第2話 護衛と魔法少女。

 普通の人生では有り得ない奇妙な体験をした翌朝、守は路地の奥にて、見るからにガラの悪い高校生三人に絡まれていた。

 「おい、さっさと渡せ。お前が大金持ってることはお見通しなんだよ。こっちも伊達にカツアゲしてきてるわけじゃねえからな」

 よく分からない自慢の後、真ん中の男に腹をおもいっきり蹴られ、出したくもない呻き声を上げながら地面に両肘を付いた。

 「早く渡した方がいいよ~。これ以上痛い目に合いたくないだろ?」

 「お金なんてまた稼げばいいじゃないの~」

 左右の二人は、痛がる様を楽しむようにニヤ付いた顔で、金を渡すように言ってきた。

 あるものを買うの為に持って来た多額の所持金に目を付けられ、カツアゲという暴力的説得を受けているのだ。

 「俺が稼いだ金をお前等なんかに一円だって渡す気はないぞ」

 説得に屈することなく、腹の痛みを堪えながら絞り出した声で、拒否の意志を伝える。

 「まったく強情な野郎だ。だったらおめえを気絶させてからいただいてやるよ!」

 真ん中の男が、右拳を大きく振り上げてきた。

 「そこで何をしているの?」

 突然割り込んできた声に振り返った三人は、それきり動かなくなった。

 声の主を見て固まっているようだったが、三人に視界を遮られて、どんな姿をしているのか見ることができない。

 「おいおい、すげえ美人だぜ。誰だ? うちの学校で見たことねえぞ」

 「俺もですよ。たぶん転校生じゃないですかね」

 「美人の転校生なんて、ほんとに存在するんだな」

 三人の言葉から声の主は、美人の転校生らしい。

 「弱い者いじめなんてくだらないことは今すぐ止めなさい」

 「それならこいつに言ってくれよ。金さえ寄越せばすぐに止めてやるのに意地張ってやがるんだ」

 肩越しに指を差される。

 「そうだ。こいつの金でどっか遊びに行きましょうぜ。けっこういいとこ行けると思いますよ」

 「美少女とデートか。いいね~」

 三人は、転校生の要求を無視して、勝手に話を進めていく。

 「私は今すぐいじめを止めろと言ってたのだけれど」

 転校生が、さっきよりも低い声を出した途端、どういわけか全身に寒気を感じた。

 「な、なんだ、今のは? 急に寒くなったぞ。まあ、いいや、そんならあんたから先に決着付けてやるよ」

 「そ、そうですよね。男を痛ぶっても面白くないですし」

 「だな。男よりも女の方がいいもんな」

 三人が、態度を改めることなく転校生に近寄ろうした瞬間、どこからともなく現れた烏に頭を突つかれ、黒猫に顔を引っかかれていった。

 「ぎゃ~す!」

 攻撃を受けた三人は、悲鳴を上げ、二匹に追い立てられるように路地裏から出て行った。

 「大丈夫?」

 転校生が、声を掛けてきた。

 その声はさっきとは違い、相手を労るようなとても柔らかなトーンになっていた。

 「大丈夫だ。ありがとう。助かっ・・・」

 礼を言いながら顔を上げ、救い主である転校生の顔を見た途端、言葉が途切れてしまった。

 目の前に立っているのが、昨晩炒飯と缶コーヒーを提供した不思議な力を使う美少女と同じ顔をしていたからである。

 自分が通っている学校の制服を着ているが、かなりの美少女だったので、見間違うわけがない。

 「・・・・昨日、俺と会ったよな?」

 とりあえず確認の言葉を掛けてみる。

 「覚えているのね」

 トボけたり誤魔化したりすることなく、当然といわんばかりの返事をしてきた。

 「あんな強烈な出来事忘れられるわけないだろ」

 美少女が、昨晩のことを肯定したので、同一人物という認識で話すことにした。

 「それもそうね」

 「ちゃん話せるんだな」

 会話ができていることを改めて指摘する。

 「昨日も話すことはできたんだけど色々あって声を出す気力が無かったの」

 「辛そうな顔してたもんな」

 ビルの谷間で見た苦しそうな顔を思い出す。

 「怖い目に合わせてしまって悪いと思っているわ。ごめんなさい」

 謝罪の言葉を口にしながら頭を下げてきた。

 「なるほど、今日は俺に謝りに来たわけか」

 「それは二の次、一番の目的はあなたの護衛よ」

 「護衛って何から衛るんだよ?」

 「夕べ見た紫のローブからに決まっているじゃない」

 「俺、あいつに何もしていないんだけど」

 あの恐ろしい姿を思い出しただけで、背筋に冷たい感覚が走り、身震いしてしまう。

 「確かに何もしていないけど私の結界の中に居たことで関係者だと思って殺しにくるかもしれないから念の為に今日一日護衛することにしたの」

 「そういうことなら直接言わなくても知られないように護衛した方がいいんじゃないか?」

 「それも考えたけどあなたの側に居ればすぐに対処できると思って直接護衛することにしたのよ。あなただって昨日みたいに訳も分からずに巻き込まれるよりはある程度事情を知っていた方がいいでしょ?」

 顔にぴったりな美声と相まって、強い説得力を感じてしまう。

 「俺に選択の権利はあるのか?」

 答えは分かっていたが、念の為に聞いてみる。

 「死にたくなければ断らないで」

 予想以上に物騒な返事だった。

 「分かったよ。俺だって殺されたくはないからな。それともし俺を狙っているとしたら人気の無いところ行った方がいいんじゃないか? 他の人を巻き込む可能性だってあるし」

 「それはできないわ。私がここから離れればあいつは邪魔者が居なくなったと思って何をするか分からないから。大丈夫、あなたも他の人も必ず守るから」

 力強い声での返事だった。

 「大した自身だな。それであいつがなんなのかは聞かない方がいいんだろ?」

 「それでいいわ。ところでなんであんなことされていたの? 気配を探って来てみたら酷い目に合わされているから驚いたわ」

 「こいつだよ」

 制服から取り出した茶封筒を見せる。

 「その袋に価値があるようには見えないけど」

 「あいつらはこの中に入っている金が目当てだったんだよ。欲しかったものがやっと買える嬉しさからちょっとニヤけていたら目を付けられてこのザマさ」

 説明しながら両手を広げ、蹴られたことで汚れた制服を見せた。

 「そのお金で何を買うの?」

 「超○金仕様の巨大ロボット玩具」

 「ちょうごうきん? きょだいろぼっと~?」

 初めて耳にする言葉らしく、半ば片言のような口調で聞き返してくる。

 「知らないのか?」

 「ここの知識はある程度身に付けているけどさっきの言葉は聞いたことがないわ」

 「そうなのか。そもそもおたく一応女の子みたいだし興味も無いだろうから仕方ないか」

 ぶつぶつ言いながら一人で納得している為に、美少女が殺意を感じさせる鋭い目付きで睨んでいることには、まったく気付いていなかった。

 「とりあえず気にしないでくれ。説明するのに時間も掛かるし」

 「そうするわ。それと少しの間じっとしていて」

 そう言いながら側に来て、右手から出してきた光を全身に浴びせられると、腹の痛みが消え、服の汚れも綺麗さっぱり消えていった。

 「どうなってんだ?」

 自身に起きた変化を目にして、驚くしかない。

 「魔法で治したの。あんな汚れた格好で学校に行ったら大変でしょ」

 「ありがとう。やっぱり゛魔法゛なんだな」

 初めて見た時から感じていた疑問を思い切って口にする。

 「そう思ってもらって構わないわ」

 あっさりと肯定した。秘密にする気は無いらしい。

 「制服や鞄も魔法でどうにかしたのか?」

 「そうよ。あなたと同じ場所に行く為に用意したの」

 「魔法ってなんでもできるんだな」

 「魔法は万能の力だから」

 「なるほど」

 立ちながら返事をした。痛みが消えたことで、体を動かすのも楽だった。

 「名前を教えてくれないかしら? お互いに知っておいた方がいいでしょ。私はマリル、あなたは?」

 魔法使いは、名前を知る必要性を説明してから自身の名を言った。

 「苗字は?」

 「本名は教えられないからこれから考えるわ」

 「そうか。俺は鋼守はがねまもるだ」

 提案通りに名前を教える。

 「それじゃあ、行きましょうか。いつまでもここに居てもしかたないし」

 「それなら先に行ってくれ」

 「離れたんじゃ護衛の意味が無いじゃない」

 「おたくは美少女だから一緒に通学すると変な目で見られるんだよ」

 「分かったわ。少しだけ先に行っているわね。"鋼君"」

 名前を呼ばれたことにドキリとしつつ、マリルの後に続いて路地裏から出ていった。

 表に出て、同じ学校の生徒に混じって通学路を歩く。

 毎日通っている通学路だったが、昨晩といい、さっきといい、現実離れした出来事を二度に渡って経験した後なので、本当に同じ道なのかという疑念が沸き起こり、ひょっとしたら自分が知らない内に奇妙な世界に迷い混んでしまったのではないかと錯覚しそうになってしまう。

 その一番の原因であるマリルは、提案通りに一メートルほど先を歩いていて、周囲の生徒達は羨望の眼差しを向けながら、美しさを賛える言葉を口にしている。

 予想通りの反響を前にして、もし隣に立っていようものなら嫉妬に狂った男共からどんな目に合わされていたかと思うだけで、距離を取っておいて正解だと胸を撫で下ろした。

 一定の距離を保ったまま校舎に入り、下駄箱で上履きに履き替えた後は、攻守が逆転したように一メートルほど後ろを付いてくる。

 自分のクラスを知らないからだと思い、不自然に思われないように廊下を進み、階段を上がっていく。

 「マリルちゃん、おはよう」

 教室に入った後、クラスメイトの女子が、後ろに居るマリルにちゃん付けで挨拶した。

 「おはよう」

 マリルは、当然のように返事をしながら教室に入り、他のクラスメイト達からもちゃん付けで呼ばれていった。

 その光景を見て、魔法を使ってクラスメイトに溶け込んだのだと思った。

 窓際の後ろから二番目の席に座って鞄を掛けた後、隣の席に座るマリルを目にした。

 「どうかしたの?」

 何か変?と言わんばかりの顔で、問い掛けられてしまう。

 「いや、なんでもない」

 隣は別の女子だったのだが、これも魔法でどうにかしたに違いない。

 「なに、マリルさんの顔見て変な顔をしているんだよ。マリルさんの隣の席なんて最高に幸せな環境に居るくせしやがって」

 「そうだぞ~。ロボヲタのくせに生意気だぞ~」

 などと前後の男子からからかわれ、不当な気分にさせられた。

 それから予鈴が鳴り、クラスの担任が入ってきたが、マリルが居ることに対して何も言わず、いつものようにHRを始めていく。

 また魔法かと思いつつ、マリルの様子を伺うと焦る様子もなく、平然と座っている。

 「林マリル」

 出席を取っている担任が、苗字付きでマリルを呼んだ。

 いかにも日本人に有りそうな苗字が付いたことで、ハーフタレントみたいだと思ってしまった。

 HRが終わり、担任が教室から出て行くなり、マリルの席に集まってきた女子数名が、男子の入る隙間がない感じに取り囲んでいった。

 これも魔法による効果なのか、マリルの美少女としての魅力なのかは分からなかった。

 マリルの姿は見えないが、話し声を聞く限り、クラスメイトと問題なく会話をしているようだった。

 「そうだ。みんなにちょっと聞きたいんだけど超○金と巨大ロボットって、なに?」

 話が一区切りするタイミングで、マリルが口にした質問だった。

 その質問を耳にして、なんてことを聞くんだと思ったが、口を挟めば事態を悪化させるだけだと思い、黙って成り行きを見守ることにした。

 「マリルちゃん、もしかしてそういうのに興味があるの?」

 その一言が発端となって、女子の間に不穏な空気が広がっていく。

 「違うのっ。違うのっ。私ずっと外国暮らしだったから日本の言葉に疎くて、どんな意味なのか聞こうと思っただけ」

 予想外の反応だったらしく、これまで聞いたことのない焦った声で弁解していた。その中で外国暮らしをしていたという設定にしていることが分かった。

 「そういうことね。てっきり鋼君が何か変なことを吹き込んだのかと思ったわ」

 「鋼君って何か変なの?」

 その質問には、ちょっと傷付いた。

 「いい歳して巨大ロボットアニメが好きなこと以外は変じゃないわ。私のスマホでロボットの画像を見せてあげる」

 女子の一人が、微妙な気分にさせられる返事をした後、スマホで超○金と巨大ロボットの画像を見せることにしたようだ。

 「なるほど、こういうものなのね」

 それらしい感想を言っているが、理解できているとは思えない。

 「ヲタク玩具ってやつよ。いい歳したおっさん連中が買ってるの。中には鋼君みたいに高校生で買っている人も居るけど」

 「委員長やけにくわしいじゃん。ひょっとして、あんたもそういう趣味あんの?」

 「違うわよ。親戚に濃厚なヲタクが居るの。小さい頃に親の付き添いで家に行った時に部屋いっぱいに飾ってある玩具を見せられてドン引きしたわ。ロボットだけじゃなくて魔法少女のフィギュアまであるんだからまいっちゃうわよ」

 委員長と呼ばれている女子が、ため息混じりに事情を説明する。

 「魔法少女なんて居るの?」

 魔法少女というワードに興味を引かれたらしく、質問する声のトーンが上がっている。

 「巨大ロボットと同じく架空の存在よ。魔法少女なんてこの世界に居るわけないじゃない」

 実は目の前に居るのだが、言うわけにはいかない。

 「も、もちろん知っているわ。ただどんな感じなのかな~って思っただけ」

 「こんな感じ」

 先ほどと同じくスマホの画像を見せるようだ。

 「ぶっ!」

 画像を見て、おもいっきり吹き出したらしい。

 「こ、これが魔法少女・・・・・・」

 声の震え具合から、相当な衝撃を受けていることが、十分過ぎるほど聞き取れた。

 「びっくりしたでしょ。おじさん向けのアニメだからやらしい格好してるのよ」

 「ほ、本当にそうね」

 そこで一時間目の授業開始の予鈴が鳴り、女子達は挨拶しながら自分の席へと戻っていった。

 数分ぶりに姿を見たマリルに視線を向けると、冷静さを取り戻したのか、何事も無かったように鞄からノートと教科書を取り出して、授業の準備を始めていた。

 傷を治して、教科書まで出せる辺り、魔法は本当に万能なんだと思った。

 それからマリルは、授業を初めて受けたとは思えないほど完璧にこなし、おかしな素振りは一切見せなかったが、休み時間になる度に教室から出て行った。

 紫ローブを警戒して、見回りでもしているのかと思ったが、聞こうにも授業開始間際に戻ってくるので、声を掛けることできはなかった。


 「今日は鋼君と一緒にお昼食べるから」

 昼休みになり、一緒に昼食を食べようと集まってきた女子達に対して、マリルが放った一言だった。

 「え?」

 その言葉に驚きの一語しか出せなかったのと同時に己の失策を恥じた。

 授業をうまく受けられるか、紫ローブが襲って来ないかという事案に意識を集中過ぎるあまり昼休みという重要事項を、すっかり忘れていたからだ。

 マリルの一言によって、女子達が残念な声を上げる一方、男子からは嫉妬による罵声を浴びせられて、不当な仕打ちだと思ったが、護衛という事情が絡んでいるだけにマリルに文句を言うことはできなかった。

 「じゃあ、行きましょうか」

 席から離れるマリルのを追うようにして、弁当を持って教室から出て行く。

 「それでどこで飯食うんだ?」

 通りすがりの生徒達から羨望の眼差しを浴びているマリルに目的の場所を尋ねる。

 「どこがいい?」

 「は?」

 予想外の返答に思考が停止してしまう。

 「あなたに取って都合の良い場所が無いか聞いているのだけど」

 少し間が悪そうに質問を繰り返してくる。

 「・・・・付いて来てくれ」

 マリルを北校舎一階の廊下まで誘導していった。

 「どこで食べるのか決めてなかったのか? というか、クラスに被害が及ばないように教室から離れたんじゃないのかよ」

 人気が無いことを確認した上で、事情を尋ねてみる。

 「この建物に付いては全て把握しているけどあなたの知っている場所の方がいいと思って聞いたの」

 「そういうことか。付いて来いよ」

 マリルを北校舎一階の西端に連れていった。


 「ここは?」

 「第二資料室兼とある部活の部室さ。放課後以外は使わない決まり上、施錠されててこの時間には誰も来ないから今の状況には打って付けだ」

 「鍵かかっているんじゃ入れないじゃない。まさか私に開けさせるつもり?」

 マリルが、不信感の籠った視線を向けてくる。

 「秘密兵器があるんだよ」

 言いながら制服のポケットから取り出した鍵で扉を開け、中に入って電気を着けた。

 室内は正面に窓があって、左右の壁には資料を入れる戸棚が並んでいるなど、資料室という名称通りの内装で、食事をするには不適切と思える場所だった。

 「本当にこんなところで食事をするの? 椅子もテーブルも無いじゃない」

 入ってきたマリルが、見たままの不満を口にする。

 「これから用意するんだよ。ちょっと、これ持っててくれ」

 マリルに弁当を預け、壁に掛かっている長テーブルとパイプ椅子を手際よく設置していく。

 「これなら飯食うのも問題ないだろ?」

 出来上がった即席の食卓を見せながら言った。

 「確かにね。ここで食事することもあるの?」

 「一年の頃は同じ趣味の先輩としょっちゅう食ってたけど先輩が卒業したから二年になってからは初めてだな。そっちの席に座ってくれ」

 「分かったわ」

 言われた通りに向かい側に置いたパイプ椅子に座る。

 「それで肝心の昼飯はどうするんだ?」

 「心配しないで今出すから」

 返事をしながら右手を軽く振るなり、テーブルいっぱいに銀皿に乗った一目で高級と分かる食べ物が出現していった。

 「これ全部魔法で作ったのか?」

 資料室の長テーブルには、あまりにも不釣り合いなゴージャスな光景を前に驚くしかない。

 「"転送魔法"。自分のイメージする場所に物体を移動させることができるの」

 「そんなことしなくても魔法で出せばいいじゃないか」

 「魔力は体力に比例するから魔法で食べ物出してもプラスマイナスゼロになるだけ」

 「そういうことか」

 「さあ、食べましょ」

 「そうだな」

 言いながら弁当の蓋を開ける。 

 中身はハンバーグに唐揚げなど、食べ盛りの高校生の弁当としては十分な品揃えであるが、マリルのメニューを見た後では、見劣り感を免れない。

 「もしかして欲しいの?」

 食べ物に向ける視線を欲しくて見ていると思ったらしい。

 「そういうわけじゃないけど」

 「一皿ならいいわよ」

 「え?」

 思わぬ申し出に、耳を疑ってしまう。

 「昨日のこともあるからそれくらいならいいわよ」

 「そうか、じゃあこれで」

 断るのも悪いと思い、一番手近なエビフライが乗っている皿を引き寄せる。

 「じゃあ、今度こそ食べましょ」

 「そうだな」

 もらった物から食べようとエビフライを口に入れる。

 「う、うまい」

 それ以外の言葉が思い浮かばないほどの美味だった。

 「でしょ。最高級の食材を使っているんだからしっかり味わいなさい」

 「うん、それで林って偽名はどこで思い付いたんだ?」

 「学校に入る前に適当に考えただけ」

 「なるほど」

 返事をしながら自分の弁当を食べる。当然ながら味の格差を感じてしまう。

 マリルは、食事作法のお手本のような綺麗な動作食べていて、魔法使いであると同時にセレブなお嬢様でもあるのかと思った。

 そんな中、こんな可愛い女の子と二人切りで食事ができるのは、実は超ラッキーなんじゃないかと思ったが、紫ローブが襲ってくるかと考えると、手放しで喜ぶことはできなかった。

 

 「ご馳走さま。襲撃がされなくて良かったな。飯食ってる時に襲われるなんて最悪だし」

 「ほんとね。そういえば超○金ってああいった物なのね」

 食事を終え、食器を全て消してからの言葉だった。

 「なんだかんだで気になってたんだな。教室で聞きいた時はビックリしたぞ。まあ、知らなかったから無理もないけど」

 「意味もわからないままなんて気になるじゃない。それにしてもどうして女の子達はあそこまで変な反応したの?」

 「言っただろ。女子はあの手のものには興味も理解も示さないものだって」

 「そうなんだ」

 「まあ、言い出したのは俺だし、画像だけじゃ分からないだろうから実物を見せてやるよ」

 椅子から立って、戸棚の奥から二十五センチ大の超○金玩具を取り出して、マリルの前に置いた。

 「これって朝教室で見せてもらった画像のと似ているわね」

 「最初に発売された超○金の復刻版なんだよ」

 「ふ~ん、これが超○金なのね」

 物珍しそうにまじまじと眺めながら感想を言った。

 「足の黒い部分を触ってみて」

 「ここのこと」

 言われるまま、足の黒い部分を指で触れる。

 「固くてひんやりするだろ」

 「そうね」

 「それが超○金だ」

 「硬質素材のことなんだ」

 「そういうこと。他にもこんなこともできるんだぜ」

 右腕を上げ、肩のボタンを押して、腕を飛ばしてみせた。

 「今のはいったいなに?!」

 驚きと不可解さの入り交じった表情を見せながら聞いてきた。

 魔法使いでもロボットの腕が、飛んでいくのを見れば、驚くのだと思った。

 「このロボットの必殺技を再現してるんだよ。凄いだろ~?」

 自慢げに説明しながら腕を拾って、本体に差し込む。

 「腕を飛ばすなんて突拍子もないこと考えるのね。それでこの鎧の騎士はどこの誰なの?」

 マリルには、超○金のロボットが、鎧を着た騎士に見えるらしい。騎士の要素もデザインに取り入れられているのだから無理もないことだと思った。

 「こいつは現実には存在しないぞ。委員長が説明していただろ」

 「知っているけどモデルになった人物が居るのかと思って」

 「巨大ロボットはアニメって言う空想の世界に出てくる人間の形をした大型の機械なんだ。おとぎ話の住人とか、実在するかどうか疑わしい伝説の英雄みたいなもんだよ」

 「そうした架空の存在を玩具にしたということね」

 「そういうこと」

 「この世界は変わっているわね。私の住む世界では考えられないことだわ」

 どうやら異世界の住人にとって、巨大ロボット及び超○金玩具は理解しがたい存在らしく、魔法の世界にはアニメのようなものは無いのかと思った。

 「やっぱ女子には分かんないか。とりあえず、この国の男が好きなものだと思ってくれ」

 「分かったわ。ねえ、魔法少女の玩具は無いの?」

 「あったと思うけど、これだ」

 超○金玩具を戸棚にしまいつつ、別の物を取り出して、マリルの前に置いた。

 「これが魔法少女の玩具?」

 マリルの目の前に置かれたもの、それはアニメの魔法少女を立体化した二十センチ大のフィギュアであった。

 「大きな人形と思えばいいのかしら」

 声の低さからも理解に苦しんでいることが、十分伝わってくる。

 「これもアニメのキャラクターだ。俺は専門外だから名前は知らないけど。そうだ。手に取って見てみろよ」

 「いいの? 超○金玩具に比べると柔らかそうだし、壊したらまずいんじゃない?」

 「そんなにヤワなもんじゃないよ。まあ、壊れても俺の物じゃないから問題無いし」

 無責任な返事をした後、マリルは壊れ物を触るように、そっと手に取って眺めていった。

 「きゃ~!」

 マリルが、突然悲鳴を上げた。

 「いきなりどうした? そんな大声出したら誰か来ちまうぞ」

 「だって、だって、これ下着が見えるじゃない」

 震える指が示しているもの、それはフィギュアのスカートの中にあって、柄までくっきり造形され、しっかりと色も塗ってあるおパンツであった。

 「そういう仕様なんだろ。服の中も手抜かりないってことだ」

 フィギュアの下着なので、過剰な反応はしない。

 「なんなのよ。女の子の下着をこんなあからさまに見せる造りって? こんなものただの破廉恥玩具じゃない! そんなことが許されると思っているの?!」

 マリルが、顔が真っ赤になるほど憤慨しながら女子の尊厳を訴えてくる。

 「そういう苦情は製造元に言え、これは一般販売されているものだから世界というよりは国がこの仕様での発売を認可してるんだよ」

 玩具の販売事情を分かりやすく説明する。

 「こんな破廉恥玩具を国家ぐるみで販売するなんて、この世界はなんて歪んでいるの。裁けるものなら裁いてやりたいわね」

 マリルは、美貌が台無しなるほど顔を歪めながら拒絶の意思を口に出していった。

 「そんなことよりあいつが襲ってきてもほんとに大丈夫なんだろうな?」

 「もちろんよ。その為にあなたを護衛しているんだし、準備も万端よ」

 戦いに関する質問に対して、返事をするマリルの視線と声が、急に鋭くなっていく。

 「どうしたんだ?」

 「来たのよ」

 「え?」

 椅子から立ったマリルが、首から取り出した真紅の宝石に触れると、全身が目映い光に包まれ、制服は一瞬にして魔法使いの恰好になり、宝石は杖に変化した。

 「危険だからあなたはここに居て」

 警告するマリルは、近付きがたいほど鋭い雰囲気に覆われていた。

 それからドアを開けて資料室を出て、壁を通り抜けて校舎から出て行った。

 マリルの警告を無視して、近くの窓に身を寄せて外の様子を伺うと、空中に浮いている紫ローブが見えた。

 それによって昨日の恐怖体験を思い出して、逃げるように窓から体を離して、壁に身を寄せた。

 そうした中、心臓は激しい運動でもしたように動き、呼吸も苦しいほどに乱れたが、落ち着けと何度も自分に言い聞かせ、ある程度落ち着いたところで、様子が見える程度に窓に顔を近付けていった。


 「思った通り現れたわね」

 杖に乗って、紫ローブと同じ高さまで上昇したマリルが、挑発的な言葉をぶつける。

 「邪魔者は早く消すに限るでしょ」

 紫ローブが、親しげに言い返えしてくる。

 「結界を張っておいて正解だったわ」

 「だから、初手で破壊できなかったわけね。それにしてもこんな人の多い場所に居るなんて意外だったわ。何かあるのかしら?」

 「さあ、どうかしらね。ここで終わるあなたに教えても意味が無いし」 

 「終わりにできるといいわね」

 紫ローブは、全身から黒い稲妻を打ってきた。

 マリルは、後退しながら呪文を唱え、地面から無数の土の壁を出現させた。

 稲妻の直撃を受けた壁が、轟音を上げながら粉砕されていく中、稲妻の一筋が学校に向かってきたが、校舎全体が放つ光によって無効化された。

 「なれほど建物の周辺に結界を貼って余計な被害を出さないようにしたわけね」

 「当然でしょ。あなたとは違うんだから今度はこっちの番よ」

 マリルは、再度呪文を唱え、破片を一つに合わせて巨大な矢じりを造って、紫ローブに飛ばした。

 紫ローブは、避けるどころか全身を真っ黒なオーラで包んだ状態で向かっていって、矢じりを木っ端微塵に破壊しながらマリルに迫っていった。

 「昨日と同じ手は通用しないわよ!」

 マリルは、宝石を光らせ、赤い魔法陣を前面に張った状態で、紫ローブを真っ正面から迎え撃つ体勢を取った。

 紫ローブは、マリルにぶつかる寸前で、自身の前に展開した魔法陣の中に入った直後にマリルの背後に現れ、右手から真っ黒な光弾を発射した。

 その攻撃に対してマリルは、振り向き様に右手から白い光弾を撃ち、二つがぶつかったことで、両者の間に凄まじい閃光が起こった。

 閃光から飛び出したマリルは、地面に向かって落ちていったが、左手を前に出して、ギリギリの距離で停止することで激突を回避した。

 「あの攻撃を受けても傷一つ負わないとはさすがね。けど、大事な物を忘れているわよ」

 紫ローブの左手には、マリルの杖が握られていた。

 「杖を返して!」

 「この杖の宝石を壊して、あたしと同じ境遇にして上げる」

 右掌から出した真っ黒な刃を、宝石に近付けていく。

 「やめて~!」

 マリルが、これまでにない悲痛な叫び声を上げる。

 「お~い! そこの紫ババア~!」

 紫ローブに呼び掛けたのは、窓に体を押し付けた守だった。

 結界に阻まれ、外に出ようにも出られなかったのだ。

 「紫ババア~?」

 紫ローブが、守の存在に気付いて、顔を向けてくる。

 「人の学校で好き勝手暴れてんじゃねえぞ。ば~か! お尻ぺんぺんだ~!」

 言葉通りに尻を叩いてみせる。

 「どうやら殺して欲しいみたいね」

 紫ローブが、右人差し指から黒い矢を放ってきたが、さっきと同じように結界が守ってくれるかと思いきや、矢は結界を通り抜けて、腹を撃ち抜いた。

 「あ? あぁぁぁ・・・・」

 顔を下げ、自身の腹に大穴が空いているのを見た後、傷の痛みや苦しみを感じる間も無く、背中から倒れ、眠るように意識を失った。

 

 「・・・・あ」

 気付けば、目の前に不安そうにしているマリルの顔があった。

 「良かった。気が付いたみたいね」

 ほっとしたように少しだけ表情を緩めてくる。

 「俺は確かあの紫ババアに腹を撃ち抜かれて・・・」

 大穴を空けられ、血が出る代わりに煙を上げていた腹を見ると、何事も無かったように制服込みで元通りに直っていた。

 「私が回復魔法を掛けなかったら死んでいたところよ。ねえ、もしかして自殺願望でもあるの?」

 「なんで?」

 「私の警告を無視して危ない真似をしたからよ」

 「林さんのピンチを見ていられなかっただけだよ。それにしてもなんでさっきの攻撃は通り抜けたんだ? 結界で守ってるんじゃないのかよ」

 「おもいっきり力を集中させたんでしょ」

 「そういうことか。それで肝心の杖は取り戻せたのか?」

 「あなたに気を取られている隙に電流を流して取り戻したわ」

 証拠とばかりに杖を見せてくる。

 「そういえば昨日も似たような状況になった気がするんだけど」

 体を起こしながら言った。

 「落ちていた私とぶつかって大ケガをしたから路地裏に運んで治し終えたところにあいつが来たのよ」

 「そういうことだったのか。それであの紫ババアは?」

 「もう間近に迫っているわ」

 資料室の入り口に視線を向けながら説明した。

 「勝てるのか?」

 「不本意だけど、不意を突く形で攻撃する。今はそれしかないから」

「それならあれを使うぞ」

 言いながら戸棚の奥を指さした。

 

 「あそこね」

 紫ローブは、マリルとは違い、資料室のドアを壊して中に入ってきた。

 「もう観念しなさい。ん?」

 資料室に入ってきた紫ローブの目に飛び込んできたのは、人間サイズに巨大化した超○金だった。

 「何あれ?」

 当然の疑問が口から出る。

 「くらえ! ロ○ットパ~ンチ!」

 声に合わせて、超○金の右腕が猛烈な勢いで飛び出した。

 紫ローブは、予想外過ぎる攻撃を前に回避も防御もできず、ロ○ットパンチを腹に受けたまま吹っ飛び、自身が空けた穴を通って校舎から出た後、学校の裏山に激突して、狼煙のような煙を上げた。

 「どうだ! ロケ○トパンチの威力はっ!」

 ガッツポーズを取りながら歓喜の声を上げる。

 「まったく超○金を武器にするとは思いもしなかったわ」

 「どんな奴でも予想外の事態には隙をみせるからな。ところであいつはどうなったんだ?」

 壊れたドアと穴を覗き見ながら聞く。

 「もう探索に行かせているわ」

 「仲間が居るのか?」

 「まあね。それよりも今はここの後始末の方が先。付いて来て」

 言われるままに校舎から出ると、マリルは宝石から出した光で、荒れた敷地と破壊された校舎を直した後、杖を高く掲げ、強烈な光りを校舎全体に浴びせていった。

 「最後の光はなんだ?」

 「ここの人達からさっきの記憶を消しておいたの。覚えていると色々と厄介でしょ」

 「だから俺を外に連れ出したのか」

 「そういうこと。後は超○金を元に戻すだけね」

 資料室に戻り、杖の光を浴びせることで、超○金を元の大きさに戻した。

 「そういえば右腕飛ばしたままだったな」

 「任せて」

 マリルが、テーブルの上に杖を向けると、巨大化したままの右腕が現れ、驚く間もなく元の大きさに戻っていった。

 「紫ババアは?」

 元に戻った右腕を付け直しながら聞く。

 「逃げられたわ。だけど、ダメージは与えたから回復にはしばらく掛かると思う」

 「そっか。なら、教室に戻ろうぜ」

 「そうね」

 マリルが、服と杖を戻した後、資料室の後片付けをして教室に戻った。

 それ以降、二人に問題は起こらず、無事に放課後を迎えることができた。

 「鋼君、一緒に帰りましょ」

 帰りの準備をしている最中にマリルから放たれた一言だった。

 

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