第8話:ゲームセンターと不具合美少女
リハビリがてら、とその日の夕食は品数を増やした。
なんちゃってコースメニューだ。
前菜のテリーヌやサラダ、リクエストのあった肉料理に、デザート。
さすがにフルコースとはいかなかったが、二人には満足してもらえた。
三人で食卓を囲みながら、鑑賞した映画のあらすじを聞く。
高校生の男女が織りなす、恋愛もの。
冴えない女の子の前に、突然様々なイケメンが複数現れて繰り広げられる物語だ。
一緒に行った友達の趣味らしい。
なんでも売り出し中の若手俳優が勢ぞろいした作品とのことで、知らない名前ばかりが二人の口から飛び出てくる。
役者については誰も知っている人はいなかった。
だが、二人の熱弁ぶりに人気のある人々だということは分かる。
そんな二人は現在、夕食を食べ終えてテレビに釘付けである。
バラエティ番組だろうか。
皿洗い中の僕の耳に男女の派手な笑い声が届いた。
「うげっ、なにこれ。ちょっとソール君!」
爆笑に重なったのはアンネリースの声。
「んー?」
手を止めずに顔を向けると、二人して形容しがたい表情をしていた。
神妙というか、珍妙というか、軽蔑の眼差しが混ざった顔だ。
「録画番組、神王様関係ばっかりなんだけど。しかもすっごい量」
「あー、ずっと見てないから溜まってるんだよ」
「いや、溜まってるんだよって、そっちじゃなくて。どうして神王様特集番組しかないの? ドラマも映画も一切入ってないし」
「だめ? 僕、神王様好きなだけなんだけどなぁ」
「うわぁ、なっちゃん二号だ……」
映画やドラマやワイドショーは見なくても、神王様特集番組だけは欠かさず見る。
これが僕にとっての当たり前だった。
「えー、だって神王様格好いいじゃん。公務の様子とか見てて楽しくない? この国の象徴だよ? 前の悪い神王を倒して、そいつが起こした大虐殺を止めたんだよ? すごくない? 僕尊敬するなぁ。すべてを犠牲にして生きてるんだよ? 憧れない?」
「やっぱりなっちゃん二号だ」
「方向性は違うけど、ソールの気持ち、とっても共感するわ……」
「でしょー」
隻眼の神王。
今は亡き女神の血を引き、背に翼をもつ不老不死の男性。
片目を眼帯で覆い、いつも朗らかな笑みを湛えている。
二十代後半の外見をしているが実年齢は僕より三十ちかく上だ。
しかし、神であるゆえに歳を取らない。
外見年齢も魔法で適当に調整しているのだろう。
赤茶の髪を結んで肩に垂らした、神官服が誰より似合う人。
僕の信仰の対象であり最愛の人である。
愛が重い、は禁句だ。あと、気持ち悪いも。
「公務で見せるお茶目な仕草とか、物腰の柔らかい対応とか、笑顔とか、低い声とかさ。こう、落ち着くし、いっそ泣けてくるよね」
「わかる」
「わかんない……」
温度差は開いたが、アナスタシアは理解してくれたようだ。
彼女とは変なところで気が合う。
「この前どこかの施設の見学中に、段差につまずいてこけてたわよね、神王様」
「えっ、それ知らない。いつ?」
「半年くらい前、かしら。多分録画の中にあるわよ」
「うわ、見なきゃ」
情報提供ありがとう。
テレビを見ても内容が頭に入らなくてずっと放置していたが、これは見なければ。
永久保存しなければ。
「あーもーソール君、分かったから早くお皿洗い終わらせてよ。私ゲーセン行きたい」
「こんな夜に?」
「ソール君いるから平気でしょ」
僕を保護者兼お財布にするつもりだな。
「まあ、うん。じゃあ急ぎまーす」
テレビからまたしても沸き上がった笑い声を背に、僕は皿洗いを続行した。
*****
ゲームセンターは駅前通りの商業ビル一階部分にあった。
賑やかな店内で、二人が真っ先に挑んだのはクレーンゲームだ。
どうも円柱型のぬいぐるみが欲しいらしい。
ウサギやヒヨコやカエルの顔が付いたそれを狙ってコインを消費している。
「あーっ! また取れなかったぁ」
「あっちゃんおしいおしい。もう一回いきましょう」
「よーし、今度こそ!」
僕は彼女たちの奮闘を見守りつつ、スロットゲームに興じるのだった。
回転にも慣れて目押しできるようになったので、大分メダルが溜まりつつある。
この日はキャンペーン中で、メダルを一定量集めると店員がコインに交換してくれた。コインはクレーンゲームにも使えるので、増えたら交換し二人に貢ぐのだ。
僕が増やしたメダルはほぼクレーンゲームに費やされている。
なのにまだ収穫はゼロ。嘆かわしい。
「あぁー! 動いたのに!」
またダメだったみたいだ。
「ちょっとソール君! 来なさい!」
「はいはい」
そんなに怒って呼ばなくても。と思いつつ、スロットをやめて二人の元へ向かう。
「ソール君、あのウサギのぬいぐるみ取って」
「保証はしないよ?」
「取るまで帰らないから」
また強情な。
「最善を尽くします……」
この手の遊びにあまり触れずに育ったので、得手か不得手かも定かではない。
一応やるにはやるが、期待してほしくないなぁ。
「よーし」
量産したメダルを投入し、クレーンを動かす。
「……あー」
一度目は片方の爪がかかったが、外れた。
「ほら次」
二回目。うしろ半分が持ち上がって、落ちる。
「あーもー、もう一回! 位置はばっちりだから次こそいけるいける!」
「頑張って」
取れないと取れないで悔しい。
「あっ、あー! 落ちたぁ……。僕センスないんじゃないのこれ……」
「ソール君、もうちょい!」
三度めを失敗し、すっかり心に火が付いた。
四度目。今度こそ。
「……こうして……ここっ。よーし。……いけ、いけ……」
円柱のぬいぐるみがゆっくり持ち上がって……移動し……。
がこん、と落とし口へ落下した。
「よっしゃああぁぁ!!」
無意識下でガッツボーズがでる。こんな声出るんだ、僕。自分でも驚いた。
「ソール君でかした!」
「まさか成功するなんて……」
「僕頑張ったよ!」
「えらいえらい」
「褒めて遣わすわ」
つま先立ちのアンネリースに頭を撫でてもらった。
うわぁ、滅茶苦茶嬉しい。今僕すっごい笑ってる。
頭をよしよししてもらうのなんて、何年ぶりだろう。
「じゃー次行ってみよー! 今度はあのクマちゃん狙って!」
「よーし、やってやるー!」
まんまと二人に乗せられた僕は、ぬいぐるみ六個とストラップ四つ、お菓子を一袋分もゲットしたのだった。
*****
「いやぁー大漁大漁! ソール君優秀だったよ!」
ゲームセンターで遊び倒した僕たちは、夜も更けた頃、帰路についた。
「商品が入れ替わったらもう一回連れてくから、お願いね」
「ふふふ、任せて」
一人二つずつ大きなぬいぐるみを抱え、揃ってほくほくである。
最近娯楽に触れていなかったためか、脳内麻薬でぐでんぐでんだ。
ぱーっと遊ぶのってこんなに気分が高揚するものなんだ。
ずっと忘れていた感覚だから、劇物摂取でにやにやがとまらない。
二十四歳独身男性が、白くまとキツネの可愛らしいぬいぐるみを持って満面の笑み。
我ながらおぞましい絵だ。
「普段はこんなに散財できないし、おもちゃさまさまだねぇ」
「ソール。今日のあなた、素晴らしいヒモだったわよ」
「わーい、褒められてないっぽいけど取り合えずありがとう。僕も楽しかった!」
大通りから外れ、マンションへと進む。
一本道を逸れただけですれ違う人々はぐっと少なくなった。
やがてビルや商業施設が減り、聖都最大のベッドタウンへ風景が変わる。
様々なマンションやアパートが建ち並ぶ、僕と二人のすみかだ。
「うちの学校進学校だからさ、アルバイト禁止なんだよね。だから奨学金と国からの補助が私たちの生活費なの」
「リンラン様の呼びかけで額は上がったけれど、ちょっと遊ぶとすぐなくなるのよ」
「うーん。確かにあれは趣味なんかに使いすぎると危険だろうねぇー」
十代の遊びたい盛りの少女なら、欲しいものもしたいことも山ほどあるだろう。
経済的に安定した両親がいる家庭と比べれば、圧倒的に娯楽費は劣る。
「あぁーあ、さっさと大人になって稼ぎたいなぁー、ってうわっ!」
突然アンネリースが前のめりに身体を傾かせる。
僕はぬいぐるみを片手に持ち替え、倒れそうになった彼女を支えた。
「大丈夫?」
「うん。何かにつまずいたかな……」
「あっちゃんがこけるの、珍しいわね」
「えへへ、恥ずかしい」
体勢を立て直したアンネリースは左脚をさする。
「ごめん。行こ」
僕たちは改めて歩き出した。
しかし。
「……ん? あれ?」
アンネリースの歩き方が変だ。
先ほどまで差し障りなく動いていた義足を引きずっている。
「んー? どしたの?」
「あっちゃん?」
「……あちゃー、ごめん。義足、故障したっぽい。上手く動かせないや」
頬をかいてから、また左の太ももを触る。
アンネリースの義足は、念動力系の法力で操って動いているものだ。
可動部が壊れてしまえば動きが悪くなってしまうのも無理はない。
「うそ。もうスペアないのに……」
アナスタシアは深刻な顔つきで口元に手を当てる。
「不自然な歩き方にはなるけど、一応動きはするからまだ使う、かな」
「ちょっとおもちゃ。あっちゃんをおぶりなさい。ぬいぐるみは私が部屋に飛ばすから」
「わかりました」
この距離なら三人で飛ぶ選択肢もありそうだが、僕を使いたいのだろう。
肘でごりごり小突いてきたのでそう判断する。
アナスタシアは六つのぬいぐるみを抱え、僕はしゃがんでアンネリースを背負った。
「よっ、と」
「おぉー、高い!」
立ち上がった時にはもう、ぬいぐるみとお菓子の袋は姿を消していた。
「さ、行きましょ」
「ソール君、出発進行!」
「はぁーい」
左脚の重みか、あの時よりずっしりしてる。
ここで重たいなどと口にすれば首を絞められかねないので黙っておこう。
「あーあ、もー最悪! ソール君、エカテリナの義足買って」
「あんな超高級品買ったら無職は破産するよ」
歩き出した途端にとんでもないものをおねだりされてしまった。
エカテリナとは、超が三つくらいつく高級義肢装具ブランドだ。
機能面はもちろん、デザインにも精工にこだわっており、アート界からの評価も高い。彫刻のような義足や、本物の手足と見紛う義肢、アスリート用の特殊な形態の装具。どれもがため息が出るくらいに美しいのだ。
その高い質に比例してお値段も凄まじい。
片足だけでも高級車が買えたはずである。
「一足でいいから」
「ムリですー」
「ちぇー」
耳たぶを強くつままれた。
「痛いって」
それでなくても背中に治りかけの傷があるのに。
「あー、あぁー! 早く神官になりたぁーい!!」
耳元で叫ばないでいただきたい。
「あっちゃんは
「当ったり前でしょ。高校出て、大学行って、神司試験受けて合格して、神官として働くの。働いて、エカテリナの義足買い漁るって決めてるんだから」
「へ、へぇ」
神司試験は大学卒業時に受験可能な国家試験だ。
神王に仕える者として必要な学力や知性、礼儀作法について問われる。
国家試験の中でも難関中の難関で、ちょっとやそっとでは合格できない。
これに合格すると各職業で高収入が約束され、出世もしやすくなる。
加えて、神官として働くのなら必須資格でもある。
「ねーなっちゃん」
「そうね。リンラン様に近づくためにも受けて当然、かしら」
「志が高いなぁ……。二人なら問題ないだろうけれど」
アンネリースさん、僕の耳たぶで遊ばないで。
左耳のカフスをつままないで。痛い。
それ、大切なものだからあんまり触られたくないんだって。
「ソール君は? 神司資格、持ってるの?」
「持って無いに決まってるでしょ。無職だし」
「これが一応持ってるんですよねぇ」
「はっ!?」
「えぇっ!?」
また傷つく驚き方をしてくださる。
「無職なのに……」
「ヒキコモリなのに……」
「はいお口チャックしましょうねー」
傷心のままマンションに到着した。
エレベーターに乗り、部屋の前まで小声で進む。
「うそだ……」
「変態なのに……」
などの類の小声には目を瞑ろう。もう逆に笑えてくる。
「はい着いたー。じゃ、また」
アンネリースを下ろし、二人とおやすみの挨拶を交わして部屋へ入った。
「あー楽しかった」
出掛けるのも悪くない。
にやにやしながら照明をつけて、部屋の中頃で大きく伸びをした。
「きゃっ。ちょっとソール」
「うわっ! びっくりしたぁ」
次の瞬間、前触れなくアナスタシアが現れて、こける。
「ご、ご用ですか?」
こけたところを見られて恥ずかしいのか、睨まれてしまった。
不可抗力だよ、なっちゃん。
必要なら謝るけどさ。おもちゃだから。
「ぬいぐるみ、こっちにないかしら。おかしいのよ。確かに私たちのベッドの上に転送したはずなのに見当たらないの」
「えっと……」
ぐるりと室内を見渡すが、白くまもキツネもうさぎもいない。
とりあえずクローゼットを開けても、ない。
「あれぇ。どこだろ」
まさかと思いシャワールームのドアを開けると……。
「あ。あった」
バスタブにぬいぐるみの山が形成されていた。
うしろからついてきたアナスタシアは首を捻る。
「あら? イメージも座標軸指定も完ぺきだったのに……。まあいいわ。これ、持って帰るから」
「たまにはずれたりするんじゃない?」
「うるさい」
アナスタシアはずかずかとシャワールームに押し入り、ぬいぐるみを腕に抱える。
癇に障ったようだ。
「おやすみなさい」
ぱっと、姿が消えた。
「法力の使い方、上手だなぁ」
僕も役に立つ法力が欲しかったなぁ。
心が読めたってろくな目に合わない。
さてと。
シャワーを浴びてしまおう。夜も更けた。
今日も眠れるといいのだけれど。
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