5.対峙

 翌日の月曜日。

 御厨高校は文化祭の振り替えで休みだった。

 なので天道は御厨西高が終わる時間に合わせて、喫茶店であかりと待ち合わせた。

 離れた席では、霞、澄生、由布子がこっそり控えている。

 制服姿のあかりはやはりギャル風で、胸元を大きく開き、豊かな胸の谷間が露出している。

 あかりはミルクティーを頼み、天道はブレンドを頼んだ。

 店員が注文オーダーを運び終わる待って、天道は話を切り出した。

「何か困った事でもあったのか?」

「うん……」

 あかりは頷くとちょっと困ったような顔をした。何から話したら良いか迷っている、そんな感じだった。

「あたしね……別れた後も蓮實君の事が好きだったんだ…………」

「えっ?」

 その言葉を天道は意外に感じた。あかりは自分の事を車に夢中になって彼女を疎かにしたと、恨んでいると思っていたからだ。

「それで蓮實君の事を少しでも理解したくて、車好きのソーシャルネットワーキングサービスを覗くようになったの」

 あかりは視線をティカップに落として、静かに語った。

「そこで、と知り合ったの」

 一年ぐらい前の話だ。

「最初は掲示板BBS経由で話してたんだけど、そのうち仲良くなってメッセのIDを教え合うようになったんだ」

 そこであかりは短くスカートの上に置いた拳をギュッと強く握りしめた。

「写真とかもやりとりしてね……、優しそうだったから、あたしも油断してたんだ」

 天道は、神妙な顔で聞いていた。

「でも、個人的に合わないかって何回か誘われたんだけど、それは怖くて断ってたんだよ」

 誤解されるのが嫌で、あかりは天道を見詰めて訴えかけた。

「そしたら、夏休み前のソーシャルネットワーキングサービスのオフ会があって、みんなに誘われて参加する事になったの」

 それが油断だった。みんなで会うなら大丈夫と思ってしまったのだ。

「そこで初めてと会ったんだ」

 初めて会った敦は、メッセでやりとりしていた時と同じく優しく紳士的だった。

「オフ会は飲み会だったんだけど、あたしは烏龍茶を飲んでいたんだよ」

 車好きのソーシャルネットワーキングサービスという性質上、オフ会に参加したのは成人した人が多かったが、未成年もいないわけでは無かった。

「でもね……なんか、途中で眠くなってきて、寝ちゃったんだ」

 その言葉に天道は片眉を跳ね上げさえた。

「薬を盛られたのか?」

「多分……」

 あかりの顔が痛恨で歪んだ。

「それで目が覚めた時にはホテルに連れ込まれてて……」

 そこであかりは言葉を詰まらせた。

されたのか?」

 代わりに天道が聞く。

「うん……」

 あかりはコクッと頷いた。

「その時、動画も撮られて、それをネタに彼女になるように脅されたんだ」

「ゲスが!」

 天道は思わず詰った。

「本当はこんな格好するのも嫌なんだけど、の命令で仕方なく……」

 あかりは薄らと目に涙を浮かべていた。

「どうして、こんな事になっちゃったのかな……?」

「わかった」

 そんなあかりを見て、天道は即決した。

「俺が話をつける」

「でも……言って聞くような人じゃ無いよ?」

 あかりは悲観的だった。 

「ソイツは最速屋ケレリタスなんだろう?」

 天道の問いにあかりは頷いた。

「だったら、話のつけ方は一つだ」


 話を終えて、あかりは先に喫茶店を出た。

 それを確認してから、霞と澄生、由布子は天道の所に集まった。

「どうだった?」

「予想してたとおりだった」

 由布子の言葉に、天道は怒気を含んだ口調で応えた。

「詳しい事は言えないけど、海王ネプチューンがゲス野郎だってことはわかった」

 その怒り具合で、三人はあかりがかなり酷い目にあったんだと察した。

「でっ? どうするんだ?」

 やはり怒りで眉をつり上げた澄生が聞いた。

海王ネプチューン対戦バトルする」

 それが最速屋ケレリタスとしての話のつけ方だ。

「あかりに聞いたら、週末だけ箱根に来てるらしいから、その時会えるように頼んだ」

「勝てる……の?」

 霞は心配そうだったが、天道は断言した。

「余裕だ」

 敦の走りは、文化祭の時に見ている。あれなら赤子の手を捻るも同然だ。

「それ以前に乗ってくるのか?」

 澄生は疑心暗鬼だったが、天道は自信満々に言った。

「ちょっと考えがある」


 その週の土曜日。

 天道は芦ノ湖スカイウェイの箱根料金所にいた。

 少し離れた場所には、霞と由布子を乗せたフェラーリ・458イタリアが停まっていて、その陰には澄生が隠れていた。

 そこへMC20が国道方面からやって来た。

 エキシージの直ぐ後ろにつけると、両方のドアが跳ね上がって、中から敦とあかりが出てきた。

 それをサイドミラーで確認してから、天道もエキシージを降りた。

「話があるっていうのは、てめぇか?」

 天道を睨みつけた敦は、厳つい顔で威圧した。

「アカリから話は全部聞いた」

 負けずに睨み返して威嚇しながら天道は言った。

「動画を消して、アカリを解放しろ」

「へっ!」

 その話を敦は鼻で笑った。

「てめぇには関係ない話だろ?」

 そして、一蹴する。

「アンタも最速屋ケレリタスだろう?」

 取り合おうとしない敦に天道は聞いた。

「だから、何だって言うんだ?」

「だったら、対戦バトル決着ケリをつけようぜ」

「はっ!」

 天道の提案を、敦はまたも鼻で笑った。

「なんで、俺がてめぇと対戦バトルしなきゃならないんだよ?」

 それから馬鹿にしたように言った。

「メリットが無いだろう」

「もし、俺が勝ったら動画を消す。負けたら……」

 それを読んでいた天道は、とっておきのカードを切った。

「てめぇに姉キを差し出してやるよ」

「姉キ?」

 怪訝そうな顔の敦に、あかりがソッと教えた。

「グラビアアイドルのKwoだよ」

「ほーっ」

 敦は目を細めた。

 もちろん、空子の許可は取っていない。完全なハッタリブラフだ。

(こんな時ぐらい役立ってくれよな)

 天道は祈るように敦の反応を伺った。

 すると敦は、エキシージとMC20を興味深そうに見返してから、少し考える素振りをした。

「いいだろう」

 そして、応えた。

「乗ってやるよ、その対戦バトル

 天道はエキシージに、敦はMC20に乗り込んで、車をスタート位置につけた。

 スターターはあかりが務めた。

 右手を高々に上げて、握りしめた拳を指一本づづ開いていく。

 二台のエキゾーストノートが高まる。

 五本の指が開かれ、手のひらが振り下ろされた瞬間、対戦バトルはスタートした。

 天道はいつも通り、絶妙なクラッチワークとアクセルワークでスタートダッシュする。 敦もMC20のトラクションコントロールの恩恵で好スタート切った。

 馬力パワー差で、MC20が頭一つリードして最初の115Rへ突入する。

 天道はブレーキング競争はせずに、敦を前に出した。

 そのまま第一コーナーをクリアして、30R、110Rを駆け抜ける。

「思った通り、速くない」

 まだコーナーを三つを過ぎただけだが、天道は既に敦の技量を見透かしていた。

「ならば……」

 続く左の65Rで天道はエキシージをアウトに持ち出した。

 そのままブレーキング競争を仕掛ける。

 案の定、MC20は遙か手間でブレーキングに入った。

 MC20の前に出たところで天道はフルブレーキングする。

 そして、アウトから被せるようにインへドリフトで切り込む。

「なに!?」

 だが、天道は驚嘆した。MC20が構わずインへと突っ込んできたからだ。

 その結果、

”ドスッ!”

 鈍い音共にMC20のノーズがエキシージの左ドアへとヒッとした。

「クッ!」

 ドリフト中にプッシュされて、エキシージは横に吹っ飛ぶ。

”ガリガリガリ”

 嫌な音がしてエキシージの右フロントサイドがガードレールに擦れる。

「クソッタレ!」

 反動でイン側へと跳ね返ったエキシージを的確に操作して、天道はなんとかコーナーを抜けた。

「接触上等かよ!」

 天道は吠えた。

 ――勝てないとわかると、どんな汚い手を使ってでも勝とうとするらしいからな。

 師匠の言葉が頭に浮かぶ。

「畜生め! 姉キに怒られるじゃねぇーか!」

 悪態をつきながらも、今の接触で遅れた分を取り戻そうと天道はエキシージを飛ばした。

 右の40Rをドリフトで駆け抜け、直線に入る。

 すると遙か前方にMC20が見えた。

 ここは馬力パワー差で、ジリジリと差が広がる。

 しかし、これはいつもの事なので、天道に焦りは無かった。

 やぎさんコーナーと続くヘアピンで充分追いつけると踏んでいたからだ。

 その予想通り、いつものフェイントモーションでコーナーをクリアすると、差は一気に縮まった。

「もう追いついてきたのか!?」

 それをルームミラーで確認した敦は、驚きの声を上げた。

 80R、110Rを抜ける間にグイグイとエキシージの姿が大きくなる。

「速い!」

 敦はエキシージの速さに舌を巻いた。

「だが……」

 慌ててはいなかった。またブレーキング競争を仕掛けてくれば、つければ良い。インをついてくるなら、良い。

 30Rヘアピンで二台の差はほぼゼロになっていた。

 そのままテールトゥノーズで中速区間を駆け抜ける。

 そして、低速区間に入る入り口で、天道はブレーキング競争を仕掛けた。

 呆れるほど手前でブレーキングするMC20の横を抜けて、前に出る。

 そのタイミングでブレーキを叩き踏み、ロック寸前でブレーキを抜きながら、ヒール&トゥでシフトダウンする。ステアリングを送って、アクセルワークと合わせてエキシージをドリフトに持ち込む。

「させるかよ!」

 それを見た敦は、MC20をインへと突っ込ませる。

 だが、これは天道も読んでいた。

 アウト・アウト・アウトのライン取りで、MC20のノーズをかわす。

 それでもコーナリング速度の速さから、立ち上がりでMC20に並ぶ。

「クソッ!」

 それを敦は、アクセルペダルを思いっきり踏み込んだ。

 タイヤが馬力パワーを路面に伝えきれず空転ホイルスピンしそうになる。それをトラクションコントロールが敏感に感じ取ってトルクを押さえ込む。

 結果、MC20は適切なトラクションで立ち上がり、なんとかエキシージの前に出る事が出来た。

「今のは危なかったぜ」

 敦は額に流れた冷や汗を右手で拭いた。

 一方、今ので抜けなかった天道は思案した。

「さて、どうする?」

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