第00話 女装のスサノオ

「スサノオは、女装している。

 古墳時代の衣装の上に弥生の衣を羽織っている。衣の模様は縄文で禍々まがまがしく異様な装飾がつけられている。

 片手に持った熊の毛皮がマントのように翻り、倒された縄文人が山のように積み重なったその上でスサノオは血まみれの剣を持ち、カッコ良く立っているのだ」

「なんかめちゃくちゃですね」

「なにを言うか。しっかりと考察している」

「縄文と弥生と古墳時代と、それに女装とクマって」

「なにが悪い。相手は泣く子も黙るスサノオだぞ」


 別府健吾は、平城久秀が造形しようとしているスサノオのアイディアを聞いて、あきれた。さすがにこれはひどい。

 造形屋の平城は、オリジナル造形作品を造ろうとするとき、まずは造ろうとするネタの考察から始めるのだ。

 健吾はこれまでにも何度かその考察の聞き役になっており、平城の考察のとんでもなさは知っているつもりだったが、一応大学の歴史学科に籍を置く身としては、今回は黙ってはいられなかった。


 スサノオは、古事記、日本書紀に登場する神様のひとりで、ヤマタノオロチを退治したことで知られる。日本神話のヒーローだ。

 平城が今回の造形のネタにどうしてスサノオを選んだのかは知らないが、健吾は悪くない選択だと思う。自分も、平城の造るカッコいいスサノオのフィギュアを見てみたい。

 しかし、おそらくは架空の、神話の登場人物であることを考慮しても、三つの時代を全部ごっちゃにするというのはどうか。

 それに死体の山が縄文人だということは、舞台は縄文時代ではないか。

 縄文時代は弥生時代よりも前で、当然のことながら弥生的な服装も古墳時代的な服装もありはしない。タイムマシンだってこの時代にはなかったはずだ。

 平城のめちゃくちゃさはこの一年のアルバイトでだいたいわかってきてはいたが、我慢するべきところと、してはいけないところが世の中にはあるはずだ。

 それに、もし平城の考察のままでスサノオが造られ、それが世に発表されるようなことがあれば、平城の仕事の手伝いをしている自分にも影響があるのではないか。

 歴史をやっているバイトがいながらこれか、と世間から辱めを受ける可能性だってなきにしもあらずだ。

 造形の世界での平城の知名度を考えれば、なきにしもあらずどころか、ないほうがおかしい、くらいに確率は跳ね上がる気がする。


 これはまずい。

 大学には自分が平城のところでバイトをしていると知っている友人が何人もいるのだ。

 平城が世間の中傷を浴びるのは、これは仕方がない。自己責任そのものだからだ。

 しかし自分はただのアルバイトだ。いくら平城と父親が同級生だからといって、自分が世間から貶められるのだけは避けなければならない。自分はまだ二十一歳の前途有望な若者なのだ。

 しかたがない。自分よりも二十歳以上も年上で、父親と同じ年齢である平城に反論するのは心苦しいが、それでもやはり、ここはきちんと言うべきことを。

 深呼吸したあとで、健吾は父親と同年齢の平城に歴史常識の講義を始めた。

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