するってんなら全部叩き切ってやるまでさ。ハリケーントマホーク!」

 マジンダムの両手に召喚した斧を超速で振って、龍頭を叩き壊しながら頂上部へ向かって上昇していく。

 斧によって破壊された龍頭は、ただの瓦礫となって地上へ降り注いで、土煙を上げていった。

 「着いたぞ」

 マジンダムは、龍頭群を突破して、機械樹の頂上に到達した。

 「このまま一気に突破口を開くわよ。ファイヤーアローキック!」

 赤い魔法陣を通って炎の矢と化したマジンダムが、頂上目掛けて突っ込んでいく。

 それに対して、機械樹が龍頭を繋ぎ合わせて造り出した分厚い壁を突破し、頂上部にキックを直撃させて大穴を空けた。

 「分離しろ!」

 マジンダムが、分離した後、四機は守が中に入るまでの時間を稼ぐべく、再生しかけている破損箇所に接近戦用の武器で攻撃を加えていった。

 「それじゃあ、行くとするか」

 「そうね」

 マリルが、席から離れた後、端に掛けてある木刀を持って席を立ち、開いたハッチに向かって行く。

 「気を付けて」

 「なあに、こいつがあれば大丈夫さ」

 切っ先にグレートブレードの付いた木刀を見せながら返事をして、機械樹の中に入っていった。

 それから五機が離れた後、機械樹は損傷箇所をあっという間に完全再生させた。

 「守が力を弱らせるまで粘るわよ!」

 「承知!」

 群がってくる龍頭を前にしたマリルの命令に対して、従僕達が威勢のいい返事をしていった。


 「さて、断片探しと参りますか」

 盾の表面に浮かぶ紋章の光を明り代わりにして、構内を照らしていく。

 それによって外側の劇的な変化に対して、内側は駅構内の原型を保っていることに驚かされる。

 また暗いだけでなく外の音もあまり聞こえないことが、不気味な雰囲気を倍増させていた。

 「ここに居たんじゃ断片がどこにあるのか分からないな」

 今居るのは構内の中央なので、歩いて探そうと右足を踏み出した瞬間、設置されている自販機達が一斉に動き出し、粘土細工のようなぐねぐねした動作で襲いかかってきた。

 「断片の防衛手段ってわけか」

 強く握った木刀を自販機に向かって、縦一直線に振り下ろす。

 自販機は、その一振りで真っ二つとなり、残骸は元の機械に戻った。

 「さすがはグレートブレードを付けているだけあるな。凄い切れ味だぜ」

 木刀の切れ味に思わず感動してしまう。

 その後も迫ってくる自販機群を斬っていく。

 「まずいこのままじゃ囲まれちまう」

 周囲を見回して、一番遠い自販機に狙いを定めて床を蹴ると、普通の人間では有り得ない高さで飛び上がった。

 マリルが、靴に掛けていた飛翔魔法の効果である。

 そうして狙いを付けていた自販機をのてっぺんを踏み台に再ジャンプして、包囲網から抜け出たのだった。

 「盾の光が強くなってる。断片はこっちにあるのか」

 着地したところで盾が強く輝いるのに気付き、光が示す方に顔を向ける。

 「おいおい、嘘だろ~!」

 反応が示す場所を見て、信じられない気持ちでいっぱいになってしまう。 

 断片のある場所が、こともあろうに女子トイレだったからである。

 「いくらなんでもこれはないだろ~。この後どんな顔して柊に会えばいいんだよ~」

 男子絶対禁制領域を前に緊迫した事態であることも忘れ、両手で頭を抱えて凹んでいるところへ自販機群が迫ってくる。

 「迷ってる場合じゃないか」

 もしもという思いから再度周囲を確認した後、自身を落ち着かせるべく、ゆっくり深呼吸してから入り口に向かって走り出す。

 「それにしてもこんなところに断片仕掛ける辺りペーパーマスターって変態なんじゃないか?」

 悪態を付きながら進む中、トイレは駅の屋根と同じように壁を動かして、入り口を塞いできた。

 「そんなもんがなんだ~!」

 木刀の一振りで、入り口を壊して中に入る。

 そうして一歩足を踏み入れた途端、食中植物のような形に変異した洗面台が、襲いかかってきた。


 その頃、機械樹の周辺では、マリル達が無限に現れ続ける龍首を破壊しまくっていた。

 「本当に切りが無いでござるな」

 「こいつらが出てくるいうことはまもはんがまだ魔力を弱めておらんのやろ」

 「その通りだ。みんな守様が魔力を弱めるまで持ち堪えるんだ!」

 「あたし達はロボットだからまだいいけど、生身のまもちゃんの方が心配よ~」

 「守ならきっとやってくれるわ」

 マリルは、動くことのできないマジンダムがダメージを追わないよう、飛行魔法のみで攻撃を回避しながら、守への信頼を口にするのだった。


 「これでも食らえ!」

 木刀を振って、洗面器を破壊し終えると変異した洋式便器が現れ、蓋を開けるなり、水を放出してきた。

 「ぎゃ~やめろ! そんな汚い水掛けんな~!」

 排泄直後ではないので汚いわけではないが、放出されている場所が場所だけに、イメージ的に汚く感じてしまうのだ。

 「ちっくしょう! たかが水ごときに負けるか~!」

 盾を前に出して水を防ぎながら接近して、便器を斬っていく中、隣の壁をぶち破って現れた男子トイレの便器群が襲いかかってくる。

 「これじゃきりがないぞ。断片はどこだ~?!」

 便器を壊しまくる中で、盾の反応を見るとやはりというべきか、一番奥の壁に反応を示した。

 「そこか~!」

 視線の先に見えるA4サイズの真っ黒な紙に向う中、急に息ができなくなり、その場から動けなくなってしまった。

 (成層圏を出たのか?)

 その隙を突くとばかりに床が盛り上がり、天井に押し潰そうとしてきたが、木刀をおもいっきり突き刺して破壊した。

 (喰らえ!)

 目も霞む中、最後の気力を振り絞って、断片に木刀を突き刺す。

 その瞬間、周囲の空気が一変し、後ろに迫っていた残りの便器達が元に戻って動かくなった。

 (今だ! マリル、ぶちかませっ!)

 自分の役割を果たしたところで、マリルに声を送る。

 

 「みんな、位置に付いて!」

 「承知!」

 マリルの合図に合わせて、四機が指定された場所に移動していく。

 それからマリルの詠唱に合わせて、五機全体が輝き始めた直後、マジンダムから放射された光の線を結んで五芒星の魔法陣を形成した。

 その魔法陣の中心から機械樹に向かって、膨大な魔力が込められた光が降り注ぎ、優しく押すようにして、ゆっくりと元の高さへと戻していった。


 「守、そんなところで何をしているの?」

 気付くと目の前に柔らかな表情を浮かべたマリルが立っていて、手にしている断片を白い本に封印している最中だった。

 「アキハバラの平和維持活動だよ」

 マリルに負けないくらいの柔らかな笑顔で返事をする。

 「ここ女子トイレだって分かってる? 普通なら通報されてもおかしくないわよ」

 ワザとらしい問いかけだった。

 「活動場所は選べなくてね」

 「ずぶ濡れじゃない」

 「便器と戦ったからな。それで駅はどうなった?」

 「大丈夫、後は一般人を戻せば全部元通り」

 「それは良かった」

 「邸に戻ったらすぐにお風呂に入りなさい」

 「そうさせてもらおうかな」

 二人は、転送魔法で邸に戻った。


 邸の玄関に移動して、扉を開けようとしたが、その前に開いて「兄上様!」と叫びながら柊が飛び出してきた。

 「柊、ち、ちょっと待て!」

 柊を止めようと、思わず左手を前に出したことで頭を鷲掴みにしてまい、アイアンクローの要領で押し止めることになってしまった。

 「兄上様、これはいったいなんのまねですの?」

 柊が、手足をジタバタさながら当然の質問を投げ掛けてくる。

 「柊、まずは手足の動きを止めてくれ」

 「はい」

 言われた通りに動きを止めてくれた。

 「その場から動かないでくれ」

 「分かりましたわ」

 返事の後、また動きはしないかと警戒しながらゆっくり手を離す。

 「俺を見みろ」

 「ずぶ濡れではありませんか。いったいどうされたのですか?」

 「買い物の最中に間違って水を掛けられたんだ」

 「まあ、なんということでしょう。掛けた方はちゃんと謝られたのですか? まだでしたら私が木刀で成敗いたしますって、もう持っていらっしゃるのですね」

 「え? ああ~」

 木刀は、戦いが終わった後もずっと持ったままだったのだ。

 「それで成敗されたのですね。さすがは兄上様です」

 柊は、うっとりとした表情を浮かべながら自己完結していた。

 「それよりもいつ目が覚めたんだ?」

 「つい数刻です。目が覚めたら知らないベッドで寝ていて、兄上様もいらっしゃらなくて不安になっていたところで、マリルさんの妹のメルルちゃんが来てくださいまして、旅の疲れで寝てしまったこと、その間にお二人でお買い物に行かれたと教えてくださりまして待っていたのです」

 後ろに立っているメルルが、小さく頷くのを見て、軽い記憶操作をしたのだと分かった。

 「それにしても随分と仲良さそうだな」

 「はい、同い年ということで色々と話が合ったのです。ねえ、メルルちゃん」

 「そうね。柊」

 「なんで柊はちゃん付けなのにメルルは呼び捨てなんだ?」

 「呼び捨てはどうしても嫌だって譲らなかったの。私には呼び捨てさせてるのに」

 「そ、そうか。それは、はっくしょん!」

 守は、大きなくしゃみをした。

 「あらあら、いつまでも濡れたままじゃ風邪を引いてしまうわ。お風呂に入りなさい」

 マリルが、聖母のような声で提案してくる。

 「そうするよ」

 守は、濡れた体を引きずって、いつも使う来客用の浴室へ行った。


 「はあ~」

 体を洗い終えて、湯船に浸かりながら大きく息を吐いた。

 黒い魔導書の断片が引き起こしたアキハバラ駅の変異という外面的事態は無事解決した。今度は柊という内面的事態と向き合わなければならないからだ。

 柊の気持ちは、少しは分かっているつもりでいた。自分を恋しがっていると考える日もあったからだ。

 「ゆっくり話そうか・・・・・」

 寝ている最中に掛けた言葉ではあったが、本当にきちんと向き合える自信は正直無かった。会えない日々が募るほど、ぶつけられる気持ちも大きくなり、それを受け止める覚悟が、今の自分にあるとは思えなかったのだ。

 「兄上様、入りますよ」

 考えていた相手が、予告も無しに扉を開けて入ってきた。

 「ひ、柊さん。いきなりどうしたんですか? お互い裸の付き合いはとっくに卒業する年齢ですぞ」

 気が動転するあまり、話し方がおかしくなってしまう。

 「心配なさらないでください。ちゃんと学校指定の水着を着ていますから」

 言葉通り水着着用であったが、中学生ともなると体付きも女性らしさが出てくるので、妹といえど見るのは憚られる気がした。

 「それで何をしに来たんだ?」

 「髪を洗っていただこうと思いまして。お会いしたら是非やっていただきたいと思いこうして水着を用意してきたのです」

 「もう子供じゃないんだからそれくらい一人でできるだろ」

 「久々の再開なのですから、このくらいの我儘は聞いてくださいませんか」

 「・・・・・分かった。ただ、かなり久しぶりだから昔みたいにできないかもしれないぞ」

 「痛い時は痛いと言います」

 柊は、嬉しそうに言った。

 「痛くないか?」

 「はい、昔の手付きと全然変わっていません」

 「そうか」

 言われた通り柊の髪を洗っている。髪質が変わった気がするのは、長い間触れていないせいだろうか。

 「その・・・・みんな、元気か?」

 「はい、父上様も母上様もいさお兄上様もお元気です。そうそうかえで姉上様はお子様をお生みになられました。姉上様に似て凄く可愛いんですよ」

 「そうか、それは良かったな」

 「兄上様、その・・・・・お家に戻られるつもりは無いのですか?」

 会った時から絶対に言われるだろうと思っていた質問をされた。

 「戻ろうにも親父は俺のことを絶対に許さないだろ」

 「父上様はそうかもしれませんが、母上様は時折心配そうなお顔をなさっています。椿伯父様からのお電話がある時は何をおいても真っ先にお出になられるほどです。それは兄上様や姉上様も同じです」

 「悪い。家に戻ることは俺の気持ちが許さないんだ」

 「それを言うなら私の気持ちはどうなるのですか?」

 静かな、それでいて腹の底から絞り出すような声だった。

 「柊」

 「私はただ兄上様と毎日他愛のないお話して、一緒にお食事して、たまにお出かけするという普通の兄妹ですることを望んでいるだけなのです。それは我儘なのでしょうか! いけないことなのでしょうか!」

 これまで押し込めていたものを吐き出すように声が大きくなっていく。

 「私はマリルさんがとても羨ましいです!」

 「なんでそこで、マリルが出てくるんだ?」

 「マリルさんが、兄上様と仲良くされているからです。初めてお会いした時は、ただのお知り合いかと思いましたが、これまでの接し方からかなり親しいと感じました」

 「おいおい、マリルとはそんな関係じゃないぞ」

 「そうでなかったとしても私が望んでいたことをあの方は兄上様のお傍におられます。それが私にとってどれだけ羨ましいことかお分かりにならいでしょう!」

 柊は、洗っている途中であることも構わず、振り返るなり守におもいっきり抱き着いてきた。

 「・・・ごめんなさい」

 柊は、守が何も言わない内から謝ってきた。

 「兄上様にお辛いことを申し上げているのは十分承知しております。けれども今だけは、今だけはお許し下さいませ」

 柊は、言い終わると泣き出した。

 「柊、ごめん」

 守は、柊が泣き止むまでそのままでいた。

 

 「すぐにお父様とお母様に連絡を入れないと」

 「それでしたら先程お母様がこちらに来られました」

 「それで何か言っていた?」

 「姉様がお許しになるのなら一日か二日は居てもいいと」

 少し遠慮するような言い方になっていた。断れるという思いがあるのだろう。

 「いいわ」

 「本当ですか?」

 「お母様のお許しが出たんですもの。断る理由は無いわ」

 「嬉しいです」

 メルルが、これまでで一番の笑顔を見せる。

 「そうと決まれば客間へ行きましょう。お茶も用意させないと」

 「私はここでいいです」

 「本当にここでいいの?」

 「はい、構いません」

 メルルとは、自室のベッドに座って話しているのである。

 「こうしていると幼い日を思い出します。私が泣いている時、姉様はいつもベッドに座って慰めてくださいました」

 「そういうこともあったわね」

 昔を懐かしむように言った。

 「姉様は、私のことがお嫌いになったのですか?」

 メルルが、少し暗い表情を見せながら聞いてくる。

 「どうしてそう思うの?」

 「二つ名を持たれて家をお出られてから私と全然会ってくださらないじゃないですか。連絡してもお返事もくださらないし。何度もお手紙出しましたのに」

 「私はもうパプティマス家の人間じゃないし、私が関わり続ければパプティマス家に迷惑がかかってしまうわ」

 とても寂しそうに事情を説明した。

 「確かにもうパプティマス家の一員ではありませんが、私にとってはマリル姉様は、これからもずっと姉様です!」

 言い終えるなり、おもいっきり抱き着いてきた。

 「姉さまが居なくなってからうんとがんばりました。凄い魔法使いになれば姉さまも認めてくれてまたお会いしてくれるんじゃないかって思ったから」

 「あなたが、凄くがんばっていることは全部知っているわ。学校の成績で一番になったことも従僕を得られる資格をもうすぐ持てそういうこともね」

 「どうして、そのことを? まだ手紙にも書いていないのに」

 「お母様が時折従僕のマルスを家に寄越して、あなたの近況を伝えてくれていたのよ。メルルが何かを成し遂げる度に自分のことのように喜んでいたわ」

 「そうでしたなら、どうしてそのことを言ってくださらなかったのですか? 私は姉様からどんなことでもいいかお言葉をかけていただきたかったです!」

 顔を上げたメルルは、両目に涙を浮かべていた。

 「よくがんばったわね。メルル」

 マリルは、メルルを優しく抱きしめながら妹に対して、初めて称賛の言葉を口にした。

 「私は、守がすっごく羨ましいです」

 「ど、どうして?」

 「姉さまといつでも一緒に居られるじゃないですか、それに一緒に戦えている。私がかねてから望んでいたことを全部やっているのです。羨まないわけがありません。私にもっともっと力があれば姉さまを助けられるのに」

 「大丈夫、そんなに焦らなくても、あなたならきっと私以上の魔法使いになれるわよ」

 「本当ですか?」

 「私の自慢の妹ですもの」

 「姉さま、嬉しい!」

 メルルが、さらに強く抱き着いてきた。


 夕食の時間になると、おじさんへの挨拶も兼ねて来々軒に行き、店を貸し切って柊とメルルの盛大な歓迎会が催され、豪華な食事をしながら従僕達が持ち前の芸を披露していていき、四人は宴を大いに楽しんだが、フウガのコスプレ七変化だけは大不評であった。


 「・・・・・」

 その夜、守はなんとなく目を覚ました。

 隣には柊が寝ている。どうしても一緒に寝ると聞かないので、その通りにしたのだが、まだ緊張が解けていないのか眠りが浅く、つい起きてしまったというわけだ。

 なお邸で寝泊りすることは、柊が実家に連絡を入れた際に母親から許可を得たのだった。

 「ちょっと、出てくる」

 寝ている柊に一声を掛けて、部屋から出て行った。

 「守?」

 「マリル?」

 廊下でばったりマリルと会った。

 「どうしたんだ?」

 「それはこっちの台詞よ。柊ちゃんと寝ているんじゃなかったの?」

 「そうしてたけど、あんまり良く寝られなくて、マリルは?」

 「私もちょっとね。夜風にでも当たらない?」

 「いいね」

 二人は、邸の二階中央にあるテラスに行った。


 「はい」

 マリルが、召喚した缶コーヒーを差し出す。

 こんな時までと思いながらも、素直に受け取って一口飲んだ。

 「俺の家の話をしてもいいか?」

 「聞いてあげる」

 「実家は地元じゃ有名な名家で家柄を重んじるから物凄く厳格で何をするにも親父の許可が必要だった。ずっとそれが当たり前だって思っていたけど、ある事がきっかけで疑問を持つようになった」

 「ある事って?」

 「長男の功兄上様の結婚が決まったんだけど会ったこともない女の人だった。親同士が決めた許嫁ってやつさ。その時はまだ長男だから仕方ないって思ったけど、どこか変だと思い始めた。その後決定的なことが起こったんだ」

 「なにがあったの?」

 「長女の楓姉上様が、功兄上様と同じように知らない男と結婚することになったんだ。その時姉上様には恋人が居て、俺もその人が好きだったし、なにより姉上様がとても幸せそうだったから二人が結婚すればいいと思っていたから親父に猛反対したら凄く叱られて、結局姉上様はその男と結婚することになった」

 話している内に表情が、険しくなっていく。

 「俺は認めたくないばっかりに結婚式当日に式場を滅茶苦茶にして、そのまま家を飛び出したんだ。金に不自由は無かったいから逃亡資金には問題無かったし」

 「守も意外と大胆ね」

 「それで子供の頃から親父にバレないように見ていた巨大ロボットアニメを通じて知ったアキハバラに行ったんだけど、右も左も分からなかったから、その日の内に警察に保護されて、実家に連絡されたけど誰も来なかったよ」

 「どうして?」

 「結婚式滅茶苦茶にして相手の顔に泥を塗ったんだから当然だろ。それで警察が困り果てていたところへおじさんが来て、家に連れて行ってもらったんだ。後で聞いたんだけど、俺の行き先を予想していた母上様が、警察からの電話の後に連絡を取ってくれたんだ。その後、俺は苗字だけ残して絶縁。二度と家には戻れないことになったんだよ」

 「苗字を残しているんだから戻れる可能性はあるんじゃない?」

 「そんないいものじゃなくてお前は死ぬまで鋼家から逃さないってことなんだよ。それからしばらくは荒れてて学校にも行かずに不幸だって喚いていたらおじさんにおもいっきりぶん殴られたよ。あのパンチは強烈だったな~」

 殴られたであろう左頬を撫でながら言った。

 「おじ様でもそういうことするのね」

 普段の姿からは想像もできないのか、意外そうな顔をしている。

 「それで殴られた後に言われたんだ。お前は好きな人生を選べる立場になったんだから文句を言う資格なんかないって、鋼家に従って結婚までしている功や楓に比べれば何倍も幸福だってね。そう言われてその通りだって思ってからは学校に通って店を手伝うようになった。俺の話はこれで終わりだ」

 話し終えた後、コーヒーを飲んで一息入れた。

 「次は私が話す番ね。私とメルルは血が繋がっていないの。両親は幼少の頃に他界してしまって父の知り合いだったパプティマス家に引き取られてメルルと会ったのもその頃。あの子、心を読む能力のせいで同い年の子や大人にも嫌煙されて一人切りだった。私は心をガードする能力を身に付けていたから普通に接することができて、あの子も徐々に明るさを取り戻していった」

 メルル自身から聞いていた話の通りだと思った。

 「引き取られて一年くらいすると私は魔法の修行に明け暮れるようになった。そのせいでメルルと接する時間はどんどん減っていってあの子が私を恋しがっていても当時は少しでも早く魔法使いになることの方が優先だったから悪いことをしたと思っているわ」

 マリルは、ちょっと寂しそうに言った。

 「それから二つ名を取得して自分一人でやっていけるようになったからパプティマス家を出ることにしたの」

 「なんで?」

 「自分の苗字を取り戻したかったかったし。なによりもパプティマス家の為でもあったのよ」

 「どういうことだ?」

 「わたしのご先祖様はね」

 「悪魔と契約したんだろ」

 「なんで、知っているの?」

 「おばさんが、一方的に教えてくれたんだ」

 メルルに話したことをそのまま聞かせた。

 「そうだったんだ。出自の良くない子供を引き取ったものだから次第に悪い噂が立つようになって父の仕事や人間関係にも影響するようになってきた上に邸にも監視の目が入りそうだったから出る他なかったの。それと何よりもメルルの為でもあったの」

 「家を出ることとメルルにどんな関係があるんだ?」

 「あの子がわたしに憧れていることは知っていた。だから私を真似して同じような道を歩んで欲しくなかったの。修行に明け暮れていたせいで私は友人とか多くのものを得ることができなかった。そんな思いを可愛い妹にさせられると思う? だからあの子とはずっと距離を取っていたのよ。私だってほんとはずっと一緒に居たかった」

 「なるほどね。俺達、妙なところで共通点があったんだな」

 「そうね。お互いに家のことで苦労して、可愛い妹が居る。ほんとびっくりだわ。そろそろ戻りましょうか。居ないと心配するかもしれないし」

 「そうだな」

 二人は、テラスを後にした。


 「兄上様!」

 部屋に入るなり、ベッドに正座した状態で、怒りオーラを全開にしている柊と対面することになった。

 「ひ、柊さん、起きていたんですか?」

 バツの悪そうな顔で事情を聞く。

 「はい、数刻前に目を覚ましたのですが、兄上様のお姿が見当たらないので、待っていたのですが、なかなか戻って来ないのでどうしたものかと」

 「いや、そのトイレに行っていたんだ。夕飯の時にけっこうジュース飲んだから」

 「そうですか、わかりました」

 柊は、驚くほど素直に納得してくれた。

 「で、なんで俺が付いていかないといけないんだ?」

 「しかたないじゃないですか、ここのお邸広いので、トイレの場所が分からないですし、迷子になっては他の方にご迷惑をかけてしまいます」

 柊のおトイレに付き合わされていた。部屋に居なかった手前、逆らうことはできなかった。

 「あ」

 トイレの前に来くるとマリル姉妹と鉢合わせした。妹同士同じことを思っていたらしい。

 妹達は、恥ずかしいそうにお互いに視線を逸らし、守とマリルは視線を合わせながら何も言えなかった。

 「ど、どうぞ」

 しばらくして、妹同士の声がハモった。

 

 

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