第31話 『不穏』

 一琉は自宅のドアを閉めると、黒衣も脱がずに椅子に崩れるようにして腰かけた。もう日は照っていて、真理子の運転する車から自宅まで、裸眼や顔に直射日光をさんさんと浴びたが、今はどうでもよかった。

 ひとまず息を整えなければならなかった。

 今、何が起きているのか。

 まひるの話を簡潔に整理すればこういうことだ。過去の技術解明のために、死者を蘇らせて資料整理させていた。そして、その産業廃棄物として死獣を生み出していた。

 もちろん、死者蘇生なんて現代の技術じゃ不可能だ。でも、何らかのロストテクノロジーを使って実現させているのだとしたら、不可能とは言い切れない。過去の文明は我々の常識を超えている。死者蘇生技術だってありえない話じゃない。だがこれが本当のことだとしても、やっていいことではないはずだ。倫理的な問題と、そして、自然災害だと諦めて夜勤たちが命懸けで駆逐してきた死獣が、人の造りしものだなんて。だからこそ、組織的に大がかりな研究を行いながらもこそこそと隠れるようにしているのだ。

 しかし。軍の幹部に事件は伝わっていた。彼らはすでに動いていると言っていた。丈人だってあんなに急いで駆けつけてくれたじゃないか。それなら、一隊員でしかない自分にできることはもう、上が何とかしてくれるのを待つことしかないんだ。

 一琉は天を仰いだ。あまりの重さに押しつぶされてスーッと口から空気が抜けていくような、ため息が漏れた。

 大丈夫だ、と言い聞かせる。

 これでいいはずだ。

 その時、ドアをたたく音があった。

「一琉! 一琉! 帰ってきたのか! ?」

 この声は……?

「佐伯……さん……?」

 無理やり体を起こす。そうだ、この人は電話で話したとき、なんだか妙な素振りをしていて。

「入るぞ、いいな! !」

 あまりの剣幕に気圧されて、一琉は言われるがままに通す。

「一人か……」

 佐伯の額から汗が流れていた。視線は鋭く、すみずみまで調べるように一琉の部屋に向けられていた。

「そう……ですが」

 初めて見る、佐伯の真剣な表情だった。いや、初めてではないかもしれない。今までも何度か、その気配を感じたことはあった。

「そうか。それで、例の少女は? 会わせてくれ。今すぐ」

 丈人と同じような鬼気迫る調子で言われる。

「それがさっきまで一緒にいたんですが……家主の方が帰ってきて、後は任せるように言われてしまって」

 佐伯はしばし瞑目する。何か大きなものを失ったように、その場に座り込んだ。

「……なんとかならないか?」

「ど、どうでしょう」

 自分だって困惑しているところだ。

「結構きつい口調で、誘拐罪とか言われて」

「今日知って駆けつけてきたんだな」

「そう……なんですかね。慌てていたのはなんとなく感じました」

 それを聞いて佐伯は立ち上がると、踵を返す。

「くそっ。一歩遅かったってわけか。あの人の手元じゃ……」

「どういうことですか?」

 この人は何かを知っているのだろうか。だとしたら、聞きたいことは山ほどある。

「いや、もういいんだ。忘れてくれ」

「もしかして、佐伯さん、何か知っているんですか?!」

「……このことにはもう関わるな」

 詳しく事情を聞こうとした一琉を制するように、佐伯は多くを語らないままに出ていこうとする。

「佐伯さん! 佐伯さん……っ! ちょっと待ってくださいよ!」

「お前の気にすることじゃない。じゃあな」

 振り払うように、無理やり行ってしまった。

 この人は、どこまで知っている? 研究所の存在や、何をしている組織なのかまで、知っているのか? 死獣の正体も……。

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