第10話:赤い茨と前兆美少女
修理代がないから、とアンネリースは義足を修理せず引きずったまま。
自分で調整したらしいが、効果はなかったとぶうたれていた。
歩くのが億劫なのか、外出を控え僕のベッドでぐうたら三昧である。
友達と遊べば? と問うも、みんな課題に追い詰められており相手がいないそうだ。ちなみに二人は既に済ませているので焦る心配はないらしい。
特待生ともなれば、ある程度勉学でも生活面でも優秀なのだろう、か?
現状からはとても想像しがたいけれど。
今日も今日とて二人とも真昼間からごろごろテレビを見てる。
リンラン様が映るかもしれないとアナスタシアはテレビにかじりつき、リモコンを離さない。
アンネリースは隣でうつ伏せになりタブレット端末を弄っていた。
「ソールくーん、チョコなくなったー」
「はーい。クッキー持っていきまーす」
僕は二人にお菓子と飲み物を運び続ける係だ。
もう慣れた。
「はいどうぞ」
花柄の皿に入れたクッキーを差し出す。
皿は隣の部屋から持ち込まれたものだ。
皿に限らず、クッションやぬいぐるみ、歯ブラシまでもが移動している。
物がなかったはずの部屋はすっかり雑然としていた。
いや、あんまり散らかすと怒られるので僕が自主的に整理整頓しているのだけれどね。
「ありがとー」
タブレットを操作しながら目も合わさず感謝される。ええ、もう慣れましたとも。
シーツの上にはクッキー以外にも適当なスナック菓子が並んでいた。
まさにお菓子の食べ放題状態。二人のリクエストで買ってきたお菓子と、手作りのお菓子は着々と消費されていく。
「あっちゃんなに見てるの?」
相方がテレビに夢中になってからずっと、アンネリースはタブレットを操作している。どんなに面白いものを見ているのか、気になった。
「あー、これ? 学校でもらったパンフレット。大学で神司試験と並行して受験可能な資格一覧だって」
「へぇ、そんなのあるんだ。ちょっと見せてよ」
画面をのぞき込むと「仕方ないなぁもう」とお許しがでる。
「ふむふむ。ほうほう。法力別掲載……」
画面にはずらりと資格名が並んでいた。
資格の一部には特定の法力を持っていないと取れないものもある。
ご親切なことに分類別のリストも作られていた。
「精神感応系の資格一覧ってある?」
「えーと、あ、あるある」
「見てみたいなぁ」
「えー」
「ダメ?」
「はいはい。見ても取れないと思うけど?」
「見るだけ見るだけ」
呆れられながらも、アンネリースは画面をタップしてくれた。
精神感応系専門資格、トップバッターは……。
「おお、すごい。
「シンリシ? なにそれ」
訝しげな目つきが僕に突き刺さる。
こいつ何言っちゃってるの? みたいな感じだ。
「知らないよねぇ。マイナー中のマイナーだし」
そもそも受験資格の縛りがきつすぎるし。
念動力系のアンネリースが知らなくても全然おかしくない。
「えーと、精神感応系専門資格の最高峰……合格者は現在二名のみの超難関……。ソール君には無理そうだね」
「あはは。だね。そもそもごく一部の精神感応系しか受けられないしね」
「ふーん。……真実を述べる者……隠蔽された悪意に光を当てる者……。よくわかんない」
一通り目を通したあと、アンネリースはまた僕を見上げる。
「要約すると、真理士が言ったことは全て正しいから、彼らの証言を蔑ろにしちゃいけませんよ、って感じ?」
「ごめん、要約が漠然としすぎててもっとわかんない」
「うーん。こうさ、滅茶苦茶悪いやつがいるとするじゃん」
「うん」
「で、そいつは上手く周りを騙していて、まるで善人のように振舞っている。だから誰もそいつの本性に気づいてないの」
「うんうん」
「しかも確固たる証拠が一切ないから誰もそいつを罰せないわけだ」
「うん」
「でもね、真理士がそいつの心を読んで、げへへ! 俺は悪事を働いているぜ! みたいなことを考えていたら、それは証拠になるんだよ」
「うん?」
僕も頭がこんがらがってきた。
「心を読んで完全犯罪を壊せる資格、かな。真理士は神官や医師や弁護士なんかと連携してそいつを懲らしめられるんだ。他にも殺人を犯そうとしている人の心を読んで、犯行前に身柄を拘束しても許されたりね」
もし真理士自身が神官などの別資格を持っていれば、一人で大方の処理を行える。
「……うん?」
「ええと……真理士が、こいつは悪いやつだ! って言ったらそいつは悪いヤツ確定。読んだ心をもとに調査して罪が立証されれば悪者は一巻の終わり。で、真理士が、こいつ悪いことしようとしてるぞ! って言ったら罪を犯していなくても拘束可能、って感じ?」
「とにかく隠れてる悪いやつを見つけて、牢屋送りにする資格ってこと?」
「まあ、罪状にもよるけど大体そんな感じかな」
神王様に忠誠を誓う合格者は、誰よりも正義の道を貫く。
真実のみを述べると誓い、うそは絶対につかない。
「けどさ、復讐とかされないの? 逆恨みされて殺されそう」
「他人に簡単に殺されるような人は取れないんだなぁ、これが。彼らにケンカを売ったら最後、袋叩きだよ。死ぬより怖い目に合う」
「こわっ。返り討ちにしちゃうんだ……」
「それなりの権力を持っているか、権力者とのパイプがあるかのどちらかだしね。だから最高峰で超難関なんです」
アンネリースは足をぱたぱたさせながら頬杖をつく。
「ますます無職で変態のソール君には無理そうだね」
「デスネー」
もう何も言うまい。
おもちゃは口答えしてはならないのだ。
「ジュースおかわり」
「私も」
テレビ番組が一段落したのか、アナスタシアにまでグラスを渡される。
「はーい」
僕はグラスを持ってキッチンスペースへ向かった。
*****
二人と関わりだして以降、ある異変に気がついた。
精神感応系の僕には人の心の扉が視える。
その扉の異変だ。
グラスにサイダーを注ぎながら二人の心の扉を覗う。
また少し、アレは成長していた。
原因は不明だが、彼女たちの扉に茨が纏わりついているのだ。
深紅の茨は扉をこじ開けようと不気味に身をくねらせる。
日に日に太く、長くなり続け、本数も増えていった。
不可解なことに、街ですれ違う人々にも同様の現象が起こっているのである。
若い女性を中心に男性や子供、お年寄りまで年齢も性別も様々。
赤い茨はほとんどの扉に這い回っている。
二十四年生きてきたがこんなのは初めてだ。
あの茨は?
原因不明の法力暴走事件の多発は?
どうして茨は成長をやめないのか。
どうして茨は扉への侵入を試みるのか。
二度遭遇した暴走現場でも、視えたのは茨によって無理やりこじ開けられた扉だった。
「はい。どうぞ」
炭酸のはじけるグラスをサイドデスクに置く。
「どーも」
「どうも」
二人ともテレビとタブレットに夢中だ。
「僕ちょっと買い出し行ってくるね」
「行ってらっしゃーい」
「気をつけるのよ」
「ごゆっくりお寛ぎくださーい」
僕は見送られることなく灼熱地獄へと足を踏み出した。
*****
ビル、ビル、ビル。どこへ行ってもビルばかり。
聖区に一歩入れば、二区みたいなのほほんとした空気は感じられない。
一応住宅地もマンションもあるのだが雰囲気が異なっているのだ。
時間の流れが違う、と例えるべきだろうか。
ここはどこもかしこもせかせかしている。
わざわざ電車を乗り継いで来てみたものの、早くも帰りたくなってきた。
照り返しの灼熱と人の群れにはうんざりする。
歩道を歩いているだけでグルナード社の赤いロゴマークを印した派手な大型トラックとも五回は遭遇した。気分が悪い。
このまま心臓部に行けば、神王様のいる“城”と呼ばれる超高層ビルが建っているのだが……。
うーん、やめておこう。
干からびそうだし、合わせる顔がない。
なんて、延々と考えながら僕が辿り着いたのはグルナード本社だった。
聖区中心から少し外れた場所にある、巨大企業。
敷地には本社ビルに工場、倉庫の一部が建ち並んでいる。
一等地に広大な敷地を構えるのは、儲かっていますアピールに他ならない。
中でも最も天高くそびえる本社ビルは、ぎらぎらと降り注ぐ日差しで眩んでいた。
「さぁて、当たってるかな」
関係者ではないので敷地内へは入れない。
だが、ここからなら視える。
植え込みや、高い塀に囲まれていても隠せない。
僕はビルの最上階辺りを睨む。
「いた」
そこには、あいつの扉が浮かんでいた。
木炭のように黒く煤けた扉が。
「――ふぅん。なるほど」
からくりは解けた。
アンネリースたちが招待された立食パーティーまで、あと十日あまり。
ぎりぎりだが猶予としては申し分ない。
さて、間に合わせねば。
「夕飯、どうしよっかなぁ」
何食わぬ顔で僕は踵を返した。
そのまま二区に戻り、マーケットで買い物をし、マンションへ戻る。
「ただいま、って寝てるし」
陽が傾き始める時刻。部屋に戻って初めに目に入ったのは、ベッドで昼寝中のお嬢様方だった。
つけっ放しのテレビからは暴走事件の速報が流れている。
この日、僕はいつも通りに夕食を作り、二人のおもちゃとしての役割を果たした。
十二時ごろに二人が部屋に戻ると、パソコンを立ち上げて作業を開始する。
久しぶりすぎて手間取ってしまったが、日の出前には姉さんに資料を送信できた。
誤字脱字があったら申し訳ない。でもまあ、恐らく読めるだろう。
それに才媛と名高い彼女ならある程度専門用語を使っても通じる。
一部説明を省略しているが、何たって相手は天才だ。支障はない。
あとで怒られそうだけれど。
結局仮眠もとれなかった。
徹夜明けで朝食をこしらえて、再びお嬢様方の登場と相成る。
アンネリースにもアナスタシアにも勘づかれずに朝食はなくなり、再び部屋は静かになった。
睡魔に襲われているちょうどその時に、携帯端末へ連絡が入る。
姉さんからだ。
「おはよー姉さん」
「徹夜したでしょ」
「まーねー」
僕の行動は一から十までお見通しである。さっすがぁー。
「お疲れさま。で、この内容は冗談ではないのね?」
「まだ冗談でしかないよ。ここからは姉さんの仕事。なんたってサンプルは街に溢れてるんだからさぁ」
「了解。キースに声かけてみる。期限は?」
「九日くらいかな」
「いける!」
覇気のある声だ。安心する。
「頼んだよ」
姉さんは電話口でふふっと艶やかに笑った。
「こんなの、発覚したら聖都はおろか国中が大混乱だよ」
「でも――」
また、ふふっと笑い声が聞こえた。
「――なるべく急ぐから準備しててよ?」
「証拠さえ揃えば僕が動きますよー」
「任せても大丈夫?」
心配されて当然だ。
仕事もしていないヒキコモリだし。
半年前のアレの影響は大きい。僕はすっかり信頼を失ってしまった。
姉さんからも過度に心配されているし、親族からも同じような扱いを受けている。
一人暮らしが許されているのは奇跡に違いない。
だが、今まさに挽回のチャンスが回ってきたのだ。
ここで失態を侵すわけにはいかない。
「大丈夫。フォロー頼むよ。全力で潰すから」
姉さんに安心してもらうためにも、信頼を回復するためにも、僕は成し遂げる。
「私も全力で協力してあげる。じゃあまた進展があったら連絡するね」
「うん。お願い」
ここで通話は途切れた。
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