第39話 『闇市へおつかい -護衛任務-』中

 そこまで考えた時だった。絹を裂くような悲鳴が轟いた。それも複数だ。一琉は腰のホルスターに手をかけ、息を潜め備えた。時江の行った方ではなかった。外だ。死獣が出現したのだろうか。太陽光線銃は、ある。

 ほどなくして地響きがしたのでどうやら正解のようだった。夜勤だろうと非番だろうと死獣が出ることに関係はない。だが、勤務時間ではない今は、自分の身を守る以上に戦う必要はない。配置された夜勤兵の対応を待てばいい。地響きは段々と大きくなり、死獣が近づいてくるのを感じたが、そろそろ夜勤兵の足止めが間に合うはずだ。

 しかし、一琉は視界の端、彼方に、動くものを捕えた。凶暴に荒れ狂う何か。月の下、工事現場のような音とともに、露店をぶち壊して暴れ出たのは、ゴリラのようなⅡ型の死獣だ。まだ距離はあるが、獲物を探すように動きは激しい。露店を壊すたびに散らかる鉄骨とくっついたのか、まるで背骨が突き出るようにして背中から十本近く生えていた。目を凝らせば、ゴリラ死獣の周囲には八九式小銃を手に対峙している制服を着た兵が二人三人と見えた。やはり夜勤兵は駆けつけているようだった。

 だが、あいつら一体、何をしているのだ? なりふり構わずもう照射を開始しないと――!

 昼民と違ってシェルターという時間稼ぎの手段を持たない夜勤は、その代わりとして集団で固まって住み、死獣が出たら即座に袋叩きにして排除するというのが鉄則だ。

 あの夜勤兵は、何のん気にやってんだ! ?

「きゃああっ!」

「たすけて!」

 蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑う闇市の住民。そのうちの一人が、ゴリラに突進されて気絶した。ゴリラはそのまま乗っかり、大口を開けて捕食する。

 チ、ほら被害者が――。

 一琉は光線銃を抜いた。あの死獣がこっちに来るのは時間の問題だ。今日は非番だからとこのまま無抵抗にやられるわけにもいかない。

 兵士があまりにも行動しないので、一琉は自分から飛び込んでいった。

「おいっ、なぜ、戦わない!」

 言いながら、轟音を立てて光線銃を起動、死獣との間合いを適正距離に詰め、照射する。だが、兵士たちは――

「と、とにかく、慎重に! ! 怪我だけはすんなよ! 見捨てられるぞ!」

「わかってるよお!」

 顔面蒼白になりながら、小銃を手放さずさらに握りしめる。

「うわああ! こっち、来るな! わああっ」

 八九式小銃を闇雲に撃ちまくる。一琉はそいつに向かって叫んだ。

「もう小銃は捨てろ! 死獣相手だぞ! ? 埒が明かないだろうが!」

 太陽光線銃を当てないと、死獣を完全に止めることはできない。そんなの中学校で習う基本的なことだ。ここにはすでに五人の兵がいた。しかし、

「誰だか知らないが、おまえも、気を付けろよ! 正規軍人が非番になんでこんなところにいるのかはどうでもいいけど、ヘマしたら一生ここで過ごすハメになるぞ」

 誰もそれをしない理由。

 光線銃を照射している者は、その間、無防備。だから仲間たちが援護する。その前提である「仲間」が……

「く……くそ、おい……!」

 ここには一人もいない。

 もちろん、一人きりで光線銃を照射しつづける一琉にも。

 当然だが一人分の威力では死獣を焼き殺すのに時間がかかる。

 孤軍奮闘という言葉が浮かんだ。

 なんとかゴリラ死獣の動きが鈍くなってきていた。無作為に人を襲うのをやめ、この元凶である一琉に目を付けた。殺意の形相で、一琉を睨みすえる。人間の十倍ほどの拳を握りしめると、空気を震わせるように猛る。その衝撃に心臓を握られたかのように、呼吸が詰まった。死獣の証か、異常なまでに筋肉質なゴリラの、突進の構え。

 だれか……だれか……俺を、援護しろよ……照射を重ねろよ……。

 このまま照射していても間に合わない。孤立無援の中、一人犠牲になる意味もない。

 命知らずの特攻委員長を普段見ているから気が付かなかったが、これが普通の反応なのかもしれない。この世界では。

 あと少し――でも、どうにもならない。もう、ここから逃げよう。一琉は光線銃を降ろしかける。くそっ。馬鹿でもいい、弱い奴でも、構わない。共に光を重ねてくれさえすれば――。そこへ、一琉を追い越し――光の先にまっすぐに飛びこんでいく影があった。無謀な影はそのまま、ゴリラとぶつかり、組み合う。足止め。そして、もちろん、すぐに――ゴリラの握力が、スイカを割るように、その者の頭をぐしゃりと潰した。踏み越えるように、ゴリラが前進を再開する。だがその瞬間、少し離れた左側から、

「坊主! そのままだ!」

 なぜここにいるのか、駆け付けた貝原が死獣に光線銃を向けていた。

「う、うおおおっ!」

 一琉は、もう一度、重い光線銃を持ち上げる。

 ゴリラの正面に飛び込んでくれた見知らぬ味方に、貝原の光線銃、そしてもう一度銃を上げる一琉。それは、たしかな変化だった。つられるようにして、傍観していた夜勤兵が次々に小銃を光線銃に持ち替え、死獣に照射を加えていったのだ。一人、また一人と――。

 大きくなる光の中――死獣は完全に沈黙した。

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