第17話 侍と魔法少女。
「いってらっしゃいませ。ご主人様」
会計を済ませ、店を出る際にメイドさん達からお約束の台詞を言われたホオガは
「いってくるでござる」といつもの台詞を返し、満面の笑みで店を後にした。
断片を発見できて、気分良く歩いている中、メイドさんからチラシを受け取り、「良かったら来てくださいね❤」という社交辞令を真に受けて行ってみたところ、どハマりしたのだ。
リュウガが超○金、フウガが美少女アニメ、ライガがプラズマボールときて、ホオガは三次元のメイドさんに夢中なのである。
なお、店のメイドさん達からは、正装姿のワイルドなおじさまとして、人気を得ているのだが、規則上言えないので、ホオガ自身は知らなかった。
腹も心も満たされ、上機嫌な気分で、集合場所へ足を向っていた。
「・・・・」
突然足を止め、体の向きを変えて走り出し、通行人を巧みに避けながら進む中、一軒の店から出てくる紳士を目にした。
「そこのおぬし」
ホオガは、紳士に声を掛けた。
「なんでしょうか?」
足を止めた紳士が、振り返りながら返事をする。
「人ではない異様な気配と西洋風の服装、フウガの言っていた怪しい男でごるな」
「そういうあなたは魔女の使い魔ではありませんか」
紳士は、いきなり問い詰められたことに驚きも怒りもせず、いつも通りの丁寧な口調で、ホオガの素性を言い当てた。
「やはりでござるか。今回は騒ぎを起こす前に止めてやるでござるよ」
ホオガは、話ながら拳を構えた。
「それは困りますな~。せっかく見つけた新しい楽しみを無駄にしたくないですし、毎回あなた方がどう戦うか見るのを楽しみにしているのですよ」
「残念ながらそうはさせないでござる!」
ホオガは、右拳から炎を出しながら紳士に殴りかかっていった。
拳が届く前に紳士は姿を消し、気配を察して後ろを振り返った時には目と鼻の先に立っていて、右手に持っている杖を軽い動作で振ってきた。
ホオガは、両腕を胸の前で組んだ防御体勢を取り、両足に力を込めて踏ん張ったものの、数メートル後方へ押され、道路に削った跡を刻んでいった。
「ほほ~予想以上の強さですね。実に素晴らしく面白い~」
紳士が、とても嬉しそうに賛辞と拍手を送ってくる。
「お主に誉められても全然嬉しくないでござるよ!」
ホオガは、言い返しながら左拳にも炎を出して、紳士に向かって行った。
「さてと、この辺で退散させていただきましょう。これから始まる楽しみの準備をしなければなりませんので」
紳士は、一礼するなり、その場から一瞬にして消えた。
「このホオガ、一生の不覚でござるっ!」
意味が無いと分かっていたが、道路を叩かずにはいられなかった。
契約魔法を通して、リュウガ達に事態を報告すると、到着する間にやっておくことを指示された。
ホオガは、交信を終えると、紳士が出てきた店に向かった。リュウガからの指示は、紳士が店で何をしたのか調べることだったからだ。
「いらっしゃい」
手動式のドアを開けて店内に入ると、禿げ頭で丸眼鏡を掛けた小柄なちょび髭男の出迎えを受けた。
「ここはいったい何の店でござるか?」
店内を見回しながら聞いた。
「骨董店ですよ。色々と古い物を売っているんです」
満面の笑みによる、とても愛想のいい返事が返ってくる。
「それはいいとして聞きたいことがあるのでござるが」
「なんだよ。あんた、客じゃないのか。手短かに済ませてくれよ~。あたしも暇じゃないんでね」
ホオガが、客ではないと分かった途端、店主は別人のように表情と口調と態度を一変させた。
「先程ここへ来た男が何をしたのか知りたいのでござる」
「あんた馬鹿~? そんな個人情報に触れることを店主のあたしがペラペラ話すわけないだろ。さ、話は終わりだ。帰った。帰った」
店主が、右手で追い払う仕草をする。
「どうしても聞きたいのでござるが、どうすれば良いでござるかな?」
ホオガは、店主に条件を出させることで、情報を聞き出す手段に出た。
「そうだな。何か一品買ってくれ」
「ならば、店主殿が選んでくだされ。拙者、この手のものはてんで分からないでござるから」
ホオガは、品の選択を店主に委ねた。
「そうか。じゃあ、これだな」
店主が、選んだのは一体の日本人形だった。
「これはいったい何でござるか? フウガの持っている美少女フィギュアとは趣が異なるようでござるが」
「こいつは日本の伝統人形だよ。ちょっとした曰く付きで全然買い手が付かなくて困っていたんだ。供養に行くのも面倒だし、これを引き取ってくれたら教えてやってもいいぜ」
店主は、ニヤついた厭らしい表情を浮かべながら品物の説明をした。
「承知したでござる。幾らでござるか?」
「まあ、ざっと五十万ってとこだな」
店主が、足元を見た無茶な金額を提示してくる。
「分かったでござる」
ホオガは、なんの躊躇いもなく懐から五十万を出した。
「ほんとに出しやがった?! あんた、こいつに五十万も出すのかよ!」
現金五十万円を前にした店主が、厭らしい表情が吹き飛ぶくらいに表情を変えていく。
「店主殿の言われた代金を出しただけでござるが、何か問題でもあるのでござるか?」
「いや、そういうわけじゃない。無茶な金額を言ってほんとに出したのはあんたが初めてだからちょっと驚いただけさ。確認するから待っていてくれ」
人形を棚に戻した店主は、五十万円を受け取り、一枚一枚丁寧に数えていく。
「代金は頂戴したから教えてやるよ。さっきの男は日本刀を買っていったんだ」
「日本刀? 武器でござるか?」
「昔の日本人が使っていた武器だよ。ほら、そこに別のが飾ってあるだろ」
店主が、窓際に飾っている日本刀を指差す。
「ほう、初めて目にする武器でござるが、中々なデザインでござるな」
ホオガは、日本刀の美しさにちょっと感動した。
「そんなござる口調だからてっきり日本被れの外国人かと思ったけど、違うのかい?」
「この口調は個性を出す為に使っているだけでござるよ」
「そうなのか。ただあの刀、この人形と同じくらいに曰く有りだね。古い蔵の解体工事に出向いて引き取ったんで理由は分からないが、あたしは目利きだから一目で分かったよ」
「そんな怪しげな物を売ったのでござるか」
「そりゃあ、曰く付きたって売り物として出しているんだから欲しいって言われれば売るのは当然だろ」
「そうでござるな。かたじけのうござった」
「おい、人形忘れるなよ。今、箱と袋に入れてやるから」
店主は、裏に入って取ってきた箱に人形をしまい、袋に入れて手渡した。
「ホオガ、どうだった?」
店から出ると、外で待っていたリュウガ達に店で聞いたことを話した。
「そうか、今度は武器を材料に使うつもりか。よし、三人は残って警戒に当たれ。私はマリル様にご報告した後、今日の買い出しに行ってくる」
「リュウガ殿、それならこれを持っていってくだされ」
「これはなんだ?」
「先程の店で情報と引き換えに買った日本人形でござる。持っていては邪魔になってしまうでござるからな」
「分かった」
リュウガは、曰く付きであることを知る由もなく、差し出された日本人形を受け取って、車を停めている駐車場に行った。
アキハバラを和服姿で、左腰に刀を挿し、髪を後ろに束ねた侍か浪人のような男が歩いている。
男は、通行人に対して、値踏みでもするように鋭い眼光を向けていた。
通行人達は、アキハバラ特有のコスプレだと思い、怪しみながらも警戒することはなかった。
「俺の拳にかかればちょろいもんだぜ~」
「さすがですね。兄貴~。その強さには惚れちまいますよ」
「おいおい、男に走る趣味はねえぞ」
二人組の柄の悪い男が、腕自慢の話をしながら歩いていた。
「お主、強いのか?」
男は、足を止めて、二人に声を掛けた。
「なんだ? おっさん。変な恰好しやがって」
「侍とでも思ってもらおう」
「侍だ~? コスプレの間違いだろ」
兄貴と呼ばれているアフロヘアーの男が、バカにしたように言い返す。
「コスプレが何かは知らぬが、拙者はお主に強いのかと尋ねているのだ。その問いに応えてもらおう」
「ああ、強いぜ。なんせ、空手黒帯だからな」
兄貴は、自分の強さを見せ付けるように、構えのポーズを取ってみせた。
「そうか、ならば拙者と手合わせ願おうか」
侍が、腰に下げている刀を鞘から抜くと、夕日を浴びた刃が、独特の鈍い光を放った。
「それ本物か?」
兄貴は、刀を指差しながら聞いた。
「むろん本物だ」
「おいおい、本物なんか持てるわけないだろ。こいつコスプレし過ぎて頭おかしなってんじゃないか? なあ、おい」
「ほんとですよね~」
それから二人は、大声で笑い出した。
「疑うのなら斬れ味を見せてやろう」
侍が、刀を真横に一刀すると兄貴のアフロヘアの頂上部が斬れて、見事なてっぺん禿になった。
「ほんとに本物だ~!」
兄貴は、恐怖と驚愕の入り交じった叫び声を上げた。
「初めから本物と言ったはずだぞ」
侍が、話ながらようく見えるように、刀の切っ先を兄貴に向けていく。
「うわ~逃げろ~!」
「ま、待ってくださいよ。兄貴~!」
兄貴が、逃げ出すと、舎弟も後を追うように逃げ、通行人達も逃げ出していった。
「この程度で逃げるとはつまらぬな」
侍が、刀を鞘に収めようとしていたところへ、自転車に乗った警官がやってきた。
「君、そこで会った二人から本物の刀を持っていると聞いたんだが、本当かね?」
警官は、自転車を止め、落ち着いた口調で話し掛けてきた。
「本当だ」
侍は、刀をよく見える角度で持ちながら返事をした。
「それなら銃刀法違反だ。刀をこちらに渡しなさい。事情は署で聞くから」
警官は、右手を手錠に添えながら左手を出して、刀を渡すように促した。
「この刀は我が命、それは聞けないな」
「拒否するというのなら公務執行妨害で逮捕することになるぞ。大人しく渡すんだ」
警官は、侍を警戒して、手錠から拳銃に手を乗せ変えながら、再度刀を渡すよう要求した。
侍が、無言で刀を振ると警官の制服が切れ、肌が露わになった。
「何をする?! 今すぐ刀を捨てろ!」
突然の行為に警官は、慌てて拳銃を取り出し、侍に銃口を向けた。
「それは火縄銃か?」
侍は、拳銃を恐れるどころか、顔を近付けて興味深く観察していった。
「け、拳銃だ。刀をその場に置け! さもないと発砲するぞ!」
侍は、さっきと同じように返事をせず、目に見えない速さで刀を振った後、鞘に納めて小さな音を鳴らした。
その音が鳴り止むのに合わせて、拳銃は持ち手だけを残してバラバラになっていく。
「ひぃ~!」
声を上げながら、その場に座り込んで、失禁して動けなくなった警官に対して、侍は何も言わずに離れていった。
「やはり、拙者が思うような強豪はもうおらぬのか。あの御仁が言っていた妖はまだ現れぬようだし、今少し歩くとするか」
侍は、軽くため息を吐いて、歩みを再開した。
「世界も随分変わったものだな。拙者が所持されていた時代は常夜灯だけで、このような明るさはなかった」
表通りに出た侍は、初めて見る電気街の光景に少しばかり見入った後、人波に添うように横断歩道に向かった。
横断歩道に一歩足を踏み入れると、信号が点滅して赤に変わったが、他の通行人達のように歩を止ることも速めることもしなかった。
そこへ近くに止まっている大型トラックが、おもいっきりクラクションを鳴らしてきた。
「ばっかやろう! 何モタモタ歩いていやがる! てめえ、死にてえのか!」
窓を開けて顔を出したトラックの運転手が、侍に怒声を浴びせた。赤信号の中を悠々と歩いているのだから当然の反応だろう。
「これはなんだ?」
侍は、怒声を浴びせられたことを気にもせず、トラックをしげしげと眺めた。
「お前、トラック知らないのか?」
「トラックというのか、なかなか強そうだな」
侍は、刀を抜いて、唐竹割の動作をし、それによって発生した猛烈な風を受けたトラックは、真ん中から真っ二つに割れて、左右に倒れていった。
「ひいぃぃぃ~!」
自身の愛車が、半分に割られるという破壊行為に直面した運転手は、悲鳴を上げることしかできなかった。
そして、それを皮切りに道路周辺が、混乱状態に入っていく。
「この中に一人くらい強者はおるかな」
侍は、周囲の状況に動じることなく、自身の願望を口にした。
「そこまででござる!」
右拳に炎を宿したホオガが、飛び込んできた。
侍が、横っ飛びしてかわすと、拳の当たった箇所から炎が吹き出し、道路に大穴を空けた。
「お主が御仁の言っていた妖だな」
「妖とはご挨拶ね」
「わいらは精霊や」
フウガとライガが、返事をしながら、風と雷による同時攻撃を行っていく。
侍は、それらの攻撃を刀の一振りだけで、打ち払っていった。
「人ならざる者なら妖で十分であろう」
「それで言うならあなただって妖の類でしょ」
侍の前に、魔法使いの正装をしたマリルとリュウガが、転送魔法で現れた。
「お主が妖どもの頭か。ならば所持している巨大からくりを呼んでもらおうか」
侍は、マジンダムを要求してきた。
「なぜ、マジンダムのことを知っているの?」
「拙者にこの力を授けてくれた御仁が教えてくれたのだ。妖の頭が強豪といえる巨大なからくりを所有しているとな」
「いかがいたしますか? マリル様」
リュウガが、マリルに指示を仰ぐ。
「呼ぶわ。その方が事態を早く解決できそうだし」
マリルは、両手を振ってアキハバラ中の人間を避難させ、守とマジンダムを召還し、巨大化後に搭乗して戦闘体勢に入った。
「これが御仁が言われていた巨大からくりか。なかなかな形ではないか。それでは拙者も相応しい姿になるとしよう」
侍は、そのまま巨大化し、刀を両手で構える姿勢を取って、マジンダムと向き合った。
「魔法天使にお札の偉人ときて次は侍かよ。ほんと魔導書の断片が取り付くものはバラエティーに富んでるな~。たまには普通の悪役ロボットと戦いたいよ」
巨大化した侍を見た守が、ボヤきながら自身の願望を口にしていく。
「余計なこと言わないの」
「分かっているよ。あの侍、見た目以上に強そうだしな」
守は、画面越しに見える巨大侍から、今まで戦ってきた相手とは違う気迫を感じ取っていた。
「では、参る!」
侍は、刀を振り上げるなり、正面から斬り込んできた。
「早いっ!」
侍の予想外の速さにマジンダムをバックジャンプさせて、攻撃を回避するしかなかった。
空振りに終わった巨大な刃が、地面に深く食い込むと、着地したマジンダムの足元に届くほどの亀裂が生じた。
「断片の力で具現化しているだけにえらい威力だな。当たったらたまったもんじゃなかったぜ」
侍は、刀を構え直すと、再び猛スピードで向かってきた。
「ピンポイントホール!」
侍の進行上に大穴を発生させたが、落ちるどころか、池の上を通るように駆け抜けてきた。
「ガイアシールド!」
回避が間に合わないと判断して、召喚した盾を前面に出したが、刀の一斬れによって取っ手を残して縦軸に真っ二つにされ、斬り落とされた破片が、道路に突き刺さって轟音を上げていく。
「ガイアシールドが斬られた~?! 冗談だろ~!」
オプションパーツとはいえ、初めての損害に守が驚嘆の声を上げる。
「魔法で強化してあるけど元々は玩具に使われる素材なんだから攻撃によっては破壊されるわよ」
マリルが、破損に付いて分かりやすく解説する。
「防御ばかりでは拙者には勝てぬぞ」
侍からの一言だった。
「そんなことくらい分かっているよ。ライトニングランサー!」
召喚したランサーを両手で持たせ、高速で突き出していったが、侍が右手だけで持った刀によって軽く弾かれてしまい、一発も当てることができなかった。
「太刀筋も何もあったものではないな。これで強者とは片腹痛い」
侍は、とてもつまらなそうに嘆きの言葉を口にした。
「くっそ~! 最強無敵のロボットをナメんなよ!」
守は、苛立ちをぶつけるように、ランサーをこれまで以上に勢いを付けて突き出した。
「疾風斬!」
侍が、刀を真下から大きく振り上げると、足元から猛烈な疾風が起こって、マジンダムを吹っ飛ばした。
「普通の武器は通用しないぞ。マリル、魔法攻撃だ!」
飛行魔法によって、地面との激突をすれすれのところで回避した後、マリルに魔法攻撃を指示した。
「そうみたいね。フィンガーサンダー!」
マジンダムに左手を突き出させ、掌に展開した黄色の魔法陣から五本の雷を放出した。
「ふっ」
侍は、余裕たっぷりの表情を浮かべ、刀を左右に振って、雷を水を弾くように散らしながら近付いてきた。
「魔法攻撃も通用しないっていうの~?!」
「あいつ、マジカルプリンよりも強敵だな!」
「そのようなまやかしの術など拙者には通じぬぞ」
侍が、近付きながら、両手で持った刀を振り上げてくる。
マリルは、飛行魔法でマジンダムを上昇させることで、攻撃を回避した。
「どうだ。空中ならご自慢の刀も届かないだろ」
守は、敵の攻撃範囲から逃れたことで、余裕を取り戻した。
「調子に乗らないで。まだ倒せたわけじゃないんだから。ビッグファイヤーボンバー!」
左手に魔力を集中させ、侍に向けて、特大のファイヤーボンバーを放つ。
「旋風斬!」
侍は、その場で高速回転することで発生させた大竜巻によって、ファイヤーボンバーをマジンダムに弾き返した。
「なんでこんなことできんだよ。あいつほんとに侍か?! 違う次元の化け物なんじゃないのか?」
そう言っている間に、飛んできたファイヤーボンバーを受けて落下してまい、地上に激突して道路を突き破って、真下にあった地下鉄の車両を腸か内臓のように表に飛び出させていった。
「まさか、自分の攻撃食らうとは思わなかったな」
「ほんとに計算外なことばかりだわ」
二人が、会話をしている間に、侍の接近を許してしまう。
守は、マジンダムにランサーを前に出して盾代わりにさせたが、あっさり斬られてしまい、刃が本体を直撃した。
守、マリル、侍を含む誰もが、斬られたと思いきや、マジンダムの体は刃を弾き返したのだった。
「拙者の刃が通じぬだと~?!」
侍が、予想外の事態を前にして、初めて驚きの声を上げた。
「これはいったいどういうことなの? なんで攻撃が通じなかったの?」
マジンダムの頑強さに、搭乗者であるマリルでさえも驚きを露にする。
「魔力の宿る刀攻撃さえ通じないとはさすがは超○金!」
守だけは、侍やマリルとは反対に、愛機の頑丈さに惚れ惚れしていた。
「私の理解を完全に超えているわ・・・・」
マリルは、額に右手を当てて、やれやれと頭を振った。
「そうだ。俺にいい考えがある。お侍さんよ、かかってきな!」
守は、外部スピーカーを通して、ワザと煽るようなことを言った後、マジンダムの右手を上下させる動作を行うなどして、侍をおもいっきり挑発した。
「ほう、武器の無い状態で拙者を挑発するか。その心意気やよし! ならば、その思いに応えようぞ!」
侍は、笑みを浮かべた後、刀を大きく振り上げながら飛び掛かってきた。
「今だ!」
守は、刀が当たる寸前で、マジンダムに両手を上げさせて、刃を受け止めた。
「まさか、真剣白刃取りができるというのか?」
侍が、攻撃が通じなかった時以上に驚きの声を上げる。
「マジンダムをただのロボットだと思うなよ!」
言い返しながら、侍の腹部に右キックを直撃させて蹴り飛ばすことで、刀から引き離した。
「これであいつは無防備になった。反撃開始だ!」
「分かっているわよ。エクスプロージョンパンチ!」
守は、刀を投げ捨た後、マジンダムをその場からジャンプさせ、倒れている侍の真上に飛びかかり、真っ赤な魔法陣を叩き込んで爆裂させた。
「断片の気配はあるか?」
侍の消滅を確認した上で言った。
「気配が無いから刀に宿っているみたいね」
マジンダムに乗ったまま、刀のある場所に着く頃には、縮まって元のサイズに戻っていった。
「さっさと回収しようぜ」
二人は、マジンダムから降りて、断片を引き剥がすべく刀に近付いていった。
その瞬間、刀が勝手に動き出して、守に向かって飛んできたが、そこへ現れたホオガが右手で受け止めた。
「ホオガ、助かったぜ」
「礼はいらんぞ。それに拙者はホオガなどという者ではない」
「じゃあ、誰なんだよ?」
「我はこの刀に宿りし九十九神だ」
「ほんとかよ?」
「ほんとだ。口調で分からなぬのか?」
ホオガに乗り移っている九十九神が、話し方の違いを踏まえて、自己主張してくる。
「いや、まったく。マリル、分かったか?」
「いいえ」
「私も分かりませんでした」
「わいも」
「あたしも」
「え~」
九十九神が、四人の返事を聞いて、落胆の声を上げる。
普段のホオガの口調とあまり変わってないので、別人格であると分かる者は、一人も居なかったのだ。
「それよりも九十九神ってなんだ?」
守が、ホオガに憑り付いている九十九神に根本的な質問をした。
「百年経った物に宿る霊的存在だ」
「精霊みたいなものかしら」
「まあ、そんなところだ」
「ということは、お前の本体はその刀ってことでいいのか?」
刀を指差しながら聞く。
「そうだ。この刀こそが拙者の本体なのだ」
「さっきの侍の姿は?」
「我が主の姿を投影させたものだ」
「なるほど、断片の力で作り出した幻影ってわけか」
「そうだ」
九十九神を自称する刀は、ホオガの口を借りて、一つ一つの質問にきちんと答えていた。
「その九十九神が、今ホオガの意識を乗っ取っているというわけね」
「その通りだ。では、先程の手合わせの続きとまいろうか」
刀の切っ先を守達に向けてくる。
「そうはさせんでござるよ!」
その声と共に刀が引っ込められた。
「な、何故だ? 何故この体は我が意のままにならぬ?」
九十九神が、体はそのままに戸惑った声を上げる。
「九十九神とやら生憎でござったな。普通の人間であれば操れたでござろうが、拙者はお主でいうところの妖ゆえ思い通りにはならぬのでござるよ」
「なんだ? 何がどうなっているのかさっぱり分からないぞ」
守が、戸惑いの声を上げる。
ホオガの一連の行動が、ただの一人芝居にしか見えなかったからだ。
「拙者が、この刀に宿っている九十九神の力を抑えているのでござる」
「ホオガが、九十九神を抑えている今の内に断片を回収しましょう」
マリルは、刀から断片を剥がそうと手を伸ばした。
「させぬ~! させぬぞ~! 我が本懐を遂げる機会を奪わせるような真似は絶対にさせぬぞ~!」
九十九神が、叫びながら気が狂ったように刀を振り回して暴れ始めた。
「マリル様、危ない!」
フウガが、風を起こしてマリルをホオガから引き離すことで、間一髪のところで刃に当たらずに済んだ。
「ホオガ、何をしている?! しっかり抑えていろ!」
守を安全な場所に移動させたリュウガが、ホオガを叱咤する。
「すまないでござる。九十九神の感情が昂ると拙者でも抑えが利かなくなるのでござる!」
暴れ回りながら理由を説明する。
「つまり下手に刺激したらあかんちゅうわけか」
「左様でござる!」
「とりあえず、ホオちゃんを抑えましょ」
フウガの提案の元にリュウガとライガが同調したが、振り回される刀を前に、迂闊に近付くことができなかった。
「しかたないわ。ここはホオガを連れて一旦屋敷に戻って対策を練りましょ」
マリルが、これ以上の被害の拡大を避けるべく、場所変えを提案した。
「場所を変えるのか?」
九十九神が、暴れながら尋ねてくる。
「そうよ」
「それならば鞘を拾ってきてくれぬか。手合いの時以外はあの中に収まっておらぬとどうにも落ち着かんのだ。要望を聞き入れてくれるのであれば、しばしの間大人しくすることを約束しよう」
九十九神が、暴れるのを止める条件を提示してきた。
「マリル様、如何なさいますか?」
リュウガが、マリルに指示を仰ぐ。
「要望を受け入れるわ。このまま暴れられるよりはずっとマシだもの。誰か鞘を取ってきて」
「けど、肝心の鞘はどこにあるんだ?」
「お主達が、真っ赤な術を叩き込んだ場所だ」
九十九神が、手早く応える。
「なら、あたくしが取ってくるわ」
フウガが、エクスプロージョンパンチを叩き込んだ場所へ飛んでいった。
その間にマリルは、マジンダムを通してアキハバラの損害箇所を修復し、それを終えると通行人達を戻した。
「これでいいのかしら?」
フウガが、九十九神に拾ってきた鞘を差し出す。
「かたじけない」
鞘を受け取った九十九神が、刃を納めると、心なしか、ホオガの表情が和らいだように見えた。
「それじゃあ、邸へ戻りましょ」
マリルの転送魔法で、その場に居る全員が、アキハバラから姿を消した。
「これはまた拙者が所持されていた時代には見受けられなかった建物だな。南蛮渡来のものか?」
九十九神が、邸を見た感想を口にする。
「少し違うけど、建築様式としては間違っていないわ」
マリルが、口裏を合わせた返事をする。
「それでは勝負の続きとまいろうか」
「その前にあなたの目的を聞かせて」
九十九神に目的を尋ねる。
「何故、拙者のことを知る必要がある? おぬし達にとっては一介の敵に過ぎぬぞ」
「それはそうだけど私としてはきちんと勝負したいと思っているの。だからあなたのことを知りたいと思っているのだけど」
「拙者の目的は破壊や殺戮にあらず、ただ本懐を果たしたいだけだ
九十九神は、マリルの言葉に応じるように、自身に付いて語り始めた。
「本懐って?」
「強者との勝負だ。拙者の主は武芸の達人で強者との手合わせを強く望んでおられた。拙者を造られたのも来るべき勝負の為だったのだ」
「あ~たの望みは主様から引き継いだものってわけね」
「だが、世は太平の時代で望んでいるような手合わせは叶わぬまま、主は拙者を手離してしまわれたのだ」
「なんでや、お前さん大事な品なんやろ?」
「勝負ができないことに苛立ちを募らせた主は、一人の遊女に入れ込んでしまい、持ち金を使い果たしても止められず、資金を用立てる為に家財道具の一切を売り払った挙げ句に拙者を質に入れてしまったのだ」
その話を聞いた全員が、今は亡き主に対して、”ばっかじゃねえの”と心の底から思った。
「その事で主を恨んだりしていないのか?」
守が、直球の質問をぶつける。
「拙者は、物であるゆえ、手放すかどうかは主の自由だから恨むようなことはせぬよ」
「主に仕える者としては最上の心がけだな」
リュウガからの称賛の言葉に、守達は賛同した。
「その後、拙者は店に立ち寄った富豪に買われたのだが刀に興味が無かったのか、すぐに蔵にしまわれ、そのまま長い年月を経て九十九神となり、蔵の解体の際に骨董店の主に拾われ、売りに出されていたところを御仁に買われたのだ」
九十九神は、全てを語り終えた。
「事情は分かったわ。つまりあなたが満足いく勝負をすればいいわけね」
「その通りだ」
「マリル様、拙者からもお願いするでござる」
「今のはホオちゃんが話しているのよね?」
「そうでござる」
「話し方が似ているから、ほんまややこしいわ~」
ライガが、全員の気持ちを代弁した。
「それはいいでござるから拙者の話を聞いてくだされ。この九十九神殿の話を聞いている内に是非とも本懐とやらを叶えて差し上げたくなったのでござる。マリル様、どうか九十九神殿が満足いく勝負をしてくだされ」
ホオガは、頭を下げながら頼んだ。
「分かったわ。ただ、その為の話し合いをしたいから邸で話しをさせて。ホオガは悪いけど、そこに残ってて」
「承知したでござる」
ホオガをその場に残し、全員屋敷に入った。
「で、実際のとこどうすんだ?」
いつもの暖炉の部屋にて、守がこれからの方針に付いて尋ねた。
「対抗できる武器を造るわ」
マリルは、食事しながら返事をした。さっきの戦いで消費した魔力を補給する為である。
「今ある武器じゃダメってことか?」
「当然じゃない。守だってさっきの戦いでそれは十分理解しているでしょ」
「あの刀の威力は十分身に染みているけど、どうしてあんなに強いんだ? あれも魔導書の力なのか」
「魔導書の断片だけじゃなくて、九十九神の力と合わさっているせいで、魔剣レベルに達しているの。普通の武器じゃ太刀打ちできないし、魔法にも対抗できる厄介な武具になっているのよ」
「九十九神としての力を断片がさらに増幅にしているってことか。道理でこれまでの敵と格が違うわけだ」
「私もこの世界に来て、生きた魔剣を相手にするとは思いもしなかったわ」
マリルは、ため息混じりに言った。
「それで対抗できる武器って何を作るんだ?」
「魔剣よ。マジンダム専用になるから素材の一部はこっちから持っていくことになるわ」
「そんな面倒くさいことをしなくてもリュウガ達を武器に宿して戦えばいいんじゃないのか。九十九神とまではいかなくても精霊なわけだし」
「攻撃力はそれでいいかもしれないけど耐久力はどうするの? 相手が魔剣に対してこっちはプラスチックの大型版なのよ。すぐに破壊されるのがオチだし、乗り移っている物が破壊されれば従僕達だって消滅しかねないんだからそんな危険は犯せないわ」
「確かにその通りだな」
マリルの言い分を聞いて、素直に納得した。
「だから向こうの世界で剣を魔剣に改造するの」
「そんなことできるのか?」
「魔術工房なら可能よ」
「それで何を持っていくんだ? マジンダムの武器パーツにあるものを使うんだろ」
「グレートブレードを使うわ。剣だから丁度いいでしょ」
「今まで使ったことなかったから強化するにはいい機会だな」
「基本素材には、最高の金属素材であるオリハルコンを使うから耐久性は格段に跳ね上がるわよ」
「なんだか、聞くだけで凄く高そうだけど資金は大丈夫なのか?」
「私の財力ならマジンダムサイズの魔剣くらいどうにでもなるわよ」
余裕の返事だった。
「資金的には問題無しか。それで時間はどのくらいかかる?」
「材料の買い付け、工房の確保、鋳造、術式開発、魔術施工と早くて一日、遅くても二日ね」
「あの九十九神がそこまで待っててくれるかな?」
「勝負に拘っているんだもの、そのくらい待ってくれるわよ」
一行は、そのことを伝えに九十九神の元へ行った。
「一日か二日待てば拙者が望む勝負ができるのだな」
九十九神が、念を押すように聞いてくる。
「もちろんよ。あなたの本懐を遂げられるほどの大勝負をしてあげる」
マリルが、自信満々に答える。
「承知した。では、それまで待つとしよう」
九十九神は、マリルからの提案を受け入れた。
「それなら私達は武器の改造に行ってくるわ。ホオガはそこでいいの? 屋敷に入っても構わないわよ」
「何かあった時の為にここに留まるでござるよ。九十九神殿も敵陣に入るのは嫌でござろうから」
「分かったわ」
「ホオガ、頼んだぞ」
「ホオちゃん、しっかりね」
「ホオはん、きばりや」
従僕三人が、ホオガに労いの言葉をかけていく。
「みんな、かたじけないでござる」
ホオガは、頭を下げながら礼を言った。
「マリル、向こうの世界に行く前にやって欲しいことがあるんだけど」
守は、全員が邸に入ったのを確認したところで、マリルに声を掛けた。
「何かしら?」
「マジンダムを巨大化したまま置いていってくれ。それと俺だけで使える武器もありったけ頼む」
「どうして、そんなことをする必要があるの?」
「なんだか、嫌な予感がするんだよ。九十九神はいいとして、例の紳士が二日も黙って見ているとは思えないからな」
「その通りね。全部置いていくわ」
マジンダムを邸の敷地で巨大化させ、その回りに使える全ての武器を置いていった。
九十九神には、勝負の下準備ということで話を通した。
守からの要求を満たしたマリルは三人の従僕を連れて、向こうの世界へ行った。
「ほんと、こういう時の嫌な予感って当たるんだよな~」
四人を見送った後、暖炉の部屋の窓から曇っていく空を見ながらボヤいた。
その予兆なのか、夜になって雨が降ってきた。
守は、ホオガに傘を持っていこうとしたが、邸には無かったので、近くのコンビニに行って買う羽目になった。
「ほら、そのままじゃずぶ濡れになっちまうぞ」
ホオガに買ってきた傘を差し出しながら言った。
「守殿、かたじけないでござる」
空いている左手で傘を受け取りながら礼を言った。元々体が大きく、大き目の傘を差しても半分以上濡れてしまうので、傘と一緒に買ったカッパを掛けることで対処した。
「さっきから何を楽しそうに笑っているんだ?」
傘を持って近付く中で、楽しそうに笑い声を上げていたことが、気になったので聞いてみた。
「九十九神殿と話をしている内にすっかり意気投合してしたのでござる」
「拙者もホオガ殿とは、腹を割って話せる仲になったのだ」
ほんとに仲が良そうな話し振りだった。
「それでどんな話をしていたんだ?」
「自分達の主についてでござる」
「ホオガはどうしてマリルの従僕になったんだ?」
「拙者とマリル様は戦いを通じて絆を結んだのでござる」
「従僕になってるってことはマリルが勝ったんだろ」
「その前に九十九回負けたでござるがな」
「あのマリルが九十九回も負けたのか? 信じられない」
ホオガの口から出た予想外の言葉を聞いて、耳を疑ってしまう。
「拙者は一族の中でも最強の力を持っていて、それ故いかなる魔法使いとも契約せず、一人気ままに生きていたところへマリル様がやってきたのでござる」
「フウガとライガは一緒だったのか?」
「いや、リュウガ殿だけでござったな。マリル様も今よりも幼かったでござる」
「そんなに小さいのに最強のお前に挑んだのか?」
「拙者の力がどうしても欲しいと言ってきたので、初めは幼子の戯言と大笑いしたのでござるが、いつまで経っても引き下がりそうにないので勝負に勝ったら従僕になるという条件を出したらほんとに戦いを挑んできたのでござる」
「無茶なことをするもんだ。ま、それがマリルらしいとも言えるけどな」
守は、軽く笑いながら言った。
「最初の内は一吹きで負かしていたでござるが、それでも諦めることなく何度も挑んできて、百回目の勝負にて、ついに負かされたのでござる。負け続ける中で成長されたのでござろう」
「マリルならやれそうだ」
「そうして約束通りマリル様の従僕として契約したのでござるが、力も器量もどれを取っても主としては申し分のないお方でござるよ。今では契約して本当に良かったと心から思っているでござる」
「ホオガ殿は良き主に出会えたな。あの娘であれば拙者の主のようなことは決してしないであろう」
「九十九神の言う通り、マリルならそういうことは絶対にしないな。それよりも何か食べるか?」
話しが済んだところで、食事の有無に付いて尋ねた。
「拙者はオムライス」
「拙者は白飯、味噌汁、焼き魚」
「おいおい、なんで九十九神まで言うんだ? そもそも九十九神って飯食うのかよ」
「刀であった時には、分からなかったが、ホオガ殿の体に憑り付いている内に空腹というものを感じて、それならば主がよく食していたものが欲しくなって所望したのだ」
「守殿、頼むでござる」
「分かった。分かった。用意してやるから、その代わり台所借りるけどいいよな?」
「もちろんでござる」
ホオガの許可を得た守は、邸へ戻り、教えられた場所にある台所へ向かった。
大きな邸の台所だけあって、行々軒の何倍も広く、マリルの食欲を満たす食材保存の為に、業務用の大型冷蔵庫が何台も置かれていた。
守は、言われたメニューを作るべく、冷蔵庫から必要な食材を取り出し、手入れの行き届いている調理器具を使い、おじさんに鍛えられた料理の腕を存分に振るうのだった。
「お待たせ」
出来上がった料理を持っていった。
「しかし、このままでは食べられないでござるな」
ホオガは、右手には刀、左手には傘を持っているので、箸を持つことができないのだ。
「こういう時くらい刀を手放せばいいんじゃないのか。勝負までは大人しくしているんだろ」
「いや、この状態だからこそ、拙者は九十九神殿を抑えられているのであって、もし手放せば、また侍の姿を取ってしまうかもしれないでござる」
「そうなのか?」
九十九神に尋ねる。
「うむ、拙者もホオガ殿から離れて大人しくしていられる自信は無いな」
「というわけで、守殿、食べさせてはくださらぬか?」
「俺が?」
守は、男が男に飯を食わせるというまさかの展開に拒否したい気持ちでいっぱいになった。
「早くしないとせっかくの料理が冷めてしまうでござるぞ」
「夕げは暖かい内に限るでな」
ホオガと九十九神が、息の合った意見を述べていく。
「・・・・分かったよ」
守は、渋々ながら承諾し、双方から注文された料理をカップルが良くやる”あ~ん”方式で食べさせていった。
この時守は、自分は今いったい何をしているのかと心から思った。
「聞きたいんだけど、あんたに断片を与えた紳士ってどんな奴なんだ?」
夕食を食べさせ終えたところで、九十九神に紳士に付いて尋ねた。
「異国人風の恰好でホオガ殿とは質の異なる力を漂わせていたな」
「断片を与える理由は話したのか?」
「望みを叶える代わりに自分を楽しませて欲しいと言っていたな」
「拙者と合間見えた時も楽しみがどうとか言っていたでござる」
「相当楽しみに拘ってんだな。ほんとに何が目的なんだ?」
その質問に九十九神は応えられず、これ以上聞けることはないと思い、空になった食器を持って、邸に戻る中、紳士の存在が益々不可解になっていくのだった。
翌日、雨はすっかり上がり、雲一つ無い青空が見える中、守は夕べと同じ方式でホオガに朝飯を食べさせた後、スマホを使って学校に仮病で休むと連絡を入れた。もしホオガに何かあった時に止められるのは自分だけだからだ。
学校に行かない間、暖炉のある部屋の窓から時たまホオガの様子を伺っていた。
直接見に行かないのは、体が一つに対して、ホオガと九十九神という意識が二つある為、話す度に表情がいちいち変わるのを見ていると、なんだか変な気分になってくるからだ。
様子を見ていない間は、スマホで剣道の居合について調べていた。次の戦いの際に役に立つと思ったからである。
その日は、特に何も起きなかったが、紳士を警戒して、油断しないよう心掛けた。
夜になり、ホオガに夕飯を食べさせ、風呂に入った後、ネット検索をしてベッドに横になった。
「マリル、明日には戻ってくるよな」
天井を見ながら呟いた後、目をつぶった。
深夜、守が寝ている部屋の窓が、外側から破壊され、大きな音を上げた。
「なんだ~?!」
強烈な音を耳にして、体を起こすと、破壊された窓の側に居るのはホオガで、破片を踏み潰しながら近付いてくるのだった。
「いきなり窓なんか壊してどういうつもりだ?」
窓を破壊してまで、部屋に入ってきた理由を尋ねた。
「勝負」
ホオガは、静かに言い返えした後、両手で持った刀を振り下ろしてきた。
その動作を見て、すぐに飛び出した直後、ベッドは真っ二つになった。
「おい、九十九神! これはどういうことだ? 勝負まで待つんじゃなかったのかよ?!」
体を起こしながら、九十九神を激しく非難する。
「勝負、勝負」
九十九神は、両目を赤く異様に光らせ、同じ言葉を繰り返しながら刀を大きく振って、猛烈な剣風を起こした。
守は、左手の契約魔法を翳して、光の壁を出すことで、風を防ごうとしたものの、風圧を完全に相殺できず、壁の穴を通って廊下へ放り出されてしまった。
「まったく何がどうなっているんだ?」
体を起こした守は、パジャマであることも構わず、マジンダムに乗るべく、廊下を走って玄関に向かった。
「あれは」
玄関には、まるで守を待っていたかのように一人の紳士が立っていた。
「こんばんは。鋼守さん」
切迫した状況など自分には無関係とばかりに、帽子を取りながら丁寧な挨拶をしてくる。
「お前か、ここ最近騒ぎを起こしている紳士っていうのは?!」
紳士を指差しながら問い詰めた。
「その通りです」
悪びれる素振りも見せず、自身の行為を素直に認めた。
「九十九神に何かしたのはお前だな」
「ええ、ほんのちょっと願望を強くしたのです」
「後一日待てば九十九神の望む勝負ができるっていうのにどうしてそんな余計なことをするんだ?!」
「私はその一日がどうしても待てなかったのですよ。それに彼とはあなた方と戦うことを条件に一部を差し上げたのであって、このように待たされるのは契約違反というものですからな」
「今は俺一人なんだぞ。俺達の戦いたいが見たいのなら全員揃わなくちゃ意味がないだろ」
「だからですよ。あなた一人でどう戦うのか見てみたくなりましてね。それでこのような処置を施したのです。どうか、私を楽しませる戦いを見せてくださいね。それでは生き残れたらまたお会いしましょう」
紳士が、一礼して消え去ってから後ろを振り返ると、階段の上には九十九神が立っていて、刀を振りかぶった姿勢でジャンプしてきた。
守が、全力疾走で駆け出し、刀が床に触れた途端、強烈な衝撃波が発生して、玄関が丸ごと吹き飛んだ。
投げ出される形で外に出た守は、地面に打ち付けられた痛みに堪えながら、待機しているマジンダムに乗り込んで、戦闘体勢を取らせた。
外に出た九十九神は、戦闘状態に入ったマジンダムを見て、ホオガのまま巨大化し、侍ではなく刀を持った炎の巨人となった。
「警戒していたとはいえ、ほんとに俺一人で戦う羽目になるとはね」
炎の巨人を前に不安を漏らした。
ただでさえ、強敵だった侍にホオガの力まで加わっているのだから、不安になるのもしかたない。
「けど、一部の武器や機能が使えないままの戦闘ってのは巨大ロボットアニメのお約束の一つだからな。燃えてきたぜ!」
自身の不安を払うべく、巨大ロボットのシチュエーションを大声で言った。
「勝負!」
「望み通り勝負してやるよ!」
設置してある武器の中からハリケーンマホークを拾い上げ、九十九神に真っ正面から向かって高速で振り回していったが、紙一重でかわされてしまうのだった。
「百裂突き!」
九十九神が、言葉通り、百に見えるほどの超速で、刀を突き出してきた。
トマホークをマジンダムの胸の前で組み合わせることで盾代わりにしたが、猛烈な打撃に押され、後方に吹っ飛ばされてしまった。
「ちっきょう~。やってくれるぜ」
「火炎疾風斬!」
九十九神は、炎を発生させた刃を大きく振ることで、炎を纏った真っ赤な疾風を発生させた。
「生憎だったな。ホオガの炎はマジンダムには効かないぜ! それとさっきのお返しだ!」
トマホークを投げ捨て、代わりに拾い上げたクリムゾンナックルを手動で嵌めながら炎の中を突き進み、九十九神に肉薄したところで、両拳を百裂突きレベルの速さで突き出していった。
九十九神は、それに応えるように拳で応戦し、二体の間で、大量の火花が凄まじい勢いで発生していった。
しばらくその状態が続いた後、バックジャンプしてマジンダムから離れた九十九神が、両手で持った刀を天上へ向けると、刀身から天まで届きそうなほどの炎が吹き出し、そのまま振り下ろしてきた。
「だから炎は効かないって言っているだろ」
舐め切った無防備な状態で居る中、マジンダムは脳天に強烈な一撃を食らい、機体の半分を地面に埋められてしまった。
「なんだ? いったい何が起こったんだ~?」
機体に起きた出来事を受け入れられず、唖然としながら先の台詞を口にした。
それから刀をようく見ると、刀身が炎と同じ長さまで、伸びていることが分かった。
「おいおい、それは反則ってもんだろ」
九十九神は、守の文句など聞く耳を持たず、長く伸ばした刀を振りまくってきた。
「ええい、逃げてばっかりじゃ最強無敵の名が泣くぜ。こうなったら」
刀を回避する中、ガイアハンマーを拾い上げ、マジカルプリンのステッキを奪った時のようにようく回転させてから、勢いを付けて放り投げたが、唐竹割によって鉄球部分は真っ二つにされてしまい、巻き付けることはできなかった。
「それならもう一個食らえ!」
残っている左手のハンマーを投げたが、右のと同じく真っ二つにされてしまった。
「今だ!」
左右の鎖を捨て、体勢を戻す前の九十九神に急接近して、両手で刃を掴んだ。
「このままヘシ折ってやる!」
マジンダムのパワーを全開にして、刀を折ろうとしたが、折り曲げることさえできなかった。
そうしている間に九十九神は、マジンダムごと刀を大きく振り上げて、前方へ放り投げた。
受け身を取る間もなく、背中から地面に叩き付けられたマジンダムが、体勢を立て直すよりも早く、九十九神は刃を下に向けた姿勢で、コックピット目掛けて飛び掛かってくる。
守が、防御態勢を取らせようとする中、マジンダムはその場から姿を消した。
「いったい何が起こったんだ?」
守は、自分の身に起こったことを把握できず、周囲を見回した。
「やっぱり私が居ないとダメね」
正面に視線を戻すと、目の前には、魔法使いの正装姿のマリルが立っていた。
「やっと戻ってきたか」
守が、安堵の声を上げる。
「間一髪、間に合ったみたいね」
「バカ言え。俺一人でもどうにかなったさ。なにせ、マジンダムは最強無敵の巨大ロボットだからな」
守は、強気の返事で不安を誤魔化した
「そういうことにしておいてあげる」
マリルは、物凄く余裕をもった微笑みを浮かべながら、いつものように帽子とマントを取って、守の前の席に座った。
「さあ、マジンダムをしゃんと立たせなさい。とびっきりの武器を召喚するんだから」
「了解」
マリルの存在が生み出す安心感を抱きながら、マジンダムを直立させた。
「敵を斬り裂く絶対なる剣よ。天上より我が手に来たれ! グレートスピリッツブレード!」
マリルの詠唱の後、天上に魔法陣が展開し、その中心部から巨大な剣が降臨してきた。
その剣は、刃が大きく、鍔が金で縁取られ、その中心部には青金の宝石がはめ込まれていて、周囲には赤、緑、黄、黒という四つの宝石がはめ込まれているのだった。
剣を右手で持ったマジンダムは、両手で持って鋭い切先を九十九神へ向けた。
九十九神は、その構えに応じるように刀の切っ先を向けてくる。
それから二体は、呼応するように前に出て、互いの武器をぶつけ合った。
ものが巨大なだけに、ぶつかった音も衝撃も凄まじく、周囲の草木を激しく揺らしていった。
その後の凄まじいぶつけ合いの末、二体は距離を取り、剣を構えた姿勢で動きを止めた。
次の一撃で、決着が着くことを互いに感じ取っていたからだ。
その間に夜が明け、東の空から差し込む朝日が、巨人達を照らしていく。
「この一撃で決めるぞ」
「分かっているわよ。我に仕えし精霊達よ、我が纏いし巨人の刃に宿りて敵を斬り裂く力となれ!」
マリルの詠唱の後、黒、緑、黄の宝石が輝きを放ち、マジンダムが剣を頭上に掲げると、刃は宝石と同じ三色の光で覆われていった。
マジンダムは、剣を構えた姿勢のまま、飛行魔法によって地面から浮いた状態で、九十九神へ突撃していった。
九十九神も同じようにマジンダムに突撃し、二体の距離が縮まったところで、
「エレメントスラ~シュッ!」
と守とマリルの合唱に合わせて、マジンダムは剣を大きく振りながら九十九神からすり抜けていった。
そうして停止した直後、九十九神の刀の刃は根元から折れて宙を舞い、地面に突き刺さって灰になった。
「見事だ。拙者はもう思い残すことは無い。我が剣に悔い無し」
九十九神が、言い終えた後、炎の巨人は縮み始め、ホオガの姿に戻っていた。
「ホオガ無事なの? もうなんともない?」
マリルは、マジンダムから降りるなり、ホオガの元に駆け寄って安否を確認した。
「ほれ、この通り全然大丈夫でござるよ。マリル様」
ホオガは、優しく微笑み、マッチョポーズを取りながら問題無いことを体全体でアピールした。
「良かった~」
マリルは、ホオガの無事を心から喜んだ。
「九十九神は?」
「九十九神殿は本懐を遂げて成仏なされましてござる。それとこれを」
ホオガが、刃を失った刀から剥がした断片を見せながら言った。
「そう、良かったわね」
マリルは、満足そうに受け取った断片を白い本に封印した。
「ホオガ、大役ご苦労だったな」
「ホオちゃん、お疲れ様~」
「ホオはん、今回はめっちゃええ仕事したで~」
三人が、ホオガに労いの言葉を送っていく。
「なに、これも留守の間守殿が支えてくれたお蔭でござるよ。あ~んもしてくれたし」
ホオガは、守に視線を向けて、ワザといじわるな言い方をした。
「守、あ~んってなに?」
マリルが、素直な疑問をぶつけてくる。
「何も聞かないでくれ」
守は、憂鬱な表情を浮かべながらマリルの質問を拒否した。昨日今日とホオガと九十九神に行った行為が、トラウマになっているからである。
「それでその刀はどうしようかしら?」
マリルは、ホオガが握っている刀の柄を見ながら言った。
「一度は魔導書の断片に触れたものですから、処分なさるべきかと」
「リュウガ殿、それは勘弁してくだされ」
「なんでや、ホオはん。憑り付かれて散々な目に合わされたんやで」
「そうよ。処分すべきでしょ~」
「マリル様、この刀を拙者に預けてはいただけませぬか。一時とはいえ、意気投合した仲ですので、形見として手元に飾っておきたいのでござる」
「ホオガがそう言うのであれば、私は構わないわ」
「かたじけのうござる」
こうして一本の刀から始まった事件は幕を閉じた。
「ここなら良いでござろう」
ホオガは、拾ってきた鞘に納めた刀を自分の部屋の片隅に置いた。
実は、刀にはまだほんの少しだけ九十九神が残っていて、本懐を遂げた今、これからはただの飾り物として静かに余生を送ろうと思っていたのだ。
「そうでござった。これもあったでござったな」
ホオガは、骨董店で買った曰く付きの日本人形を隣に置いた。
”あなた、九十九神歴いくつ?”
日本人形が、九十九神にしか聞こえない声で、話し掛けてくる。
”百年ちょいでござるが”
”あたし、三百年だからタメ口はやめてね”
”承知いたしました”
”それとあたし、髪の毛が伸びていく性質だから気にしないで”
いきなり先輩風を吹かせてくる人形を横目に、九十九神はあのまま消えてしまえば良かったと、心から後悔するのだった。
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