M+M(メタルプラスマジック)

いも男爵

第1話 炒飯+缶コーヒー二本と魔法少女。

 アキハバラ、そこはアニメやフィギュアといったサブカルチャーの聖地と呼ばれる場所にして、この物語の主要舞台である。

 今は夜の十時を回ろうとしていた。

 この時間帯になると大半の店が閉店するので、大勢で賑うアキハバラからも人が減り、静けさを帯びていく。

 そんなアキハバラ上空に突如、多数の文字や記号が描かれた赤い円が浮かび上がり、その中心から二つの飛行物体が飛び出していった後、円は霞むように消えていった。

 出現していた時間が、短時間だったこともあり、誰一人その異変には気付くことはなかった。

 初めに出てきたのは、裾に黒い刺繍が施された紫色のローブで、ジェットやプロペラといった飛行装置も無しに車並みの速さで飛んでいた。

 次に出てきたのは、緑色のとんがり帽子に黒マントを身に付け、先端に真っ赤な宝玉の付いた杖に乗って、紫ローブを追うように飛んでいるのだった。

 とんがり帽子が、右人指し指と中指を立てた右手を唇に近付け、言葉を発すると杖の宝玉の輝きに合わせて、周囲にバスケットボール大の光球が十個発生した。

 指を立てたまま右手を前に突き出すと、光球は弓矢かミサイルのように飛んで、背後に追い付くタイミングで強烈な光を発した直後に大爆発して、爆音を鳴り響かせながら紫ローブを爆炎と黒煙で覆っていった。

 爆音が響く中、黒煙が一瞬にして吹き飛び、無傷で現れた紫ローブが猛スピードで直進してきた。

 とんがり帽子は、すぐさま左側にズレてギリギリの距離で激突を回避したが、紫ローブが振り向き様に全身から放ってきた真っ黒な稲妻を全身に稲妻を浴びてしまった。


 行々軒あんあんけん。そこはアキハバラにあるラーメン屋である。

 「そろそろ店じまいの時間だな。まもる、暖簾しまってくれ」

 厨房に居る四十代半ばの男が、読んでいた新聞を畳みながら、空になった食器をカウンターに運んくる少年に終業を告げた。

 「分かったよ。おじさん」

 守は、返事をした後、店から出て暖簾を中にしまい、入り口の鍵を掛けた。

 「お疲れさん。ほら、今月のバイト代。それと余った炒飯だ。家に帰って食べな」

 厨房の棚からバイト代の入った茶封筒とプラスチックの容器が入った袋を渡してきた。 

 「ありがとう。おじさん」

 バイト代と炒飯を受け取って礼を言った後、店の奥で制服に着替え、鞄を持って裏口から出て行った。

 帰り道を数メートル進んだところで雑居ビルの間に入り、左右を見回して近くに誰も居ないことをしっかりと確認した上で、鞄から茶封筒を取り出して中身を拝見した。

 「ちゃんとあるな。これで明日の支払いも問題無しだぜ」

 入っていたお札の枚数を目にして、我慢できずにんまりとした表情を浮かべながら、お札を目の前に広げていく。 

 求めるだけの現金を手にして、歓喜に湧く目には、お札に印刷されている偉人達が自分に向けて、祝福の拍手とエールを送っているように見えていた。

 お札を封筒に戻して鞄に入れ、表通りに出て歩いている内に気分はさらに高揚し、近所迷惑にならない声量で歌を口ずさみ始めた。

 唄っている歌は、某巨大ロボットアニメの主題歌てあった。

 上機嫌で歌いながら歩いていると、この世界は美しく素晴らしく愛しく何にも増して輝いて見えた。

 そんなハイテンションMAX で歩く中、目の前に本当に耀くものが見えてきた。

 「流れ星かな?」

 それから流れ星にしては変だなと思った時には、自分の立っている方へ急降下してきているのが分かった。

 「このままじゃぶつかる!」

 回れ右して逃げようとするも時すでに遅く、耀くものと激突して目の前が真っ暗になった。

 

 「・・・・」

 目の前の光景を前にして、言葉が出なかった。

 見知らぬ少女が、自分の顔を覗き込んでいるからだ。

 しかも、超が付くほどの美少女だったのである。

 状況も分からない上に美少女に見られているとあって、うまい言葉が出ずに黙っていると、心配になってきたのか、不安そうな表情を浮かべていく。

 「・・・・誰だ?」

 とりあえず、真っ先に頭に思い浮かんだ言葉を口にしてみる。

 その声に美少女は、返事をしない代わりにほっとしたように表情を緩め、顔を離していった。

 「ここはどこだ?」

 体を起こして、周囲を見回すと、そこはさっきバイト代を数える為に入っていた雑居ビルの隙間であることが分かり、鞄と焼飯の入った袋も近くにあることを確認することができた。

 それから自分を見ている少女に目を向けてみると、緑のとんがり帽子に黒マントに赤い上着を着て、紫のスカートを履いていることが分かった。

 「魔法使い?」

 見た目からイメージした言葉をそのまま声に出した。

 その問い掛けに対して、少女は返事をせず、表情を一変させるとビルの壁に掛けてあった杖を両手で持ち、目を瞑って呪文らしき言葉を発したが、聞いたことがない言語だったので、何を言っているのかさっぱりだった。

 言い終わると杖に付いている宝石が真っ赤な耀きを見せ、その光が風船のように膨張して体を通り抜け、気が付くと半透明の赤い膜の中に立っているのだった。

 「ほんと、いったいなんなんだよ?」

 体を通っても痛みがないので、無害なのかと思いながらも、得体の知れないものなので触る気にはなかった

 美少女に視線を戻すと、杖を持ったまま顔を横に向けている。

 どうやら自分を相手にする気は無いらしい。

 何を見ているのか聞こうとしたが、これまでと同じように無視されるだろうと思い、同じように顔を横に向けみることにした。

 見えるのは表通りで、何が見えているのかと考えている最中、紫色のローブが降りてきたのだった。

 その動作は、落下とは違い、鳥や虫とも違う完全に重力を無視した不自然な着地だった。

 非科学な現象を前にして、目をこすり頬をつねってみたが、紫ローブが居なくなることはなく、現実に起こったことだと認めるしかなかった。

 自分と美少女の視線に気付く様子もなく、紫ローブは立ったまま動かなかった。今の距離では男なのか女なのか、そもそも人間なのかさえ判別できなかった。

 どうしたらのか分からず見ている中、一人の酔っ払いが歩いて来て、紫ローブと正面からぶつかって尻もちをついた。

 間違いなく一悶着起こるだろうと思ったが、酔っ払いは顔をあちこちに向けながら罵声を上げるというとんちんかんな行為に及び、紫ローブとは一度も顔を合わせることなく、立ち上がると千鳥足で去っていった。

 一方の紫ローブも酔っ払いを相手にせず、立ったままでいた。

 一連の出来事を目にして、紫ローブが普通の人間には見えないことを理解する中、近付いてきたノラネコが大声で鳴くなり逃げていくのを見て、動物には気配を察知できることが分かった。

 その後、立ったままでいた紫ローブが、自分達の居る方を向いたので、心臓が跳ね返りそうになった。

 美少女をちら見すると姿勢はさっきと変わっていなかったが、表情はとても険しくなっている。

 紫ローブに視線を戻すと、人間が歩くような動作で、ゆっくりと近付き始めていた。

 谷間に入ってきた紫ローブは、暗がりの中だというのにローブの色はくすむどころか、まるで明かりの中にでも居るかのようにくっきりかつ艶やかに浮かび上がっていた。

 闇の影響を無効化する光景を前にして、自分達に近付いてくるのが、この世界の理から外れた異形の者であると確信するに至った。

 また距離が縮んだことで、フードの隙間から綺麗なラインを描く顎と血を塗ったような真っ赤な唇が見え、ひょっとすると女性なのかと思った。

 そうして膜まで後一歩という距離まで近付くと右腕を上げ、ローブの袖からは真っ白な手が表れた。

 その白い手は女性のように細くしなやかだったが、指先に赤く鋭い爪が付いていることで、恐しさを際立たせていた。

 ここまで来て自分の力では到底太刀打ちできないことを直感し、殺されるかもしれないという恐怖心から心臓の鼓動は早まり、全身から脂汗が浮き出し始めた。

 そんな心境の中、すがるような気持ちで美少女を見たが、姿勢は変わらず、表情だけが険しさを増し、歯を食いしばり祈るように目を閉じている。

 後、数ミリで膜に触れるいうところで、紫ローブは右手を降ろして体の向きを変え、表通りに出ると立った姿勢のまま飛び去っていった。

 「・・・・・助かったのか?」

 恐怖の対象である相手が見えなくなったことで、一気に緊張が解け、自分でも気付かない内に肩の力を抜いて、大きく息を吐いていた。

 それから思い出したように美少女を見ると、まだ警戒しているらしく、表情は険しいままだった。

 この状態だと何も答えてくれそうにないので、変化があるまで待つことにした。


 美少女に変化が起きるまでには数十秒を要し、表情を緩めると赤い幕が消え、その後顔を正面に向け、大きく息を吐くなり杖を持ったまま、崩れるように地面に座り込んだ。

 「大丈夫か?」

 返事をしてくれるかどうかは分からないが、とりあえず声を掛けてみることにした。

 その問い掛けに対して、美少女は視線を向けてきたが、返事はせずに気まずそうな表情を曇らせてしまった。

 「とりあえず何か言ってくれよ。それとも言葉が通じないのか?」

 聞きたいことが山ほどある中、できる限り優しい口調で尋ねる。


 ぐぅ~。


 「は?」

 一語しか返すことができなかった。自身の問いに対して返ってきたのが、声ではなく音だけというあまりに予想の外れたものだったからだ。

 しかし、その音自体には十分聞き覚えがあった。世に言う腹の虫の鳴き声だったからである。

 「もしかして腹減っているのか?」

 その問いに美少女は返事をせず、恥ずかしそうに俯き、左手で腹を押さえただけだった。

 「・・・・・・俺が持っている炒飯食べるか? 冷めているから味の保証はできないけど」

 近くに落ちていた提供できる食べ物が入った袋を拾い、差し出しながら聞いてみる。

 美少女は、名前では食べ物とは判別できないらしく受け取ろうとせず、戸惑った表情を見せるだけだった。

 「食べたことないならしょうがない」

 袋から容器を取り出して蓋を開け、一緒に入っていたれんげを持って食べるゼスチャーを見せた後、れんげを乗せた炒飯を差し出す。 

 美少女は、杖を右脇に抱えてから両手で受け取り、右手で持ったれんげですくった炒飯をゆっくりと口の中に入れ、味を確かめるようにようく噛んでから飲み込んだ。

 そうして喉に通すとこれでもかというくらいに破顔した後、餌に有り付けなかった動物さながらの猛烈な勢いで、口の中に運んでいった。

 全部食べ終わると満腹になったのか、真っ暗な路地裏を明るく照らすかのような眩しい笑顔を見せた。

 険しい表情ばかり見てきたので、一際可愛く思えた。

 また、あまりの食べっぷりの良さに自分の夜食が無くなったことも気にならなかった。

 「腹いっぱいになったみたいだな。いいもやるからちょっと待っていろよ」

 美少女をその場に残して表通りに行き、その十数秒後に両手に缶コーヒーを持って戻ってきた。

 近くの自販機で買ったもので、本当ならお茶と選べるようにしたかったのだが、お茶は売り切れだったのだ。

 「飲み方知らないだろうから教えてやる」

 美少女に向けて、プルタブを開けて飲む動作を見せることで、飲み方をレクチャーした。

 差し出された缶コーヒーを受け取った美少女は、炒飯と同じくやや戸惑いながら一口飲んで喉に通した後、こちらも気に入ったのか一気に飲み干した。

 「俺の分もやるよ」

 いい飲みっぷりに自分の分も差し出す。

 美少女は、遠慮なく受け取り、今度は味わうようにゆっくり飲んでいった。

 「で、説明はしてくれるのか?」

 落ち着いた頃合いを見計らって、繰り返している質問をしてみた。

 美少女は、答える代わりにすまなそうな表情をしながら左手を翳してきた。

 「誰にも言わないぞ」

 何をしようとしているのか、動作で察しが付いたので、自分から申し出た。

 その言葉を聞いて手を降ろした美少女は、品定めでもするように宝石のような綺麗な瞳で、顔を覗き込んでくる。

 見詰められている相手が美少女であるだけに、紫ローブに近付かれた時とは別な感じに心臓が高鳴り、ドギマギしてしまう。

 視線を離した美少女は、軽く頷いてから杖に跨り、その場から上昇して外に出た後、夜空の彼方に飛び去って行った。

 「夢だったのかな?」

 そう思ったが、視線を降ろしたことで、これまでの出来事が現実に起こったことであると嫌でも思い知らされた。

 なぜなら足元に空になった容器と空き缶二本が置かれていたからである。

 「・・・・・・・・・これ、全部俺が片付けるんだよな」

 目の前のゴミを見ながら静かに呟いた。

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