蟲に成る

蜜海ぷりゃは

蟲に成る

朝、友人Iから一通のメールが来ていた。

「なりかけている」


「何に?」

と返信をしようとしたが、なんとなく面倒で、

私はその日の夕方に返信しようと決めたが、それもなんとなく揺らいでしまい、

一週間ほど経って、そのメールが来たことを忘れかけていた頃に、またメールが届いた。

「なりそうだ」


「何に?」

と今度こそ返信をしたが、結局その日には返事が来なかった。


一週間後には、彼と会う予定があったので、

直接会って話しを聞けばいいと思った。


気がつけばもうその日で、彼とは駅近くの喫茶店と待ち合わせをしていたのだったが、昼過ぎになっても現れず、心配になって電話をかけた。出ない。メールを送った。返ってこない。


幸い、彼の自宅の電話番号も知っていたのでかけてみた。出ない。困った。


日も落ちかけ、遠くの空がオレンジと紫の二色になるほど待って、よくもまぁこんなに待ったものだと、自分でも感心するほど待って、もう待ちきれず、レジへ行こうとした時だった。


彼とばったり出会った。蟲とばったり出会った。


身長は前と同程度か少し大きめで、体は黒っぽい緑で、見るからに硬そうで、産毛もところどころに生えていて、足も人間より少し多くて、爪もさながらにとがっていて、翅もやはり生えていて、触覚もやはり生えていた。


もう、私の記憶の中にあるような彼の姿では無かったが、それが「彼」なのだと、すぐにわかった。


「なるって、蟲になったのか。」

自分でも驚くほど間抜けな声で聞いてみたが、それはまったく言葉を発さず、触覚を自由に動かしているだけだった。

黒目だけの目を見ても、表情はおろか感情が汲み取れないのだった。


会えた少しの安心と、目の前にいる異型への少しの恐怖心とが色々混ざりあって、私はなんだかもう、帰りたくなっていた。


彼はというものの、触覚以外は微動だにさせず、その場に突っ立っていた。


人間だった頃も、特に仲がよかったわけでもなかったので、もう今日で関係を絶とうと思っていたのだが、

それでも彼は、やはり数少ない友人のうちの一人だったので、たかが蟲になってしまったくらいで縁を切ってしまうのもどうかと、少し考えては見たものの、

言葉を話せないし、食事も一緒にいけないし、もう触覚を動かすことしか出来ないであろう彼とは、このまま友好関係を続けていく自信が私にはなかった。


ただ、「なりかけている」という連絡をくれたことだけは評価しようと思った。

このメールがなかったら、私は彼を彼だと、認識できなかったかもしれない。


蟲を横目に、レジで会計を済ませ、彼にはそれ以上話しかける事もできず、そのまま店を出た。

少し歩いて、横断歩道を渡りきってから、少し心配になった振り向いた。

外からガラス越しに見た彼は、あいも変わらず触覚を動かしつづけていた。


私がいなくても、彼は一人でああやって触覚を動かして生きていけるだろう。


おわり

(2013年5月23日 12:43)

(2016年12月21日 21:45 修正)

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