第3話 紫ローブと魔法少女。

 「あの子、顔小さいな~。何等身かな~?」

 「まるで二次元から飛び出して来たみたいだぜ~」

 「新手のCGなんじゃないのか?」

 マリルが、学校とは趣向の異なる賛美の言葉を浴びている。

 ヲタクの聖地であるアキハバラを歩いているからだ。

 その隣を歩いている守は、恋人や彼氏と間違われることはなかったが

 「付き人かな」

 「ビ○トかフ○ンネルじゃね?」

 「いや~あれはオプションパーツ以下だろ」などと散々な言葉を浴びせられているのだった。

 なぜ、こんなことになったのかというと、予定していた超○金玩具の購入にマリルも護衛として付き添うことになったのだが、店の場所を知らないので、先に行かせるわけにいかず、後ろでは視線が気になるということで、やむえず横並びで歩くことになったのである。

 そんな状況の中、横目でマリルをチラ見すると、周囲の声を聞き流すように平然とした表情で、視線を微かに動かしているだけだった。

 紫ローブを警戒してのことなのだろうが、少しくらい気にして欲しいと思った。

 「ここがあなたの言っていたホビーショップという場所なのね」

 マリルが、目的地であるホビーショップの看板を物珍しそうに眺めながら言った。

 「俺が超○金玩具を買い続けている店だ。買い物している間はどうする? 受け取るだけだからそんなに時間は掛からないけど」

 「それならあなたの近くで待つことにするわ。中を見て回りたい気もするけど、なんだか変な感じもするし」

 マリルが、自動ドア越しにショップを覗き込みながら不快な表情を浮かべている。ホビーショップならではの独特の雰囲気を感じ取ったのだろう。

 それからマリルと一緒にショップに入って、真っ先にレジへ向かった。

 「お願いします」

 店内に入る前にあらかじめ出しておいた予約票を定員に渡す。

 「少々お待ちください」

 予約票を受け取った店員は、レジ奥からけっこうな大きさの箱を抱えて戻ってきた。

 「こちらでお間違いございませんでしょうか?」

 箱を置いた店員が、息を切らしながら確認を求めてくる。大きさに見合った重量を伴っているからだ。

 「はい、間違いありません」

 商品名と巨大ロボットのサンプル画像が印刷されている箱を見ながら返事をした。

 「お値段が消費税込みで十五万五千円になります」

 今朝、不良から死守した茶封筒から取り出した提示金額ピッタリの現金を手渡す。

 「丁度お預かりいたします。こちらの商品はかなり大きいものですが、お持ち帰りでよろしいでしょうか? 高額購入ですので無料配送にもできすが」

 「持ち帰りでお願いします」

 「かしこまりました。では、持ち帰り用に包装いたしますので、少々お待ちください」

 店員は、玩具の重量に悪戦苦闘しながら包装を行い、最後に持ち運び用の取っ手を付けた。

 「ありがとうございました」

 商品を片手で軽々と持ち上げたことで、驚きの表情を浮かべる店員に背を向けて、レジから離れた。

 「お待たせ。行こう」

 宣言通りに側で待っていたマリルに声を掛けた。

 「なんだ? 顔が赤いぞ」

 「あ、あれのせいよ」

 マリルの目線の先を追ってみると、際どい服を着た美少女にスカートを自ら捲り上げるメイドといったお色気たっぷりのフィギュアの宣伝ポスターが多数貼られているのだった。

 「この手の商品も扱っている店だからな」

 「扱わないお店で買えばいいじゃない」

 ポスターの無い方に視線を向けながら非難してくる。

 「この店は超○金の値引率がいいんだよ。行くぞ」

 顔が赤いままのマリルを連れて、ショップから出ていった。

 

 「本当に嬉しそうね」

 マリルが、冷ややかな言葉を掛けてくる。

 「なんで分かるんだ?」

 「ショップを出てからずっと顔がニヤけているもの、嫌でも分かるわよ」

 欲しかったものが買えたという喜びと一刻も早く箱を開けて遊びたいという二大欲求から来るニヤけ衝動を必死に抑えていたつもりだったが、無理だったようだ。

 「そういう林さんは、まだ少し顔が赤いぞ」

 お返しとばかりに顔が赤いことを指摘してやる。

 「しかたないでしょ。あの紙のことがまだ頭から離れないんだから」

 ショップで見た萌えフィギュアのポスターのことが、まだ忘れられないらしい。

 「俺も初めて見た時は滅茶苦茶インパクト受けたからな~」

 自分の経験を踏まえながら同情を示す。

 「それはともかく緊張感が足りないんじゃない?」

 少し厳しめの声で、注意を促がされる。

 「そりゃあ、昼に危ない目に合ったばかりだけど、欲しいものが買えたことを喜こんだっていいだろ」

 「だからって、少しくらい緊張感を持っていないと緊急事態に対処できないわよ」

 「緊急事態って?」

 「ええと・・・・」

 視線を上に向けたまま言葉に詰まっている。どうやらうまい答えが見つからないようだ。

 「おい、お前等」

 声を掛けられて振り返えると、朝カツアゲをしていた三人が立っていて、頭と顔に包帯を巻いた痛々しい姿をしていた。

 「ほら、こういうことよ」

 三人を指差すマリルの声が、弾んでいるように聞こえるのは気のせいだろうか。

 「なんだ。あんたらか」

 マリルのテンションとは逆につまらなそうな声で返事をした。

 「朝はよくもやってくれたな」

 「あれは俺のせいじゃないぞ」

 マリルをチラ見しながら言った。

 「お前等に絡んだせいでこうなったんだ。治療費払ってもらおうか。それとあんたには俺達をケアしてもらうぜ」

 守には慰謝料を、マリルにはご奉仕を求めてきた。

 「緊急といえば緊急かな」

 「緊急に決まっているでしょ」

 そうに決まっているといった表情をしてくる。

 「俺達を無視して二人だけで話してんじゃねえぞ」

 「悪い。金はもう生活費以外無いぞ。あんたらが取ろうとした金でこれ買ったし」

 憎たらしいくらいにニヤけた表情を見せながら、持っているデカ箱を軽く叩いてみせる。

 「だったら、そいつをもらうぜ。ロボットのおもちゃなんだろうが、大金で買ったなら売ればけっこうな金になるだろうからな」

 「朝も言っただろ。あんた達にくれやるものは何も無いって」

 「そんなら力づくでもらってやるよ!」

 三人が、鞄から出した小さめの鉄パイプ持ちながらゆっくりと近付いてくる。

 危険な状況ではあるが、例によって通行人達は見て見ぬ振りをして、立ち去っていくばかりだった。

 「あなた達も懲りないわね」

 マリルが、路地裏の時のように鋭い声を出しながら前に出ていく。

 「ここは俺に任せてくれ」

 マリルを呼び止め、玩具を道の隅に置きながら言った。

 「てめえ~女の前だからってカッコ付けてんじゃねえぞ」

 真ん中の男が、苛立ちを露にする。

 「そうかもね~」

 挑発するような言葉を返しながら、男達の前に出ていった。

 「やっちまえ~!」

 三人が、一斉に飛び掛かってきた。

 守は、軽い身のこなしで攻撃を回避しつつ、一人一人の腹にパンチを叩き込んで、うつ伏せに倒していった。

 「悪いな。俺、こう見えてけっこう強いんだ」

 軽く肩を回しながら余裕の言葉を口にする。

 「じゃあ、朝のあれはなんだったんだ?」

 真ん中の男が、苦しそうな声で尋ねる一方、他の二人は動く気配すらなかった。

 「あんたらを怪我でもさせて職員室に呼ばれたらこいつを買うのが遅くなるだろ。それが嫌で我慢していたんだよ」

 「たかが、おもちゃの為に我慢してたっていうのか?」

 「そういうこと。行こうぜ」

 マリルに一声掛け、超○金玩具を拾った後、三人を放置して立ち去っていった。

 「あれだけ戦えたのなら私の助けなんていらなかったわね」

 マリルが、皮肉の籠った言葉を掛けてくる。

 「さっきも言っただろ。問題起こすわけにはいかなかったって。だから林さんに助けてもらって凄く感謝しているよ」

 「ほんとかしら?」

 疑いの籠った視線を向けながらの言葉だった。

 「その礼も含めて昼飯の面倒みただろ」

 「そうね。昼食は本当に助かったわ」

 とりあえず納得してくれたようだ。

 「それでもうすぐ家に着くわけだけど、ほんとに来るの?」

 改まった口調で、これからの行動に付いての確認を取った。

 「護衛なんだから当然でしょ。それとも家の外に居ろとでも言うつもり?」

 「いや、一応男の部屋に入るわけだし」

 「ご家族が居るでしょう?」

 「俺、アパートで一人暮らしなんだ」

 「心配しないで。もし変なことしようものなら、それなりの報いを受けさせてあげるから」

 ニコやかに、それでいて目が全然笑っていない表情を見せながら、自分の力を示すように右手を上げてきた。

 「分かった。行こう」

 半ば諦めたようにため息を吐いた後、住んでいるアパートに歩みを進めた。

 

 マリルを連れてきたのは、金色荘こんじきそうという表札の付いた二階建ての木造アパートだった。

 二階に上がって、105号室と刻まれたプレートが貼られている部屋の鍵を開けて中に入った。

 「入る前に玄関で靴を脱いでくれよ」

 マリルに玄関を上がる際の注意を伝える。

 「分かったわ」

 言われた通り、靴を脱いで玄関を上がった。

 玄関回りは、右手に台所、左手に障子、真ん中にユニットバスと書かれたドアがあった。

 「ああ~」

 マリルの低い呻き声を耳にした途端、背中に得体の知れない負荷が掛かってきて、抵抗する間もなく体勢を崩してしまい、床に両手を付いてしまった。

 「いったいなんだ~?」

 振り返ってみると、マリルがもたれかかっていた。

 「は、林さん?」

 自身に負荷を掛けているのが、マリルだと認識した途端、背中に当たる柔らかな感触がなんであるかを分かってしまった。

 「ああ~どうしよう! どうしよう!」

 初めて知る女体の感触を前にして、意識が大きくかき乱されていく。

 「と、とにかく楽な姿勢を取らせない」

 本当に触っていいのか、後で殺されるんじゃないかと思いながら体の向きを変えつつ、正面から抱えて、障子に背中を乗せた。

 「大丈夫か?」

 とりあえず声を掛けてみる。

 「・・・・お腹すいた」

 「えぇ・・・?」

 予想と違い過ぎる返答になんともいえない返事をしてしまう。

 「このお金で食べ物買ってきて」

 弱々しい動作で、制服から取り出した財布を差し出してくる。

 「分かった。なんでもいいのか?」

 財布を受け取りながら確認を求めると、小さく頷いてみせた。

 部屋から出る際に中身を確めると、三千円とまあまあな金額が入っていた。

 金額を確認したところで、近くのコンビに行って、金額分だけの食べ物を買って戻った。

 「ほら、買ってきたぞ」

 すぐに食べられるように封を開けた焼そばパンを差し出す。

 受け取って、一口食べたマリルは、スイッチを入れられたように猛烈な勢いで食べ、残りもあっという間に平らげていった。

 「もういいのか?」

 「とりあえずは大丈夫」

 「なら、部屋に入るか?」

 「そうさせてもらうわ」

 障子を開けて中に入ると、六畳一間のスペースに巨大ロボットの玩具と本と映像ソフトがぎっしり詰め込まれ、TVなどが脇役以下になっている一方、足の踏み場はしっかりと確保されているなど、きちんと整理整頓されていた。

 「あなたってほんとに巨大ロボットが好きなのね~」

 部屋の中を見回したマリルが、圧倒されているとも呆れているともつかない感想を言った。

 「本当はポスターも貼りたいんだけど、壁にセロハンテープや画鋲を刺しちゃいけない決まりになっているから我慢しているんだ」

 「へぇ」

 気の無い返事だった。

 「それにでも座ってくれ」

 部屋に二枚ある座布団の一枚を勧め、マリルが座るのを確認してから部屋を出て、台所の隅に置かれている冷蔵庫からあるものを取り出した。

 「ほら」

 マリルの前に置いたのは、缶コーヒーだった。

 「どうして、これがここにあるの?」

 「俺も好きだからストックしてるんだ。遠慮しないで飲めよ」

 「ありがとう」

 マリルは、缶コーヒーを手に取り、昨日教えた方法通りにプルタブを開けて、一口飲んだ。

 「おいしい」

 缶から口を離して、満足そうな微笑みを見せた。

 缶コーヒーにそこまでと思いはしたが、本人が満足そうなのでよしとした。

 「あなたは飲まないの?」

 「こいつの開封作業があるからな」

 超○金玩具のデカい箱を指差す。

 「その間、私は何をしていようかしら」

 手持ちぶさたといった感じで、部屋の中を見回していく。

 「TVでも見てなよ。これで適当に番号を押して面白そうだと思ったところで止めればいい。本を読んでもいいし」

 リモコンを手に取ってTVの電源を入れ、ボタンを押して、チャンネルの変え方を見せた。

 「分かったか?」

 「分かったわ」

 マリルにリモコンを渡した後、箱を傷付けないようにゆっくりと包装を解いてじっくりと眺めた。

 これから箱を開けるという最初のお楽しみの儀式を前にして、スマホを使ってあらゆる角度から写真を撮っていった。

 一通り撮り終え、カッターナイフで取り出し口のセロハンテープを切って開け、玩具本体と付属品を収納しているブリスターを中から取り出す。

  ブリスターに入った状態で欠品が無いかを確認した後、上蓋を開けて中身を傷付けないように慎重に取り出し、傷や塗装剥げに間接強度など商品に不具合が無いかを一つ一つ手に取って、じっくりと見て動かしながら確認していく。

 それから本体と付属品の写真を撮った後、説明書を読んでいった。

 「じゃあ、組むしますか」

 説明書通りに各パーツを合体させていった。

 「ようし、できたぞ」

 初めての合体作業に悪戦苦闘しながら組み上げ、一体の巨大ロボットを完成させた。

 「そういえば、林さんはどうしたかな?」

 組み上げることに夢中になるあまり、マリルのことをすっかり忘れていたのだ。

 マリルが、座っていた方を見ると付けっ放しのTVと缶コーヒーの空き缶に広げっ放しの設定本しか見えなかった。

 おかしいと思い、膝を立てて覗き込んでみると、マリルは座布団を枕代わりにして、すやすやと寝息を立てながら寝ているのだった。

 「・・・・」

 あまりにも無防備なその姿は、魔法使いというよりも年相応の女の子にしか見えず、寝顔の可愛さもあって、こういうのをほんとの眠り姫というのかと思った。

 「何しているの?」

 寝起きの割りに、右手をしっかりと向けてきている。

 「動きがないからどうしたのかと様子を伺っただけなんだが」

 冷静に状況を説明する。

 「そう、帰るわ」

 右手を下げ、気だるそうに体を起こしながら帰宅宣言をしてきた。

 「護衛はもう終わりか?」

 「敵の居場所が分かったから」

 どうやって分かったのかと疑問に思う中、南側の窓に視線を感じて、顔を向けるとベランダに一羽の烏が止まっていた。

 一瞬、今朝三人組を襲ったのと同じ烏かと思ったが、そんなことあるわけないと思い直した。

 「缶コーヒーご馳走さま。それとTVも悪くはなかったわ。それが今日買った超○金?」

 テーブルに置いてある超○金を見ながら聞いてきた。

 「そうだ。カッコいいだろ?」

 「解説書は読ませてもらったけど、やっぱり私にはよく分からないわ」

 設定本に目を向けながら素っ気ない返事をされてしまった。

 「そうか」

 想定内の返事だったので、ガッカリはしなかった。

 マリルは、座布団から立ち、鞄を持って玄関に向かった。

 「俺の記憶は消さなくていいのか?」

 玄関で靴を履いているマリルに確認を取った。

 「全部終わったら消しに来るわ。色々ありがとう」

 マリルは、今まで一番の微笑みを浮かべて礼を言いながら出ていった。

 一瞬、追いかけようとしたが、紫ローブに対して自分にできることはないと思い直し、玄関の鍵を閉めて部屋に戻った。

 「うわ~超カッケ~! サンプル通りに変形前と変形後のスタイルの両立が出来ているじゃないか~! ほんと最高だぜ~!」

 組み上げたばかりの超○金の造形&合体ギミックの出来の良さに感動しまくっていた。

 マリルが居なくなったことで自分の世界にどっぷり浸かっていたのだ。

 

 「ヘルプ~? どういうことだよ。おじさん! 今日はバイト休みの日だろ!」 

 右手で玩具を愛でつつ、左手で持っているスマホに向かって、怒鳴り声を上げた。

 「いや~その~メロンちゃんが緊急出勤になってどうしても今から会いに来てちょうだいって頼まれちゃったんだよ。そこまで言われちゃあ行かないわけにはいかないだろ。だから頼む。お前だけが頼りなんだよ~」

 おじさんは、電話越しからでも十分聞き取れるほどの猫撫で、助けを求めてきた。

 「けどな~」

 目の前の超○金玩具を見ながら返事を渋った。買ってから数時間しか愛でていない愛玩具と離れるのが、心苦しかったからである。

 「臨時のバイト代はずむからさ~」

 おじさんは、特別報酬を条件に出してきた。

 「・・・・・・分かった。行くよ」

 しばしの葛藤の末、承諾の返事をした。臨時収入が入れば別の超○金玩具に回すことができるからだ。

 着替えを済ませ、障子に手をかけたとけろで、テーブルに置いてある超○金玩具に目を向けると、後ろ髪を引かれる気持ちが溢れたが、バイト代のことを思い、心を鬼にして部屋から出ていった。


 「おお~来てくれたか。恩に着るぜ~」

 店に着いてから着替えて厨房に入ると、満面の笑みを浮かべるおじさんの出迎えを受けた。

 「おじさん、約束忘れないでよ」

 「安心しろって、帰ってきたらちゃんと色付けて払うからさ。じゃ、頼んだぞ~」

 守に後を任せたおじさんは、うきうきしながら奥に入って着替えた後、意気揚々と店から出ていった。

 おじさんは、近所の飲み屋の新人メロンちゃんにメロメロで、出勤日ともなれば営業時間を切り上げてまで、店に向かってしまうほどだった。

 相手が飲み屋の女なので、いつか大金を騙し取られはしないかと物凄く心配しているのだが、世話になっている手前、あまり強くは言えなかった。

 店内には三人の客が居たが、料理はすでに出されていた。

 その後、入ってきた客の注文を受け、慣れた手付きで作った料理を出していった。

 バイトをしている内にスープの仕込みといった要となる部分意外は、任せられるほどの腕を身に付けていたのだ。

 最後の客の会計を終えると客足はそれっきり途絶えてしまった。

 完全にやることが無く手持ち無沙汰になると、これなら早くに店じまいした方が良かったんじゃないかと思いながらぼ~っとTVを見ていた。

 その数秒後、店の入り口に何かがぶつかり、猛烈な勢いで戸を破壊しながら店内に飛び込んできて、テーブルや椅子を吹っ飛し、カウンターの一部を破壊して厨房に転がり込んできた。

 「いったいなんだ? 車でも突っ込んできたのか?」

 音を聞くなり厨房の奥へ避難していたので、無傷で済んだが、店内は滅茶苦茶になり、途切れ途切れの音を流し続ける壊れたTVが、悲惨さを倍増させていた。

 「これって・・・」

 正面に目を向けると、予想に反して車は無く、足元に転がっている店を破壊した元凶は、とても見覚えのある形をしていた。

 「おい、林さん、大丈夫か?」

 足元に居るのは、魔法使いの恰好をしたマリルだったのだ。

 「戦うのはいいけど、おじさんの店を壊すなよな!」

 ある程度事情を知っているとはいえ、おじさんの店を壊したことが許せず、大声で怒鳴ってしまった。

 「ごめんなさい。こんなことするつもりはなかったんだけど不意を突かれちゃって」

 マリルは、息を切らしながら杖を支えに体を起こそうとした。

 「今度はぶつからないで済んだな」

 大声で怒鳴ったことで、少しばかり怒りも治まり、マリルへ右手を差しのべる。

 「何度もぶつかるようなヘマはしないわよ」

 マリルは、薄笑いを浮かべながら右手を取って立ち上がった。

 「見つけたわよ」

 その声を聞いた瞬間、覚えのある悪寒が全身を駆け巡っていった。

 壊れた入り口から姿を見せたのが、昼間ロ○ットパンチで吹っ飛ばした紫ローブだったからだ。

 「やっぱり、お前か」

 「あら、昼間の坊やじゃない。殺したと思っていたけど生きていたのね」

 紫ローブが、まるで知り合いのように親し気に話しかけてくる。

 「俺のこと覚えていたんだな」

 「あんな無様な動きを見せられたんだもの、忘れようがないわ。あなた、そこの”四方の魔女”の下僕?」

 マリルを顎で指しながら尋ねてくる。

 「お前と同じく昨日会ったばかりだよ」

 「それもそうよね。なんの力も無いあなたが四方の魔女の下僕になんかなれるわけないわよね~。それにしてもどこへ飛ばされたのかと思ったら、こんな酷い匂いのする所だったとはね。ここはいったいなんなの? 家畜小屋かしら~?」

 紫ローブは、ボロボロの店内を見ながら蔑んだ。

 「ばっか野郎! ラーメン屋だ。食べ物を売っている店だよ!」

 「この世界の人間は、こんな酷い匂いのするものを食べているのね。信じられないわ~」

 紫ローブが、鼻に手を当てながら侮辱の言葉を重ねていく。

 「こっちだってお前に食わせるラーメンはねえよ。とっとと出て行きやがれ!」

 大声で紫ローブを怒鳴り付けた。おじさんの店を馬鹿にされ続けたことで沸き出した怒りが頂点に達し、恐怖心を吹っ飛ばしたのだ。

 「もちろん出て行くわよ。その子とあなたを殺したらね」

 言い終えると真っ赤な唇を歪め、紫に輝く右手を翳してきた。

 「させない!」

 マリルは、宝石を輝かせた杖を大きく振りかぶり、大鎌を振るような動作で、紫ローブに向かって降り下ろした。

 「ふっ」

 紫ローブは、右手を突き出し、手の平から発生させた紫色の光の膜で攻撃を防御した上に、マリルを押し返した。

 マリルは、それに怯むことなく再度向かって行き、二人は店内を舞台に大暴れして、さらに損害をさら拡大させていった。

 「やめろ! やめろ! おじさんの店をこれ以上壊すな!」

 大声で二人に停戦を呼び掛ける。

 「ちょっとうるさいわよ!」

 紫ローブは、守に向かって左手から黒い矢を放った。

 「二度もやらせないわ!」

 目の前に立ったマリルは、杖から赤い膜を張って矢をガードしたものの、想定以上の威力だったのか、爆発と同時に後方へ吹っ飛ばされ、守は避けられずにぶつかって、折り重なるように床に倒された。

 「ふふふ、二人一緒なんて好都合だわ。死になさい」

 折り重なっている二人に向けて、紫ローブが両手を翳す。

 「これでもくらえ!」

 近くに転がっている鍋を拾い、紫ローブに向かって放り投げた。

 「悪あがきなんて見苦しいわよ」

 紫ローブは、右手を軽く動かして、鍋を真っ二つにした。

 「あつ~い!」

 切った鍋から飛んできた煮えたぎる仕込み汁を全身に浴びた紫ローブは、その猛烈な熱さに悶え苦しんだ。

 「今だわ。ベトッブ!」

 マリルが、言葉を出しながら杖を前に突き出すと、紫ローブは猛烈な勢いで、店の外へ吹っ飛んでいった。

 「店をこんなにしやがってあいつ絶対に許さないぞ!」

 「危険だからあなたはここに居て」

 マリルの言葉を無視して、先に店の外へ出た。

 表通りに出ると紫ローブは横倒しになっていて、体の左半身が道路に深くめり込んでいるのだった。

 「まさか、死んでいないだろうな」

 「あれくらいで死んでくれれば苦労しないわよ」

 二人が、物騒な言葉を交わしている中、紫ローブがゆっくりと体を起こしてきた。

 「いった~い。油断したわね。昼間以上に酷い目に合わされるなんて思いもしなかったわ~」

 言いながら何不自由なく立ち上がる紫ローブを見て、いったいどこが痛いのか聞きいてやりたくなった。

 「ロチオマズナイ!」

 マリルの叫び声と杖の宝石の輝きに合わせ、紫ローブに向かって、天から一条の稲妻が落ちてきた。

 紫ローブは、その場から微動だにせず、左手を上げて展開した魔法陣によって防御した。

 「ロデオノホ!」

 マリルは、杖から大きな炎の玉を飛ばしたが、稲妻と同じく魔法陣によって防がれてしまった。

 「精霊抜きのあなたの魔法が通じると思って? せっかくだからあたしの取っておきの魔法を見せて上げる」

 紫ローブは、ローブの中から一個の赤黒い球を取り出し、聞いたことの無い言葉を言った後、勢いを付けて道路にめり込ませた。

 そうすると球を中心にして、道路に蜘蛛に巣状のひびが入り、大きく盛り上がって、人のような姿を形造り、スタイルは全体的に太く、末端肥大の手足、凸凹頭に真っ赤な一つ目を持つ数十メートルの岩巨人になった。

 「なんじゃ、ありゃ~?!」

 自身の常識の枠を越えた存在を目にして、驚く以外のリアクションを取ることがなかった。

 「ゴーレム? まずいものを呼ばれたわ。逃げるわよ!」

 まだ呆然としている中、マリルに袖を引っ張られて、ゴーレムと呼ばれる岩巨人から引き放された。

 ゴーレムは、二人に向けて、その巨大な岩拳を降り下ろし、一撃の元に行々軒を完全に叩き潰した。

 「うわ~! おじさんの店が~!」

 マリルの手を振り払って、店に向かって走っていった。

 「戻ってどうするの! 今は逃げるのが先よ!」

 「こんなんじゃおじさんに顔向けできない」

 危機的状況であることも忘れ、おじの店を壊されてしまったことへの罪悪感に打ちのめされて、両肘を地面に付けた。

 「さよなら」

 そんな守の上に再度巨大な拳が降り下ろされ、激震と共に店を敷地ごと大きく窪ませた。

 それからゴーレムが腕を上げると守の姿はどこにも無く、マリルも居なくなっていた。

 「逃げたみたいね。でも、すぐに見付けて上げる」

 紫ローブは、夜空に浮かんでいる満月を見ながら楽しそうに弾んだ声を出した。

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