第13話 千葉県ランドと魔法少女。
「明日は千葉県ランドに行きましょ」
マリルからの提案だった。
「行かない」
守からの即答だった。
「私からの誘いを即決で断るとはいい度胸ね」
爆発寸前の怒りを抑えているのが、丸分かりなくらいに低い声による返事だった。
「趣味の対象外だから行く気になれないんだよ。俺の対象は巨大ロボットであって、そっちのファンシー系には全然興味ないの」
断る理由を明確に述べた。
「そういう場所には一度も行ったことがないわけ?」
「修学旅行で一回だけ行ったことあるけどこんなもんって感じだったな~。だいたいなんで俺に頼むんだよ? クラスの女子同士で行けばいいじゃないか。リュウガも一緒に付いていく言えば、ほいほい付いて行くだろうぜ」
「今回は女子じゃダメなの。これを見なさい」
マリルは、転送魔法で右手に出したチラシを突き出してきた。
「なんのチラシだ?」
受け取ってみるとピンク色のクリーム、アイス、フルーツがてんこ盛りのパフェの宣材写真の下に「一日十五組カップル限定スペシャルグレートラブラブパフェ」と書かれていた。
「はは~ん、お目当てはこれってわけか」
チラシを見ながら、突然千葉県ランドに行こうと言ってきたのかを理解した。
「そうよ。千葉県ランド自体にも少しは興味あって行こうか思っていたところにこのスイーツの告知が舞い込んできたってわけ」
「カップル限定らしいけど、それなら俺じゃなくてもリュウガ達だっていいじゃないか。男女の組合せならいいわけだし」
側に控えている従僕達を見ながら別案を提案する。
「年相応に見られないじゃない」
「今時、年の差カップルなんてどこにでも居るんだから気にする方が野暮ってもんだし、年齢確認するとまでは書かれていないんだから問題ない」
チラシの注意事項を見ながら、別案が問題ないことを伝える。
「彼等は従僕であって、そういう対象ではないの」
別案をきっぱりと否定してきた。
「ってなことを言われているけど、お前等はそれでいいのか?」
四人に向かって、主の返答に付いてどう思うのか尋ねた。
「マリル様の仰ることは絶対ですから」
「拙者も同感でござる」
「わいも右に同じく」
「あたしも全然気にしないわ~」
四人共、マリルの言葉に不満や異論は無いらしい。
「明日は休みだし、巨大ロボット関連のイベントは一切やらないでしょ?」
「なんで、そのことを知っているんだ?」
「ネットとリュウガの腕前があれば、今月どんなイベントがあるかくらい簡単に把握できるのよ」
まるで、鬼の首を取ったような勝ち誇った顔をしながらの説明であった。
「そうでもないぞ。ルンルン動画にてアニメのマジンダムの全話一挙放送を見るという崇高な行いにどっぷり浸かる予定があってだな~」
「そんなことしなくてもブルーレイ持っているでしょ。パフェは今月いっぱい、つまり明日を逃したら最後なのよ!」
どんどん口調が強くなっていく辺りに、パフェに対する並々ならぬ執着が感じられた。
「よし、ここは二次愛好会の有朋に連絡を取ってだな~」
守は、スマホを取り出し、二次元同好会の筆頭で、マリルを天使や女神と崇めている西園寺有朋に電話をかけようとした。
「いいからっ明日は私と千葉県ランドに行くのっ!」
有無を言わせないほどの迫力に満ちた表情を浮かべたマリルが、額がくっ付きそうな距離まで迫ってきた。
「どうしても俺じゃなきゃダメか?」
後ずさりしながら最後の抵抗を試みる。
「いいわよ。そういうこと言うのならもう行々軒に行くの止めて売上げに貢献してあげないんだから」
マリル達は、行々軒の常連として、売上げに多大な貢献をしていたのだ。
「分かった。分かった。行けばいいんだろ。行けば。その代わり入場料はそっち持ちだぞ。あそこは何気に高いらしいからな」
「その点に関しては気にしないで。さあ、話が決まったところで明日に備えてゆっくり寝ておきなさい。家に戻るのが面倒なら邸に泊まっても構わないわよ」
要求が受け入れられたことがよほど嬉しいのか、満面の笑顔から出てきた言葉だった。
「それならお言葉に甘えさせてもらおうかな。見たいアニメは深夜だし、勉強に必要なものは鞄に入っているからな」
「リュウガ、部屋に案内して」
「かしこまりました」
守は、リュウガの案内で、前に泊まった部屋に行った。
一度泊まったことがあるので、なんの問題も無い快適な一夜を過ごすことができた。
なお、以前は無かったTVが設置されているので、深夜アニメも見ることができた。
「・・・・ちゃん、まもちゃん」
守は、耳元から聞こえてくる声で目を覚まし、両目を開けると視線の先にはおねえの顔があった。
「うわ~! フウガじゃないかっ! 人の寝室で何している?!」
飛び起きるなり、フウガから逃げるように、壁に身を寄せながら部屋に居る理由を尋ねた。
「分からない? 朝になったから起こしに来てあげたんじゃないの~」
「だったらノックくらいはしろよな。それとこういうことはリュウガの役目だろ。あいつは何をしているんだ?」
「リュウちゃんはマリル様を起こしに行っているわ。もしかしてマリル様の方が良かった~?」
これみよがしに意地悪な表情を浮かべての質問であった。
「そ、そんなわけねえだろ」
「うふふ。言っている割には顔が赤いわよ。なんだかんだでまもちゃんも男の子ねぇ~。そうそう、これが今日のお出掛け用の服。これに着替えたら暖炉の部屋に来てちょうだい」
いやらしい笑い声を上げながら、手にしている服をベッドの棚に置いた。
「それもマリルの命令か?」
「そういうこと。じゃ、よろしくね~」
フウガが出て行った後、言われた通りにベッドの棚に置かれた服に着替えた。
高級な生地が使われているらしく、着心地も良好だった。
それから暖炉のある部屋に行くと、マリルと従僕が勢揃いしていた。
「いや~ん、お二人共、超お似合いてすわよ~。あたしの目に狂いはなかったわ~」
フウガは、守とマリルを交互に見て、執拗に体をくねらせながら自画自賛の言葉を発し始めた。
「なんで、俺達を見てそんなに喜んでんだ?」
「お二人が今着ている服を作ったのが、このあたしだからよ~」
「マリルが着ている服もフウガが作ったのか?」
「そうよ~」
「フウガはこう見えて服のセンスがあるから私服の制作も任せているの。魔法使いの服もフウガのお手製よ。それで今回はどんなコンセプトで作ったのかしら?」
「よくぞ聞いてくれました~。ズバリ”ラブラブカップルのペアルック”よ!」
フウガは、二人に向かって、左右の人差し指をビシっと向けながら言った。
「かかかか、カップル~?!」
二人のマジンダムで戦っている時以上にハモった声が、部屋中に響いた。
「い、言われて見れば確かにペアルックっぽい服だな」
「そ、そういえばそうね」
守とマリルは、互いの服を見ながら袖や色合いなど、やたらと共通点が見られることに今更のように気付いた。
「だから言ったでしょ~。ペアルックだって。デートなんだものペアルックは基本でじゃな~い」
フウガが、ペアルックの在り方に付いて説明していく。
「私、別の服にするわ」
マリルは、長椅子から立って、部屋から出ていこうとした。
「ダメですわよ。そんなけとをしたらカップルじゃないと疑われてしまいますわ。パフェを食べたければご辛抱なさってくださいませ。もちろんまもちゃんもよ」
急に教育ママのような口調になって、ペアルックの必然性をクドいくらいに説いてきた。
「・・・・・・分かったわよ。守もいいわね」
「俺に拒否権は無いのかよ」
「あるわけないでしょ~。観念なさ~い」
さりげない物腰で言い寄ってくるフウガの顔は、有無を言わさぬ迫力で満ち溢れていた。
「分かった。分かったよ」
結局、フウガに押し切られる形で、二人は用意された服のまま朝食を食べて車に乗った。
車内において、二人は無言だった。
ただ遊びに行くというだけならなんのことはないが、そこにデートという要素が加わってくると、嫌でも気持ちが乱れてしまう。
二人は、視線を合わさず、一言も話さないというお見合いする男女の初対面のような状況に陥っていた。
「も、もしかして緊張しているか?」
先に口を開いたのは守だった。長い沈黙に耐えられなくなってしまったからだ。
「この私が緊張? バカなことを言わないで。四方の魔女っていう二つ名を持つ魔法使いよ」
マリルの声は、完全に裏返っていて、冷静でないことが、十分聞き取ることができた。
「そ、そうだよな。そんなわけないよな~。変なこと聞いて悪い」
「そういう守こそ、緊張しているんじゃないの~?」
お返しとばかりに聞き返されてしまう。
「お、俺が~? ばか言うなよ。巨大ロボットのパイロットが、たかがパフェを食べに行くくらいで緊張なんかするわけないだろ」
「と、とにかく千葉県ランドに着いたら不自然に思われないようにだけはしてね」
「もちろんだとも任せておけ。俺達、これまでマジンダムを通して一緒に戦ってきた戦友じゃないか」
「そうよね」
二人は、その後もしどろもどろの会話を続けた。
そんな二人のやりとりをバックミラー越しに見ているリュウガは、初々しいカップルを見守る親戚のような優しい微笑みを浮かべているのだった。
車は、千葉県ランド内にある駐車場で止まった。
「マリル様、守様いってらっしゃいませ」
リュウガが、ドアを開けながら送り出しの言葉を掛けてくる。
「リュウガは一緒に行かないのか?」
「何かあった時の為の見張り役よ。他の三人もアキハバラの見張りに残しているし」
「だから、一緒に来なかったのか。それにしてもよくフウガがOKしたな。嫌でも付いて行くって言いそうなのに」
「色々と騒がれそうだから見張り役にさせたのよ」
「それは言えているな」
「何かあれば転送魔法で呼ぶわ」
「承知いたしました」
お辞儀をするリュウガに見送られながら、二人は千葉県ランドに向かい、予め用意していたチケットを見せて、入場ゲートを通っていく。
「守、しっかり付いてきなさい」
言い終えたマリルは、ハンターのような鋭い表情を浮かべた瞬間、着ぐるみ達のお出迎えやアトラクションなどには一切目もくれず、お目当てのカフェテラスへお嬢様らしい優雅な速歩きで向かって行った。
「通常の三倍の速さかよ?!」
守は、普段のマリルからは想像もできない足の早さに驚きながらなんとか付いていった。
「お客様で本日のグレートラブラブパフェは終了とさせていただきます」
カフェテラスに入り、カップルの待機列に並んでから数十秒後に、関取のようなぽっちゃり体型の店員から告げられた一言だった。
「危ないところだったわね」
「間に合って良かったな」
二人は、ほっと胸を撫で下ろしていた。
カフェに到着した時には、同じ目的のカップルがすでに何組も並んでいて、自分達の番が回って来るまでの間、自分達の前で終わりはしないかと鼓動が乱れっぱなしだったからだ。
「それではお二人のラブラブツーショット写真を撮りますのでポーズをお願いします」
店員が、ポラロイドカメラを手にしながらとんでもないリクエストをさらっと告げてきた。
「なんだってそんなことをする必要があるの?」
不意打ちにも近いリクエストを耳にしたマリルの声は、超が付くほど裏返っていた。
「本商品はラブラブパフェでございますので、お二人のラブラブな瞬間を撮るのが必須条件となっております」
「けど、そんなことチラシには書いていなかったわよ」
「ええ、抜き打ちでやっていますから。パフェ目当ての”偽装カップル”が多数出没した上での処置でございます」
店員は、二人に対して、魂胆を見透かすような疑惑の眼差しを向けながら、写真撮影の必要性を説明した。
「え~っと・・・・」
マリルは、完全に困惑していた。このような事態をまったく想定していなかったからだ。
「あの~俺達昨日から付き合ったばっかりで、ポーズとかよく分からないんで定番のやつがあったら教えてもらえますか?」
見かねた守が、得意の嘘設定を使った助け船を出す。
「それでしたら両手を合わせてハートマークを作るのがお薦めですね」
店員が、胸の前でハートマークを作るゼスチャーを見せながら説明した。
「そそそ、そんなことをするの~?」
マリルの顔が、湯気が出そうなほど真っ赤に染まっていく。
「そう言うなよ。一番無難なんだからやるしかないだろ」
「う、うん」
マリルに拒否権は無かった。もしここで断りでもすれば、偽装カップルと判断されパフェを食する権利を失うことは確実だからだ。
「それでは準備はよろしいですか~?」
二人は、溢れ出る羞恥心を笑顔という仮面で、完璧に封じ込めながらしっかり寄り添い、左右違いの手を合わせてハートマークを作った。
「はい、撮りますよ~」
店員の合図で、二人は他人には絶対に見せられない状態を写真に撮られることで、パフェを食する権利を獲得したのだった。
その後、案内されたテーブルにて待つこと数分、マリルが待ち望んだグレートラブラブパフェが運ばれてきた。
パフェは、小振りのバケツサイズの容器の中に生クリーム、アイス、フルーツ、ウェアハースに至る全てがピンク尽くしで、ラブラブな雰囲気というよりは、某ピンク夫婦が食べそうな出来栄えをしていた。
「ほんとにピンクだらけの仕様だな」
チラシを見て、どのような外見なのかは把握していたが、現物を目の当たりにするとピンクの強烈さに圧倒されそうだった。
「いただきます」
マリルは、躊躇も無く手にしたスプーンで、クリームをすくって一口食べていた。
「美味しい~」
口中をクリームで満たし、目を爛々と輝かせているマリルは、どんな宝石でも霞ませてしまうほどの眩しい笑顔を見せた。
「守も食べていいわよ」
マリルが、予想外の提案をしてきた。
「いいのか?」
「二人で獲得したんだからちょっとくらいなら構わないわよ。守だって食べたいでしょ?」
「そ、そうか、じゃあ一口」
もう一つのスプーンを手にして、まだ手を付けていないアイスを軽くすくって食べた。
「ゔっ!」
甘かった。
想像を絶する甘さだった。
よくこんなに甘ったるいものを平気な顔して食べれるなと思い、周囲を見回してみると同じように甘さに耐えられない者、逆にあ~んしながら食べ合う者の二極に別れていた。
前者に属している守は、このパフェが二人の愛を確かめる為ではなく、男の甘さへの忍耐を試しているのではないかとさえ思えていた。
そんな胸焼け状態にある守を無視して、マリルはパフェの半分を平らげているのだった。
そうした妙な雰囲気の中、左手に刻まれた家紋が浮かび上がった。この近くに魔力の気配を察知したのである。
「おい」
このような事態において、どんな反応をするのかは予想できたが、とりあえず一声掛けてみる。
「わはっているはよ」
もごもごした返事が返ってきた。残りのパフェを一気に口の中にかき込み、冬眠前のリスのように頬をおもいっきり膨らませていたからだ。
守は、別に驚きもしなかった。予想通りだったからである。ただ、尋常ではない頬の膨らみ具合を見て、従僕四人には絶対に見せられないと顔だなと思うくらいだった。
「敵はどこだ?」
敵の出現は察知できたが、どこに居るかまでは分からなかったのだ。
「きっとすぐ近くよ」
パフェを一瞬にして飲み込み、顔を元の麗しいサイズに戻したマリルの返事の後、店内が大きく揺れ始めた。
「店の外に出た方が良さそうだな」
「そうね」
二人が外に出ようとした瞬間、厨房の壁を突き破って、巨大なものが姿を現した。
厨房から現れたもの、それは全身がパフェのようにピンク色で、全身が柔らかそうな形をしたファンシーなデザインのゾウであった。
「見ろ! ゾウさんだ!」
ゾウを指差しながら大声を上げる。
「見れば分かるわよ」
「けど、なんだってゾウなんだ? 千葉県ランドといえばネズミだろ」
「ネズミだと問題が多いんでしょ。まずは中の人を避難させないと」
胸のペンダントをに触れて、魔女の正装姿になったマリルが、両手を振って光りを捲くと周囲に居るカップルなど、施設内の全ての人間が一瞬にして別場所へ転送された。
その間にピンクゾウは、マリル目掛けて突撃してきた。
「危ない!」
守は、マリルの前に立って、左手の家紋を翳して出した光の壁によってゾウを弾き飛ばしたものの、突撃の威力まで相殺することはできず、自身もぶっ飛ばされ、背後の壁に大激突した。
「きゃ~! 守、大丈夫~?!」
マリルは、守に駆け寄りながら容態を確かめた。
「・・・・全身が痛い」
今にも死にそうな声で、痛みを訴える。
「すぐに回復魔法をかけるわ」
マリルは、両手から出す治癒魔法の光を守に浴びせていった。
起き上がったゾウは、大きく嘶きながら鼻を高く上げて、周囲のスイーツを吸い込んで巨大化していった。
「なんだ~? あのゾウは食べ物に恨みでもあるのか?」
完全回復した守が、体を起こしながら言った。
「なんでかは分からないけどマジンダムを呼ぶわよ」
従僕を呼んだ後、召喚したマジンダムを巨大化させて搭乗した。
「そこまでよ!」
マジンダムのスピーカーを通して、マリルの怒声が発せられた。
その声が届いたのか、ゾウは吸い込みをやめて、マジンダムと正面から対峙した。
ゾウは、カフェの天井を突き破り、マジンダムとほぼ同じ大きさになっていたのだ。
「みんなの食べ物を奪うなんて言語道断! 私が成敗してあげるわ!」
ゾウに向かって、正義の味方よろしく討伐宣言をした。
「守、あいつを完封なきまでにギッタギタに叩き潰してやるわよ!」
振り返ったマリルが、鬼のような形相を浮かべて戦意を促してくる。
「分かった」
その表情を目にした守は、食べ物の恨みはほんとに恐ろしいと痛感しながら返事をするのだった。
ゾウは、怒り狂ったように大声で鳴いた後、鼻からピンク色の物体を飛ばしてきた。
「アースシールド!」
黒い魔法陣から召喚した盾で、飛来物を防御した。
「あいつ、いったい何を飛ばしたんだ?」
周囲に飛び散った飛来物の断片を見てみると、ピンク色でベットリしていた。
「あいつパフェのクリームを飛ばしているのか。うわ~盾がピンクの甘いものでベッタリしているぞ」
盾の表面を見ると、ピンク色にべったり染まっているのだった。
「食べ物を粗末にするなんて、どこまで最低な奴なのかしら」
マリルが、さらに怒りを募らせる中、遠距離攻撃が効かないと判断したのか、ゾウが猛烈な勢いで突進してきた。
「スパイラルネット!」
盾を戻したマジンダムの左手から放出されたネットは、ゾウに被さって動きを封じたかに思えたが、その強靭なパワーでズタズタに引き千切りながら迫ってきて、前足を大きく上げてのしかかってきた。
マジンダムが、両手を突き出して前足を受け止めたことで、二体はプロレスラーのようにパワーを押し合う体勢になった。
「まったく見た目以上のパワーだな。それと表面がクリームみたいにベタベタしている感じだぞ」
「あのゾウ自体がパフェってわけね」
二人が、話し合っている間にゾウは、鼻先をマジンダムの顔面に向けてきた。
「このままじゃ顔がベトベトにされちゃうわ」
「任せろ!」
守は、マジンダムに前屈みの姿勢を取らせながら両手を下げて、ゾウの懐に入り込んで、胴体に両腕を回して持ち上げ、バックドロップの要領で地面に叩き付けた。
「ピンポイントホール!」
マジンダムが、右手を翳すとゾウの足元に黒い魔法陣が展開して、地面に空いた大きく深い穴へ落とした。
「これで終わりよ。ファイヤーボンバー!」
マジンダムの左右の掌に展開した赤い魔法陣によって生成された焔の弾を、穴に向かって放り投げた。
ゾウは、耳を長く伸ばし、翼のように羽ばたかせながら急上昇して、穴から抜け出ることで攻撃を回避した。
「おいおい、あいつ空まで飛ぶのかよ」
「感心していないで、こっちも飛ぶわよ」
マジンダムは、地面から浮き上がり、大空へと飛び立った。
己の敵が、上昇してくるのを目の当たりにしたゾウは鼻先からクリームを連射してきた。
「ストレートサンダー!」
クリームを回避しながら黄色の魔法陣から稲妻を放射したが、見た目以上の素早さであっさりかわされてしまうのだった。
「予想以上に早いわね。それにあのクリームを連射しているから不用意に近付けないし」
「いいや、こういう時はむしろ近付くんだ。防御魔法陣は幾つまで出せる?」
「魔力が続く限り出せるけど」
「だったら俺の言う通りに出してくれ。まずは正面だ」
マリルは、言われるままマジンダムの正面に魔法陣を展開し、守はその状態のままゾウに向かっていった。
飛んでくるクリームを防御しながら距離を詰め、体当たりするように魔法陣をゾウにぶつけた。
「今だ! ゾウの真後ろに出せ!」
マリルは、言われた通りに魔法陣を出し、その後は上下左右に展開するよう指示され、その通りにすることで、ゾウを防御魔法陣の中に閉じ込めたのだった。
ゾウは、脱出しようともがいたが、魔法陣を壊すことはできなかった。
「ようし、トドメだ!」
「我に仕えし、雷の精霊よ、我武器に宿りて敵を焼き尽くせ。サンダーブーメラン!」
マジンダムが、右手で外した胸パーツを、ブーメランを投げる姿勢で振りかぶった。
「サンダーローリングスラッシュ!」
マリルと守の合唱の後、黄色の魔法陣を浮かび上がらせて、雷を放出するブーメランを野球選手のような投球フォームで投げた。
ゾウは、ブーメランによって切り裂かれた後、落下しながらパフェで構築された外装が焼け落ちて、人間と魔導書の断片に戻っていった。
その後、ブーメランを戻したマジンダムが双方を両手で受け止め、着地と同時にゆっくりと地上へ降ろした。
「カフェテラスの店員じゃないか」
ゾウの素体になったのは、パフェの権利を獲得する際にあれこれ要求してきたぽっちゃり店員だった。
「たぶん、カップルばっかり見てきた彼女の強烈な嫉妬心が断片を呼び寄せてあんなことをさせたのね」
マリルが、断片を白い本に封印しながら言った。
「まったく、アキハバラでもとんでもないことになったな。というか、断片が飛んでいったのってアキハバラだけじゃないのか?」
「遠くへ飛んでいったものだったのかもね。せめてパフェを食べ終わるまで待って欲しかったわ」
千葉県ランドを再生し終えたマリルが、少し寂しそうに言った。
「なあ、人を戻すの少し待ってくれないか」
「なんで?」
「せっかくなんだから、ちょっとの間、貸し切ろうぜ」
「そんなことして平気かしら?」
「なあに、ほんの二、三十分だよ。千葉県ランドの平和を守ったんだから当然の特権さ」
根本的には違うのだが、守は悪びれもせずに貸し切る権利の正統性を主張した。
「けど、誰も居ないんじゃアトラクション動かないわよ」
「そういうことならライガ」
側に控えるライガに声を掛けた。
「なんや、まもはん」
「これからマリルが選ぶアトラクションを動かしてくれよ」
「お安いご用や」
「ほら、乗りたいもの選べよ」
守は、施設全体に手を向けながら聞いた。
「これにする」
選んだのはメリーゴーランドだった。
「だってさ」
「はいな」
ライガが、電の龍になって機械に入った後、二人はメリーゴーランドに乗った。
「いいわ。凄くいいわ~」
フウガは、メリーゴーランドに乗っている二人に持参したデジカメを向けて、動画撮影をしていた。
「さっきから何をしている?」
リュウガが、フウガに行動の意図を尋ねてくる。
「もちろん、マリル様の笑顔の動画を撮っているに決まっているじゃな~い」
「しかし、かような角度では守殿も入るのではござらんか?」
「大丈夫、あたしの手にかかればマリル様だけを撮ることも可能だから。心配しなくてもみんなの分もダビングしてあげるわよ」
「それはいい考えだ」
「出来映えが楽しみでござるな」
マリルと守が千葉県ランドを大いに楽しんでいる中、従僕達は別の意味で楽しんでいた。
「君」
千葉県ランドの帰り際、守は右手に杖を持ち、真っ黒な髪と髭、黒いシルクハットにスーツという黒尽くめの紳士に声をかけられた。
「なんです?」
「ここで宴が催されていたと思うのですが、どうなりました?」
「パレードにはまだまだ時間がありますよ」
「そうですか、私が見たかった宴は終わってしまったようですね。では、失礼します」
紳士は、守に一礼して去っていった。
「なんだったんだ?」
守は、特に気にせず車に戻った。
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