6.決着! そして……

「蓮實君……」

 箱根料金所に残ったあかりは、対戦バトルの行く末を案じていた。

 敦がまた、ラフプレイで天道を激突クラッシュに追い込んでいないか心配だったのだ。

「委員長」

 不意に昔のあだ名で呼ばれて、あかりは振り向いた。

 そこには458を降りた由布子と霞、それに車の陰から出てきた澄生がいた。

「肆輪さんに銀矢君……」

 あかりは驚きの声を上げた。

「どうして……」

「ごめんね、全部、聞いちゃったんだ」

 あかりに近づきながら、由布子はバツの悪そうな笑みを浮かべた。

「そう……」

 だが、あかりはそのことを咎める事無く笑顔を作った。

「心配掛けてごめんね」

 それから、霞を指さして

「誰?」

 と、聞いた。

 しかし、霞はそれには答えず、逆に聞き返した。

海王ネプチューンの事、詳しく教え……て」

 その雰囲気には有無を言わせない迫力があった。

 なので、あかりは敦の名前や住所、電話番号やメッセIDなどを教えた。

 それを聞いた霞は自分の携帯電話スマホを取り出すと、どこかへ電話を掛けた。

「晶さん? して欲しい人がいるの……名前……は…………」

 そして、今聞いた情報を電話口で告げた。

「うん……出来れば直ぐに……うん……うん……ありがと……う」

 通話を終えた霞に、由布子は恐る恐る聞いてみた。

「何をしたの?」

 それに霞は簡潔に答えた。

「保……険」


 低速コーナー区間で、天道は積極的にブレーキング競争を仕掛けた。

 しかし、接触を警戒しながらだとベストラインが取れずに、立ち上がりで並ぶのに精一杯だった。

 これでは馬力パワー差で負けてしまう。

「こうなったら、アレ、やるか……」

 狙い目はいつもの三国峠の展望台だ。

 敦は展望台手前の40Rでブレーキングに入った。

 そのタイミングで天道はエキシージをアウトに持ち出した。

 MC20に並び、直ぐに追い抜く。

 だが、エキシージはブレーキングする気配を見せない。減速しないままコーナーへと突入する。

 そこで天道は始めてブレーキペダルを叩き踏んだ。

 四輪をロックさせたエキシージはそのままコースを飛び出し、展望台へとはみ出る。

「オーバランしやがったか」

 それを見た敦はせせら笑った。

 だが、

 あわや石碑にぶつかるかという時に、エキシージはカクカクと直進と旋回を繰り返してノーズを続く60Rへと向ける。

 展望台をコーナーに見立ってて、、多角形コーナリングで回ったのだ。

「なんだと!?」

 慌てた敦は、エキシージのテールにつけてやろうと、ブレーキングを遅らせた。

 しかし、60RへとアプローチするMC20のノーズを掠めるようにエキシージはコーナーを立ち上がった。

 そこからは天道の独壇場だった。

 コーナーをクリアするごとにエキシージとMC20の差は開いていき、湖尻峠にゴールする頃には、大差がついていた。

「あーあ」

 車を降りた天道はエキシージの右フロントサイドを見て、溜息をついた。かなり傷ついている。これは修理に出さないと駄目だろう。

 そこへMC20がゴールしてくる。

 エキシージの直ぐ後ろにMC20をつけた敦は、左ドアを跳ね上げさせると外に出た。

「てめぇー!」

 直ぐに天道は、敦に駆け寄ると胸ぐらを掴んだ。

「やってくれるじゃねぇーか」

「あれぐらいでビビってるのかよ」

 だが、敦は知らぬ顔で薄笑いを浮かべている。

 それを見て、これ以上は何を言っても無駄だと思った天道は、手を離した。それに今はもっと重要なことがある。

「これで、文句はねぇな?」

 その言葉に敦は悔しそうな表情になって、投げやり気味に頷いた。

「なら、動画を消せ」

 そんな敦の態度にはお構いなしで天道は命令した。

「今、ここで、だ」

 敦はまだ不満そうな顔していたが、渋々といった様子でポケットから携帯電話iPhoneを取り出すと動画リストを画面に表示さえた。

 それを天道に見せてから、一つ一つの動画をタップして選択し、ゴミ箱に入れる。

 そして、何も無くなった画面をまた天道に見せた。

「ゴミ箱も空にしとけよ」

「ちっ!」

 天道の命令に敦は舌打ちをしてから、ゴミ箱を空にした。

「もうアカリに近づくんじゃねぇーぞ」

 最後に天道は釘を刺した。

「ああっ……」

 敦は渋々頷いた。

 それを確認した天道はエキシージに乗ると、今来たコースを引き返していった。

「素人が」

 それを見送ってから、敦はニヤリと悪そうな笑みを浮かべた。

「データなんていくらでもバックアップが取れるんだぜ」

 敦は携帯電話iPhoneを操作すると別フォルダーに保管してあったバックアップデータを呼び出した。

 腹いせに、全動画をネットに流してやる、と思って操作しようとした時、

「ん? あかり?」

 メールが届いた。

「別れの挨拶か?」

 そういう所は生真面目なのであり得ると思った。特に疑う事も無くメールを開く。

 すると、

「なんだ!?」

 携帯電話iPhoneが操作を受け付けなくなった。

「操作ができないぞ!?」

 その状態がしばらく続き、あれこれ触っていると不意に操作ができるようになった。

 嫌な予感がして、動画を確認すると全てのデータが消えていた。

「ウイルスか!?」

 敦は焦った。

「まだ、クラウドにバックアップがある」

 慌ててネットからデータを呼び出そうとするが、そちらも全て削除されていた。

「なんなんだ?」

 敦は唖然となった。

 後になって知る事だが、家のPCに保管してあったデータも全て削除されていたのだった。


 結局、あの後、天道の軽い報告の後、澄生が自宅に電話して親を呼び、澄生と由布子とあかりは銀矢家の車――メルセデス・ベンツ・Sクラスで帰路についた。

 天道と霞は愛車で帰ったのだが、その途中で天道は一人、敦のことを散々こけ下ろした。エキシージを傷つけられた事が腹に据えかねていたのだ。

 それから数日後。

 放課後、再び天道とあかりは、駅前の喫茶店で会っていた。

 あかりは、髪の色を元に戻して、眼鏡を掛けていた。制服も校則通りキチンと着ている。

「いろいろ、ありがとう」

 丁寧に頭を下げて、あかりはお礼を言った。

「気にするな」

 天道はブレンドに口をつけながら応えた。

「それと……」

 ちょっと迷ったようにあかりは口ごもった。しかし、意を決すると聞いてみた。

「肆輪さんと銀矢君と一緒にいた女子は誰?」

「あれは……」

 今度は天道が言い淀んだ。

「彼女だ」

 少し言いにくそうに答えた。

「そっか……」

 予想はしていたが、天道の口から聞かされてあかりはショックを受けた。

「あの最速屋ケレリタス?」

「そうだ」

「あたしも最速屋ケレリタスになれば、世界が変わるのかな……?」

 独り言のように、あかりは呟いた。

「そうしたら、また、蓮實君の彼女に戻れるのかな……?」

 その目には涙が浮かんでいた。

「それは……」

 天道は答えに詰まった。

 その時、後ろの席に座っていた人影が立ち上がった。

 霞、だった。

「かすみん……!」

 同じように後ろの席に隠れて座っていた由布子が慌てる。

 それを無視して霞はあかりの横に立った。

「それは、駄……目」

 そして、宣言した。

「タカ君はわたしの彼氏だか……ら」

 突然の登場に戸惑うあかりに、霞はキッパリと言い切った。

「もしタカ君の彼女になりたいなら、わたしを倒してからにし……て!」

「おいっ!」

 珍しく闘志をむき出しにする霞に、天道はうろたえた。

「わかった」

 霞の真剣目に、あかりも真剣な目になった。二人の視線の間に火花が散る。

「車を手に入れたら挑戦する!」

「う……ん!」

 あかりの宣戦布告に、霞は力強く頷いた。


 その週末の金曜日の放課後。あかりはいつも通りに戻った日常サイクルに従って下校しようとしていた。

 すると校門の辺りが騒がしいのに気付いた。

「誰? あの美男子イケメン?」

「誰、待ってるの?」

「あの車って、スーパーカーだよね?」

 どうやら誰かが誰かを持っているらしい。車付きで。

 自分には関係ない話だと、あかりが校門を出ようとした時、

「高山あかり様、ですね?」

 美男子イケメンから声をかけられた。

「……誰でですか?」

 敦の事もあり、あからさまに警戒するあかりに、美男子イケメンは仕立ての良さそうなスーツの内ポケットから名刺を取り出して渡した。

「司馬家執事、御盾みたてあきら……さん?」

 それでも不審な事には代わりなった。このご時世に名刺になどと書いてある段階でまず怪しい。

「あたしに何か用ですか?」

 なので警戒は解かずに、あかりは聞いた。

「我が主からの伝言です」

 それを気にする様子も無く晶は静かに告げた。

「もし、あたなにその気があるなら、霞お嬢様と対戦バトルする手助けをする、と」

「えっ?」

 あかりは驚きの声を上げた。

「どうして、その事を……」

「それは企業秘密です」

 唖然とするあかりに晶は唇の前に人差し指を立って微笑んだ。

「でも……手助けするって、一体……」

 あかりは戸惑った。あのとの約束はもちろん覚えているし、今週はその事ばかりを考えていた。しかし、今のあかりでは、最速屋ケレリタスにはなれない。肝心の車を用意できないからだ。

「この車をお貸ししましょう」

 すると、晶は停まっていた車を手で紹介した。

 丸みを帯びたフロントには四つのヘッドライト。流線型のボディに短く切られたテールラインに、小型のリアウイング。

 それはアルピーヌ・A110の最軽量モデル、A110Rだった。

「これを……?」

「はい」

 晶は頷いた。

「私の|付きで、です」

 それはあかりにとって渡りに船だった。

「でも……なんでそこまで……?」

 だが、それでもあかりは躊躇した。相手の真意が見えなかったからだ。

「霞お嬢様に勝ちたくないのですか?」

「……」

 その言葉はあかりにとっては悪魔の囁きだった。

「私共なら、そのを与えられます」

 それを見透かしたように晶は畳みかけた。

「わかりました」

 あかりは意を決した。天道と戻したい。その為なら悪魔にでも魂を売ろうと思った。

「そのお話、お受けします」

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