第12話 絵馬と魔法少女。

 ここはアキハバラ、サブカルチャーの聖地と謡われ、ヲタクだけでなく、多くの外国人旅行者も訪れる場所である。

 今は夜の七時、メインストリートである電気街は、昼間と同じくらいに大勢の人で賑わっていたが、あるものが出現し、それを目にした人々は立ち止まり、言葉を失ってしまった。

 電気街に突然現れたのは、表面に絵が描かれた五角形の板で、世間一般で絵馬と呼ばれる存在だった。

 人々を驚嘆させていたのは、そのサイズで、周辺のビルよりも高く大きく、通常の数十倍デカかったのだ。

 だが、驚くのも束の間、すぐになんとも言えない気持ちにさせられることになった。

 表面に描かれている絵が馬ではなく、馬のコスプレをした美少女だったからである。

 しかも、プロ顔負けの滅茶苦茶ハイクオリティな仕上がりを目にして、人々はここがアキハバラなんだな~と悪い意味で再認識していった。

 「ひひ~ん!」

 絵馬が、自身の存在をアピールするかのように、本物の馬のように嘶いた。

 発生源はイラストの美少女であり、声に合わせてきちんと口パクまでする芸コマ振りであった。

 絵馬が嘶いたことに驚きつつ、馬のコスプレをしているとはいえ、人間を描いた絵なのだから人語を発するものとイメージしていた人々は、また別の意味でなんだよという気持ちにさせられていた。

 絵馬は、鳴き終えて視線定めた後、洸を描くように横飛びすることで、馬っぽい感じで移動した。

 ただ、サイズが巨大であるだけに一回の跳躍で道路は大きく抉れていった。

 叫び声を上げながら逃げ出した人々は、あのデカくて恥ずかしい絵馬が、どうか自分の居る場所に来ないようにと祈ながら走り、その中には事態の鎮圧の為に来たものの、相手が相手だけにどうすることもできない警官も混ざっていた。

 そうした大混乱状態にある一軒のビルの屋上に小さな魔法陣が展開し、緑色のとんがり帽子に黒マント、赤い服に黄色のスカートといったカラフルで、魔法使いを連想させる格好をした美少女が現れた。

 なぜ、そんな格好をしているのかというと美少女が、マリル・アウグステゥス・ファウストという名前で、四方の魔女という二つ名を持ち、異世界から来た本物の魔法使いだからである。

 マリルが、両手を大きく振りながらに広範囲に光を撒くと、通行人を含むアキハバラ中の人間が一瞬にして消え、電気街は彼女とデカい絵馬だけになった。

 そうして、絵馬が無人の道路に着地すると、大きな窪みを作ったのだった。

 「それにしてもまた変な物にとり着いたものね。あれがなんなのかは知らないけど断片を引き寄せるくらいに強い欲望を出していたにちがいないわ。リュウガ、ホオガ、ライガ、フウガ、守」

 五つの名前を声に出していくと黒、赤、黄、緑、白の色が付いた五つの魔法陣がマリルの背後に同時展開して、各魔法陣と同じ色の髪をした礼服姿の四人の男と頭に手拭いを巻き、エプロンを身に付けた少年が現れていった。

 男四人が、気を付けという華麗な姿勢で着地していくのに対して、守は前のめり倒れるという無様な醜態を晒したのだった。

 「なに倒れているのよ。召還が綺麗に決まらなかったじゃない」

 マリルが、倒れている守に向かって、苛ついた表情全開で苦言を呈す。

 「バイトの真っ最中だったんだぞ。文句言うな」

 守が、体を起こしながら言い返す。

 「その件に関しては後で話し合うとして、今はあれを倒すことが先決よ」

 マリルが、暴れ回るように飛び跳ねながら、アキハバラ中を破壊しまくっている絵馬を指差す。

 「なんだよ。あの動きは? 暴走でもしてんのか?」

 「さあ、あの板にどんな思念が込められているのか知らないけど倒すだけよ。みんな、用意はいい?」

 「おう!」

 「承知」

 マリルの掛け声に合わせて、守と四人が返事をしていく。

 「我纏いし、鋼の巨人よ。我が魔力を受け真の姿を示せ。汝、グレートマジンダム!」

 マリルが、詠唱を口にすると目の前に展開した金色の魔法陣から召喚された一体の超○金玩具が、光を放射しながら巨大化して、五十メートル級の巨大ロボットになった。

 グレートマジンダムの巨大化に合わせて、四人の男達は割り当てられているパーツへと同化していき、守とマリルは転送魔法でコックピットに入った。

 コックピットシートに座った守は、コントロールスティックを握り、フットペダルに足を乗せた。

 それに続いてマリルが、帽子とマントを取って隅に置いた後、守のシートの手前に接続してある小型シートに座り、スティックの上部に手を添えた。

 これがグレートマジンダムにおける二人の搭乗スタイルなのだ。

 戦闘準備が完了したマジンダムは、敵である絵馬を正面に捉えた。

 「そこのお前、止まれ!」

 守が、外部スピーカーを使い、絵馬に止まるよう呼び掛ける。

 「ひひん?」

 絵馬は、なんですか?とばかりに鳴き声を上げながら、呼び掛け通りに動きを止めた。

 「今からお前を倒して魔導書の断片を回収させてもらう」

 自分達がやろうとしていることをはっきりと伝える。

 「ひひ~ん!」

 絵馬は、駄々をこねるような嘶き声を上げるなり、猛烈な勢いを付けて飛びかかってきた。

 守は、マジンダムに両手を前に出させて、前足に相等するらしい右側の角を受け止め、そのまま動きを封ようとした。

 だが、絵馬は指を閉じるよりも早く、反対に位置する左側の角を振り上げ、マジンダムの両手を起点に振り子のように動いて、股間に強烈な一撃を与えた。

 「ゔっ!」

 マジンダムは、コックピットへの衝撃を9割軽減できる仕様なので、実質守自身にはノーダメージであるのだが、直撃を喰らった部分が部分だけに堪らず顔を歪めてしまった。

 「なに、痛そうな顔して変な声出しているのよ?」

 振り返ったマリルが、顔の変調に付いて尋ねてきた。女子には、分からない心理的作用なのだ。

 「なんというか、気分的にね~」

 女子に対して説明するには、あまりにも憚られる言葉が多数存在するので、返事を濁すことしかできなかった。

 その後も絵馬は股間に攻撃を集中し、その猛攻の前に守は精神的に耐え切れずに両手を離してしまい、その隙に体当たりされ、マジンダムが背中から倒れて、建物を破壊している間に逃げられてしまった。

 「もう何をやっているの? 追いかけるわよ!」

 「分かっている」

 体勢を立て直したマジンダムは、その場で両足を浮かせるなり、ジェットやホバーなどの推進装置を使わず、低空飛行で絵馬を追いかけた。欠如している飛行能力を補うべく、マリルが機体に施した飛行魔法による効果である。

 そうして絵馬に追い付くと”今年こそ三次元の彼女を絶対に作る”というなんとも切実な願いを目の当たりにした。

 「なんだか、えらいものを見たな」

 守は、書いた持ち主のことを思うと深い同情が沸き出しきて、戦意を大きく削がれてしまった。

 「だからって放置するわけにはいかないでしょ。捕まえるわよ」

 「分かったよ。スパイラルネット!」

 全く戦意を失っていないマリルとの合唱の後、マジンダムの左手に展開した緑色の魔法陣から巨大なネットが飛び出し、絵馬を絡め取って拘束した。

 「このままエクスプロージョンパンチで倒すわよ」

 「やっぱ、倒すしかないんだよな~」

 守が、歯切れの悪い返事をする。

 「何を躊躇っているの?」

 「絵とはいえ女の子を殴るのはちょっと気が引けるというか、なんというか・・・・」

 イラストのコスプレ少女は、許しを請うように両目に涙を浮かべ弱々しい声を上げていた。

 「所詮は二次元よ。また逃げられない内にやっつけるわよ」

 マリルが、普通とも冷徹とも取れる返事をする。

 「分かった。けど、顔はあんまりだからせめて背中からにしてくれないか」

 「仕方ないわね~。エクスプロージョンパンチ!」

 守の希望通り、絵馬の後ろに回り込んだマジンダムは、二人の合唱の後に右拳に展開した真っ赤な魔法陣を切実な願いの書かれた背面に叩き込むと、絵馬は真っ赤に膨張して、イラストの少女もろとも木っ端微塵に爆砕した。

 焼失した絵馬に対して、マリルは平然としていたが、守は願いを打ち砕いてしまったような気がして、変な罪悪を抱いてしまうのだった。


 破壊の後には、原材料となった絵馬と一枚の黒い紙切れが残り、転送魔法でその場に現れたマリルは、右手で拾い上げた紙切れを純白の本に挟み込んだ。

 「やはり、黒い魔導書の断片でございましたね」

 マジンダムから離れて、マリルの側に来たリュウガが声を掛けてくる。

 「まったく、ただの板絵なんかにここまで強大な力を与えるなんて、ほんとに恐ろしいものだわ」

 左手で拾い上げた絵馬を見ながら言った。

 「まったくいかんともしがたいでござるな」

 ホオガが、やれやれといった感じでボヤく。

 「後、何枚あるんやろか。はやいとこ全部回収せんともっととんでもないもんが出てきたらかないまへんな」

 ライガが、困ったように言う。

 「けど、あたし達とグレートマジンダムがあれば負けやしないわよ~」

 フウガが、あっけらかんとした口調で言い切った。

 「その通りよ。わたし達は絶対に負けないわ」

 マリルは、勝利を掴んで立っているマジンダムの威風堂々たる姿を目にしながら誇らし気に言った。

 彼女達は、以前戦っていた混沌の魔女が、敗北間際にアキハバラ中にバラまいた黒い魔導書の断片を回収するべく戦っているのである。

 守が降りてきたのを確認すると、マジンダムを元の超○金サイズに戻した。

 それから呪文を唱え、ホオガが持ち上げたマジンダムから発する光によって、被害のあった個所を再生させた後、別の呪文を唱えて移動させていた人々を元の場所に戻した。

 戻ってきた人々は、別場所に居る間の記憶がないので、全員夢でも見ていたような顔をしているのだった。

 全ての後始末が終わると召喚の時と同じく魔法陣を通して、マジンダムを自宅である邸に返した。

 「戦いが終わったらお腹空いちゃったわ」

 マリルは、腹を押さえながら空腹を訴えた。膨大な魔力消費によって、腹ペコになったのである。

 「では、邸に帰ったらすぐにお食事にしましょう」

 「いいえ、このまま行々軒に行きましょ」

 「それはいい考えでござるな」

 「わいも賛成や。あそこの餃子は最高やさかい」

 「あたしは炒飯ね」

 「というわけで守、今から全員行くからよろしく」

 マリルは、満面の笑みを浮かべながら、守にバイト先のラーメン屋へ行くことを伝えた。

 「分かったよ。その前に俺が居ないことの記憶操作はしてくれよ」

 「任せておいて」

 「それと店に戻る前にそいつを返しておきたいんだけどいいか?」

 絵馬を指さしながら聞いた。

 「あった場所を知っているの?」

 「心当たりがあるんだ」

 「それならいいわ」

 マリルは、守に絵馬を手渡した。

 守が、絵馬を返しに行った後、五人は転送魔法でラーメン屋へ向かった。

 

 五人と別れた守が向かった場所は、アキハバラ近くにある神田明神という神社だった。

 ここは豊富な種類の絵馬があることで有名なのだ。

 「願いが叶うといいな」

 絵馬を奉っている場所へ戻しながら言った。

 裏面の願い事の下には西園寺有朋と書かれていた。

 守の同級生で、アニメや漫画などの美少女が大好きな二次元愛好会の筆頭である。 

 絵馬の美少女が、アキハバラ中を動いていたのは、有朋を捜していたのだろう。

 そうして見付けた時には、彼女になるつもりでいたに違いない。

 魔導書の作用とはいえ、なんとも健気な気がした。

 それとは別に、仮に三次元の彼女ができた場合、二次元愛好会はどうするのかという疑問が浮かんだが、個人のことなので深く考えないようにした。

 「守、返し終えた?」

 マリルとの契約の証である左手の紋章からマリルの声が聞こえてくる。

 「今、返し終えたところだよ」

 「分かったわ」

 それからマリルの転送魔法で、ラーメン屋に転送された。

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