第6話 二次元愛好会と魔法少女。

 守にとって、壮絶にして最高の一夜が明けた。

 目を開けて最初に目に付いたのは、シャンデリアの付いた純白の天井という見慣れない天井だった。

 「夢じゃなかったんだな・・・・」

 寝起き特有の低い声で呟く。

 それからタイミングを合わせるようにドアからノックの音を耳にした。

 「はい」

 寝たまま返事をする。

 「おはようございます。守様」

 ドアを開けて入ってきたのは、マリルの世話係をしているリュウガで、柔らかな微笑みを浮かべながら穏和な声で朝の挨拶をしてきた。

 「おはよう。そうか、昨日は林さんの邸に泊まったんだっけ」

 リュウガの顔を見て、昨日の体験が夢ではないと、心から確信を持つことができた。

 「よくお休みになれましたか?」

 「よく眠れたよ。ベッドも凄く柔らかかったし、俺の家にある布団とはだん違いだぜ。今何時?」

 「六時三十分にございます」

 声だけでなく、目でも確認できるようにという配慮から、ベッドの近くにある時計に右手を向けながら時刻を言った。

 「けっこう早いな」

 「朝食をお召し上がりになられてからご自宅へお送りいたしまして、余裕をもって登校できる時間を配慮してのことでございます」

 「なるほど、そういうことか」

 「朝食のご用意ができておりますので、ご支度ができましたら暖炉の部屋へお越しください」

 用件を言ったリュウガは、一礼して部屋から出て行った。

 「そんじゃ、起きるとしますか」

 ベッドから出て、おもいっきり背伸びをした後、洗面所で顔を洗い、着替えを済ませて、暖炉のある部屋へ行った。

 

 「おはよう」

 部屋に入ると、昨夜と同じ場所に座っているマリルが朝の挨拶をしてきた。

 着ている服は、昨日の夜の物と色違いだった。マリルの居る世界の服は、みんなゆったりしたデザインなのかと思った。

 「おはよう」

 朝の挨拶を返しながら豊かなバストにだけは、絶対に視線を向けないように心掛けた。

 「林さんが居るとは思わなかったよ」

 「どうして?」

 「昨日は色々と大変だったから疲れて寝ているのかと思ってさ」

 「まさか、仮にも゛お客様"が来ているんだから一緒に朝食を摂らないのは失礼というものよ」

 「暖かいお心遣いに感謝するよ」

 「失礼いたします。朝食をお持ちいたしました」

 ノックの後、リュウガがカートを押しながら入って来て、手際よく配膳を行った。

 出されたのは焼きトースト二枚、ベーコンエッグ、たまごサラダといった喫茶店のモーニングセットみたいなメニューだった。

 「てっきり別世界の料理が出るのかと思ったよ」

 メニューを見た感想を口にする。

 「あなたに食べさせるのだからこの世界の物に合わせたのよ。私自身食べてみたかったし」

 そっちの方が優先なんじゃないかと思ったが、敢えて言わなかった。

 「これだけで足りるのか?」

 昨日の喰いっぷりを見た上での質問だった。

 「魔法を使っていないからこれだけで十分よ」

 「そういうことね」

 「どうぞ。冷めない内にお召し上がりください」

 「いただきます」

 食前の挨拶をして、べーコンエッグから食べた。

 「うまい」

 称賛の言葉が、自然と口から出るほどの味だった。

 「そうでしょ。リュウガの料理の腕はかなりのものだし、この国の料理も大半はマスターしているんだから」

 まるで、自分のことのように自慢してきた。

 「ほんとに大したもんだ。さすがは魔法使いの世話係りだけのことはあるぜ」

 二人の称賛の言葉に対して、リュウガは返事をせず、微笑みを返すだけだった。

 「ここってTV無いのか? 俺が寝た部屋にも無かったし」

 「あなたの部屋で見た映写機械ことよね。どうして?」

 「昨日のことがニュースで流れて大騒ぎになっていないかと思ってさ」

 「私の魔法は完璧だものそんなこと絶対に有り得ないわ」

 「それならいいけど」

 「お飲み物をお持ちいたしました」

 食事が済むタイミングでテーブルに置かれたのは、マリルとセットで何度も目にしている缶コーヒーだった。

 「朝から缶コーヒーか」

 「朝専用だからいいんじゃないの?」

 リュウガが持ってきたコーヒーには、朝専用と書かれていたのだ。

 「普通、こういう時ってかカップから注がれる高級品を飲むもんじゃないのか?」

 「向こうの世界ではそうしていたんだけど、缶コーヒーを飲んでからこっちじゃないと落ち着かなくて」

 「それならしかたないか」

 もはや中毒レベルに達していると思い、初めて会った日に缶コーヒーを奢ったことに少しばかり罪悪感を抱きかけた。

 「美味しい~」

 ただ、飲んでいる本人が物凄く幸せそうな上に体に害があるものでは無いので、止めるのはよすことにした。

 守は、缶コーヒーを飲み終えた後、スマホを出してTVを見始めた。

 「何しているの?」

 「一応チェックしておこうと思ってさ」

 どのチャンネルのニュース番組を見ても、店が潰れたことや山火事に付いて、触れている番組はなかった。

 「ほんとに無かったことになっているな」

 「だから言ったでしょ。私の魔法は完璧だって」

 さも当然といった返事だった。

 「それでさ、俺に言うことがあるだろ?」

 スマホをしまい、一拍置いてから改まった態度で、マリルに問い掛ける。

 「無いわ」

 否定の返事だった。

 「ほんとに無いか?」

 「無いわ」

 再度否定してきた。

 「じゃあ、ドアノブの件はいったいなんだ? 触れた瞬間バチバチってきて気を失ったんですけど~!」

 質問の内容を詳細に説明した。

 「防犯対策するって部屋を出る前に言っておいたじゃない」

 「だったら夜中に悲鳴なんか上げるなよな。心配で駆け付けてみればあの様だよ」

 「悪かったと思っているわよ。だから、回復魔法掛けてリュウガに部屋まで運ばせたんじゃない」

 「いったい何が原因であんな大声出したんだ?」

 「この世界の虫が出てきて驚いたのよ」

 嘘の言い訳をした。超○金に刺されたからなどと言えるわけがなかったからだ。

 「そんな理由かよ。飛び出て行って損したぜ」

 「こっちだって来てくれなんて頼んでいないわよ」

 「そんなこと言うんだったらもう叫んだって来てやんないぞ」

 「大丈夫よ。自分でどうかできるから」

 「お二人とも会話はそのくらいでいいでしょう。守様、そろそろ出発のお時間でございます」

 リュウガの介入によって、二人の不毛な会話は終わりを迎え、守は車で家まで送ってもらい、制服に着替えて学校へ向かった。


 通学路を歩きながら顔見知りのクラスメイトと挨拶を交わしていくと、朝までのことはやっぱり夢なんじゃないかと思う位に、いつも通りの日常生活を送っている気分になっていく。

 だが、教室に入って自分の席に座り、隣の席に誰も来ないまま予鈴が鳴ると、改めて自分は魔法使いの存在する世界に身を置いているのだと痛感させられてしまう。

 担任が入ってきて、出席を取っていき、マリルの名前を飛ばしたところで、委員長が居ない理由を尋ねると風邪で欠席との返事をした。

 本当の理由は全然違うのだが、仮病としては十分な理由だと思った。

 そこからは、普通の高校生として授業を受けた。

 これがいつもの日常だと思う反面、そうなると顕現化したマジンダムも存在しないことも当たり前になるわけで、それはそれで寂しいというか、惜しい気持ちも芽生えていた。

 

 昼休みは、学食へ行っていた。

 朝はマリルの邸に居たので、弁当の準備をする暇が無く、コンビニ弁当は好きではなかったからだ。

 鯖の味噌煮定食に決め、券売機で食券を買う。

 朝は洋食だったので、昼は和食にしようと決めていたからだ。

 食事を受け取り、空いている席に座った後、味噌がたっぷりかけられた鯖に箸を入れて口に運ぶタイミングで、食堂内が急に騒がしくなったが、特に気にせず箸を進めていく。

 「それもおいしそうね」

 聞き覚えのある声を耳にして、顔を上げてみると食事を乗せたトレイを持つ制服姿のマリルが立っていた。

 しかも、とびっきりかつ極上の笑顔を浮かべている。

 「てっきり今日は学校来ないのかと思ったぜ」

 騒ぎの原因は、マリルが来たことだと分かっても驚くことなく、箸を動かしていく。

 「作業が一段落した時間が丁度昼食時だったからここで食べようと思って来たの。昨日の無念も晴らしたかったし」

 「それでよく俺の居る場所が分かったな」

 「あなたを誘おうとクラスに行ったら学食に行ったって聞いたから」

 「そういうことか。それよりも人避けの魔法使ってくれないか」

 「どうして?」

 「さっきから周りの視線が気になるんだよ」

 学食に来ている生徒全員が、マリルに視線を向け、様々な言葉が飛び交っているのだ。

 「確かにちょっと騒がしいわね」

 そう言いながら右手を上げて、学食中に光りを撒き散らすと、生徒達は二人から視線を外し、全く関係無い話を始めていった。

 「これで落ち着いて飯が食えるってもんだ」

 「そうね」

 マリルが、座りながらテーブルの上に置いたトレイの上には、草鞋サイズの特大ハンバーグが乗っていた。

 「特大ジャンボハンバーグ定食にしたんだ」

 「これが一番量があっておいしそうだったから」

 「まあ、量があってうまいから学食で一番人気だからな」

 「やっぱりそうなんだ。売り切れたところでお願いして譲ってもらって良かったわ。いただきます」

 美貌を生かして食券を獲得した経緯を説明し終えた後、きちんと食前の挨拶をして箸を使って食べ始めた。

 「箸使えるんだな」

 「ここでの必要な知識は習得済みから」

 「なるほど、それで話っていうのは?」

 「食事が終わってからにしましょ」

 言いながらとてもおいしそうにハンバーグを口に入れていく。

 「賛成。そういえば思ったんだけどさ」

 「なに?」

 「俺と林さんってなんだかんだで一緒に飯食べているよな」

 「言われてみればそうね」

 「やっぱりこれって周りの連中からしたら羨ましいことなのかな?」

 真顔で尋ねた。

 「・・・」

 マリルは返事をせず、鯖を掠め取るなり、一気に口の中に放り込んだ。

 「俺のおかず取るな~!」

 当然の怒りを言葉にする。

 マリルは、殺意のたっぷり籠った視線を向けながら口をもぐもぐして、飲み込んだ後は黙ってしまった。

 その様を見て、もう何を言っても無駄だと諦め、ため息を吐いた後、ご飯とみそ汁だけという侘しい昼食を取ることになった。

 「ご馳走様、それじゃあ、話をする場所に行きましょうか」

 満足そうなマリルが、場所変えを提案してきた。

 「どこへ?」

 少し不満そうに聞き返した。まだ、鯖を取られたことを根に持っているのだ。

 「資料室」

 マリルに言われるまま食器を戻した後、資料室に移動した。

 

 「けど、なんで資料室なんだ?」

 「話をするにはもってこいだからよ。ほら、席を用意するの手伝って」

 言いながらパイプ椅子を出し始めている。

 「それで話ってなんだ?」

 長テーブルを挟んで、マリルと向かい合わせに座った状態で尋ねる。

 「マジンダムの解析結果を言いに来たの」

 「それだったらわざわざ昼休みじゃなくても学校終わりに俺の家か屋敷で話せば良かったじゃないか。こんな回りくどいことしなくても済むし」

 「こういう報告はできるだけ早い方がいいと思って」

 「そう言って本当は学食が目当てだったんじゃないのか?」

 核心を突く質問をぶつけてみた。

 「違うわよ。作業がお昼前に一段落しただけって言わなかったかしら」

 言いながらも視線がやや泳いでいるので、学食行きも目的に入っているのがバレバレだった。

 「それで何が分かったんだ?」

 ツッコムのも野暮だと思い、解析結果を聞くことにした。

 「昨夜話したようにマジンダムが魔法石と融合しているのは間違いなかったわ。予想通り吹っ飛ばされ時に膨張中だったマジンダムと融合してしまったのね。それと顕現魔法が途中で途切れたせいで、大きさや運動性に耐久性といった基礎的な部分はあなたのイメージ通りになったけれど、その他の機能は再現されていないことも分かったわ」

 「武器が使えなかったり飛べなかったりしたのはそのせいだったのか」

 機体に異常が無いにも関わらず、作動しない機能があることに納得がいった。

 「その反面、魔法石としての機能は備わっているから主である私の魔法なら使うことができるのよ」

 「つまり遠距離武装や必殺技に関しては魔法がメインになるわけか」

 「そういうこと」

 「それだとこれからも二人で戦う必要があるんじゃないのか」

 「その必要はないわ」

 マリルは、守の提案をきっぱりと否定した。

 「なんでだよ。昨日は二人で戦って勝てたじゃないか」

 「昨日勝てたのは、混沌の魔女がマジンダムのことをよく知らないっていうハンデがあったからよ。今度は手の内を知られているから前の時のようにはいかないわ」

 「操縦はどうすんだ?」

 「電子頭脳を被って操縦方法を学習するわよ。被るだけでいいんでしょ」 

 「原理的には」

 「だったら、私にも操縦がマスターできるってことでしょ。とにかくあなたはこれ以上危険なことに首を突っ込まなくてもいいわ」

 「この二日間、相当巻き込まれている気もするけどな」

 ちょっと嫌味を込めて言ってやった。

 「だからこれ以上は何もしなくていいと言っているの」

 マリルは、話は終わりとばかりに席から立った。

 「そうそう、昨日あなたに聞きそびれたことを思い出したわ」

 そう言って思い出したように座り直した。

 「なんだ?」

 「あなた、あんな危険な思いをしたのに随分と冷静よね。また混沌の魔女に襲われるのが怖いとか思わないの?」

 マリルは、ふざけた様子もなく真剣な表情で聞いてきた。

 「初めて襲撃された時は凄く怖かったけど、巨大ロボットに乗ってからは全然だな。むしろまた乗れるかもしれないって期待の方が大きいし」

 真剣な表情で返事をする。

 「そんな理由?」

 物凄く微妙な顔をされてしまった。どうやら呆れているらしい。

 「本物の巨大ロボットに乗れたんだぞ。ロボ好きに取ってこれほどの喜びはないぜ」

 嬉々とした表情を浮かべながら心情を語っていく。

 「あなたが巨大ロボットが好きで本当に良かったわ」

 マリルは、ほっとしたように表情を緩めていった。

 「この世界じゃロボヲタって呼ばれているけどな」

 「じゃあ、あのフィギュアが好きな人達は?」

 美少女のフィギュアが入っている棚を指差しながら聞いてきた。

 「萌えヲタだ」

 「萌えヲタ?」

 不可解な言葉だったらしく、怪訝な表情を浮かべていく。

 そこへ扉からガチャガチャと音が鳴った後、扉が開いて三人の男子生徒が入ってきた。

 「鋼君、また勝手に使っているのか、ここの昼休みの使用は禁止だぞ」

 真ん中の眼鏡男子が、ややきつい口調で注意を促してくる。

 「言っているお前等だって入って来てんじゃん」

 怒ることなく、冷静な口調で言い返す。

 「我々は資料を取りに来ただけだ。君のように食事に使うわけじゃない」

 「飯なんか喰っていないぞ。どこにも食い物無いだろ?」

 食べ物が無いことをアピールするように両手を広げて見せた。

 「相変わらず口の減らない男だな。君は」

 眼鏡男子は、苛立ちを体現するように苦い表情を浮かべ、肩を震わせながら言い返してきた。

 「この人達、誰なの?」

 現状の蚊帳の外に置かれているマリルが、割り込んできた。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 マリルの存在に気付いた三人は、口を半開きにした間抜けな表情のまま固まってしまった。

 「私を見て変な表情を浮かべているけど、どこかおかしい?」

 マリルは、自分の方がおかしいと思ったらしく、髪や服など身だしなみを整えながら聞いてきた。

 「いんや、林さんがあまりにも”美少女”なんで、意識が吹っ飛んじまったんだよ」

 説明している間も三人は、固まったままだった。

 「おい、お前等いい加減に目を覚ませよ」

 「は、はははは、鋼君、彼女は何者かね?」

 守の呼びかけに意識を取り戻した眼鏡男子の声は、超が付くほど裏返っていた。

 「うちのクラスに入ってきた転校生だよ。美人の転校生が転入してきたって聞いたことくらいあるだろ」

 「美人の転校生なんてシチュエーションがほんとにあるなんて、これは現実か、それとも夢幻なのか?」

 三人は、顔を見合せ、あたふたしていた。

 「目の前に存在するちゃんとした三次元の人間だ。お前等の大好きな二次元じゃないぞ」

 呆れながら現実を直視させる。

 「だからいったい誰なの?」

 マリルが、話が一向に進まないことに対して、苛立った様子で聞いてきた。

 「二次元愛好会。昨日林さんに見せた魔法少女のフィギュアみたいなアニメが大好きな萌えヲタだよ。ちなみにあのフィギュアの持ち主は真ん中の眼鏡ね」

 説明の締めくくりに眼鏡男子を指さした。

 「鋼君、我々の愛する『アイドル魔法天使エンジェルプリン』をあんなのとか言うな!」

 眼鏡男子が、怒りの声を上げる。

 「この人達、あういうのが大好きなんだ・・・・・・」

 マリルは、三人に対して、表情を引きつらせながら冷め切った視線を向けていった。

 アニメとはいえ、自分と同じカテゴリーである少女にいやらしい服を着せ、その子の下着がもろ見えのフィギュアを愛でる存在に背筋が凍る思いがしているのだろう。

 「鋼君、君はこのような美女をここに連れて来て何をしていたのかね? まさか不埒なことを・・・・・」

 その先は、唇を震わせたまま言えなくなった。よほどのものを妄想しているのだろうと思った。

 「バカな想像をするな。ただ話をしていただけだ。それよりもちゃんと自己紹介しておけよ。現実の美少女とお近付きになるまたとないチャンスだぞ。もっともお前等が三次元の女の子とちゃんと会話ができればの話だけどな~」

 せせら笑いながらマリルと二次元同好会の橋渡しを試みた。

 「何を言う。我々とて、女子と会話くらいできるぞ。はははは、初めまして、ぼぼぼぼ、僕はさささ、西園寺さいおんじ、あああああ有朋ありともといいいいますすすす~」

 「声が完全に震えているじゃねえか」

 他のニ人も同じ調子だった。

 「私、林マリルって言います。これからよろしくお願いします」

 マリルは、打って変わって落ち着き払った満面の微笑みで、自己紹介をし返した。内心はどうであれ、相手に対して失礼の無いようにと配慮しているのだろう。

 「はうっ!」

 マリルの良識的態度に、三人は射抜かれたように両肘を付いた。

 「今度はどうしたの?」

 「おたくの笑顔に胸を撃ち抜かれたんだろうよ。どこまでも大袈裟な連中だ」

 「ああああの~これからはあなた様のことを”女神”か”天使”と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか~?!」

 有朋と他二人は、土下座して頼み込んできた。

 「女神~? 天使~?」

 マリルは、困惑した表情を浮かべ、「わたし魔法使いなんだけど~」と口パクで訴えてきた。

 「美少女なのは確かだけど、ちゃんとした人間として扱えって。そんなノリだから普通の女子に煙たがられるんだぞ」

 「我々は、ただ林さんを崇拝したいだけだ。その気持ちが分からないのか?」

 「全然、分からん」

 三人の言葉を否定した後、マリルの顔を見ると少しくらい分かってもいいんじゃないかという不満そうな顔をしていた。

 「さっきから我々のことをやたら否定しているが、君だって二次元の巨大ロボットが大好きではないか、巨大ロボットなんぞ美少女に比べて絶対に有り得ない存在なのだから、よっぽど低レベルかつ幼稚ではないのかね」

 有朋が、自身の趣味を否定されてきたことへの仕返しとばかりに、巨大ロボットの非現実性を述べていく。

 「そのくらい分かっているよ。嘘だってことも架空の存在ってことも十分理解している。それでも俺は巨大ロボットが大好きなんだよ。このことに関しては誰に否定されても引く気もやめる気もないぞ」

 「そもそも巨大ロボットの何がそんなにいいのかね?」

 核心を突く質問だった。

 「それはもちろん”デカくて強くてカッコいい”ところだ!」

 自信満々かつ揺ぎ無い意思をはっきりと感じさせる物言いに対して、マリルを含む四人は異論を唱えることもできないほどに圧倒されてしまい、資料室はしばしの間無言に包まれた。

 「っ! そこの窓から脱出するぞ!」

 守は、外へ通じる窓を開けながら、マリルに大声で呼びかけた。

 「なんでよ?」

 「いいから、今は言う通りにしてくれ!」

 そう言って返事をしている時には、すでに窓枠から体を出していた。

 「分かったわよ」

 マリルが、資料室から出るのを確認すると窓を閉め、右手を掴んですぐ側の柱の影に隠れた。

 「お前達、そこで何をしている?!」

 柱から様子を伺うよりも速く、資料室から中年男性の怒鳴り声が聞こえてきた。

 「いったいなんなの?」

 マリルが、苛っとした感じで、行動の意図をを尋ねてくる。

 「あいつらがデカい声上げるから先生が来たんだよ。資料室は昼休みの使用は禁止だからな」

 「昨日昼食食べたじゃない」

 「分からなかったと思うけど、こっそりやっていたんだぞ」

 「そうだったの。それにしても先生が来るのがよく分かったわね」

 「ちょっとした勘ってやつさ。早く戻れよ。怪しまれるぞ」

 「そうそう、約束破るようで悪いけどマジンダム、今日も貸して。そうすれば攻撃に必要な術式が完成するから」

 真剣な表情によるお願いだった。

 「分かった。その代わり大事に扱ってくれよ」

 「分かっているわよ」

 「超○金のことで分からないことがあったらリュウガに解説してもらえ」

 「なんで、そこでリュウガが出てくるの?」

 マリルが、首を傾げながら言葉の意味を尋ねてくる。

 「俺とあいつが”同士”だからだ」

 とても爽やかな笑顔で返事をした。

 「リュウガとすぐに仲良くなるなんて驚きね。じゃあ遠慮なく借りていくわよ」

 「クラスの連中には分からないようにしろよ」

 「もちろんよ」

 マリルは、周囲を確認した後、転送魔法で消えた。

 教室に戻ると、クラスメイトはマリルが来たことなど、初めから知らないかのように振る舞っているのだった。

 それから放課後を迎え、いつものように帰宅して、バイトに行くといういつもの夜を過ごした。

 

 それは翌日の朝のことだった。

 「おはようございます。守様」

 リュウガが、金色荘を訪ねてきたのだ。

 格安アパートの玄関に、礼服姿の男が立っているというギャップの凄まじさに初めの内は言葉が出なかった。

 「おはよう。リュウガ、なんの用?」

 「これのご返却に伺いました」

 両手で抱えているマジンダムを見せた。

 「昨日も貸していたんだっけ。リュウガが返しに来たってことは術式ってやつが完成したのか?」

 「はい、マリル様のお言葉を借りれば、これで混沌の魔女を絶対に倒せるそうです」

 「凄い自信だな。そうそう何か困ったらヘルプするように言っておいてくれ」

 「ヘルプとはなんでございましょう?」

 聞いたことがない言葉らしく、意味を聞いてきた。

 「緊急で助けに行くことだ」

 「かしこまりました。それではわたくしはこれで失礼いたします」

 リュウガは、礼をして去っていった。

 「まったく何もこんな朝早くに持ってこなくてもいいのに」

 苦笑しながら二日振りに手元に帰ってきたマジンダムの重さを感受していた。

 その日もマリルは欠席し、昼になっても現れることなく、用意した弁当を教室で食べるといういつもの昼休みを過ごした。

 結局、マリルは欠席の言葉通り、姿を見せることはなかった。

 家に帰って、バイト前に風呂に入り、部屋に戻った瞬間、テーブルの上に飾っていたマジンダムは魔法陣に吸い込まれてしまった。

 「今から混沌の魔女と戦うんだな。こんなことならオプションパーツも渡しておくんだったかな」

 その後、服を着て、バイトへ行く前にトイレに行って出てくると、目の前にはリュウガが立っていた。

 「おいおい、ノックも無しってのはちょっと無礼過ぎないか?」

 突然の登場に驚きを隠せない。

 「無礼は重々承知していますが、そのようなことを気にしている場合ではないのです。至急わたくしと一緒に来てください」

 「なんで?」

 「ヘルプでございます」

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