第20話 シスターと魔法少女。 ~接触編~
「マリル、頼みがある」
守からの頼みであった。
「いや」
マリルの拒否だった。
「初めから拒否るなよ」
「私が千葉県ランドに行こうって言った時話も聞かずに断ったじゃない」
「あの時は悪かった。せめて話だけでも聞いてくれ」
「話だけならね」
聞くと言いながら視線を逸らしている様子から、いじわるな態度を崩すつもりはないらしい。
「来週から春休みだろ。それで妹が俺に会いにアキハバラに来ることになったんだけど一緒に迎えに行って欲しいんだよ」
「妹が居るんだ」
「居るんだ」
「その妹の迎えにどうして私が同行しないといけないの? こういう場合は兄妹水入らずの方がいいんじゃない」
「そこは俺の諸事情ってやつだ。頼む」
守は、椅子から離れて両肘を床に付け、両手を顔の前で合わせた土下座一歩手前の姿勢で頼み込んだ。
「どうしよ~かしらね~」
マリルは、物凄いサディスティックな表情を浮かべた上で、ワザとらしい言い方で答えをはぐらかしてくる。
「頼む。この通りだ! マリル様~!」
守は、土下座しただけでなく、マリルを様付けてしてまで頼んだ。
「いいわ。守には普段から色々と助けてもらっているから付いて行ってあげる」
マリルが、表情を緩めながら了承の返事をする。
「ありがと~! 恩にきるぜ~!」
顔を上げた守は、両目に涙を浮かべながら感謝の言葉を口にした。
「それじゃあ、名前を教えて。それと顔写真もあれば見せてちょうだい。会った時に分かるようにしておきたいし」
「そうだな。名前は
名前を教えた後、スマホを操作して、和服の美少女を表示した画面を見せる。
「へぇ思っていたよりも可愛いじゃない。ほんとに守の妹?」
ワザとらしく疑われてしまう。
「ちゃんと血の繋がった妹だよ」
「それで待ち合わせ場所はどこ?」
「前日に教える時間にアキハバラ駅の西口改札に来てくれ。到着時間になったら一緒にホームへ行こう」
スマホをしまいながら妹を迎えるまでの手順を説明していく。
「そういえば今更だけど守の家庭のこと全然知らないのよね。なんで一人暮らししているの? 家族はどうしているのかしら?」
「悪い。それについては聞かないでくれ」
暗い表情で顔を伏せて、返事を濁す。
「まあいいわ。人には言いたくないことや詮索されたくないこともあるだろうし」
マリルは、深入りしようとはしなかった。
「悪い。それじゃあ、付き添い頼んだぜ。それと店まで転送よろしく」
「はいはい」
守は、バイトへ行く為に店に転送された。
「マリル様、本当によろしいのですか?」
守が居なくなったところで、リュウガが行動の是非を問う。
「いいのよ。普段から色々とやってもらっているし。それに滅多にない守からのお願いだもの。聞いてあげたいじゃない」
返事をするマリルの声は、いつになく弾んでいた。
「お疲れ、守」
「お疲れ様、おじさん」
バイトを終えた守は、行々軒から出て行った。
守が居なくなると客足も途絶え、おじさん一人の店内にTVのバラエティー番組の声が流れる。
「へい、らっしゃい。お」
入ってきた客を見ておじさんは少し驚いた。
マリルだったからである。
「守ならもう帰ったよ」
「いいんです。今日はおじ様に用があって来たんですから」
「俺にいったいなんの用だい?」
「来週、守の妹が来るのは知っていますか?」
「柊のことなら守から聞いて知っているよ。随分会っていないけど大きくなってんだろうな」
「それで守の家族について教えて欲しいんですけど」
マリルは、本題を切り出した。
「とうして俺に聞くんだい?」
「守に聞いても教えてくれないからです」
「悪いけど、あいつが言わないんだったら俺から言えることは何もないよ」
「何も教えてくれないということですか」
「一つだけ言えるとしたら、あいつは自分を貫いているってことだけだ。俺と同じようにね」
「おじ様も何かやっているのですか?」
「このラーメン屋だよ」
おじさんは、店内を見回しながら言った。
「ラーメン屋がどうして自分を貫くことになるのですか?」
「俺は、実家の生き方が合わなくて家を飛び出して、ガキの頃からやりたいと思っていたラーメン屋をやってるんだ。だからこうして店を持てていることが自分を貫くことになるんだよ。そのせいで実家からは勘当されたけどね」
「そうだったんですか。そうだ。メロンちゃんも自分を貫くことに入るんですか?」
「・・・・メロンちゃんの話はしないでくれないか」
おじさんは、話すに連れて、両目に涙を浮かべ出した。
実は数日前にメロンちゃんにフラれてしまい、そのあまりショックに寝込んでしまい、一時は店を畳むとまで言い出したのだが、守と常連客の励ましによって、なんとか気を持ち直し、今夜から再開しているのである。
この出来事は、妖精事件の最中のことであった。
なお、いかがわしい女と縁が切れたので、守自身は物凄く安心していた。
「わ、私、これで帰ります」
おじさんのあまりの状態にいたたまれなくなったマリルは、挨拶もそこそこに店から出て行った。ついでにどんと来いラーメンを食べようと思っていたのだが、今夜は諦めるしかなかった。
「今なら十分間に合うな」
守は、スマホで時間を確認した後、軽く胸を抑えながらアキハバラ駅へ向かっていた。
胸を押さえているのは、妹に会うという事態を前にして、朝から動悸が治まらないからだ。
電気街の横断歩道を渡り、駅のあるブロックに入ったところで足を止め、気分を落ち着かせようと軽く深呼吸する。
「よし、行こう」
動悸自体は治まっていないが、気持ちは少しばかり落ち着いたので、駅に向かって歩みを再開した。
「ん?」
数歩進んだところで違和感を抱き、左手を見ると紋章が光っていた。
魔導書の断片が近くにある証拠である。
「なんだってこんな時に。あのくそ紳士~。急がないとまずいな。下手をすると柊も巻き込まれる」
言いながら駅に向かって走り出した。
「あなたはこちらです」
突然目の前に現れた紳士が、頭から取ったシルクハットを向けられた直後、かぶり口から発生した猛烈な吸引力によって、中へと吸い込まれてしまった。
「遅い! 守はいったい何をしているの。もう待ち合わせから十分も過ぎているじゃない」
守が紳士に吸い込まれてから十数分後、駅の西口に先に来ていたマリルは、苛立ちを募らせていた。
それというのも西口は、アキハバラ駅の中でも一番人通りが多く、絶世の美貌を持つマリルは、何もしなくても注目の的になってしまうからだ。
多くの通行人からチラ見され、遠くから見ている者も居れば、一緒に撮らせてくださいと頼んでくる者まで現れる始末だった。
人払いの魔法をかけたいところだったが、これから会う柊は契約魔法を施していない一般人なので、使うわけにはいかなかった。
「この私に待ちぼうけをさせるなんて守もいい度胸してるわ。今度ガ○ンプラ焼き三十個奢らせてやるんだからっ!」
金銭に不自由していないマリルにとって、守へのペナルティーは食べ物で換算されるのだ。
「ああもうっ時間になっちゃったじゃない! どのホームに降りるのか分からないんじゃ動きようがないじゃないの!」
マリルが、苛立っている中、改札口にスマホの画面で見た鋼柊が向かっていて、服装は画面で見た通り着物で、右手には巾着、左手には木刀袋らしき物を持っていた。
「ええ~? もうこっちに来ちゃってるじゃない! いったいどういうこと!?」
マリルが、半ば驚いている中、柊はどうしていいのか分からないらしく、あちこちに視線を向けていて、完全なパニック状態に陥っていた。
「あのまま放って置くわけにはいかないわ」
この日の為にリュウガに用意させたI Cカードで改札を通って、中に入っていく。
「あなた、鋼柊ちゃん?」
怪しまれないように何気ない感じを装って、柊に声を掛ける。
「そうですが、どうして初対面の方が
柊は、警戒するように一歩引き、身を守るように胸の前で両腕を組んだまま、古風な話し方で聞き返してきた。
「私は林マリル。あなたのお兄さん、鋼守の知り合いよ」
スマホの画面に表示させた守の画像を見せながら自己紹介する。
「守兄上様とお知り合いの方なのですか?」
守の名前を出すなり、柊は目を輝かせながら近付いてきた。
兄の存在が、警戒心を消したのだろう。
「まさか守兄上様に女性のお知り合いの方が居たとは驚きです」
柊は、うっとりするような目でマリルを見ながら言った。
「そんなに驚くようなことでもないと思うけど」
柊の恍惚な態度にを前に、マリルは照れ臭さからつい視線を外してしまう。
二人は、駅の壁に背中を預けて話をしていた。アキハバラ駅の改札付近にはベンチが無いからだ。
「いいえ、巨大ロボットが大好きでこちらに来てからも同様の趣味に耽っているというお話を聞いて、現実の女性には興味が無いのではないかと心配になっていたものですから、このようなお美しい方とお知り合いだと分かって正直安心しましたわ」
柊の話しから守の巨大ロボット好きは、家族に知られ渡っているのだと思った。
「そういう柊ちゃんだって十分可愛いわよ。こういう場合やまとなてましこって言うのかしら」
黒髪を後ろで結い、艶やかな着物を着こなすその姿は、和風美人という言葉が、ピッタリだった。
「そ、そんなことありません。あなたに比べたら全然です」
柊は、頬を赤く染め、照れくさそうに視線を逸らしながら返事をした。
その可愛らしい仕草に母性本能を大いにくすぐられ、マリルは思わずぎゅ~したい衝動に掻き立てられてしまいそうになった。
「それにしても兄上様、来ないですね」
柊が、ちょっと寂しそうに言った。
「まったく女の子二人を待たせるなんて信じられないわ」
マリルは、いまだ姿を見せない守に対してボヤいた。
「あの一度兄上様に連絡を取ってみませんか?」
「そうね。それがいいわね」
マリルは、こういう場合の為に用意されているスマホを取り出した。
「いいえ、お迎えに来ていただいた方にお手間を取らせるわけにはまいりません。ここは私が電話をいたします」
柊は、巾着からスマホを取り出し、とても慣れた手つきで操作していく。
「どうしたことでしょう。繋がりません」
スマホを耳に当てながら報告してくる。
「もしかしてアンテナ立ってない?」
「いえ、きちんと表示されています」
マリルに画面を見せながら返事をする。
「なら、私も掛けてみるわ」
守の番号を表示させて、電話してみたが、やはり繋がらなかった。
「私の方もダメ」
「それなら公衆電話で試してみましょう。私行ってまいります」
柊が、公衆電話のある方へ小走りで向かって行く。
「守、聞こえる。聞こえていたら返事をしなさい」
柊が、自分から離れた隙に守に声を送る。
「通じない。まさか断片の影響?」
ここに来てマリルはようやく自身が、異常事態に巻き込まれていることを知った。
それから思い出したように公衆電話の方を見ると柊の姿は無かった。
「う~ん・・・・」
守は、まどろむ意識の中、両目をゆっくり開けた。
そこで目にしたのは、魔法石付きの杖を向けて、自分を取り囲んでいるメイドの集団であった。
「お父様とお母様が留守の隙にパプティマス家を襲撃しようって計画だったのでしょうけど私が居たのが運尽きね」
メイドの集団の合間から姿を見せ、挑発的な言葉を掛けてくるのは、白いブラウスに黒いスカートと靴を履いた中学生くらいの金髪美少女だった。
「パプティマス家~? ドロシーに俺のことを探らせた家か・・・・。ってことはここはマリルの世界か~!」
大声を上げながら体を起こして、状況を再確認しようと周囲を見回していった。
「ひぃ」
その突然の行動に驚いたメイドの一人が、声を上げながら炎を発射してきた。
守は、半ば条件反射的に左手の契約魔法から光の幕を張って、炎を防いだ。
「どうしてマリル姉様の家紋を施しているの? 何者なのか素性を言いなさい」
「俺を見て誰だか分からないのか?」
ドロシーからの知らない者は居ないという情報を踏まえて質問する。
「まさか鋼守とか言うつもりじゃないでしょうね?」
求めていた答えが出てきたのだが、言い方に相当疑いが込められている。
「本物だよ。何を疑っているんだ?」
「変身魔法とも限らないからよ。本物だっていうのなら証拠を見せて」
「もう見せているだろ」
左手の契約魔法の証である紋章を指さす。
「確かにマリル姉様の家紋けど、もう少しそのままでいて」
少女は、側に来て、自身の右手を家紋に当てた。
「マリル姉様の魔力を感じる。間違いなく本物の鋼守だわ!」
少女の声に、メイド達が大きくざわめいった。
「まさか、マリル姉様の従僕である噂さのあなたとここで会うとは思わなかったわ」
狼藉者の疑いが晴れ、メイド達が杖を降ろすという落ち着いた状況下での確認だった。
ちなみに守に炎を発射したメイドは、正式に謝罪して許しを得ていた。
「俺は従僕じゃないぞ」
キッパリと否定する。
「だって、左手の紋章は契約魔法の印でしょ。それは従僕の証よ」
「俺は特例だ。マリルから何も聞いていないのか? 姉様って呼ぶくらいなんだから姉妹みたいな関係なんだろ」
「そうよ。マリル姉様は私の姉。あなたと姉様は本当はどんな関係なの?」
「戦友だ」
はっきりかつきっぱりと言い切った。
「戦友?」
初めて聞く言葉だったらしく、イントネーションがややおかしい。
「一緒に戦う仲間って意味だ」
「マリル姉様が、あなたと一緒に戦ってるって本当の話だったんだ・・・」
声のトーンが急に低くなり、寂しさを感じさせるものになった。
「妹なら姉貴から近況とか聞いてるんじゃないのか? この間グレートブレード造りに行った時だって丸一日はこの世界に居たんだから挨拶くらいには行ってるんじゃないのか」
「姉様が家を出て二つ名を持って従僕を紹介されてからは全然会ってくれないの」
表情に寂しさが増していく。
「そっちにも家庭の事情があるみたいだな」
「まあね。ねえ、あなたのこと守って呼んでも構わないかしら?」
「別にいいぞ」
「なら、私のこともメルルでいいわ」
互いに呼称を確認し合う。
「そうだ! こんなことしている場合じゃない! 早く俺の世界に帰らないと!」
「何かあるの?」
「もしかするとマリルがピンチかもしれないんだ」
「それを早く言いなさいよ!」
メルルが、寂しさを吹き飛ばすほどの大声で怒鳴った。
「柊ちゃん!」
マリルは、柊の名前を呼びながら公衆電話へ走って行ったが、柊の姿はどこにも無かった。
「柊ちゃん! 柊ちゃん!」
断片の影響でどこかへ連れ去られてしまったのかと思いから、大声で名前を連呼する。
「マリルさ~ん、ここです」
「え?」
返事をする柊は、公衆電話と反対側に立っていた。
「どこかへ行っていたの? 急に見えなくなるからびっくりしたわよ」
「私、極度の方向音痴でして数メートル離れたところへ行くだけでも迷ってしまうのです」
「でも、ここまで来られたじゃない」
当然の疑問を口にする。
「はい、電車の席に座るまでお付きの者に手を引かれ、駅に着いてからホームで兄上様を待っていましたら人波に飲まれ、あれよあれよという間にここに来てしまったのです。公衆電話なら大丈夫かと思ったのですが、やはり無理でした」
柊は、恥ずかしそうにうつむきながら自身に宿る負の身体特性を説明していった。
「なるほどね」
守が、一緒に来て欲しいと頼んできた意味を深く理解した。
「なら、私が手を引いてあげる」
「お手間をおかけいたします」
マリルに手を引かれて、電話に辿り着いた柊は、巾着から出した十円を入れた後、スマホの画面を見ながら番号を押していく。
「ダメです。やっぱり繋がりません」
受話器を戻し、十円玉を取りながら現状を報告してくる。
「そう」
すでに事態の予想は付いていたが、柊の手前口裏を合わせた。
「困りましたね。電波障害か何かでしょうか?」
「そうかもしれないわね。一旦駅から出てどうするか考えましょ。外に出れば電波も繋がるかもしれないし」
今できる最善策を提案する。
「そうですね。ここでじっとしていても仕方ありません。駅を出たら
「椿伯父様って?」
「私と兄上様の伯父様で、今はアキハバラでラーメン店を営んでいる方です」
「そうなんだ」
おじさんの雅な本名に、なんとも意外な気持ちにさせられてしまう。
「それじゃあ、外に出ましょうか」
柊の手を引いて、改札へ向かうと、人だかりが出来ていた。
「どうかされましたか?」
「分からないわ。何かのトラブルかしら?」
「ただいま、構内で電気トラブルが発生していますので改札機はご利用になれません。駅員待機室側から順番にお通りください」
拡声器を持った駅員が、緊急事態に付いて説明していた。
「改札機のトラブルみたいだからここで待ちましょう」
「はい」
マリルは、一分でも早く駅から出たかったのだが、人が多くて中々進まず、魔法で吹っ飛ばしたいという衝動を抑えながら順番を待っていた。
それからすぐに駅の入り口が何かで塞がれ、灯りの無い構内が真っ暗になった。
「あら、あれはいったいどうしたことでしょう?」
柊が、慌てる代わりに不思議そうに言う。
「ほんとどうしたのかしら?」
マリルは、ワザとらしく知らないフリをした。
「ここよ」
守とメルルは、パプティマス家の邸の地下にある扉の前に来ていた。
「ここに異世界転送用の魔法陣があるんだな」
「そうよ」
「そんな凄いもの家に設置できるものなのか?」
「名家ならではの特権」
「なるほど、だから大きくて造りが仰々しいのか」
扉は、大きく複雑な意匠が施されているなど、いかにも特別室用といった造りをしていたのだ。
「今鍵を開けるわ」
メルルは、右手に召喚した自分の杖の魔法石を扉のドアノブに近付けて呪文を唱え、石が光った後、解錠を知らせる音と共に扉が開いていった。
「入って」
言われるまま中に入ると、部屋の中心には魔法陣の描かれた高さ三十センチほどの台座があった。
「本当に使い方分かるんだろうな?」
「当たり前でしょ。でなきゃ連れてこないわよ」
メルルは、パプティマス家所有の転送魔法陣を無断使用することで、守を元の世界へ帰すことを提案してきたのだ。
メルルの呪文に合わせて、魔法陣が光り始めていく。
それに合わせるように部屋の外が騒がしくなったので、扉から顔を出して外の様子を窺うと、メイド達が走って来るのが見えた。
「転送魔法の無断使用などお止めください!」
先頭のメイドが、血相を変えて叫んでいる。
「気付かれちまったぞ! まだなのか!?」
メイド達には、来客用の部屋に案内すると嘘を付いていたのだ
「いいわ。こっちに来て」
メルルに呼ばれるまま、魔法陣に乗った瞬間、意識は光に飲まれた。
「ここは?って落ちてる~!?」
二人は、地面に向かって落下していたのだ。
「メルル、目を覚ませ! 超ヤバいぞ!」
近くに居て、意識を失っているメルルの肩を掴んで、大きく揺さぶりながら大声で呼び掛ける。
「あっ。早く杖に掴まって!」
言われた通りに杖に掴まった後、メルルが跨がることで、杖は飛行体勢に入ったが、ジグザグに飛んでいくばかりだった。
「何やってんだ!? ちゃんとバランス取れ!」
「二人乗りは資格取ったばかりだからまだ慣れてないのよ!」
二人が乗った杖は、大きく上昇した後、糸が切れたように地面に落下していった。
「あいたた、なんとか着地できたけど守はどこかしら? ん」
メルルは、辺りを探そうとして真下に暖かいものを感じて下を向くと、そこには轢かれたカエルの如く大の字に寝転がっている守が居て、顔は死相で染まり切っているのだった。
「きゃああ~! 守しっかりして~! 今回復魔法掛けるわ」
メルルが、詠唱を唱え、杖から発せられた光を浴びることで、守は死の淵から舞い戻った。
「また死ぬかと思った」
意識を取り戻した守は、何事も無かったように体を起こした。
「なんか、物凄い人が居るぞ。記憶消去と人払いの魔法か何か掛けてくれ」
気付けば、周囲を一般人に取り囲まれていた。
箒に乗った少女が落下して、瀕死の重傷だった男を魔法で再生させるという摩訶不思議な光景を目にすれば、当然の反応だろう。
「分かったわ」
返事をしたメルルが、詠唱を唱えながら杖を掲げ、魔法石から放射される光を浴びた一般人達は、何事も無かったように二人から離れていった。
「あの状況から回復するとはさすがですね~」
はけていく一般人の中から姿を見せたのは、例の紳士だった。
「本当に出られないみたいですね」
駅員総出で、入り口を塞いでいるものを持ち上げたり、叩いたりしてみたが、ビクともしなかったのだ。
「そうね。困ったものね」
口裏合わせではなく事実を言った。駅から出られなければ、どうすることもできないし、なにより柊が居ては魔法を使うことができないからだ。
「柊ちゃん、怖くない?」
さりげない感じで聞いてみる。
「はい、この程度で怖じ気づく人間など鋼家にはおりません」
柊は、凛とした声で返事をした。その際の口調は、守が強気の発言をする時に似ていると思った。
「そう、良かったわ」
マリルは、一安心した。
「ですが、このまま黙って見ているわけにはまいりません。ここは私が討ってでましょう」
「なにをするつもり?」
柊の様子を見て、物凄い不安が込み上げてくる。
「これはきっと東京に住まうという妖の力に違いありません」
「それは無いと思うんだけどな~。今時幽霊やお化けなんて流行らないわよ」
「私も母からその話を聞かされた時は絶対に有り得ないと思っていましたが、今は信じております」
「けど、信じたとしても私達にできることはないわよ」
「そのようなことはありません。ここはこのような時の為に母が持たせてくれた鋼家に伝わる破魔の力を持つこの木刀にて成敗したします」
木刀袋から出した木刀を両手で構えた。
「いや、それはちょっと違うと思うんだけど」
柊を必死で宥めようと試みる。
「いいえ、今こそ我木刀を振るう時、いざ出合え! 妖!」
柊は、巾着から取り出した紐で手早く襷掛けをして着物の袖を捲るなり、歌舞伎役者のような構えをして、大声で呼びかけた。
「ちょっと止めなさい!」
方法は違えど解決策としては決して間違ってはいないのだが、普通の人間に太刀打ちできる相手ではない上に周囲の目のことを考え、マリルは速攻で止めに入った。
「こんなところでお前に会うなんて思わなかったよ。またムカ付くことでも言いに来たのか?」
体の隅々まで警戒心を巡らせ、左手に紋章を浮かび上がらせながら現れた目的を尋ねる。
「あなたが異世界から予想以上の速さで戻ってきたので見に来たら死にかけていたのですよ」
「守、この怪しい男は誰?」
隣に立っているメルルが、杖を構えながら聞いてくる。
「この騒ぎの元凶だよ」
「マリル姉様に危険な目に合わせるなんて許さない! ロデオノホ!」
メルルは、杖から炎を出した。
「人が話しているのを邪魔するとは礼儀知らずなお嬢さんですな」
紳士が、右手の杖を軽く振るなり、体の一部がA4サイズの紙状に剥がれ、壁を作って炎を防いだ。
「体の一部が壁になった? ほんとに何者なの?」
メルルが、得体の知れない相手と分かって、怯えた表情をみせていく。
「こんなこともできるのですよ」
紳士が、楽しそうに杖の先をメルルに向けるとバラけた壁が、口と体に貼り付いて拘束状態にした。
「くそっ! 剥がれない。メルルに何をした!?」
守は、メルルを自由にしようと紙を引っ張ったが、どうやっても剥がすことはできなかった。
「動けないようにしただけですよ。話が終われば解放しますからご安心ください」
「分かった。それなら話を続けようじゃないか」
素直に条件に応じた方がいいと考え、メルルから手を離して紳士と向き合う。
「けっこうなお返事です。その前にあなたのことを”守君”と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか?」
「構わないけど、その代りそっちも名前を教えてくれ」
「そうですな、まあ”ペーパーマスター”とでも御呼びください」
シルクハットを取って、恭しくお辞儀をしながら呼び名を言ってきた。
「それでペーパーマスター、どんな話をするんだ?」
「先ほども申しましたようにあなたが死にそうになっていましたので、どうなるのか見ていたらそこのお嬢さんのお陰で助かっていたというわけですよ」
「俺が死にそうなままだったら助けてくれたのか?」
「死んだらそれまでです。私は新しい楽しみを探すだけですよ」
「やっぱりな。それで今回のお楽しみは駅に何かを仕掛けたわけか?」
「ご明察です」
「けど、さっきみたいに俺とマリルを引き離したらお目当てのマジンダムが動かないのは分かっているよな」
「そこがいいんですよ。会えないという現状をどう切り抜けていかにマジンダムを動かすのか見るのも楽しみの一つですから」
「悪趣味だが、巨大ロボットアニメにもよくある状況だから喜んで受けて立つぜ」
「さすがは守君です」
紳士が、称賛の言葉を送った直後、大きな地鳴りが起こり、アキハバラ駅が周辺の建物を飲み込むようにして、隆起し始めていった。
「あれが駅の仕掛けだっていうのか! なんてことしやがるっ!」
「この間の妖精がやったことにヒントを得ましてね、機械樹とでも言っておきましょうか。おっと喋り過ぎましたかな。それでは守君がこれからどうするのか、存分に拝見させていただきますよ」
ペーパーマスターは、一礼して姿を消した。
そうすると言った通り、メルルの口と体に付いていた紙は自然に剥がれ落ちて、ただの紙切れになった。
「メルル、大丈夫か?」
「なんともないけど、今度あいつに会ったらギッタギタにしてやるんだから~」
メルルは、拳を強く握りながらペーパーマスターに対する怒りを露にした。
「そんなことよりも今はあの中に行く方が先だ。マリルはあの中に居るんだからな」
「じゃあ、行きましょ。早く乗って」
メルルは、拾った杖に跨がったところで、守に後ろに乗るよう促した。
「今度は落とさないでくれよ」
「大丈夫。しっかり掴まってて」
その後、杖は地面を離れ、機械樹に向かって飛んでいった。
さっきとは比べ物にならない乗り心地からマリルに対する強い思いが、集中力を高めさせ、安定性を上げているのだと思った。
後数十メートルまで接近したところで、駅の表面から尖った岩が、無数に飛び出してきた。
「何あれ?」
「いいから避けろっ!」
メルルは、百八十度向きを変え、駅に背を向けて離れることで岩を回避し、離れるのに合わせるように引っ込んでいった。
「いったいなんだったのよ。あれは?」
「たぶん駅の防御機能だれろ。あれじゃあ迂闊に近付けないな」
「そんなまどろっこしい真似しないで直接攻撃すればいいじゃない」
メルルは、向きを変え、魔法石を駅に向けた。
「やめろ! 建物には無関係の人間が居るんだぞ。当たって怪我人でも出たらどうするつもりだ!?」
「じゃあ、どうすればいいのよ! 早くマリル姉様に会いたいのに~!」
メルルは、駄々っ子のように喚いた。
「俺だって、今すぐ会いたい子が居るんだよ! ともかく一端マリルの邸に行こう。あいつら全員居るかな。リュウガ、今どこに居る?」
契約魔法を使って呼びかけた。
「守様ですか、今は屋敷におります」
「他の三人も居るのか?」
「はい、全員揃っております。マリル様からなんらかの事態に備えて、邸にて待機するよう命じられておりましたので」
「さすがはマリルだ。今から邸へ向かうからマジンダムを用意しておいてくれ」
「マジンダムを使うの? あれは姉様が一緒じゃないと動かないんじゃない」
「それは魔法を使う時だけだ。ともかく急いで向かってくれ。方向は俺が指示するから」
「よく分からないけど、任せて」
守は、メルルの杖に乗って屋敷へ向かった。その最中行く先々で、通行人が指さしてきたが、事態が収拾したらマリルに記憶を消してもらおうと思い気にしなかった。
邸の前に着くと、リュウガを先頭に従僕達の出迎えを受けた。
「リュウガ、ホオガ、ライガ、フウガ久しぶり」
メルルが、四人に声を掛ける。
「これはメルル様、お久しぶりでございます」
「メルル殿、大きくなったでござるな」
「メルやん、めんこくなったやないか」
「メルルちゃん、ほんと可愛くなったわね~。今度、あたしの衣装着せて上げたいわ~」
四人が、メルルに再開の言葉を送っていく。
「再会の喜びに浸るのは後にしろ。今はマリル救出が先だ」
「マリル様に何かあったのでございますか?」
「アキハバラ駅に魔導書の断片が施されて、デカくなっている上に中に入れないようにされているんだ。しかも間の悪いことに俺の妹も居るんだよ」
「なんと、守殿の妹君も一緒でござるか。それは由々しき事態でござるな」
「だから、早いとこ救出に行くんだ。マジンダムは持ってきているな」
「ここにございます」
リュウガが、両手で抱えているマジンダムを見せた。
「それでマリル様無しでどうやって巨大化させるのでござるか?」
「え? あ・・・・」
守は、沈黙した。その点に付いては何も考えていなかったからだ。
「なんや、全然あかんやん」
「ほんとにもう何やっているのかしら~」
「しょうがねえだろっ! 柊とマリルのことが心配でそこまで考えていなかったんだから!」
「これを巨大化させればいいの?」
「巨大化魔法使えるのか?」
「もちろんよ。上級試験の必須課目だもの」
「メルルちゃん、すご~い。そんなに優秀になったのね」
「これでも同学年での魔法の成績トップなんだから」
自慢するように、マリルとは天地の差のある平たい胸を大きく張ってみせる。
「だったら、その優秀な魔法でこいつを巨大化してくれ」
守は、メルルにマジンダムを見せた。
「分かったわ。これを巨大化できれば、マリル姉様を助けることができるのね」
「そうだ。こいつだけがマリルを救えるんだ」
「いいわ。やってあげる」
メルルが、マジンダムに杖を向けながら詠唱を唱え、宝石の光を浴びると全身が輝き始め、それに合わせて巨大化していった。
「こんなものかしら」
巨大化したマジンダムを見たメルルが、満足そうに一息入れながら杖を降ろした。
「なんだ、こりゃあ~?!」
巨大化したマジンダムを見て、守は絶叫した。
目の前のマジンダムは、巨大化した時よりも小さいだけでなく、頭は体よりも大きく手足は短めというずんぐりむっくりなSD体型だったからだ。
「これはまたなんとも言葉にし難いですね」
「バランスが悪いでござるな」
「頭、デカ過ぎやろ」
「けど、どことなく可愛いわよね」
従僕達が、それぞれの感想を声に出していく。
「なんだよ。これ? 原型と全然違うじゃないか?!」
声を大にして、突っ込まずにはいられなかった。
「仕方ないでしょ。ここまでの巨大化なんて初めてだったんだもの」
「しょうがない。このまま乗るかって乗れるのか、これ?」
足元に行って、片肘を付かせるべく右足のスイッチを押してみたが、体型上肘を曲げることができないので、背中から勢いよく倒れ、轟音を上げながら仰向け状態になってしまった。
「まったくこれだからSD体型ってやつは~」
文句を言いつつ、右手に行ってみたが、大きさと高さの関係上、ボタンを押すことはできなかった。
「フウガ、頼む。胸まで運んでくれ」
「まっかせて~」
フウガの風によって、胸まで運ばれ、胸にある外部スイッチを押し、開いたハッチを通って中に入った。
「なんちゅう狭さだ」
コックピットのある胸部が小さいので、中も狭いのだ。
どうにか体を押し込め、息を切らしながらシートに座った後は、狭さに悪戦苦闘しながらシステムを立ち上げていく。
「私も連れて行って!」
入り口から顔を覗かせたメルルが、同行を申し出てくる。
「危険だぞ。止めておけ」
「私だって、魔法使いなんだから役に立って見せるわよ!」
強い決意を感じさせる言い方だった。
「分かった。その代わり絶対に足手まといにはなるなよ」
「もちろんよ。それにしても狭いわね」
コックピットに体を入れながら、不満を漏らす。
「誰のせいだと思っているんだ?」
守は、文句を言いつつ、なんとかマジンダムを直立させた。
「ようし、四人共マジンダムに憑依してくれ」
守の指示に四人の従僕達が、担当箇所へ乗り移っていく。
「マジンダムって、こんなこともできるんだ」
「ここにマリルの力が加わることで最強無敵になるんだ。行くぞ」
守は、SDマジンダムを敷地からジャンプさせて、道路に着地するなり二足走行を開始した。マリルが居ないので、転送も飛行魔法も使えないからだ。
しかし、その速度はとてつもなく遅かった。
「なによ、全然遅いじゃない」
「足が短いんだから仕方ないだろ。こうなったら連続ジャンプだ」
守は、SDマジンダムをジャンプさせながらの移動に切り替えた。
「マリル、柊、待っていろよ」
守は、必死の思いでアキハバラ駅を目指したが、搭乗している機体が、SD体型なだけに緊迫感に欠けていた。
「さあ、妖、さっさと出てきなさい! それとも私では役不足とでも言いたいのですか?!」
「だから、止めなさいって!」
柊は、マリルの制止も聞かず、木刀を構えながら叫び続けているのだった。
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