第19話 妖精と魔法少女。

 「やれやれ酷い目に合いました。少しばかり欲を出し過ぎましたな。とりあえずこの材料でよしとしましょう」


 「守、帰る前にゴミをバケツに入れといてくれ」

 「やっとくよ」

 ゴミ袋四つを持って、バケツが置いてある勝手口に行った。

 「これフィギュアか? 誰だよ、こんなの捨てたの」

 右手に持っているゴミ袋を足元に置いて、バケツの側に落ちているフィギュアとおぼしきものを拾い上げる。

 「これ・・・・フィギュアじゃないぞ?」

 手を通して伝わるフィギュアでは有り得ない感触に、思わず取り乱してしまう。

 それでも大声を上げたりしないのは、日頃から摩訶不思議な存在と接している為だろう。

 「とりあえずマリルに連絡だな」

 拾った物をどうするか決めた後、壊れ物を扱うように優しく右腕に抱え、左手でゴミ袋をバケツに入れてから店に戻った。

 

 「守、さっきの話は本当なの!?」

 マリルが、興奮した様子で近付いてくる。

 「いきなり飛ばすなっ」

 着替えを済ませ、おじさんに拾ったものを見られないように店を出て、声を送った途端、返事もなく暖炉の部屋に転送されたのだ。

 「守殿~! 妖精とは真でござるか~?!」

 「ほんまやったら一大事やで~!」

 「今更、間違いだったとか言わないわよね~!?」

 従僕三人が、マリルを押し退けて迫ってくる。

 「だ~もう! 近い近い! むさ苦しい顔を近付けるんじゃないっ!」

 左手の鞄を盾代わりに前面に出した上で、三人に止まるよう呼び掛ける。

 「ええい! 私の前に出るんじゃない! さっさとどいてっ!」

 マリルの怒声に合わせて、リュウガが三人を左方向へと押し退けていく。

 「早く話していたものを見せて」

 「はい」

 言われるまま、右手に持っている袋を差し出す。

 「何よ、それ?」

 「この中に話していたものが入ってるんだよ」

 「・・・・なんてことしてるのよっ!」

 袋を受け取って中を見たマリルから、おもいっきり怒声を浴びせられてしまう。

 袋には、炒飯のお持ち帰り用の容器があって、その中に青髪で背中に虫のような羽を生やした十五センチほどの美少女を入れていたのだ。

 「しょうがないだろ。他に入れられる物がなかったんだから。素手で持ってくる方がよっぽど危ないだろ」

 「だからって妖精を炒飯扱いしてんじゃないわよっ!」

 「そんなに怒ることないだろ。ほらサイズもピッタリだし」

 その言葉通り、妖精は容器にピッタリ納まっていて、食品コーナーの陳列棚に置いてもおかしくない感じだった。

 「バカなこと言ってんじゃないわよ。まったく生き物をこんな粗末に扱うなんて信じられない。超○金を扱うような丁寧さは持てないわけ?」

 「そんなことないぞ。寝心地が良いようにちゃんと底にナプキン敷いてるし」

 言いながら容器の底に敷いてある白いナプキンを指差す。

 「妖精をナプキンの上に置くなんて信じらんない!」

 妖精を気遣う為の処置だったのだが、マリルには許しがたいことだったようだ。

 「なんでそこまで扱いにうるさいんだよ。俺の世界でも摩訶不思議な存在だけどマリル達からしたらその辺に居る存在じゃないのか?」

 「その逆よ。逆。違う次元に住む高位の存在で私だって本物見るの初めてなんだから」

 「へぇ~そうなんだ。てっきり精霊みたいに使役してるのかと思ったよ」

 妖精を改めて見ながら、自分のイメージとの違いに不思議な気持ちにさせられた。

 「そういえばなんで動かないんだ? 死んでるわけじゃなさそうだけど」

 「何かの事情で衰弱しているのよ。それにしても妖精には全く興味無いのね」

 「巨大ロボットとは無関係だからな」

 「守が巨大ロボット好きで今日ほど良かったと思ったことはないわ。私の世界で妖精に少しでもくわしい魔法使いが拾っていたら大変なことになっていたところよ」

 マリルに左肩をポンポン叩かれながら誉められているのか、貶されているのか分からない言葉を掛けられる。

 ただ、マリルの浮かべている表情が、とても微妙な笑顔なので、後者であるにちがいない。

 「とにかくいつまでもこんな容器に入れっぱなしになんてできないわ。みんな妖精サイズのベッドを今すぐ用意して」

 「承知」

 それからリュウガ、ホオガ、ライガの三人が妖精用のベッドの枠組みを造り、フウガが布団一式を縫い、マリルはベッド代わりにしたクッションに寝かせている妖精に回復魔法を掛け続けていた。

 その間守は、やることがないので長椅子に座って、作業の様子を見ているだけだった。

 「これで応急の処置はできたから後は回復用の秘薬を嗅がせればいいわ」

 「妖精用の薬なんて作れるのか?」

 「必須科目よ」

 「それにしても妖精がリュウガ達精霊よりも上の存在なんて信じられないな」

 「この世界では精霊よりも下って認識なのかもしれないけど他の世界では常識よ」

 「そうなのか?」

 リュウガ達に向かって尋ねる。

 「左様でございます」

 「本当でござる」

 「わいらからしたら雲の上の存在やで」

 「下手に手を出そうものならどんな目に合うか分からないわ~」

 四人の話振りから嘘でないことが伝わってくる。

 「俺達からすれば神様とか天使みたいなものか」

 「そんなところかしらね。ともかく私は秘薬を作くるからみんな作業を手伝って」

 「承知」

 「俺は?」

 「ここで妖精を見ていて何かあったら知らせて。そうだ。やらないとは思うけど、くれぐれも変なことするんじゃないわよ」

 去り際に怖い顔で、釘を刺してくる。

 「するか」

 五人が出ていった後、必然的に完成したベッドに寝かされている妖精と二人切りになる。

 改めて様子を伺うと、まだ意識は無いものの、回復魔法の効果なのか、見つけた時よりも顔色は良くなっていて、胸が上下していることから人間のように肺呼吸していることが分かった。

 それから妖精と二人切りという超レアな体験をしているにも関わらず、何分にも巨大ロボットと無関係なので、気分が高揚することも邪な感情が沸くこともないのだった。

 やることもないので、ポケットから取り出したスマホをいじっている最中、二次元愛好会ならこんな時どんな反応をするのかと思った。

 「う、う~ん・・・」

 声に反応して顔を上げると、目を開けた妖精と視線が合った。

 「よ、よう」

 妖精を前に対して、どんな言葉を掛けていいのか分からないので、取って付けたような挨拶しか出てこない。

 「きゃあああぁぁぁ~!」

 妖精の大声に合わせて発生した強風によって、守は椅子から吹っ飛ばされ、窓を破って邸の外へ放り出された。

 背中に大量の硝子の破片が刺さったまま、大の字に倒れた状態で、満天の夜空を見ながら最近扱いが悪いと思う中、意識は闇に飲まれていった。


 「本当にごめんなさい」

 妖精が、頭を下げながら謝罪の言葉を口にしている。

 「もういいよ。直してくれたんだし」

 あの後すぐ、妖精の治癒能力によって、元通りに治癒されたのだった。

 「だけど凄い怪我だったし」

 「あれくらいまだマシな方さ。この間なんか上半身と下半身を真っ二つにされたんだから」

 説明を分かりやすくするべく、腰と腹の間に右手で、軽く線を引く動作をしてみせる。

 「そ、そうなんだ・・・」

 妖精は、困惑の表情を浮かべた。普通なら死んでもおかしくない体験を平然と話すのだから当然の反応だろう。

 「それにしても妖精の力ってほんとに凄いんだな。マリルの魔法以上の早さで直るんだから」

 改めて背中を見ながら、妖精の力の凄さに感心した。

 「私の言った通りだったでしょ。それでこの世界へ何をしにいらっしゃったのですか?」

 マリルの話し声が、いつになく硬い。初めて接する上位の存在に対して、緊張しているのだろう。

 「そんなに畏まらないで普通に話して」

 妖精は、くだけた感じで、話し方を変えるよう提案してきた。

 「ですが」

 「私はその方が話しやすいんだけど」

 「分かりま、いえ、分かったわ。それでこの世界に何をしに来たの?」

 「私の名前はシグナス。弟のシグナレスを連れ戻しに来たの」

 「ということはこの世界にもう一人妖精が来てるってことか?」

 その問いに対して、シグナスが小さく頷く。

 「た、大変だわっ!」

 マリルが、椅子から立って大声を上げ、それに合わせるように従僕達も慌て始める。

 「なんだよ。急にデカい声出して? お前達も落ち着けって」

 「この世界の人間が妖精の存在を知ったら認識バランスが崩壊して大パニックになってしまうわ!」

 「いつもみたいに記憶操作すればいいじゃないか」

 「その前に妖精の女王が世界を改変しにやって来るわ。そうなったら全て終わりよ」

 「改変って具体的に何するんだ?」

 「他の世界との行き来を数百年か数千年できなくする、つまりこの世界は完全に孤立してしまうってこと」

 シグナスが、質問に答える。

 「それじゃあ、マリル達は二度と自分の世界に帰れなくなるわけか。確かに終わりだな」

 「だから焦っているんじゃない。それに下手をすれば私達の魔力も奪われる。そうなったら二度とマジンダムに乗れなくなるのよ。それでもいいの?」

 「大問題じゃないか~!」

 椅子から立つなり、大声で喚き始めた。巨大ロボットに乗れなくなることが、何にも増して一大事だからである。

 「みんな、落ち着いて。すぐに女王が来るわけじゃないから。さっき言った最悪の事態を止める為に私が来たのよ」

 「それはほんとなのか?」

 「本当よ」

 シグナスの返事を聞いても、不安を消し去ることはできなかった。

 「仕方ない」

 シグナスは、軽くため息を吐いた後、大きく口を開けて声を出した。

 その声は、心地いい歌声ようであり、爽やかなそよ風のようでもあり、不安でいっぱいだった心を落ち着かせていった。

 「落ち着いた?」

 「落ち着いた。今のはいったいなんだ?」

 守が、代表して、声に付いて尋ねる。

 「妖精が持っている癒しの力を使ったの」

 「そんなことまでできるのか。ほんとに妖精の力って凄いんだな~」

 「今更言うこと? さっきからずっとその身を持って味わってきたじゃない」

 「いや、そうなんだけど。大きさがな~」

 力を直に体験してきたが、大きさと妖精というイメージを、どうしても払拭できずにいるのだ。

 「大きさが原因で実感が得られないのなら姿も変えられるけど」

 シグナスからの提案だった。

 「ほんと、じゃあ頼むよ」

 シグナスが、小さく頷いた後、体全体が光り、瞬く間にマリルとほぼ同じ大きさになっていった。

 「きゃ~!」

 大きくなったシグナスを見て、悲鳴を上げた。

 サイズアップしたシグナスの一紙纏わぬ全裸を、真っ正面から見てしまったからである。

 妖精サイズなら全裸であっても、何も感じなかったが、人間サイズともなれば別なのだ。

 「見るんじゃな~い!」

 今度はマリルの魔法によって、邸の外へ吹っ飛ばされ、やっぱり扱いが悪いと思いながら意識を失っていくのだった。


 「また私のせいでごめんなさい。私の世界では服を着るという習慣がないから」 

 青い服を着たシグナスが、申し訳なさそうに頭を下げてくる。

 マリルが、自分の服の中から似合いそうな服を着させたのだ。

 「気にするなよ。さっきも言ったけどああいう目には慣れてるから」

 ぶっ飛ばした張本人であるマリルにチラりと視線を向けながら話す。

 「そう言ってもらえると助かるわ」

 シグナスが、安心したように表情を緩める。

 「どうしてあなたの弟がこの世界に来ることになったのか教えて」

 「私の世界に黒い格好をした男がやって来たの」

 「この男のこと?」

 マリルが、手元に召喚したメモリープレートに紳士の姿を映し出す。

 「この男に間違いないわ!」

 シグナスが、紳士を食い入るように見ながら叫ぶ。

 「妖精の世界にまで行くなんてなんて奴なの」

 マリルが、吐き捨てるように言う。

 「無謀というか命知らずな奴でござるな」

 「それで何かしたのか?」

 「すぐに女王に追い出されたから何もできなかったけど、その際に弟のシグナレスが世界から出て行ってしまったの」

 「なんでまた?」

 「弟は禁じられていた力を自由に使った咎で幽閉されていたの」

 「妖精にも危ない考えの奴が居るんだな」

 「あなた達人間と同じで感情があるんだから妖精だって色々な考えを持つわよ」

 シグナスは、少しだけ寂しそうに笑った。

 「つまり紳士を追っ払った瞬間をチャンスとみてこの世界へ来てしまったちゅうわけやな」

 「それってもしかしたら紳士と手を組む可能性も有るわよね~」

 「それは無いと思う。あの男から出ていた気配は私達とは全く合わないから」

 「紳士を追い払ったルートで来たってことはアキハバラに居るのか」

 「そういうことになるわね」

 シグナスが、重い一言を口にした。

 「なら早いとこ連れ戻さないと」

 「私に協力してくれるの?」

 「当然だろ。この世界の平和を脅かさせはしないぜ」

 「もちろん私達も協力するわ」

 マリルが、続けて協力を申し出る。

 「拾われたのがあなたと魔法使いで本当に良かった。知らない人だったら大変なことなっていたわ」

 「大丈夫。私達に任せて」

 マリルが、誓いを立てるように胸に手を当てながら話す。

 「あなた達に心からの感謝を」

 シグナスが、六人に礼を言った。

 「リュウガ、私の世界に行ってこの件を報告してきて」

 「承知」

 リュウガは、返事をして部屋から出て行った。

 「上の指示を仰ぐのか?」

 「その前に行動するに決まっているでしょ」

 「そう来なくっちゃな」

 「けど、守は待機。私達の様子はこれで見てて」

 マリルが、メモリープレートを操作した後、守を除く全員が席を立って、アキハバラに移動した。

 「また留守番か」

 部屋に一人になったところで、食べ物と飲み物を取りに厨房へ行った。


 「お前、着ている物を全部寄越せ」

 「なんだ、お前? 全部洗濯したのか~?」

 「いいから寄越せ」

 「ふざけんなっ」

 「まったく面倒な奴等だ」

 アキハバラのビルの路地裏にて、全裸の男が前に出した右掌から放射した光を浴びた三人組みは、眠るようにその場に倒れていった。

 全裸男は、その中から背丈の近い男の服を剥ぎ取って、身に付けた。

 衣服を着用した元全裸男は、何食わぬ顔で表に出て、少しの間人波に添って歩きながら周囲の風景を物珍しそうに見ながら歩いていく。

 赤信号の交差点に迷うことなく進み、車のクラックションを無視して、真ん中で足を止めた。

 「ここなら調度いい」

 男が、両手を広げた瞬間、右側からは水が溢れ、左側からは緑が生い茂っていった。

 突如発生した超自然現象に周囲の市民達が、悲鳴を上げながら逃げていく。

 「やっぱりこの力はすげえや。抑えてるなんてがバカみたいだぜ~」

 男は、高揚した気分を大声という形で、表現していた。

 それからすぐに市民が一斉に消え、アキハバラは無人と化した。

 「シグナレス、もうやめて!」

 男に声を掛けたのは、マリル達と一緒に転送魔法で現れたシグナスだった。

 「姉さん、なんでこの世界に居るんだ?」

 シグナレスが、さっきまでとは打って変わって、驚きの声を上げる。

 「あなたを連れ戻しに来たに決まっているでしょ。さあ、私達の世界に戻りましょ」

 言いながら右手を差し伸べる。

 「女王に頼まれて来たのか?」

 「違うわ。私の意思で来たの」

 「なら、いいや。あんな窮屈な世界に戻る気はないぞ。それに比べてここはいいや。なにしろ弱い奴等しかいないからな」

 自分の強さをアピールするように両手を広げて見せる。

 「弱い奴等ばっかりじゃないぞ」

 守が、前に進み出ながら言い放つ。

 「弱い奴が吠えるな」

 シグナレスが、うざそうに左手から緑の光を放つ。

 「危ない!」

 いつものように契約魔法から光の幕を出すよりも早く前に出たマリルが、防御魔法陣を展開して攻撃を防いだ。

 「俺だけでも防御できたぞ」

 「妖精の力なんだから契約魔法の壁くらいじゃ防げないわよ。というか、なんでここに居るのよ?」

 今までになく少し苦しそうな表情で、現場に居ることを聞いてくる。

 「邸に戻ってきたリュウガに連れてきてもらったんだ」

 リュウガを後ろ手に指差す。

 「リュウガ~」

 「おっと、リュウガを責めるなよ。いい考えがあるって無理言って連れて来させたんだから」

 「ほんとなの?」

 「左様でございます。それと準備が整い次第代表者が来ますので、その間に事態を解決するようにとのことでございます」

 「分かったわ」

 「俺を無視して話をするな。なんで魔法使いがこの世界に居るんだ?」

 「魔法使いだけじゃないわよ」

 マリルの声に合わせて、従僕達が前に進み出る。

 「精霊まで居るのか。ここは弱っちい人間の世界じゃないのかよ」

 「お生憎様、ちょっとした事情で居るのよ」

 「くそっ。人間より手強いがやれないことないぜ」

 「シグナレス、私も居るのよ」

 「姉さんは戻れ。俺の邪魔するなら容赦しないぞ」

 シグナレスが、戦う意思を示すように両手向けてくる。

 「勝手に戦いを始めようとするな」

 話に割り込んでいく。

 「人間が弱いのは事実だろ。さっきだって魔法使いに守られていたじゃないか」

 「確かにおたくの言う通り人間は弱いよ。ただその分すげえ強いもの作ってんだよ」

 「なんだ。それは?」

 「最強無敵の巨大ロボットだ!」

 自信満々に言い放つ。

 「巨大ロボット~?」

 シグナレスが、顔をしかめながら聞き返してくる。初めて聞く固有名詞に対して、いったいどんなものなか想像できないからだろう。

 「そいつは強いのか?」

 「当然さ。最強無敵ってのはどんな奴にも絶対に負けないって意味だからな」

 自信満々に最強無敵の意味を説明する傍らで、マリルは額に手を当てて、やれやれと頭を振っていた。

 なんだかんだで、毎度お馴染みのパターンにハマっているからだ。

 「じゃあその巨大ロボットとかいうのを倒せばこの世界を好きにしていいのか?」

 「いいぜ。その代わり負けたら大人しく妖精の世界に帰ってもらうぞ。安心しろ。シグナス達には一切手は出させないから。出した時点で俺の負けってことでいい」

 「自分から不利な条件を言い出すなんて相当な自信があるんだな」

 「でなきゃ、こんなこと言わないよ。そっちはどうなんだ?」

 「いいだろう」

 条件を飲んだシグナレスは、守と同じように自分に絶対の自信を窺わせる表情を浮かべていた。

 「なあ、戦う前に一つ聞きたいんだけど」

 「なんだ?」

 「なんでうちの学生服着ているんだ?」

 シグナレスは、守が通っている高校の制服を着ていたのだ。

 「これ学生服っていうのか。体に合いそうだから奪っただけで種類なんて知らないよ」

 「そういうことか。お前の全裸を見なくて良かったよ」

 「ちょっと、守」

 マリルに手招きされた後、一堂で円陣を組んだ。

 「なんだって毎度毎度こういうことになるのよ」

 「一番手取り早い方法だからだよ」

 「どうして戦うことが手取り早い方法になの? 話し合いじゃダメなのかしら?」

 シグナスが、困った表情で戦う理由を聞いてくる。

 「あいつはこの世界で力を示したいようだからこっちも力を示すんだよ」

 「まもちゃん、ちょっと野蛮過ぎじゃな~い?」

 「いいんだよ。この世界にも叶わないくらい強い奴が居るって分かればシグナレスも諦めが付くだろ」

 「確かに守殿の言うことに一理あるでござるな」

 従僕中、一番武道派のホオガが、賛同の意思を示す。

 「けど、わいらが一緒になることでマジンダムは本領を発揮するんやで。まもはん一人じゃ力が半減するやん」

 ライガが、不安そうに意見を述べる。

 「その辺は腕でカバーするさ」

 返事をしながら右腕を軽く叩いてみせた。

 「私は守様を信じます」

 リュウガが、ホオガに続いて賛同の意思を示す。

 「そんならわいもまもはん信じるわ」

 「あたくしも」

 ライガとフウガが、右手を上げながら賛同の意思を示していく。

 「フウガまで?」

 「マリル様、事態を早く解決するのでしたらここはまもちゃんを信じるのが一番ですわよ」

 フウガが、守に賛同する意図を明確に説明する。

 「二人はどうするんだ?」

 少しニヤけた顔で、マリルとシグナスを見ていく。

 「分かった。私も守を信じるわ」

 マリルは、ため息の後に苦笑しながら手を上げた。

 「私は・・・・」

 シグナスは、決めかねるように視線を泳がせた後、助けを求めるようにマリルを見た。

 「大丈夫、守を信じて」

 マリルの自信を持った一言を受け、シグナレスはもう一度全員の顔を見て

 「分かった。あなたを信じるわ」と強い決意を込めた一言を口にして手を上げた。

 「シグナス、私はあなたの条件を飲むことにするわ。ただ、この世界にこれ以上被害を出さない為にも結界を張らせて」

 「構わないぜ」

 シグナレスの承諾を得て、シグナスが両手を上に上げると掌から光が溢れて、アキハバラ全体を光りの膜で包んでいった。

 「そんじゃ頼むぜ。マリル」

 マリルは、大きく頷いた後、召喚したマジンダムを巨大化させた。

 「マリル抜きの一対一での戦いなんてホオガと戦った時を思い出すぜ」

 「あの時も熱い戦いでござったな~」

 「そうそう」

 ホオガと一緒に戦ったことを懐かしんだ。

 「思い出に浸っていないでさっさと終わらせて」

 「分かったよ」

 「これが巨大ロボットってやつなのか?」

 シグナレスが、マジンダムを目の当たりにして、驚きの声を上げる。五十メートルを越える本物の巨大ロボットを、初めて目にしたのだから無理もない。

 「どうする~? 止めるか~?」

 ワザと煽るような言い方をしてやる。

 「そんなわけないだろ。俺の力を見せてやるぜ」

 「そうこなくっちゃな。じゃそれ以外のことはよろしく~」

 「いいけど、どうやって乗るのよ?」

 「おいおい、忘れたのかよ。マジンダムは外部操作で乗れるんだぞ」

 「そうだっけ? すっかり忘れてたわ」

 「・・・・まあいいや。マリルは巨大ロボットに全く興味が無いんだからな」

 少し残念な気持ちになりながら、マジンダムの右足と右手をにある操作盤を使って搭乗した。

 「こっちの準備はいいぞ」

 外部スピーカーで、戦闘体勢が整ったことをシグナレスに伝える。

 「じゃあ、俺もいくとするか」

 シグナレスの全身が光り、あっという間にマジンダムと同じサイズに巨大化した。

 「へぇ~ここまでデカくなれるんだ。妖精ってやっぱり凄いんだな」

 画面越しの巨大化した学生服姿のシグナレスを見て、感嘆の言葉を送る。

 「ここまでデカくなったのは俺も初めてだけどな」

 シグナレスが、自身を見ながら巨大化した感想を声に出す。

 それから僅かな沈黙の後、示し合わせたように走り出し、距離が縮まったところで、右手を突き出させた。

 一方のシグナレスは、左手を開いた状態で突き出し、マジンダムのパンチを掌で受け止めたことで、金属とは異なる音を鳴らした。

 「マジンダムのパンチを受け止めるなんてやるじゃん」

 「ただ受け止めただけだと思うか~?」

 マジンダムの右手から植物の蔓が芽吹いて、腕全体を覆い始めると、サポートシステムが右腕全体に異物が侵入して、機能を浸食していることを画像付きで警告してくる。

 「腕自体から草が生えてんのか? 妖精ってこんなことまでできるのかよ?」

 「妖精なら朝飯前のことだ」

 「ったく、なんて予想外の攻撃だ!」

 マジンダムの右手をシグナレスから外そうと、コントロールスティックを動かしたが、ビクともしなかった。

 「パワーまで有るのかよ!」

 「妖精が貧弱なんて思い違いもいいとこだぞ!」

 シグナレスが、余裕の返事をしている間にも蔓は、右腕の肘間接まで生い茂っていた。

 「くっそ~! 離しやがれっ!」

 「誰が離すか。このまま全身を覆い尽くしてやる!」

 「だったら絶対に離すなよ~」

 フットペダルを動かし、マジンダムをその場で踏ん張らせた。

 「引っ張っても離さねえからな」

 「これでも離すんじゃねえぞ~」

 そうした意地の張り合いのようなやり取りをしている間に蔓は、右肩に達しようとしていた。

 「今だ! 右腕分離っ!」

 その声に合わせて、コックピットに表示されたLOCKの画面に触れると、右腕が肩ごと外れた。

 それによってシグナレスには、マジンダムを離さないようにしていた力が全部跳ね返り、物凄い勢いで後ろ向きに転がっていき、止まったところで大きなキノコ雲を上げた。

 「妖精がこんなに強いなんてほんと予想外過ぎだぜ。さて、右腕はもう使えないからこの後どう戦うかだな」

 薄れていく雲を見ながらこれからの戦いに付いて思案する。

 「右腕が外せるのか。巨大ロボットってほんとなんなんだよ?」

 立ち上がったシグナレスが、マジンダムの巨大ロボットならではの仕様に対して、驚きを上げる。

 「そこが巨大ロボットの良いところさ」

 「だったらその良いところを生かせないままやられちまえ!」

 シグナレスが、両手を地面に付けた瞬間、地鳴りと共にアスファルトを突き破って、マジンダムの四方八方から巨大な木の根が出現した。

 「こんなもんっサンダーブーメラン!」

 左手で外した胸パーツをブーメランに変えて、木の根を片っ端から斬っていく。

 「胸から武器なんか出すなよ!」

 「それが巨大ロボットなんだよ!」

 「だったら、これはどうだ?!」

 植物に変わって、地面から先の鋭く尖った大岩が隆起してきた。

 「こんな大岩でマジンダムを止められると思うな!」

 ブーメランをしまい、パンチとキックで、大岩を破壊しながらシグナレスに迫って行く。

 「ほんとになんなんだよ?! 巨大ロボットってのは~?!」

 マジンダムが迫るに連れて、シグナレスの表情に焦りの色が帯びていく。

 「これならどうだ!」

 シグナレスが、両手を上げるのに合わせてやってきた大量の虫が、左手や背中や両足の排気口に侵入して、マジンダムの機能を狂わせていった。

 「どうだ? これなら手も足も使えないだろ」

 「その手と足を使わなきゃいいだけさ!」

 言い返しながら全ての合体を解除して、マジンダム単機で向かっていく。

 「小さくもなるのかよ!」

 「合体ロボットの基本仕様って言ってんだろ!」

 「それなら分離もできないようにしてやるよ!」

 シグナレスが、右手に出した小さな種をマジンダムに向かって投げ、足元に落ちた瞬間、猛烈な勢いで生えてきた木の枝が、マジンダムを呑み込みながら伸びて、天を貫くほどの巨大な大樹になった。

 「どうだ? 世界の大樹に飲まれた気分は? 何もできないだろうが!」

 その問い掛けに大樹からは、何の反応も無かった。

 「俺の勝ちだな! この世界は俺のものだ! これからは自由に好き勝手に力を使いまくって生きてやるぜ~!」

 シグナレスが、自身の勝利と野望を大声に出していく。

 「それがお前の野望ってわけか。ま、巨大ロボットの悪役がよく言う台詞が聞けて良かったよ」

 大樹の中から守の声が発せられる。

 「・・・・嘘だろ?」

 シグナレスが、驚嘆の声を上げる。

 「ほんとのことさ!」

 守の大声に合わせ、大樹の一部が裂け、その中から真っ赤に輝くマジンダムが姿を現した。

 「なんで平気なんだよ? それにその姿はいったいなんだ?」

 「マジンダムの特殊機能のファイヤーモードさ。これで木を焼くことで身を守ってたんだよ。グレートマジンダムの機能が使えないからダメかと思ってたけど一か八か試してみて大正解だったぜ」

 言い終え、大樹からジャンプして離れて、大の字体勢を取ったところで

 「ファイヤーイーグルアタアアアァァァック!」と叫ぶなり、マジンダム全体から発生した炎が大鷲を形造り、シグナレスに向かっていった。

 「くっそ~! 来るんじゃねえ~!」

 シグナレスは、蔓や岩を出して行くてを阻もうとしだが、炎の鷲となったマジンダムはそれらを全て打ち砕き、腹部に直撃してもなお勢いを落とさず、後方の建物を破壊しながら押し進み、結界に背中を当てさせた。

 「どうだ!? 降参するか~!?」

 結界に押し付けた状態で、降伏するかどうか尋ねる。

 「誰が降伏なんかするかってんだっ!」

 シグナレスは、苦しそうな声で言い返しながら、マジンダムを鷲掴みにしてきた。

 「なんで草が生えない?」

 「全身が燃えてんだから生える前に焼いてるに決まってんだろうがっ!」

 「くっそ~! 離せ! 離せ~!」

 シグナレスは、マジンダムを必死に殴ったが、守はコントロールスティックを強く握って、しがみ付かせせた状態を維持した。

 「だったらっ」

 シグナレスは、体を縮めて人間サイズに戻ることで、マジンダムから逃れた。

 「ちっ妖精ならではの方法で逃げやがったか」

 「どうだ。これで振り出しに戻ったな」

 再度巨大化して、挑発的な言葉を口にするシグナレスの顔には、戦い始めた頃の自信は消え、苦悶の表情を浮かべていた。

 「それならトドメに繋がる強烈な一撃を食らわせるしかないな」

 シグナレスの状態を察しながらも、攻撃的な言葉を送る。

 「そんな小さい体のヒョロい攻撃にやられるか~!」

 シグナレスは、マジンダムに向かって右パンチを突き出した。

 「その前に取りに行く物があるけどな」

 マジンダムに回れ右をさせて、シグナレスに背中を向けるなり、逃げるように飛んでいった。

 「てめえ~逃げるんじゃねえぞ!」

 シグナレスが、背中から虫に似た羽を生やして、空を飛んで追いかけてきた。

 「よくあんな羽でスピード出せるな」

 「妖精の基本能力だ!」

 マジンダムは、シグナレスに追い付かれ、背中を蹴られて落ちていった。

 「どうした~? 俺に強烈な一撃を与えるんじゃなかったのかよ!?」

 シグナレスが、壊れた建物の残骸に埋もれているマジンダムに向かって言い放つ。

 「そうだよ。けどな、誰がマジンダムの腕で殴るなんて言った~!?」

 瓦礫の中から姿を見せたマジンダムが抱えているのは、蔓で覆われたグレートの右腕だった。

 「そんな腕で何するつもりだよ?」

 「こうするんだよっ!」

 マジンダムの右腕を、グレートの右腕の差し込み口に無理矢理押し込んだ。

 「まだまだこんなもんじゃないぞ!」

 右腕を差した状態で世界の大樹に向かい、幹に拳を突き刺して、マジンダムに踏ん張る体勢を取らせ、腕を上げさせていくと、世界の大樹全体が揺れ始めた。

 「お前、まさか・・・」

 「その、まさかだよ」

 返事の後、大樹をアキハバラから引き剥がした。

 「世界の大樹を引き剥がしただと~? どんだけの力だよ!?」

 「マジンダムはコアロボットだから一時的にパワーを倍増できるんだよ~!」

 世界の大樹を凶器として、シグナレスに向かっておもいっきり振った。

 シグナレスは、蔓や岩に虫を出して抵抗を試みたが、全て打ち砕かれて無駄に終わり、ぶっ太い幹に殴られて、ぶっ飛ばされていった。

 「どうだっ!?」

 その問いに対して、シグナレスは最後の抵抗とばかりに頭を上げたが、途中で力尽きたように降ろした後は、元の妖精サイズに戻っていった。

 「よし! 俺の勝ちだっ!」

 大樹を降ろして、引き抜いた蔓まみれの右腕を掲げ、自身の勝利を声高らかに宣言した。

 その声を受けてマリル達が、マジンダムの前に現れていく。

 「俺は・・・負けたのか? 嫌だ・・・・そんなの嫌だ・・・・・」

 シグナレスは、仰向けに倒れたまま、負け惜しみを口にしていた。

 「勝ちたいですか?」

 シグナレスの前に現れた紳士が、親しげに声を掛けてくる。

 「・・・・勝ちたい」

 「私に協力していただければ勝たせて上げますよ」

 「あいつに勝つ為ならなんでもやってやるっ!」

 「契約成立ですな」

 紳士は、シグナレスを拾い上げ、右手に持っている大きめのフィギュアとくっ付けた。

 その瞬間、全身が光に包まれて巨大化し、上半身はシグナレス、下半身が獅子、両脇に鷲の翼、尻尾は龍の怪物になった。

 「あいつ~また余計なことをっ。それにしてもあのライオンや翼ってどこかで見たことあるな」

 「精霊をパーツにしているのね」

 マリルが、疑問に答えながらコックピットに姿を現した。

 「いったいどういうことだよ!?」

 「捕まえた精霊達を材料にしているのよ。これであの紳士がなんで妖精の世界に行ったのか納得したわ」

 「私達を材料にしようとしていたのね」

 シグナスが、コックピットに姿を現す。

 「なんでシグナスまで?」

 「あんなことになったらもうあなた達だけの力ではどうにもならないから力を貸しにきたの」

 「それは心強いな。ただ肝心のグレート形態になるにはパーツを合体できる状態にしないと」

 マジンダム以外は、どれも草や虫に覆われ、機能停止状態にあったのだ。

 「それなら私がパーツをこの場に転送するからシグナスは元に戻して」

 「分かったわ。それにしても変わった姿勢でいるのね」

 シグナスが、膝抱っこ状態の二人を見ながら言った。

 「ちょっとした事情があるんだ。それよりも転送なんかしている暇は無いぞ」

 少し顔を赤くしながら返事をしている間にも、シグナレスが襲いかかって来る。

 そこへシグナレスの目の前に大量のハエが飛んできて、気を逸らしているところに真紅の獅子、黄色の竜、緑の大鷲が攻撃を仕掛けていった。

 「マリル様、守様、ここは我等にお任せを」

 リュウガからの声が、脳内に響く。

 「お前等無茶はするなよ」

 「我等の同士を解放してもらうでござる!」

 「ほんまにあいつはえげつないわ~!」

 「必ずギッタンギッタンにしてやるんだから~!」

 従僕達が、仲間を材料にされたことへの恨みを叫んでいく。

 「今の内にパーツのある場所に移動よ」

 それから転送魔法で分離したパーツのある場所に移動した。

 「シグナス、まずは右腕を戻してくれ」

 「分かったわ」

 シグナスの体が光り、それに合わせてコックピットが光った後、その光が右腕に伝わっていって、全体を包むと蔓は一本残らず消え、元通りの姿になっていった。

 「機能も回復してる。マリル、アースシールドだ!」

 「分かったわ」

 一端右手を外した後、召喚した盾をシグナレスの遠距離攻撃に備えて、背中に抱えた。

 その間にシグナスが、マジンダムの両手を通して、転送されたパーツに光を注いでいく。

 一方、従僕達は必死に攻撃していたが、シグナレスには一切効かず、蹴散らされるばかりだった。

 「このままじゃあいつらがもたない。まだ終わらないのか?」

 「今、足が終わったところよ」

 「よし、元に戻った順からロボットに憑依していけ!」

 「承知!」

 その指示に従い、元通りになったパーツ担当の従僕が憑依することでロボットに変形して、シグナレスの妨害に向かっていく。

 従僕達は、巨大ロボットになってことで防御力が上がり、シグナレスの力にもある程度対向できるようになった。

 「これで最後よ」

 「ホオガ!」

 「承知!」

 ホオガが、自身の担当であるホワイトクイーンに憑依することで、グレートマジンダムに合体する為のロボット全機が揃った。

 「ようし、合体だっ!」

 号令の後、五機が合体してグレートマジンダムになった。

 「お前に本当の最強無敵の力を見せてやるよ」

 シグナレスが、その声に応えるように、マジンダムに正面から向かってくる。

 マジンダムに両腕を広げさせて、シグナレスを正面から受け止め、がっぷりと絡み合う。

 それから少しの小競り合いの後、マジンダムはシグナレスを地面から浮かせ、反対側に放り投げて地面に叩き付ける。

 「ファイヤーアローキック!」

 マジンダムのキックを垂直飛行で回避したシグナレスは、巨体に見合った咆哮を上げ、その猛烈な音圧で周囲の建物を粉々に破壊していく。

 「このままじゃアキハバラが全壊するぞ」

 「それなら急いで決着を付けないとグレートブレード!」

 召喚した剣を両手で構え、ジャンプして斬りかかっていったが、シグナレスが全身を覆うように張った球体型のバリアによって、刃は弾き返されてしまった。

 「グレートブレードが弾かれた~? どれだけ強力なんだよ」

 「私の力を込めれば障壁もろともあの怪物を斬れるわ」

 「分かったわ」

 「ちょっと待て。あいつを斬るってことはシグナレスも死ぬんじゃないか?」

 その質問に対して、シグナスは苦しそうに顔を背ける。

 「やっぱりか。自分の弟を殺すつもりかよ?!」

 「それどういうこと? 今まで倒してきた敵は斬っても平気だったじゃない」

 「今までは魔力でデカい体を造っていたけどシグナレスは自身がデカくなってるから斬れば死ぬんだよ」

 「仕方ないでしょ! あんな風になってしまったんだから。早くしないとこの世界も危ないしあの子にこれ以上罪を重ねさせたくないの・・・・」

 非常な言葉を口にしながら両目に涙を浮かべていることからも、本心ではないことが窺える。

 「助ける方法ならある。断片を引き剥がせばいい。そうだろ。マリル?」

 「その言い方すると剥がす方法は私に丸投げってことよね。あれだけの生き物が集合しているからどこかに核の役目をしてる断片があるからそこを攻撃すれば元に戻せるわ」

 「今は分からないのか?」

 「障壁のせいで探知できないの」

 「だったらまずは障壁を破らないとな。シグナス、あれもお前の力でどうにかなるか?」

 「できるけど力を飛ばせる道具はある?」

 「それなら調度いいのがある。ビックバンキャノン!」

 マジンダムから分離した5つのパーツから構成されたキャノン砲を持って、銃口をシグナレスに向ける。

 「それじゃあ私の力をあの道具に込めるわ」

 シグナスの体が光がり、それに合わせて、ビックバンキャノンの銃口が輝きで溢れていく。

 「今よ!」

 シグナスの合図で、トリガーを引き、銃口から今までとは違う虹色の波動が発射され、障壁に当たるとヒビが入り始めていく。

 「もう少しだ。がんばれ!」

 ヒビは徐々に範囲を広げていき、ガラス玉を砕くようにして、障壁を破壊したのだった。

 「マリル、断片の位置を探れ!」

 その指示を聞いたマリルが、怪物の全身を探っていく。

 「見つけた! 下半身の腹の中心よ!」

 「ようし、それならグレートブレードをキャノンの波動に乗せて飛ばすんだ!」

 「分かったわ!」

 マリルが、グレートブレードを銃口の前に召喚したことで、剣は波動の流れに乗って勢いよく飛び、狙い通りに断片のある脇腹を貫いていった。

 猛烈かつ悲痛な叫び声を上げたシグナレスは、力が抜けたように落下し、その間に徐々に縮み始め、他の生き物と分離して、地上に落ちた時には元のサイズに戻っていた。

 「シグナレス!」

 シグナスは、自身の転送能力でシグナレスの元に向かった。

 「姉さん、早く俺を殺せよ。そうじゃないと女王に罰せられるぞ」

 「さっきまでそうしようとしていたけど今はできないわ」

 「なんで?」

 「こんなに弱っている弟を殺せるわけないでしょ・・・・」

 言い終えたシグナスは、力尽きたように倒れてしまった。

 「いったいどうしたんだ?」

 画面越しにその様子を見ていた守が、焦りの声を上げる。

 「きっと妖精としての力が尽きようといるんだわ」

 「だったら媚薬でどうにかしろよ」

 「すぐには無理よ」

 二人が言い合っている最中、シグナレス達の前にマジンダムとほぼ同じサイズで、綺羅びやかな衣装を纏った巨大な女性が姿を現した。

 「なんだ、あれ、ラスボスか?」

 画面越しに見える巨大女性をTVでよく見る芸能人に例えた。

 「バカっ。あれが妖精の女王よ」

 返事をしたマリルは、転送魔法でシグナス達の側へ移動し、従僕達もその後に続いていく。

 そのタイミングで五人とシグナス達の間に、白い魔法使いの服を着た男が現れた。

 「あれは誰だ?」

 背中を向けているので、男だけを拡大しても、どんな顔をしているのか分からなかった。

 「私はジョバン・パプティマス。魔法連邦を代表して参上しました。此度の事は我世界の不遜の致すところ、女王よ、どうか寛大なご処置と彼等の処分を私共に委ねていただけないでしょうか?」

 ジョバンは、膝を付きながら自身の要求を述べていった。

 「パプティマス? ドロシーに俺を探らせた奴等と同じ名前だな」

 ドロシーから聞いた情報を思い出した。

 「あの巨人に乗っている人間を妾の前に」

 女王の口から出た言葉は、声というよりも風のように感じられた。

 「俺をご指名かよ」

 それから振り返ったジョバンがマリル達に頷いた後、転送魔法で女王の前に移動させられた。

 自身の肉眼で見る女王は、想像しているよりも遥かに巨大であったが、感覚としては生物や建造物ではなく、大空や大海といった大自然の一部と対面しているような感じだった。

 「巨人の操者よ。名は?」

 「鋼守」

 声を震わせることなく、堂々と名前を言った。スケールは違えど、超常的な存在に慣れている為だろう。

 「人の身で有りながらよくこの事態を治めた。女王として心からの感謝とその証として望を叶えよう。なんなりと申すがよい」

 「それならシグナスと精霊の回復、それとシグナレスの罰を軽くして欲しい」

 守の返答に対して、女王を除く全員が一斉に顔を上げていく。

 「何故、シグナレスの慈悲を望む? お主の世界を脅かしかけたのだぞ」

 「そうかもしれないけど甚大な被害は出ていないし、シグナレスのやったことはまあ若気の過ちっていうのかな~。それに俺の乗る巨大ロボットは人を殺す為の機械じゃないし」

 自分でもうまく言えてないと思える返答だった。

 「では、そなたの望みを叶えよう」

 女王が、シグナスと精霊達に向けて自身の光を注いだ後、両目を開け、顔を起こしていった。

 「私はいったい・・・女王?」

 「そこに居る巨人の操者がそなたの回復を望んだのだ。シグナレスへの処罰も善処するとしよう」

 女王の言葉を聞いて、守達が安堵の表情を浮かべていく。

 「それと妾からの褒美を授けよう。受け取るがよい」

 女王が、右掌から放射した光が放置されている世界の大樹に注がれていくと、向日葵の種ほどの大きさになって、守の元へ飛んできた。

 守は、確認するように女王の顔を見てから種を右手で受け取った。

 「それは見た目以上に大いなる力を秘めている。強大な運命の中に居るお主にはいつか役に立つ時が来るであろう。魔法連邦の代表よ、この者達を処分することは許さぬ」

 「あの巨人もでございますか?」

 「そうだ。強大な力を持ってはいるがここに存在するということはどのような運命であるにせよ世界が受け入れた証。故に手出しは無用」

 「それが女王のご意志とあればその言葉を評議会にも伝えましょう」

 「そうするがよい。では、我らはこれで帰還する」

 「守、ありがとう。これは私からの感謝の印」

 そう言って、シグナスは守の額にキスをして消えていった。

 「君とはいつかゆっくり話す時が来るだろう」

 「どうだかね。俺がそっちの世界に行くことは無い気がするけど」

 返事をしながら振り返った時には、ジョバンはすでに消えていた。

 顔が見えなかったので、どんな表情をしていたのかは分からないが、声の感じからあまり好意的ではないような気がした。

 「これでとりあえず一件落着だな」

 「本当でございますね」

 「一時期はどうなることかと思ったでござる」

 「ほんま、心臓に悪かったで~」

 「けど、妖精の女王様ってほんとに美しかったわ~」

 「それと仲間が元に戻って良かったな。あいつらどうすんだ?」

 自分達の側に来た精霊達を見ながら聞いた。

 「後で元の世界に帰すわ。それにしても女王相手によくあそこまで言い切れたわね。私だったらまともに返事さえできなかったわ」

 「最強無敵の巨大ロボットのパイロットは違うのさ」

 自信満々に胸を叩く中、ポケットに入れてあるスマホから着信音が鳴った。

 「誰だろ? げっ・・・・もしもし母上様ですか。え? 柊が俺に会いに来るですって~?!」

 守は、大声を上げて通話を終えた。

 「どうしたのよ。大きな声なんか出して」

 「・・・妹が会いに来るんだ・・・・」

 先程までの自信に満ちた表情が嘘のように青ざめた顔で、妹の来訪を告げるのだった。

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