第七章 愛しき眠りを
第29話 しばしの別れ
黒い煙が昇っていく青空を、
妖魔の首領との戦いから一夜明け。
そのため、しばらくの間はまだ関所の門は閉ざされたままなのだという。戦いは激しく、西域辺境側の門前には数多の死体が転がっている。戦乱とは無縁の民が正視できるものでは到底ない――――というのが理由だ。そのため昨日からずっと、門前の死体の処理を最優先に兵たちは勤しんでいるのだった。
「お、‘
城壁の人気のない一角でぼんやりと景色を眺めていると、背後から声がかかった。振り返ると、
「白虎殿と
「……どっちも、寝てる」
景色に視線を戻し、琥琅はそっけなく答えた。
妖魔の首領を琥琅が屠った後、少数民族の過激派たちは散り散りになって逃げていった。百になるかどうかの集団でしかなかった彼らは、妖魔の首領や幽鬼、妖魔を頼みに団結し、決起したのだ。憎悪以外の求心の核を失い、しかもまだ戦意みなぎる琥琅も健在となれば、勝てるとは思えなかったのだろう。それでもまだ戦おうとする者は、わずかだった。
そうして、秀瑛に逃がしてもらっていた
その通達に従い、午前中は療養中の天華や白虎と共に公邸の
「雷、どこ?」
「雷禅殿なら、ほれへ行ったぞ。けど、行くのはやめたほうがいいんじゃね? というか、あんたと白虎殿にゃあんまり外をうろついてほしくないんだがな。ぜってえ大騒ぎになるし。せめて、顔を隠してから城門の外へ出るようにしてくれ」
と、秀瑛は関所の中原側の門前を指差す。頼まれても行くものか、と琥琅は内心で呟いた。
雷禅と関令の話によると、これまた前回玉霄関を訪れたとき同様、神獣たる白虎の主が妖魔の首領を仕留めたのだという噂が、関所の敷地内で開門を待つ人々の間にすでに広がっているのだという。しかも、一体誰がどうやって知ったのか、
そんな騒ぎになっているのだから、城門の外、つまり天幕が軒を連ねる区域のほうへ琥琅や白虎が行こうものならどうなるかなんて、言うまでもない。男たちが口を揃えて外出禁止令を琥琅に言い渡すのは、つまりはそういう理由からなのだった。
そんなことを話していると、
「叔父上、準備が整いましたよー」
「そうか。よし、じゃあ行くか」
と、秀瑛は踵を返そうとする。琥琅は目を瞬かせた。
「……どっか、行く?」
「ああ、
それは、苦笑と呼ぶには痛みが勝る、力ない笑みだった。声音は表情と同じ色。わずかな言葉なのに、複雑に入り混じったいくつもの感情が感じられる。
琥琅は、告げられなかった秀瑛の目的を理解した。
天華が来た翌日には吐蘇族の集落跡を発っていたから、秀瑛の死んだ部下たちの埋葬はまだ終わっていない。埋葬を終えた者たちが身につけていたものも、集落の比較的崩壊していない住居に隠してある。あの男のことだから、それらも遺族のもとへ送り届けたりするのだろう。
情の厚い男だと、琥琅はつくづく思う。狼が群れのものに対してそうするように、この男は部下の一人一人に情を注ぐ。綜家の護衛の長と敬意を払われも頼りにされもする、瓊洵のように。――――だからなのか、話しかけてくるのは鬱陶しいと思うのに、わずかばかりでも琥琅は秀瑛に親しみを感じるようになっていた。
秀瑛は悼みの空気を引きずらず、話題を変えた。
「集落へ行った後は、そのまま残党狩りをしながら彗華へ行く。
「……向いたらな」
琥琅はそっけなく言う。琥琅の気が向くことはないだろうが、白虎は話したがるかもしれない。伏せって室に閉じこもったままなのも、身体に毒だ。
「彗華に着いたら、改めて礼をさせてくれ。あんたなしじゃ、妖魔の首領を仕留めることはできなかった。
「……ん」
「じゃあ琥琅さん、また会いましょう! 雷禅さんや白虎様にもよろしく言ってくださいねー」
黎綜はぶんぶんと手を振ると、琥琅の返事も聞かずに去っていく。秀瑛はあっという間に遠のく小さな背中に苦笑すると、自分も片手を上げて琥琅に別れを告げ、甥の後を追う。琥琅は二人の背を、無言で見送った。
幽鬼の原因であった過激派を鎮圧し、妖魔の首領を退治したことは、昨日のうちに彗華へ早馬が知らせに行っている。封鎖も、死体の始末が済み次第解かれることになっている。昨日から始めているから、明日か明後日には封鎖は解かれるだろう。
西域辺境を未だうろつく幽鬼や過激派たちも、秀瑛たちが討伐するのだという。綜家と繋がりのある地の警護をしているという
戦いは終わったのだ。
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