第9話 アキハバラと魔法少女。

 「私の声、ちゃんと聞こえている?」

 「スマホ以上によく聞こえているよ」

 「それなら問題無いわね。そうそう、今日放課後空いている?」

 「なんで?」

 「ちょっと付き合って欲しいの」

 「バイトの時間までならいいぞ。昨日無理に休んだ分、今日は絶対に行かないとまずいからな」

 「それで十分よ。じゃあ、学校が終わったら、そうね。お金取られそうになった場所に来て」

 「分かった」

 返事をした後、一息入れながら左手を降ろした。

 昨日の夜、左手に施されたマリルとの契約の証にして、名字であるアウグステゥス家の家紋である紋章を通して会話をしていたからだ。

 マリルによれば、距離が離れていても、きちんと魔法が機能しているかのテストも兼ねての通話ということであった。

 通話をしている場所は、資料室ではなく、昼休みには誰も近寄ることのない音楽室前のトイレだった。

 一昨日の騒ぎの一件から昼休みには、必ず教師の見回りが行われるようになってしまったので、昼休みにテストをすると言われた時点で、ここに行くと決めていたのだ。

 「まったく、こんなんじゃ従僕と変わらないじゃないか」

 なんだかんだで、命令されている自分に向けてボヤいた。

 「まあ・・・・巨大ロボットに乗れるんだからいいとするか」

 大好きな巨大ロボットに乗れるのだから、少しくらい言うことを聞いておいてもいいだろうと、やや強引に自分を納得させてから教室に戻った。


 放課後になり、学校を出て、以前カツアゲされた場所に行ったが、呼び出したマリルの姿は無かった。

 「なんだよ。誰も居ないじゃないか。そういえばここで林さんと初めて会話したんだっけ」

 周囲を見ながら昔を懐かしむように呟いた後、三人を攻撃した烏と猫はなんだったんだろうと顔を上げながら思った。

 その次の瞬間、目の前が暗転し、気付けば別の空を見ていて、顔を下げると目の前には、優雅な姿勢でベンチに座っているマリルの姿があった。

 「・・・林さんだ」

 突然のことに間の抜けた声で、偽名を呼んでしまう。

 「これでテストは完璧ね」

 呆気に取られている守とは反対に、マリルは満面の笑みを浮かべて、満足そうな言葉を口にしている。

 「おいおい、どういうことなのか、きちんと説明してくれよ」

 「契約魔法を通して転送魔法で呼び出せるかテストする為にアキハバラに転送させたの。結果は大成功だったわ」

 「そういうことなら昼休みに言ってくれよ。すっげえ、心臓に悪いんだけど」

 これまでと違い、本気で文句を言った。

 「言ったら変に構えるでしょ。このくらいの方が早く慣れるものよ」

 「気楽に言ってくれるよ。それにしてもアキハバラなんて人通りの多い場所に呼び出したら魔法使いだってバレるんじゃないのか?」

 「大丈夫、そうならないように人払いの魔法もかけてあるから」

 その言葉を照明するように通行人は誰一人として、マリルに視線を向けていなかった。

 「それにしても学校にも来ないでアキハバラで何していたんだ?」

 「アキハバラ中を歩いて、地形や人の人数を把握していたの」

 「歩くだけで人数なんて把握できるのか?」

 「そのくらいできないと魔法使いとして二つ名はもらえないわ。いざとなったらこの地区に居る全員を避難させないといけないし」

 「アキハバラが戦場になるってことか?」

 「そうならないようにはするけど、予想外の事態は常に想定しておかないといけないから。それにしてもほんといつ来ても凄い人ね」

 マリルが、周囲を見回しながら素直な感想を洩らした。

 「なにせ、世界屈指のサブカルチャー要素で溢れる場所だからな。それを求めて外人さんもたくさん来るんだぞ」

 説明している側から目の前を外国人観光客が通り過ぎていく。

 「そういえば、四人はどうしているんだ?」

 「四方に別れて魔女の拠点を探っているわ。ここにあってもおかしくはないし」

 「そういうことか。なあ、前から思っていたんだけど混沌の魔女は何でこの世界に来たんだ? そっか。訊かない方がいいんだっけ」

 根本的な質問をした後、教えてくれるわけがないと思い、すぐに訂正した。

 「契約しているから教えてもいいかもね」

 意外にも肯定的な言葉が返ってきた。

 「それでどういうことなんだ?」

 「たぶん、魔力の生成だと思うわ。他の世界でもそうだったし」

 「他の世界でも暴れていたのか?」

 「世界を滅茶苦茶にするくらいにね。だから混沌の魔女なんて二つ名が与えられたのよ」

 「なるほど。けど、なんでそうなる前に止められなかったんだよ? 林さんくらいの魔法使いだって一人や二人じゃないんだろ」

 「止めようとしてやられたのよ。しかもご丁寧に杖まで破壊されてね」

 「それって魔法使いとしての資格を失うわけだよな。大変じゃないか」

 「確かに魔法使いとしての資格は無くしたけど、討伐隊に入っていた恩恵として生活に困らないよう別種の役職に就いているわ」

 「最初から林さんが追っていたわけじゃないんだな」

 「私は年齢的に早いって言われていたけど無理を言って志願したの」

 「なんで?」

 「それは秘密」

 「まあ、いいや」

 守は、質問するのを止めた。魔女のことを考えている内に、金髪全裸の艶姿が甦ってきて、頭痛がしてきたからだ。

 「それにしてもどうしてここの人達は私に対して二次元愛好会の人達と同じような視線を向けてくるのかしら? 人払いの魔法を使うまでずっと嫌な感じだったわ」

 「それは林さんが美少女だからだ。二次元愛好会の同類が大半を占めている場所だから似たような視線を向けられるんだよ。写真撮らせてとか頼んでくる奴も居るけど絶対にOKするなよ」

 「承諾するとどうなるの?」

 「ネットに画像をアップされて、世界中に存在を知られることになる」

 「それは絶対にいや・・・・・。魔法使っていたせいか、小腹が空いたわ」

 マリルが、腹に手を当てながら空腹を訴えてきた。

 「買い食いにはいい時間だな。俺が何か買ってきてやるからここで待っていろよ」

 「それならお金はわたしが出すわよ」

 マリルは、財布から千円札を出した。

 「別にいいぞ。そんなに高いものを買うわけじゃないし」

 「いいの。あなたには買ってもらってばかりだから。資金くらいは出させて」

 「そういうことなら」

 二つ返事でお札を受け取った。断っても引っ込まないだろうと思ったからだ。

 「なにを買うの?」

 「それは戻ってきてからのお楽しみ」

 子供のような笑顔を見せながら返事をした。

 「それと缶コーヒーもお願い。メーカーはなんでもいいから」

 「了解」

 守は、お札と荷物を持って買い出しに行った。

 「アンコ二つとカスタード一つください」

 表面にロボットの姿が縁取られている焼き菓子を前に注文していった。

 守が買いに行ったもの、それはアキハバラ名物のガン○ラ焼きだったのだ。

 会計を済ませて、注文したガン○ラ焼きが入った袋を受け取って外へ出た後、真っ先に目に止まった自販機で、自分の分を含めて缶コーヒー二本買った。

 「戻るか。林さん、倒れているかもしれないし」

 などと、冗談を言った瞬間、視界が暗転した。

 

 「なんでこんなとこに居るんだ?」

 今立っているのは、周辺に民家が建ち並ぶ十字路という全く知らない場所で、空は薄黒い幕で覆われていた。

 「あれって結界か? それとさっきのって転送魔法だよな。人まで倒れているぞ」

 状況を把握しようと周りを見ようして、真っ先に目に止まったのは、道に倒れている人間達だった。

 「死んでいるわけじゃないよな? あれ、左手が光っている」

 ガン○ラ焼きと缶コーヒーを鞄にしまい、倒れている人間の安否を確認しようとして、左手に施されている紋章が光っていることに気付いた。

 「これが光っているってことは近くに敵が居るってことだよな。林さん、聞こえるか?」

 紋章に呼び掛けているみたが、応答は全く無かった。

 「全然ダメだな。あの黒い結界のせいなんだろうな。さて、どうすればいいんだ?」

 どうしたらいいのか分からず、周りを見回していると一体の動物の骨らしいものが、立っていることに気付いた。

 それは腹の辺りにある水色の宝石以外は、本当に骨だけで構成されているのだった。

 骨の出現に焦りの感情が消え、代わりに恐怖による緊張が体を支配していく。

 「ただ立っているわけじゃないよな~」

 嫌な予感に任せるまま、試しに右側に歩いてみると、骨は顔を動かし、目玉は無くても自分に注意を向けていることが見て取れた。

 「やっぱり俺を狙っているんだ」

 言い終えるタイミングで、骨は身構えるような姿勢を取った後、口を大きく開けながら飛び掛かってきた。

 「うわぁ~!」

 条件反射的に左手を前に出した瞬間、紋章が赤く眩しく光り、放射した真紅の光で、迫り来る骨を一瞬にして真っ黒な灰に変え、道路に灰をばら撒たのだった。

 「契約魔法が倒したってことはあれが使い魔なんだよな。それで、こんなことをするのは・・・・」

 「あたししかいないわよね~❤」

 耳元で囁かれた声に対して、心臓がひっくり返りそうになった。

 マジンダムの無い現状において、まともに戦える相手ではないことは、これまでの戦いを通して、十分過ぎるほど分かっているからだ。

 逃げようにも恐怖で体が固まってしまい、その場に立っていることしかできず、生唾を飲み込むタイミングで正面に回ってきたのは、紫のローブを纏った混沌の魔女ではなく、黒いゴスロリ風のメイド服を着た金髪美女だった。

 「・・・・なんだ、その格好は?」

 予想の斜め上を行き過ぎた格好を目にして、溢れていた恐怖心は体から一瞬にしてすっ飛び、それと入れ替わりに現れた冷静さでもってツッコミを入れた。

 「忘れたの? 昨日、四方の魔女に大事な一張羅を焼かれたのを。だから手近なもので済ませたのよ。大丈夫、服を奪った子は殺していないから。その代わりに裸で帰ることになったけど」

 「それはそれで酷いな」

 服を奪われた女の子に対して、心から同情した。

 「だったら裸の方が良かったかしら~?」

 年下をからかうお姉さんような口調で迫ってくる。

 「そっちの方がいいに決まっているだろ。それで俺になんの用だ?」

 唯一対抗できる手段である紋章を見せながら用件を尋ねた。

 「やっぱり四方の魔女と契約していたのね。どうりで肩に触った途端にビリビリ来たわけだわ~」

 右手を軽く振りながら、自身が受けた仕打ちに付いて説明してくる。

 「これ以上何かしようとすればもっと酷い目に合わせてやるぞ」

 紋章を翳しながら強気の姿勢を取って見せた。

 「ふん」

 魔女は、返事の代わりに鼻で笑いながら右手を振ると、紋章は煙を上げながら消滅してしまった。

 「完全に消えちまってる・・・」

 何も描かれていない左手を見た途端、声は驚きとも焦りともつかないものに変化していた。

 「その程度の契約魔法じゃ、あたしに太刀打ちできないわよ」

 「俺を殺すのか?」

 仕方なく鞄を盾代わりに質問してみた。

 「それもいいかもね」

 魔女が、楽しそうな、それでいて不気味さを漂わせる微笑みを見せながら、右手を向けてくる。

 「守様、危ない!」

 二人の間に現れた烏と黒猫の集団が、その場で一体化してリュウガへと変異した。

 「俺が、カツアゲされてる時に助けてくれたのは、リュウガだったのか」

 「左様でございます。ともかく今はお逃げください」

 リュウガは、返事をしながら魔女に対して、拳法家のような構えを取ってみせた。

 「あたしの結界の中に居ながら動けるなんてやるじゃない。使い魔風情が」

 魔女が、右手を振るとリュウガはあっさり吹っ飛ばされて、近くの壁にめり込んだ後、黒いの幕の中に閉じ込められてしまった。

 「リュウガ、大丈夫か?!」

 「大丈夫です。問題ありません」

 返事とは裏腹に出される声は、とても辛そうだった。

 「ふ~ん、お前は精霊ってわけじゃないのね。どうなっているのか詳しく調べてやりたいけど、今はその坊やに用があるから後回しよ。さ、あたしと一緒に来て。もし断ればそこの使い魔がどうなるかは分かっているわよね」

 主導権を握っていることを示すように、憎たらしいほどに不敵な微笑みを浮かべている。

 「どうすればいい?」

 「あたしの仮宿に来て。話し合いをしましょう」

 「それだけか?」

 「それだけよ」

 「分かった。行こう」

 今は、それ以外の選択肢は無かった。

 「守様、魔女の誘いに乗ってはなりません!」

 リュウガが、絞り出すような声を出して、止めるように訴えてくる。

 「うるさい使い魔ね。けし炭にしてやろうかしら?」

 苛立ちを露にするように声のトーンを変えた魔女が右人指し指を振った瞬間、リュウガの靴が燃え始めた。

 「やめろ。あんたの言う通りにするからリュウガには手を出すな」

 「いい返事ね。こっちよ」

 魔女が、言い終えて背中を向けるタイミングで、リュウガの靴の炎も消えた。

 「その前にリュウガを解放しろよ」

 拘束されているリュウガを見ながら言った。

 「四方の魔女に連絡を取られるとまずいから話し合いが済むまではそのままよ。心配しなくてもその状態なら死にはしないわ。倒れている人間も気を失っているだけだから」

 魔女は、それ以上は何も言わずに歩き出し、守はその後に付いて行った。

 ただ、格好が格好なので、メイドの店に案内されるような気分だった。

 

 連れて来られたのは、築何十年になるか判別できず、人が住んでいるのかさえ怪しいオンボロアパートで、怪し気な洋館を想像していただけに、あまりのギャップの大きさに言葉が出てこなかった。

 「見た目は悪いけど、中は魔法で補強してあるから安心して。こっちよ」

 二階の角部屋に来るように言われ、中に足を踏み入れた。

 魔法で補強されていると言われたが、みしみしと不穏な音を上げる階段を昇っていると、今にも崩れ落ちはしないかとひやひやしながら足を動かしていった。

 室内は想像していたよりもずっと綺麗だった。ちゃぶ台一つしか置いていなかったからだ。

 「適当な場所に座って」

 先に座って、くつろいだ体勢を取っている魔女に促され、ちゃぶ台を挟んで向かい合わせに座った。

 「一応客人としてお持て成しするつもりだけれど、これでいいかしら?」

 そう言って目の前に出されたのは、一本の缶コーヒーだった。

 運んできたのは、紋章で消滅させたの同じ動物の骨で、室内には三体居て、魔女の身の回りの世話をしているようだった。

 「なんで缶コーヒー?」

 缶コーヒーをじっくり見ながら当然の疑問を口にする。

 「あたし、それの味が気に入っているの。遠慮しないで飲んで。大丈夫、毒なんか入っていないわよ。さっきも言ったけど、話し合いをする為に来てもらったんだから」

 魔女が、思っていることを見透かすように言った後、安全であることを示す為に自分の缶コーヒーを飲んでみせた。

 「そうなのか。じゃ、遠慮無く」

 自分の方は、毒入りじゃないかと警戒しながら飲むことにした。

 緊迫した雰囲気の為に味が全然分からない中、魔女という者は誰であれ、缶コーヒーが好きになるのかと思った。

 「こいつらあんたの使い魔なのか?」

 骨を指差しながら聞く。

 「そうよ。死んでいるノラ猫の骨を組み合わせて、魔法石を動力源にして動かしているの」

 「従僕の精霊は居ないのか?」

 「居ないわ。こいつらの方が世話も楽だし」

 「そういうことか。それで俺になんの用だ。バイトもあるから早めにして欲しいんだけど」

 「それならこの戦いから手を引いて」

 言われた通りに要求を口にしてきた。

 「予想はしていたけど、ほんとそのまんまだったな」

 「そもそも坊やがあたしと敵対する理由は無いでしょ~?」

 「何回も殺そうとした上におじさんの店を潰しておいてよく言うよ」

 これまでされてきた仕打ちを皮肉を込めながら言っていった。

 「これまでのこととラーメン屋のことは謝るわ。あたし、戦いに夢中になると回りが見えなくなるから」

 物凄く軽い口調だったので、謝罪の意思は全く感じられなかった。

 「手を引いたらどうなるんだ?」

 「命だけは助けてあげる。あたしのやろうとしていることはこの世界の人間全体を巻き込むことだから」

 「聞いたぞ。色々な世界で魔力を生成しているって、この世界でも同じことをするつもりか?」

 「へえ、四方の魔女がそこまで教えたんだ。生成はしないわ。成果を試すだけ」

 「何をするつもりだ?」

 「それはひ・み・つ❤ で、あたしの質問の返事は?」

 「手を引く気ないな。この世界は俺が守る。その為の巨大ロボットだからな」

 緊張と恐怖で汗ばむ両手をしっかり握りながら自分の意志をはっきり伝えた。

 「交渉決裂ね」

 「それならここで殺すか?」

 「大丈夫よ。ここでは何もしないわ」

 魔女は、無害であることをアピールするように両手を上げてみせた。

 「ねえ坊や、話は変わるけど、四方の魔女の秘密を知りたくない?」

 「スリーサイズか?」

 「知らねえよ。そんなもん」

 実に的確なツッコミだった。

 「じゃあ、なんだよ?」

 「あの子があたしを追う動機よ。動機」

 「聞かせてもらおうか」

 どうせ嘘に決まっていると思いながら聞くことにした。

 「あの子の家系はね、あたしと違って代々魔力が弱せいで低い役職にしか就けなかったの。それを嘆いた何代目かの当主が焦るあまり禁忌に走ったのよ」

 「禁忌ってなんだ?」

 「悪魔と取引したのよ。自身の魂を捧げる代わりに子孫の魔力を上げてくださいってね。それで望んだ通りの結果にはなったけど、すぐにバレて家は取り潰しにあって、落ちぶれ家系の生まれってことであの子相当苦労してきたのよ」

 よくある作り話だなと思いながら聞き続けることにした。

 「だから、その汚名を晴らそうと若いながらに無茶しまくって最年少で二つ名を手に入れたの。そしてさらに上の地位に就く為にあたしの討伐を買って出たってわけ」

 「なるほど、意地でもやり遂げようとするわけだ」

 どこまで本当なのかは分からないが、マリルが混沌の魔女にこだわる理由が、なんとなく分かった気がした。

 「話は終わりか?」

 「ええ、聞いてくれてありがとう」

 「それなら俺は帰るぞ」

 「いいわよ」

 魔女は、あっさりと帰宅を認めた。

 「最後に」

 立ち上がりかけて動きを止めた。

 「なにかしら?」

 「衣装ならコ○パっていう店に行け。お前向きの衣装があるはずだ」

 「ど、どうも」

 魔女は、これまでにないくらいに複雑な表情を浮かべながら返事をした。

 「な~んちゃって❤」

 言い終えるなり、右手から黒い矢を放ってきた。

 「やっぱ騙しやがったな~!」

 矢が当たる直前で、天井を突き破って現れたマリルが、左手で展開した防御魔法陣で守ってくれた。

 「ベトシケ!」

 呪文と共に右手から放射された強烈な閃光が、魔女を跡形も無く消し飛ばし、壁に大穴を開けた。

 「まったく遅いぞ」

 間一髪のところだったので、思わず文句を言ってしまう。

 「結界破るのに時間がかかったのよ。あなたこそほいほい捕まらないで」

 キツい表情で言い返されてしまった。

 「それはだな、うわぁぁぁあああ!」

 返事をしようとした途端、部屋の底が抜けて落下していった。

 「危ない」

 二人が、地面にぶつかる直前で、颯爽と現れたリュウガに受け止められた。

 「リュウガ、大丈夫だったのか?」

 「それはこちらの台詞でございます。危ないところでございましたよ」

 リュウガが、返事をしながら、二人を受け止めた際に体中に覆い被さっていった木の柱や瓦といった瓦礫を、埃を払うようにどかしていく。

 「ありがとう。助かったぜ」

 立ちながら礼を言う。

 「マリル様、ご無事ですか?」

 リュウガの問い掛けに対して、マリルは返事をしなかった。

 「おい、大丈夫か?」

 「マリル様?」

 二人同時に呼び掛けてみる。

 「お腹・・・・空いた」

 今にも消えそうな声で、空腹を訴えてきた。

 「そういや腹が減ったって言ってたな」

 「今すぐ食べ物を調達してまいります」

 「待て待て、食い物ならここにある」

 守は、鞄からガン○ラ焼きが入っている袋を出し、一つを取り出してマリルに差し出した。

 マリルは、弱々しい動作で受け取り、ゆっくりと口に運んで一口食べた。

 「っ!」

 それからは何かに取り憑かれたように一心不乱に食べ、無くなると手を出して、おかわりを要求してきた。

 守は、要求に応えるように二つ目、三つ目をテンポ良く差し出し、最後に缶コーヒーを渡したのだった。

 「落ち着いたか?」

 二本目のコーヒーを飲み干すタイミングで聞いた。

 「全然足りないけど、とりあえずは大丈夫よ」

 言葉の内容とは裏腹に、声の調子は元に戻っていた。

 「それで、なんで来るのが遅れたんだ?」

 「魔女の結界を壊すのに手間取っていたの。壊すのも楽じゃないんだから。それで何かされた?」

 「身を引けば命だけは助けるってありがちな交渉を持ち掛けられたよ。当然断ったけど」

 「ほんとに何もされていない?」

 念を押すように追求してくる。

 「そういえば契約魔法消されたな」

 左手を見せながら説明する。

 「それはいいわ。また掛け直せばいいだけだから。それとバイトが終わったら屋敷に来て」

 「今日もかよ。ここ最近行きっぱなしで学校の勉強がおろそかになっているんだけど」

 守は、決まり悪そうに言った。

 「この世界の危機に関わることなんだから文句言わない」

 「分かったよ」

 渋々承諾の返事をした。

 「それとここは破壊しておかないと」

 ボロアパートの外に出た後、マリルは手を翳し、瓦を一つ残らず消し飛ばした。

 「全部壊して大丈夫かよ。誰か住んでいたらどうすんだ?」

 「その点は問題ないわ。来た時に確認してあるから。無人のアパートを自分の仮宿にしたんでしょ」

 「それじゃあ、さっき倒したのは偽者で本拠地も別の場所にあるのか?」

 「当たり前でしょ。こんな目立つところにあればマジンダムの力でとっくの昔に破壊しているわよ」

 「なるほど」

 「いい? バイトが終わったら必ず邸に来て。リュウガを迎に行かせるから」

 「分かったって」

 その後、マリルの転送魔法でアキハバラに戻り、若干遅れたことをおじさんに謝った。

 

 数時間後、バイトを終えて、店を出るなりやってきたリュウガの車に乗って屋敷に向かった。

 敷地に入ると玄関の前に、マリルと三人の従僕が立っているのが見えた。

 「全員お揃いかよ。出迎えにしてはちょっと大袈裟じゃないか?」

 車から降りながら理由を尋ねた。

 「そんなことはないわ」

 「それとなんで魔法使いの格好しているんだ?」

 出迎えに来ているマリルは、魔法使いの格好をしていたのだ。

 「戦う為よ」

 「誰と?」

 「混沌の魔女に決まっているじゃない。そうでしょ?」

 「どこに居るんだ?」

 敵の存在を聞かされ、大慌てで辺りを捜し回った。

 「ご名答、さすがは四方の魔女ね」

 魔女は、守の影から姿を現した。格好はメイド服のままだった。

 「なんで、そこから? やっぱり帰る時に何かしていたんだな」

 「その通りよ。あなたの影に隠れていたの。こうすれば四方の魔女の居る場所に連れて行ってくれると思っていたから」

 「そんなことだろうと思ったわ。だからワザと邸に招き入れたのよ」

 「お招きいただき感謝するわ」

 スカートの裾を持ち上げ、令嬢らしい仕草をしながら礼を言ってきた。

 「私のテリトリーに入ったのが運の尽きね」

 マリルと従僕達が、戦闘態勢を取っていく。

 「それで勝ったつもり? これならどうかしら?」

 魔女が、右手を上げると、空中におじさんの両腕を掴んでいる骨烏が現れた。

 「おじさん!」

 おじさんの姿を見た途端、守は目の色を変えて叫んだ。

 「連れが居ないと寂しいから宴にご招待状したの」

 「嘘つけ!」

 「それじゃあ、早速結界を開けてもらおうかしら。拒めば彼を落とすわよ」

 魔女が、右手を下に向ける動作をしてみせた。

 「林さん、早く開けてくれ!」

 焦った様子で頼んだ。

 「分かったわ」

 マリルが、右手を大きく振ると邸を覆っていた結界が解けていった。

 「ご苦労様」

 骨烏におじさんを降ろさせた魔女は、手元に引き寄せ、右袖から出したナイフを首元に突き付けた。

 「あたしに手を出せばどうなるかは分かっているわね」

 「おじさんは無関係だろ! 今すぐ離せ!」

 守は、我を忘れるほど興奮しながら叫んだ。

 「もちろん条件によっては助けてあげるわ」

 「その条件は何?」

 マリルは、悔しさを顔いっぱいに滲ませながら条件を聞いた。

 「あなたのゴーレムの材料を渡してもらおうかしら」

 「マジンダムをか?」

 「あれ、マジンダムっていうんだ。おかしな名前なのね。さあ、この男の命を取るの? それともマジンダムを渡すの?」

 魔女が、ナイフの刃をおじさんの頬にぴしぴしと当てながら答えを聞いてくる。

 「頼む! マジンダムを渡してくれ! おじさんは俺の大恩人なんだ! もし何かあったら俺はおふくろに顔向けできなくなる!」

 守は、その場に土下座するなり、マリルにおじさんの救助を頼み込んだ。

 「いい様だこと」

 狼狽した守を見ている魔女が、笑い声をあげる。

 「分かったわ。持っていきなさい」

 マリルは、マジンダムを魔法で呼び出し、守に抱えさせて持っていかせた。

 「おじさんと交換だぞ」

 「もちろん分かっているわ」

 ゆっくりと魔女に近付いていく。

 顔にナイフが当てられたままのおじさんを前にして、嫌でも鼓動が激しさを増してしまう。

 「早く」

 左手を動かして催促してくる魔女の前にマジンダムを置いた。

 「いい子ね。ほら」

 魔女は、おじさんを放り投げてきた。

 「おじさん、大丈夫か?」

 おじさんを受け取ってマリル達の居る場所まで運び、肩を揺すって安否を確認する。

 「大丈夫、気絶しているだけよ」

 マリルが、おじさんの額に手を当てて、容体を確認した上で言った。

 「良かった。それにしてもおじさんを素直に返すなんて驚いたぜ」

 「その男の命なんて別にどうでもいいもの。これさえあればって、重い~!」

 魔女は、マジンダムを片手で持とうとして、その重さに耐えきれず体勢を崩した。

 「今よ、全員攻撃!」

 後ろに控えていた従僕全員が、マリルの指示で一斉に攻撃を行い、炎、雷、疾風、衝撃の四種が魔女に向かっていった。

 「ふっ」

 魔女は、全身から真っ黒なオーラを放出して、攻撃を防いだ後、人に似た形に変え、その場に居る全員を押さえ付けていった。

 「あたしがこれくらいのことで遅れを取るとでも思って? 悪魔の力を舐めないことね」

 「お前も悪魔と契約していたのか?」

 「あら、言わなかったかしら? それとこれはこうしてあげる」

 魔女は、黒いオーラで捉えたマジンダムをバラバラにした。

 「・・・・・」

 あまりの出来事に誰一人として、声を出すことができなかった。

 「これであたしへの対抗策は無くなったわね。この世界の終わりを指を咥えて見ているがいいわ」

 魔女は、高笑いしながら転送魔法で消えた。

 「俺のマジンダムが~!」

 「わたしの魔法石が~!」

 二人は、バラバラになったマジンダムに駆け寄って、嘆きの言葉を吐き出していった。

 「マリル様、これから如何なさいましょう?」

 「それは魔女を討ち取りに行くに決まっているでござろう」

 「わいもそうしたいけど、肝心の対抗兵器がこれじゃあ、どうにもならんで」

 「残念だけど、これではね~」

 四人は、バラバラになったマジンダムを見て、それぞれの意見を口にしていった。

 「これじゃあ、私も強い魔法は使えないからどうすることもできないわ・・・」

 マリルと従僕の間に絶望という重苦しい雰囲気が広がっていく。

 「いや、待て。マジンダムが壊れているのは関節だけだ」

 「どういうこと?」

 「前から言っているだろ。このマジンダムは九割が超○金だって、だから壊れているのが超○金じゃない部分に限定されているんだ。魔女はその辺の石ころを壊す程度の魔法しか使わなかったんだろ」

 「それだとなんだっていうの?」

 「その前に聞きたいんだけど魔法石って壊れても直せば使えるのか?」

 「さあ、そんな事例聞いたことないけど」

 「それならやってみる価値はありそうだな」

 「だから、何をするのよ?」

 マリルが、苛ついた様子で聞いてくる。

 「こいつをメーカーに直接持っていって修理するんだ」

 守は、マジンダムの破片を持ちながら答えた。

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