第5話 『逢魔が時』下

 来た道を黙々と引き返す。暮れかかって薄暗くなってきた。ぽつぽつと光がともり始めると、まひるは目で追い、そして一琉がちゃんと横にいることを確認する様にちらっと振り返る。迷子だからだろうか、心細そうにしているが――影絵のように佇んでいた大型用品店なんかにパッとまぶしい明かりが灯るときなど面白そうに呆けて見ているようにもみえた。

 ふん。一般的な夜生まれなら、だいたいどこもこんな景色だ。基本的に基地内の生活用品店は夜から営業開始。反対に居酒屋なんかは明け方白み始めた頃に地下や雨戸を閉め切った場所で開店してくれるし、宿泊施設も併設している。だから狭い基地にすし詰めだろうと、通勤に便利だからと基地内に住むんだ。なんといっても夜に外に出ても安全だから。基地の頑丈な門には門番もいるし、基地内の見張り番の数も多く、死獣が出たら即座に殲滅する。護身のために、常に銃の携帯は推奨されているし(昼の街じゃこうはいかない)。ここは血なまぐさいだけの夜生まれのための夜の街だ。夜勤として働くには住居の割り当てに従うのが一般的だが、決まりはないため夜に生まれたやつでも昼生まれと同じところに住んでもいい。しかし、物価の違いや、昼を中心に動いている不便は当然としても、日が沈んだ後でもシェルターが閉まっちまったらもう身動きが取れなくなるのが困る。ま、夜生まれなら武装して基地まで強行突破できなくもないけど、命が大事ならなるべくしたくはないだろう。

 目をぱちぱちさせて周囲を見回す彼女の様子を見ていると、自分までどこか知らない街に迷い込んだような新鮮な気持ちになってくる。この景色をそんなに珍しがるやつもいるんだな。やっぱり夜生まれじゃなさそうだ。こんな治安のいい安全な区域だけじゃ、まだまだ序の口だぞ。もっと奥地には、一生知らない方がいい闇が黒々と広がっている。

 そういえば。自分は昨日から飲まず食わずで風呂にも入っていない。昨日戦闘であれだけ動いた後だ。せっかく佐伯のところに行くなら着替えていろいろ済ませて、出勤できる状態で行きたい気持ちがある。家が近づいてきて、一琉はまひるに声をかけた。

「佐伯さんのところに連れて行く前に、うち寄りたいんだけど、待てるか?」

「はい」

 信じ切った目なんてしやがって。

「じゃあ、そこで待ってろ。しばらく時間がかかる。中入っても構わんが」

 今の時間帯は死獣の出現率も低いし、もし万一出たとしても基地内ならすぐさま駆逐される。

「いえ……ここで」

 フン。まあそりゃそうだろう。若い女の子が、一人暮らしの見知らぬ男の家になんて入るもんじゃない。のこのこ付いてきやがったら教えてやってもいいんだぜ。自分がどんなに平和ボケした世界に住んでるかってな。さすがにそこまでは思ってはないのに、心の内側で悪意がどんどんあふれてくるのを感じる。一琉はまひるをアパートの前で待たせ、自分は二階に上がる。

 まったく。なんなんだあの女は。迷子……なのか、そうでないのか、本人もよくわかっていないとかそんなこと、あるのか? いや、俺の方こそ油断は禁物だ。新手の詐欺かもしれない、と悲しいことを考えながら冷水を一気に煽り、急いでさっとシャワーを浴びて着替え、昨日受け取ったコンビニ弁当を持って若干駆け足で外に出る。ドアがばたんと大きな音を立てた。

「……」

 アパートの外には誰もいなかった。

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