第16話 金と魔法少女。 

 金。

 それは、人類が文化や文明を営む中で、物の売買の手段として生み出した存在で、貨幣、通貨、現金、現ナマ、キャッシュ、マネーといった様々な名称を与えられ、硬貨、紙幣、電子マネーと時代毎に姿形を変えながら現代まで存続しているのである。

 そうして富と貧という効力によって、個人や国家の命運を大きく左右してきたのだ。

 いわば人類の歴史は、金によって作られたといっても決して言い過ぎではないだろう。

 このように人類に対して、幸と不幸をもたらす金という存在は正義か悪か? その判断を下せる人間は、おそらくどこにも居ないだろう。

 そこでもし金が意識を持ったら、人類に対していったいどのような行動に出るのか? 

 その答えを知る者もまた考える者は、まあ居ないだろう。


 その日、アキハバラの天気は最悪だった。

 空を覆う暗雲が滝のように雨を降らせ、怪物の鳴き声のような落雷が連発するなど、嵐か台風のような気候状況だったからだ。

 しかし、そのような悪天候であっても電気街はいつもと変わらず、ヲタク達で溢れていた。

 どんな天気であろうとアキハバラは、ヲタクが集う聖地なのだ。

 「まったくどえらい降りようやな~」

 ライガは、これでもかと雨を降らせているドス黒い空に向かってボヤいた。

 「こないな中、歩いたらせっかく買うたものが台無しになってまうわ」

 右手に持つ、防水袋で覆われた取っ手付きの大きな箱を見ながら言った。精算した後、雨が降っていることに気付いた店員が被せてくれたのだが、矢のような土砂降りの前には無意味に思えた。

 「まだ集合まで時間あるし、もうちょいブラついとこ」

 ライガは、回れ右をして館内に戻り、目に付いた店に入って適当に冷やかしながら時間を潰していった。

 ライガが、今居る場所は様々なジャンルの店が集まる雑居ビルだったのである。

 「だいぶ止んできたな。これなら外に出ても平気やろ」

 一通り見終わって出口に戻り、雨が小振りになってきたのを見て、外に出ようとしたところで、物凄い勢いで背中に何がぶつかってきた。

 「なんや?」

 振り返って目にしたのは、尻もちを付いた中学生くらいの少年だった。

 「坊主、大丈夫か?」

 ぶつかったことへの謝罪を求めず、起こすのを手伝おうと、空いている左手を少年に差し伸べた。

 「・・・っ!」

 少年は、返事をせずに振り返った後、側に落ちている鞄と箱を拾い上げると、逃げるように走り去っていった。

 「なんやたっんや、あれは?」

 ライガは、その場に立ったまま小さく呟いた。

 「くそっ! どこへ逃げやがった~!」

 歩き出そうとしたところで、背後から禿頭の男が、大声を上げながら走ってきたので、今度は当たる前に避けた。

 「おっさん、でっかい声なんぞ上げてどないしたんや?」

 ライガは、辺りを見回している男に対して、大声の理由を尋ねた。

 「万引きだよ。万引きっ!」

 初対面とは思えない乱暴な返事から、相当頭に来ていることが分かった。

 「万引きってなんや?」

 知らない言葉だったので意味を尋ねた。

 「黙って物を盗むことだよ。ああ、そうだ。あんたなんかと話している場合じゃなかった。あの小僧とっ捕まえて警察に突き出してやるっ!」

 男は、自分の目的を思い出すと、話を一方的に終わらせ、中学生とは別の方向へ走っていった。

 「万引きか。嫌な言葉やな」

 少年が、走っていった方を見ながら呟いた。

 

 「ほら、早く出せよ」

 「う、うん」

 「おい、なんだよ。箱に傷が付いているじゃねえか。これじゃあ値段下がっちまうぞ」

 「お前、俺達に損させる気かよ」

 とあるビルの谷間にて、守と同じ制服をきた高校生三人組が、少年が万引きしてきた物に対して、難癖を付けていた。

 「その・・・・知らないおじさんとぶつかって・・・それで落としちゃって・・・・」

 少年は、三人がよほど恐いらしく、小動物のように身を縮め、目に涙を浮かべ、声を震わせながら言い訳した。

 「言い訳なんか聞きたかねえよ。俺達に損させていいのかって話をしてるんだ」

 真ん中の高校生が、少年には一切目もくれず、不満たっぷりの声を上げる。

 「そこまで言うんだったらそのおっさんを証人として連れて来いよ」

 「そんなことよりお前、もう一回行ってこい」

 真ん中の高校生が、再度万引きをしてくるよう命じた。

 「も、もうやだよ・・・」

 少年の口から出てきたのは、細い声による拒否の言葉だった。

 「あんまよく聞こえなかったんだけど、お前、今嫌って言わなかったか~?」

 右側の高校生が、少年の頭を軽く鷲掴みにして、脅しの言葉を掛けた。

 その行為に対して、少年は返事ができず、体を震わせることしかできなかった。

 「なんや、随分つまらんことしとるやないか」

 四人に声を掛けてきたのは、ライガだった。

 「なんだ。このおっさん?」

 「さっき話に出とった坊主とぶつかったおっさんやけど」

 自分の存在をアピールするように、左手を胸に当てながら答える。

 「ほんとに居たのかよ。それにしても変な格好しやがって何かのコスプレか?」

 ライガの正装姿に対しての感想だった。 

 「コスプレやない。ちゃんとした仕事着や」

 「なんでもいいや。おっさん、今取り込み中なんだ。邪魔しないでくれよ」

 真ん中の高校生が、野良猫を追い出すように軽く左手を上下させた。

 「人様から物を取るなんてくだらないことやめ~や。欲しい物がある人なら自分で稼いだ金で買わなあかんで」

 ライガは、三人に向かって、学校の先生のような畏まった口調で、非道な行いを注意した。

 「おっさんの説教なんか聞きたかねえよ!」

 左側の高校生が、怒声を上げながら殴りかかってきた。

 ライガは、回避も防御もせず、突き出された拳を腹で受け止めた。

 「その程度のへなちょこパンチなんぞわいには全然効かへんで~」

 痛がる素振りも見せず、余裕たっぷりの笑顔を見せる。

 「なんだとっ。このこのこのっ~!」

 高校生は、ヤケになってパンチを連打したが、ライガの余裕の笑みを崩すことはできなかった。

 「なんでパンチが効かないんだ? このおっさんほんとに人間かよ~」

 さすがに疲れてきたのか、息を切らし始めた。

 「おい、小僧。いいかげんにせんと、わいちょっと怒るで~」

 一歩踏み出し、ドスを効かせた声で話しながら高校生達を睨み付けると、その場の空気が凍り付いたように張り詰め、少年を含む四人を震え上がらせた。

 「な、なんなんだよ。このおっさん。行こうぜ!」

 三人は、ライガの脇を通りながら逃げていった。

 「ちょっと脅かしただけやのに張り合いないな~。坊主、大丈夫か?」

 さっきとは真逆の優しい声で、少年に話し掛けた。

 「おじさん、ほんとに人間なのか?」

 少年の口から出たのは、礼ではなく疑問だった。

 「ちょっと鍛えとるだけや」

 軽い嘘を付いた。

 「みんな、あんたのせいだ」

 「あ?」

 意外過ぎる言葉を耳にして、たったの一語しか返せなかった。

 「これが成功すれば終わりにするって言ってたのに。あんたとぶつからなけりゃこんなことにならなかったのに・・・」

 少年は、下を向いたまま悔言を口にした。

 「なんで、あんな奴等の為に黙って物を盗むんや?」

 「仕方ないだろ。一度断ったら殴られたんだ。それで親に言ったらもっと酷い目に合わせてやるって言われて。だから言うこと聞くしかなかったんだ」

 「嫌な話しやな」

 「もっと金さえあればこんなことしなくても済むのに」

 「金の問題やないと思うけどな」

 「いいから僕のことは放っといてくれよ!」

 少年は、顔を上げるなり、大声で怒鳴り返してきた。

 「せやな。ちょっとお節介が過ぎたな」

 ライガは、少年をその場に残して去っていった。

 谷間から出ると、雨は止んでいて、雲の切れ目からは、青空も見え始めていた。

 「嫌なことっちゅうのはどこの世界にもあるんやな」

 そう呟くライガの気持ちは、天気とは裏腹に曇っていた。


 「売り物忘れてくるって何やってんだよ!」

 「文句ならあのおっさんに言えよ。見た目も変だったし雰囲気もおかしかったぞ」

 「そんなことよりどうすんだよ。売る物が無いんじゃ今日遊ぶ金ねえぞ」

 ライガから逃げた三人は、その辺を歩きながら盗品を忘れた責任を擦り合っていた。

 そんな中、右側の高校生が、辺りをキョロキョロ見回しながら歩いている紳士と軽くぶつかった。

 「おっさん、どこ見て歩いているんだよ?!」

 自分の不注意を棚に上げた文句だった。

 「これは申し訳ありません。何か面白いものはないかとあちこち見ていたものですから、つい注意力が散漫になってしまいまして」

 紳士は、帽子を取りながら謝罪してきた。

 「いって~! こいつは病院に行かないダメだな~。慰謝料払ってくれよ~」

 嘘くさい演技を前に他の二人は、紳士がどんな対応するのか、ニヤつきながら様子を伺うことにした。

 「慰謝料とはなんですかな?」

 紳士の口から出てきたのは、慰謝料の意味に付いての質問だった。

 「あんた、慰謝料知らないのかよ?」

 思わぬ返事を耳にして、拍子抜けしたように聞き返した。

 「はい、何分この世界にはまだ慣れていないものでしてね」

 「このおっさん、外人か?」

 「まあ、見た限り日本人には見えないよな~」

 三人は、紳士の全身を舐めるように見ながら無礼な言葉を口にした。

 「こいつをたっぷりくれって言っているんだよ」

 慰謝料を要求した少年が、財布から一万円を取り出して見せた。

 「なんだよ。けっこう持ってんじゃねえか」

 「バカ野郎! こいつは大事なデート代でお前等と遊ぶ金じゃねえ!」

 「それはいったいなんですかな?」

 「日本の金で一万円っていうんだ」

 「何故、こんな紙を大量に欲しがるのです?」

 「こいつがあれば欲しいものが好きなだけ買えるからに決まってんだろ」

 「金というものには人の欲望を満たす効果があるというわけですな。これは興味深い」

 そう言うとお札に顔を近付け、細部まで観察するようにじっくりと眺めていった。

 「ど、どうなんだよ。これ持ってんのか?」

 紳士の怪しい態度に、高校生は戸惑いながら金の所持に付いて尋ねた。

 「いいでしょう。お渡ししますよ」

 一旦懐に入れれた右手を外に出すと、三つのぶ厚い札束を握っていた。

 「すっげえ! ほ、ほんとにいいのかよ~?」

 三人は、予想外の大金を前に、目を剥くほどの驚きをみせた。

 「いいですとも。面白いものを教えてくれたお礼です。では、さようなら」

 紳士は、札束を渡した後、三人に別れの言葉を告げて去っていった。

 金の使い道に付いて、あれこれ話し合っている三人の耳には、紳士の言葉は届いていなかった。


 「昨日、我が校の生徒三名が大量の偽札所持の容疑で逮捕されました」

 翌朝、守の通う高校で緊急の全校集会が体育館で開かれ、壇上に上がった校長が、苦々しい顔で逮捕者が出たことを全校生徒に告げた。

 思いもよらない言葉を耳にした生徒は、近い者同士で小声で話し出したことで、体育館中がざわめきに包まれた。 

 「全員、静かにしろ!」

 ごっつい体格の体育教師が大声を張り上げると、生徒全員が黙り、体育館は水を打ったように静かになった。

 (ねえ、どう思う?)

 守の頭にマリルの声が聞こえてきた。契約魔法の交信に慣れてきたことで、声を出すことなくテレパシーの要領で、会話ができるようになったのである。

 (偽札持っているだけで十分怪しいけど大量ってのが引っ掛かるな)

 (私もそう思う)

 (とりあえず捕まっている三人に事情を聞いた方がいいんじゃないか)

 (すぐにリュウガを向かわせるわ)

 守との交信を終えたマリルは、同じ要領でリュウガに命令を伝えた。


 「留置場に居る三人に催眠術を掛けて事情を聞きましたところ見知らぬ紳士風の男からもらった金を使いまくっていたところ偽札と分かり警察に連れて行かれたとのことでございます」

 「フウガが言っていた男の特徴と一致するわね。すぐにアキハバラ中を探して。もしかしたらまだ居るかもしれないから」

 「断片はいかがしましょう?」

 「警察には無かったのよね」

 「はい、体を小虫に変えて保管場所に入りまして偽札を全て調べましたが、気配はありませんでした」

 「それならいつものように四人で気配を探して」

 「承知いたしました」

 返事の後、マリルの右肩に乗っていたカラスが飛んでいった。

 リュウガが、体の一部をカラスに変えて、調査結果をマリルに報告しに来ていたのである。

 「また厄介なことになりそうね」

 「前回のマジカルプリンよりはマシだろ」

 「まあ、あれよりはね・・・」

 返事をするマリルの表情が曇っていく。

 マジカルプリンの一件は、大きなトラウマになっているのだ。

 「それにしてもこの世界の人間は硬貨やお札なんて不便なもので買い物をしているわね」

 マジカルプリンの話題を終わらせるように、別の話を始めた。

 「マリルの世界では何を使っているんだ?」

 「金よ」

 「金って黄金の?」

 「それ以外のものがある?」

 「そっちの方が不便な気がするけど」

 「守が思っているような面倒なことなんかしないわよ。これを使って買い物をするの」

 話しながら左手に出してきたのは、正方形の黒いプレートが付いたブレスレットだった。

 「それはなんだ?」

 「この世界の言葉で言えば携帯金庫。この四角い魔法石には擬似空間を構成する機能があってその中に必要な金を入れてお店の精算機に当てて買い物をするのよ」

 「電子マネーみたいなものか。それにしてもこの中に金が入っているなんて信じられないな」

 携帯金庫をじっくり見ながら言った。

 魔法に慣れているとはいえ、初見となると、どうしても不信感が先に来てしまうからだ。

 「なら、信じさせてあげる」

 マリルが、呪文を唱えながら魔法石に軽く触れると、小石ほどの金塊が現れた。

 「ほんとだ」

 煌めく金色の塊を前にして、信じる以外の選択肢はなかった。

 「分かってもらえて良かったわ」

 満足しながら金を戻した。

 「けど、この世界じゃ使いようもないだろ」

 「このままならね。だから日本円に換金して生活費に当てているの」

 「なるほど、あれだけの食材を買っても問題ないわけだ」

 マリルの旺盛な食欲を満たすだけの食費が、いかにして賄われているかを理解した。

 「もしかしてマリルって金たくさん持っているのか?」

 「もちろんよ。これまでの任務で一生遊んで暮らせるだけの財産は築いているから」

 「そんなにあるんだったら今度マジンダムを金ピカに塗らせてくれよ」

 「マジンダムを金で塗ることにどんな意味があるの?」

 「アニメで超必殺技を使う際に金色に光るメチャクチャカッコいい演出があるからやってみたいんだよ」

 守は、目を輝かせながら、マジンダムを金色に塗る必要性に付いて熱く語った。

 「却下。そんな意味の無いことに使わせるわけないでしょ。たくさん持っているけど無駄遣いはしない主義なの」

 「はいはい。それはともかく今は四人の報告待ちだな。そろそろ休み時間も終わりだし教室に戻ろうぜ」

 「そうね」

 二人は、午前の休み時間中に中庭に出て、リュウガからの調査報告を聞いていたのである。


 「どこや。どこにおる?」

 ライガは、担当の区画内にある一番高いビルの屋上に立って、魔導書の気配を探っていた。

 「おったな」

 ライガは、左手に嵌めている転送ブレスレットで移動した。

 混沌の魔女探索の際に、アキハバラ中をくまなく見て回っているので、区画内ならどこにでも移動できるのだ。

 突然現れて通行人に怪しまれないよう、人気の無いビルの谷間に着地してから、気配の元へ向かった。

 「お前は・・・」

 意外過ぎる相手を前に、言葉が続かなかった

 「昨日のおじさん?」

 断片の発信源は、万引き少年だった。

 「僕に何か用?」

 少年は、警戒するように後退りしながら目的を聞いてきた。

 「大有りや」

 ライガは、返事をするなり、少年の両肩を掴み、抵抗する暇も与えず、着地場所に選んだビルの谷間に連れ込んだ。

 「いきなり何するんだよっ!」

 壁際に置かれた少年が、非難の声を上げる。

 「お前さん怪しいもの持っとるやろ」

 「怪しいものなんか持っていないよ」

 「トボけるつもりか? それやったら両手に持っとるものはなんや?」

 少年が、両手いっぱいにに持っている紙袋を交互に見ながら質問した。

 「万引きじゃなくてちゃんとお金払って買ったんだよ」

 言い返しながら視線を逸らす辺りに、少年の後ろめたさを感じた。

 「お前の金で買ったんやないな」

 「なんだっていいじゃないか。おじさんには関係ないだろ」

 「それが有るんや。何を持っとるのか正直に言うた方がええで」

 少し強め口調で自白を促す。

 「お、おじさんが居なくなって家に帰る時に落ちていた千円札拾ったんだ。それで次の日になったら財布が千円札でいっぱいになっていたんだよ」

 ライガの聞き方が、よほど怖かったのか、少年はあっさり口を割った。

 「で、その金を使うてお買い物っちゅうわけか」

 「そうだよ。だけど、いいじゃないか。別に悪いことして取ったわけじゃないんだからさ」

 少年は、やや開き直った感じで言い返してきた。

 「お前の金ともちゃうで」

 「いいだろ。それとも警察呼ぶ? 証拠はどこにもないよ」

 完全に開き直った。

 「言うても意味無いから拾った千円札を渡せ」

 右手を出しながら言った。

 「嫌だ」

 「そいつがただの千円札やないことは分かっとるやろ。そのまま持っとったらお前自身が危険なんや」

 「嫌だ! 絶対に嫌だ! これがあれば僕は好きなだけ金を使えるんだっ!」

 「なんで、そこまで金にこだわるんや?」

 手はそのままに聞き返す。

 「僕から金取ってた奴等は他の子からも巻き上げて好き放題使っていたんぞ。僕だってたまには好き放題使いたいよ~!」

 その激昂に合わるように、少年の右ポケットから強烈な光を発する千円札が飛び出てきた。

 千円札から発せられる光は、人の形を作り、スーツ姿の男になった。

 「断片から出てきてくれるなんて好都合やでっ!」

 ライガが、右手に電流を放出させながら掴みかかろうとした瞬間、男の突き出した両手から大量に溢れる千円札によって、谷間から押し出されてしまった。

 「こんな紙切れごときで、わいを倒せるとでも思うとるんかい!」

 体から雷を放出して、お札の波から脱出した。

 「千円札なんぞ飛ばしよって。お前はいったいなんなんや?」

 ライガが、路地裏からゆっくりと出てくる男に疑問をぶつけている中、落ちている札に大勢の人間が群がり、一枚でも多く取ろうと他人を押し退けるといった醜い行動に出ていた。

 「人間が金に弱いのは知っとったけど、ここまでとはな~」

 ライガは、札に群がる人間達に対して、皮肉とも呆れとも付かない声を掛けたが、誰一人反応しなかった。

 それから正面に視線を戻すと、男は体中から札を出して、回りに居る人間達をさらに毒していた。

 「お札で攻撃てどういうこっちゃ? それとあいつの顔、どっかで見たことあるんやが思い出せんな~」

 ライガは、男を見ている内にどこかで見たような不可解な気持ちになってきた。

 そう思っている中、何気無く足に付いたままの札を拾い上げてみると、印刷されている人物と同じ顔をしているのが分かった。

 「お札の人間やったんかいな。けど、名前までは知らんな~」

 疑問が解消した直後、男の体全体が光って、巨大化し始めた。

 「まったく毎度毎度断片は巨大化が好きやな~!」

 幾度も見てきた巨大化に呆れている中、男は体中から千円札を出して、周辺をお札だらけにしていった。

 「アキハバラを金まみれにする気かい?」

 ライガが、状況を見ている中で、契約魔法を通して、リュウガからの交信が入ってきた。

 「リュウはん、どないした?」

 「そちらに異常はないか?」

 「大有りや。千円札をぶちまける千円札に描かれてる男が出よったで」

 目の前で起こった有りのまま出来事を報告した。

 「お前は千円札か。私は一万円札でホオガは五千円札だった。どちらも人間が拾った札が原因だ。お前も同じか?」

 「わいが現場に来た時にはもう人間になっとったわ」

 少年のことは、敢えて報告しなかった。

 「そうか。分かった」

 「それにしてもあいつらいったい何が目的なんや?」

 「分からないが、とにかくマリル様の元に集まれ。集合場所はいつものアキハバラ駅の北口だ」

 「坊主は無事か?」

 交信を終えたタイミングで、谷間から出てきた少年に声を掛けた。

 「う、うん」

 少年は、金に群がる大人を見ながら不快な顔をしていた。

 「坊主、後のことは心配せんでええからここにおるんやで」

 少年に指示を出した後、ブレスレットでいつもの集合場所に移動した。


 「全員揃ったわね。アキハバラに居る人間を避難させたら守とマジンダムを呼ぶわよ」

 「招致」

 そしてアキハバラ中の人間を別場所に避難させた後に召喚された守は、体操着姿だった。呼び出された時が、体育の授業中だったからてある。

 マリルもアキハバラに来た時点では、体操着だったが、ペンダントの機能によって、魔法使いの正装姿になっていたのだ。

 それから召喚して巨大化させたマジンダムに搭乗した。

 「今度の敵はあいつらなのか」

 守が、千円札の男をメインモニターで、他の二人をサブモニターで見ながら言った。

 「守、あの巨人達のこと知っているの?」

 「知っているのもなにもお札に印刷されている偉人達じゃないか。真ん中が福沢諭吉、左側が夏目漱石、右側は誰だったったかな・・・・。そうだ。新渡戸稲造にとべいなぞうだ!」

 他の二人に反して、新渡戸稲造だけはすぐに名前が出てこなかった。

 「なんで、すぐに名前が出てこなかったの?」

 マリルが、当然の疑問を口にする。

 「学校で習わないから印象薄くて名前がすぐに出てこなかったんだよ」

 守は、マリルにというよりは、新渡戸稲造に対して、ちょっと申し訳なさそうに言った。

 三人の名前が言えたところで、今回は巨大ロボットと巨大化した日本の偉人達が戦うというマジカルプリンとはまた趣向の異なる、変な構図になっているのだった。

 「そんじゃあ、サクっと倒して断片を封印しますか」

 守は、偉人達に臆することなく、コントロールスティックを強く握り、マジンダムに戦闘体勢を取らせた。

 偉人達はというと、マジンダムのことなど気にも止めず、辺りをキョロキョロと見回しているだけだった。

 「あいつら何しているんだ?」

 「私達のことはどうでもいいのかしら?」

 「なら、さっさと倒しちまおうぜ。ストレートサンダー!」

 一番近い距離に居る夏目漱石に向けて、ストレートサンダーを放つと、予想以上に機敏な動作で回避した。

 「なんだよ? 避けるのかよ」

 それから三人揃って、マジンダムに視線を向けるなり、二足走行で建物を破壊しながら向かってきた。

 「ようやくやる気になったみたいだな」

 守の言葉に応えるように攻撃してきたのは、目の前に迫ってきた野口英世で、戦いの基本セオリーに乗っ取るように、右パンチを繰り出してきた。

 「ただのパンチがマジンダムに効くもんか」

 守は、余裕を見せつつ、パンチを受け止めようとマジンダムに左手を出させた。

 「いてっ」

 マジンダムが、パンチを受け止めた直後、守は軽い悲鳴を上げた。

 「なんで守が痛がるの?」

 マリルが、当然の疑問を口にした。

 「パンチの衝撃がコントロールスティックを通して左手に直接伝わってきたんだよ。予想以上の攻撃力だな」

 スティックから手を離して、痛みを和らげようと軽く振りながら説明した。

 「断片の魔力で札の強度が強化されているのよ」

 二人が、会話をしている最中、夏目漱石は右手を札束に変えて、マジンダムに往復ビンタを食らわせてきた。

 「無駄な会話しているからやられちゃったじゃない。っていうか、なんでビンタ~?」

 「お札でビンタするのはお約束だからな。こっちも反撃だ!」

 夏目漱石のビンタ攻撃を左手で払いつつ、右パンチを繰り出したが、拳が届く直前で、お札になってしまい、攻撃を当てられなかった。

 「そんなのありかよ~?」

 守が、驚いている内に福沢諭吉と新渡戸稲造に左右へ回り込まれ、札束に変化した手足による猛攻撃を受けてしまった。

 「ええいっ! 鬱陶しい!」

 マジンダムに両手を滅茶苦茶に振り回させて、二人を追い払っていく。

 「奴等はお札から出来ているんだから炎系の魔法で攻撃すればいいんじゃないか」

 「そうね。エクスプロージョンパンチ!」

 右拳に展開した真っ赤な魔法陣を一番近くに居た福沢諭吉に叩き込んで、内部から爆裂させた。

 「やったかしら?」

 「おいおい、こういう時にその手の台詞は禁句だぞ」

 焦り気味に訴える。

 「どうして?」

 「そういう台詞を言った時はだいたい倒せていないからだよ」

 その言葉を証明するように、炎の中から断片を宿した一万円札が現れ、光と共に福沢諭吉を再構成した。

 「断片の付いた金が無事な限り再生できるってわけか。金だけ引き寄せるとかできないのか?」

 「そんな器用な魔法あるわけないでしょ。あればとっくに使っているわよ」

 「それもそうか」

 二人が対抗策を思案しているところで、偉人達の足元からお札で構成された大津波が発生して、マジンダムを飲み込まんと押し寄せてきた。

 「危ない!」

 マリルは、マジンダムを飛行魔法で急浮昇させて津波を回避した。

 その動きに対応するように、偉人達はお札の波を柱に変えて、マジンダム以上の高さまで上昇してきた。

 「おいおい、あんなことまでできるのかよ~?」

 守が、驚いている間に、柱からジャンプした偉人達の踵落としを三連発で食らったことで、マジンダムは地上に叩き落とされ、道路に大にめり込んだ。

 「なんて攻撃力だ。金の力は恐ろしいな~」

 「バカなこと言ってないで早く立たせなさいよ!」

 「なあ、断片の位置って特定できないのか?」

 マジンダムを立たせながら聞いた。

 「できるけど、どうするつもり?」

 「断片を見つけてスパイラルネットで捕まえるんだ。そうして直に攻撃を当てれば再生もできないだろ」

 「その作戦でいきましょ。私が断片を探知する間攻撃を回避しておいて」

 「分かった」

 マリルは、守の返事を聞いた後、探知に意識を集中する為に両目を瞑った。

 「見付けた。守、新渡戸稲造の腹に右手を向けて!」

 「分かった。スパイラルネット!」

 マリルの指示通り、新渡戸稲造の腹に右手を向けてネットを放出した。

 新渡戸稲造は、その動きを読んでいたかのように、お札に戻ってネットから逃れた後に再生した。

 それから他の偉人にも同様の攻撃をしたが、新渡戸稲造と同じように逃げられるばかりだった。

 「なんだよ。全然ダメじゃないか」

 守の口から文句が飛び出す。

 「相手だって動いているんだから簡単にはいかないわよ!」

 「だったら動きを止める魔法とかないのかよ」

 「あんな大きな相手を止める魔法なんて・・・あるわ」

 「どんな?」

 「右手に魔力を集中させてスパイラルネットを広範囲で放出すれば三体をまとめて捕らえることができるわ」

 「よし、その手で行こう」

 守は、マジンダムにバックジャンプさせることで、偉人達から大きく距離を取った後、いつでもスパイラルネットを出せるように、右手を突き出した体勢を取らせた。

 そんなことを知る由もない偉人達が、真っ正面から向かってくる。

 守が、マリルからの合図を待つ為にマジンダムの動きを止めている間、魔力を集中させている右手が、強く輝き始めていく。

 「今よ! スパイラルネット!」

 二人の叫びに合わせて、右手から放出されたネットは、通常の三倍に広がり、偉人達を丸ごと捕縛した。

 「この後はどうするんだ?」

 画面越しに、ネットを引き裂こうと必死にもがく偉人達を見ながら、次の行動に付いて聞いた。

 「嫌ってほどシビれさせて上げるわよ。グレートストレートサンダー!」

 天に向かって突き出した左人指し指に魔力を集中させ、降り下ろすと同時に指先からいつもより太い稲妻を放射した。

 ぶっ太い稲妻を受けた偉人達は、灰のように消滅して、煙を上げる三枚のお札になった。

 

 「これで終りね」

 最後の一枚を一万円札から取り外して、白い本に封印したマリルが、安堵の言葉を口にする。

 「金に憑り付くなんて恐ろしい話だ」

 守は、やれやれと首を振りながら言った。

 「私達はこれから後始末に入るけど守はどうする? 学校に戻るなら転送してあげるけど」

 「戦った後だから勉強する気にはなれないよ。邸で一休みさせてくれ」

 「いいわよ」

 守は、邸へ転送してもらった。

 

 「それにしてもあの断片達はなんだってあんなにお札をバラまいたのかしら?」

 後始末を終えて邸に戻ったマリルが、食事をしながら言った。

 「人間に使わせる為じゃないか」

 「貯金だってしているじゃない」

 「金ってのは使われてなんぼだから奴等には意味が無いんだろ」

 「そういうものなのかしら?」

 「ほんとのところは俺にも分からないよ。金の気持ちなんて考えたこともないし」

 「この世界では金が全てなんやろか?」

 ライガが、少し沈んだトーンで言った。

 「どうしたんだよ。急に」

 ライガの言葉に対して、部屋に居る全員が戸惑いの表情を浮かべる。

 「ただの一人言ですから気にせんといてください。マリル様、部屋で休ませてもらってもええでっしゃろか?」

 「いいわよ」

 マリルは、やや納得していない表情を見せながらもライガに休息を許した。

 

 ライガは、部屋に入って明かりを付けた。

 部屋の中には、様々な大きさのプラズマボールが置かれていて、見方によってはちょっとした店並だった。

 ベッドに腰掛けたライガは、一番小さなプラズマボールを右手に取って、スイッチを入れた。

 それによって丸いカバー内に発生した電流が、吸い寄せられるようにライガの右手に近付いていく。

 「よう考えてみたらここにあるもんも全部金で買ったんやな~」

 部屋中に飾られているプラズマボールを見ながら言った。

 「坊主はどうしているやろか?」

 ベッドに寝転がりながら、少年を気に掛ける言葉を呟いた。

 

 「おじさん」

 「坊主、こないな所で何してるんや?」

 「ここで待っていればおじさんに会えると思って」

 「奇遇やな。わいもそう思ってここに来たんや」

 二人が、話をしているのは、出会った場所である雑居ビルの入り口だった。

 「わいになんぞ用か?」

 「これ、返しに行こうと思って」

 言いながら見せてきたのは、万引きした商品だった。

 「坊主が持ってたんやな」

 「売ろうかと思ったけどできなくて、それで昨日家に帰ったらよく分からないけど凄く悪いことした気持ちになったから返すことにしたんだ。それで返す前におじさんと話ができたらなと思ってここに来たんだ」

 「そういうことやったんか」

 曖昧な返事しかできなかった。

 昨日の出来事は、マリルが魔法で綺麗さっぱり消しているので、少年が自分の身に起こったことを何一つ覚えていないからである。

 「僕ってほんと弱いよね」

 「なんでそう思うんや?」

 「悪い奴等にいいようにされて自分で盗んだ物も売れないし」

 少年は、話していく内に、自分を蔑むかのように薄笑いを浮かべ始めた。

 「その悪い奴等は警察に捕まったで」

 「そうだったんだ・・・」

 少年は、納得していない様子だった。

 「わいがガキの頃はお前さんよりもずっと弱かったんやで」

 「え?」

 少年が、信じられないといった視線を向けてくる。

 「一族、いや家族の中で一番弱くて誰からも相手にされなかったんや。わいなんて何の価値もないと思って引きこもっていたところである人と出会ったんや」

 「ある人って?」

 「わいの主、いや上司や。わいが弱い言うたらそれなら一緒に強くなろうって言うてくれて、それからほんまに一緒になって頑張ってくれて強くなれたんや。今のわいがあるのもあの時の言葉があったからやで。だから坊主も弱いなんて自分を嘆かんでええ」

 「僕もそういう人と会えるかな?」

 「もちろんや。人生は長いんや。そう簡単に諦めるもんやない」

 「そうだね。ありがとう、おじさん。これ返してくるよ」

 「付いていってやろか?」

 「一人で行くよ」

 「そうか」

 少年は、ライガに見送られながら去っていった。

 それから少しして、少年が向かった店の前に行ってみると、警官が入っていくところだった。

 その後すぐ警官に連れられて、少年が店から出てきた。

 少年は、三人と同じく警察に補導されることになったのである。

 だが、その顔には悲しみは感じられず、どこか吹っ切れているように見えた。

 ライガは、見えなくなるまで少年を見送った後、ビルの入り口へ向かった。

 「なんや、また雨かいな」

 空は鉛色の雲に覆われ、雨が降り始めていたのだ。

 「ま、たまには濡れるのもええか」

 ライガは、そのまま外へ出て、仲間の待つ集合場所に向かった。

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