4.海王《ネプチューン》の悪行

 文化祭一日目が終わって、三年七組もに入っていた。

 その最中、天道と澄生は厨房の隅に固まって、ヒソヒソと話していた。

「助けてって、どういうことだよ?」

「わからんけど……」

 澄生の問いに天道は眉間に皺を寄せた。

「あの彼氏って奴が怪しい気がする」

 あんなうさんくさそうな男があかりの彼氏というのがまず信じられない。

「それに、ギャル風の格好をしてるのも彼氏の趣味だって言ってたし」

「そうなんだ? なら直接聞いてみたら?」

「直接って言われてもな……」

「直電知らないの?」

「知ってるけど……まだ生きてるかどうか……って!?」

 そこまで答えて天道は、驚いて後ろを振り返った。

 そこには制服に着替えた由布子と霞が立っていた。

「男子がなにコソコソやってるの?」

 由布子の問いに天道と澄生は顔を見合わせた。

「どこから聞いてた?」

 答えに詰まった天道に変わって澄生が聞いた。

「助けて、ってところから」

「ほぼ最初からじゃねぇーか!」

 天道は盛大に突っ込んだ。

「でっ? 誰が助けてって言ったの?」

 再び天道と澄生は顔を見合わせた。ここまで聞かれてしまっては、事情を話さない訳にはいかない。

 それでもなお、天道は躊躇した。

 霞が一緒にいたからだ。

「話の流れからすると、委員長でしょ?」

(鋭い!)

 天道は心の中で詰った。

「さっき、かすみんから聞いたんだよね」

 黙ったままの男子二人に、それを肯定と受け取った由布子は話を続けた。

「委員長が来てたって」

「それでか……」

 天道と同じく由布子の鋭さに舌を巻いていた澄生が納得顔をした。

「ちなみに、元カノだって事は話しちゃったからね」

「おいっ!」

 その発言に天道は慌てた。伺うように霞の顔を見る。

「タカ君の元カノさんが、大変なの?」

 だが、霞は特に気にする様子も無く、逆に心配そうに聞いてくる。

 それで腹をくくった天道は、あかりとの会話を説明した。

「うーん……その彼氏って言うのが怪しそうだけど、それだけだとなんとも……」

 由布子は腕を組んで、悩んだ。

「やっぱ、直接聞いてみるしかないんじゃない?」

「それしか無いかな……」

 澄生も由布子の意見に同意した。

「かけてみるか……」

 意を決した天道は、ズボンのポケットから携帯電話ガラケーを取り出した。電話帳からあかりの番号を探し出す。そして、通話ボタンを押した。

”トゥルルルル……トゥルルルル……トゥルルルル……”

「出ない」

 天道が諦めて、通話終了ボタンを押そうとした時、

『蓮實君?』

 あかりが電話に出た。

「今、大丈夫か?」

『う、うん……大丈夫……はぁうん……』

 あかりはそう言ったが、明らかに様子がおかしい。

「取り込み中なら、あとでまた電話するけど?」

『だ、大丈夫……ぁあっ……だよ……ふぁっ……』

 そんなあかりの様子を聞いて、天道は電話の向こうで察してしまった。

「いや、たいした用事じゃ無いから、後でメールする」

『そぉ? ……うふっ……はぁんんっ…………』

 なので天道は早々に電話を切り上げた。

「どうだった?」

だった」

 その答えに由布子は首を傾げたが、天道は怒りで眉をつり上げさせた。

「あと、あの彼氏って奴がゲス野郎だってことはわかった」

「となると黒っぽいか……」

 澄生は考え込んだ。

「とりあえず、都合の良い時に電話くれるようにメールしとく」

 天道は携帯電話ガラケーのテンキーを操作してメールを打ち始めた。

「じゃあ、俺はその海王ネプチューンって奴の情報を集めるよ」

「あたしは、西高の友達に聞いてみるね」

 澄生と由布子がそれぞれの役割を請け負う。

「わたし……は?」

 霞もなにか出来ないか聞いた。

「今のところ、かすみんが出来る事は無いかなぁ」

 由布子は優しく言うと霞の頭を撫でた。

「今後、なにが起こってもとしてドンと構えておくぐらいかな?」

「わかっ……た」

 その言葉に霞はコクッと頷いた。

 それで今日のところは解散になった。

「ところでさ」

 と、由布子が天道に話し掛けた。

「空子先輩って、もう東京に帰っちゃった?」

「いや、今晩はこっちに泊まるって言ってたぞ」

 それを聞いた由布子は嬉しそうな顔をした。

「ちょっと空子先輩に相談があるから、これから家に行ってもいい?」

「別に構わんけど」

「かすみんも、いい?」

 それから由布子はきちんと彼女である霞にも断った。

「いい……よ」

 霞はコクッと頷いた。


 由布子を自転車ママチャリの荷台に載せて、天道は自宅へと向かっていた。

「委員長の事だけどさ」

 その途中で由布子が背中越しに話し掛けた。

「かすみんには内緒にしようとしたでしょう?」

 その問いに天道は言葉に詰まった。図星を突かれていたからだ。

「こういう時は、彼女に隠し事はしない方が良いよ」

 由布子は珍しく真剣な声で諭した。

「じゃないと、後でバレたら面倒くさい事になるから」

 その言葉に天道は自分の浅はかさを感じていた。正直、そこまでは深く考えていなかった。

「そうだな……」

 なので、肝に銘じるように頷いた。

 そうしているうちに、蓮實家に到着した。家の横には紗理奈のアヴェンタドールが停めてある。

「おかえりー」

 玄関のドアを開けると、上機嫌の空子がリビングから小走りで出迎えた。

「あれ? 肆輪さん?」

 由布子が一緒だったことに空子は首を傾げた。

「姉キに相談したい事があるんだと」

 おじゃやまします、と小さく呟いて玄関を上がった由布子の横で天道が説明した。

「相談って?」

 そのままリビングに招いた空子は由布子に聞いた。

「えーっと……」

 と、言いかけて由布子はリビングのソファに座る紗理奈を発見した。

「ここだと……」

 由布子は言葉を濁した。

「なら、私の部屋、行こうか?」

 それを敏感に察した空子は、提案した。

「はい」

 階段を上った空子に由布子はついて行った。

 空子の部屋は二階の奥、天道の部屋の隣にあった。

「座って」

 クロゼットからクッションを取り出した空子はそれをフローリングの床に引くと由布子に座るように即した。それに従って由布子が着席した。

「それで 相談ってなに?」

 自分もクッションに座ってから、空子は聞いた。

「あたし、グラビアアイドルになりたいんです」

 由布子は真剣な目で空子を見詰めながら言った。

「どうすればなれますか?」

「えっ?」

 その言葉に空子は驚きの声を上げた。

「それって……」

 でも、直ぐにそれが澄生の為だと悟った。

「そっか……気付いちゃったか……」

 空子は困ったような笑みを浮かべた。澄生が紗理奈が好きな事は空子も気付いていた。紗理奈といる時の澄生の態度は、明らかに他の女子とは違っていたからだ。

「でも、銀矢君が紗理奈を好きなのは、グラビアアイドルだからじゃないと思うよ?」

 それから諭すように言った。

「それでも」

 由布子だってそんなことぐらいはわかっていた。

「ライバルとは対等でいたいんです」

「うーん」

 由布子の必死の訴えかけに、空子は腕を組んで唸った。由布子はハッキリ言って美人だ。スタイルだって、申し分ない。

「簡単な世界じゃ無いよ?」

 はっきり言えば厳しい。お客様クライアントの要求は無茶なことも多いし、ラインバル同士の蹴落とし合いも激しい。

「わかってます。それでもなりたいんです」

 由布子は頭を下げた。

「わかったわ」

 その熱意に空子は腹をくくった。

「今度、事務所の社長に紹介してあげる」

「本当!?」

「でも、わたしが出来るのはそこまでだから」

 喜ぶ由布子に空子は釘を刺した。

「そこから先は肆輪さん次第だからね」

「はい!」

 空子の言葉に由布子は力強く頷いた。


 その頃、リビングでは、

海王ネプチューン?」

 缶ビールをあおりながら紗理奈は聞き返した。

「うん」

「噂だけなら、聞いた事があるぞ」

 頷く天道に、紗理奈は答えた。

「だが、あまり良い噂では無いぞ?」

 缶ビールをテーブルに置いてから、紗理奈は眉をひそめた。

「海運会社の坊々ボンボンって話だが、最速屋ケレリタスのクセに走り屋ストリートファイターしか狙わないらしい」

 その話に天道は顔を顰めた。最速屋ケレリタス走り屋ストリートファイターとの対戦バトルは別に珍しくないが、走り屋ストリートファイターしか狙わないとなると話は別だ。

「それも格下しか狙わないらしい」

「確実に勝てる相手しか狙わないのか……」

 天道は呆れたように吐き捨てた。

「とんだ、ゲス野郎だな」

「もしかして、対戦バトルするのか?」

「場合によっては……」

 天道は言葉を濁した。これ以上しゃべるのとあかりの事まで言ってしまいそうな気がしたからだ。

「だったら、気をつける事だ」

 紗理奈は師匠として弟子に警告した。

「勝てないとわかると、どんな汚い手を使ってでも勝とうとするらしいからな」

「了解」

 その言葉を天道は肝に銘じた。


 文化祭二日目の御厨高校。

 三年七組では開店の準備が始まっていた。

 そのさなか、天道、霞、澄生、由布子の四人は厨房の隅に集まって相談していた。

「知り合いに聞いてみたけど、かなりのゲス野郎らしいぞ」

 澄生がまず自分が仕入れた情報を開示した。

「女癖が悪くて、追っかけグルービーを中心に手当たり次第に食いまくってるしい」

 それを聞いただけで天道は胸くそが悪くなった。

「しかも、自分の気に入ったは、かなり強引な手を使ってでも手にれてるらしい」

 澄生も同様のようで珍しく眉をつり上げている。

「西高の友達に聞いてみたんだけどさ」

 続いて由布子が報告する。西高とはあかりが通う私立御厨西高校のことだ。

「夏休みまでは普通の優等生だったのに、夏休み明けたらギャル風に変貌してたんだって」

 由布子の言葉に天道は顔を顰めた。

「真面目な優等生が二学期デビューしたって、学校中大騒ぎになったらしいよ」

「夏休み中になにかあったのか……」

 天道は神妙な表示で呟いた。

「あれから、連絡は?」

「ない」

 澄生の問いに天道は簡潔に答えた。

「じゃあ、とりあえずは高山からの連絡待ちだな」

「だな」

「じゃあ、あたし達は着替えよう、かすみん」

「う……ん」

 そして、四人はそれぞれの持ち場に散っていった。


 午前九時半が過ぎ、文化祭二日目がスタートした。

 三年七組のメイド喫茶はそのキュートな衣装と可愛いがいると評判になり、そこそこ繁盛していた。

 特に昼時は忙しく、由布子や霞、澄生がフル回転で接客に回っていた。

 それは厨房も同じで、天道は既に秋だというのに汗だくになって注文オーダーをこなしていた。

「ふーっ」

 午後一時を回って、やっと店内が一段落した。

「タカ?」

 と、今日も執事服姿の澄生が幕を開けて、顔を出す。

「まだ、司馬と一緒に回ってないだろう?」

「ずっと忙しかったからな」

「なら、行ってこいよ」

 澄生は言ってから、首を店内に戻して由布子に聞いた。

「いいよな?」

「いいよ」

 その問いに由布子は軽く答えた。それから霞の方を向くと、

「休憩あげるから、蓮實と一緒に回っておいで」

 と、言った。

「う……ん」

 霞はコクッと頷いたが、その表情はどこか嬉しそうだった。

 霞が制服に着替えるのを待って、二人は教室を出た。天道はTシャツの上にブレザーを着ている。

「どこから回るか?」

「どこで……も」

「じゃあ、腹減ってるから外の模擬店でなんか買って食うか?」

「う……ん」

 二人は校舎を出ると模擬店の並ぶ校庭へと出た。

「なに買うかな」

 とりあえず一通り見て回る。

「焼きそばは勘弁だな」

 海の家でのバイトを思い出し、天道は苦笑いした。

「なにか食べたいもの、あるか?」

「じゃ……あ」

 天道の言葉に、霞は一軒の模擬店を指さした。

 そこはたこ焼き屋だった。

「ふんじゃ、それにするか」

 二人はたこ焼きの模擬店に向かった。

「たこ焼き二人分」

「喜んで!」

 何故、居酒屋風なんだ、と心の中で冷や汗笑いしながら、天道は商品を受け取った。

「あっ……お……金」

「ここは俺が払うよ」

「ありがとう、タカ……君」

 熱々のたこ焼きを息で冷ましながら、臨時に用意された椅子に座ってたこ焼きを頬張った。

「へぇー、素人にしちゃ、なかなか上手いな」

 皮はサクサク、中はジューシーなたこ焼きを食べて、天道は感心した。

「うん、美味し……い」

 霞も口の中でたこ焼きをホクホクさせながら、味を楽しんだ。

 腹ごしらえも終わって、天道と霞は校舎へ戻った。

「どこ、行こうか……」

 そう口では言ったが、天道はどこか上の空だった。なので、どの教室でどんな展示がされてるかロクに見ずになんとなく廊下をブラブラしていた。

「…………」

 いつもは引っ張ってくれる天道がそんな調子なので、霞は心配になった。

 理由は大体予想がついていた。だから迷った。

 でも、意を決して聞いてみる事にした。

「元カノさんの事、気にな……る?」

「!?」

 その言葉に天道はハッとなった。

「悪ぃ」

 それから珍しく素直に謝る。だが、これは天道が悪い。彼女といるのに他ののことを考えていたのだから。

「今はカスミといるのに……」

「うう……ん」

 けれども霞は首を横に振った。

「心配だよ……ね」

 それから理解を示す。付き合い始めて五ヶ月。霞は知っていた。天道は口では個人主義だと言っているが、本当は困った人を放っておけないお節介屋さんなのだ。

「相手が相当みたいだからな……」

 天道は懸念を示した。

「よかったら、わたしがなんとかしてあげよう……か?」

「えっ?」

 霞は提案したが、天道はその意味がわからなかった。

「なんとかって……」

「その彼氏が元カノさんにすればいいんでし……ょ?」

「そうだけど……」

 そんな事が出来るのか、と考え、天道は出来るのかも知れないと思った。霞は今でも司馬ホールディングスのご令嬢なのだ。

「いや……ここは俺がなんとかする」

 せっかくの提案だったが、天道はそれを断った。今カノに元カノの事をなんとかしてもらうのはなにか違うと思ったからだ。

「そ……う」

 霞はちょっと残念そうに応えた。

「それより、今は二人の時間を楽しもうぜ」

「う……ん」

 意識して威勢良く言った天道に、霞はコクッと頷いた。


 二日間の日程を終え、御厨高校の文化祭は無事終了した。

 今は後夜祭が行われており、校庭の真ん中に設置されたキャンプファイヤーの周りを生徒達が想い想いの相手とフォークダンスを踊っていた。

 天道と霞と澄生と由布子は、校庭の隅に集まっていた。

「連絡、来た?」

 由布子の問いかけに天道は首を横に振った。

「まだ来ない」

「こっちからもう一度掛けて見たらどうだ?」

「うーん……」

 澄生の提案に天道は躊躇した。まただったら、気まずい。

”ブルブルブル!”

 その時、天道の携帯電話ガラケーが震えた。急いでポケットから取り出すと、小さな液晶画面にあかりからの着信が表示されていた。

 直ぐに携帯電話ガラケーを開いて通話ボタンを押す。

「アカリ?」

『うん』

「今、どこにいる? 一人か?」

 天道はまず最初にそれを確認した。

『うん、一人だよ。自分の部屋』

「そっか……」

 天道はホッとした。

「昨日、帰り際に言ったのはなんだったんだ?」

 それから本題を切り出す。

「何か困った事でもあったのか?」

『今、蓮實君はどこにいるの?』

「まだ学校」

『周りに誰かいる?』

「澄生と肆輪がいるぞ」

 しばらくの沈黙。

『電話だと話せない』

 その声に憂いが混じっていた。

『他の人には聞かれたくないから』

「なら、会おう」

 天道は即決した。

「明日の夕方、場所は……」

『駅前喫茶店でいい?』

「ロマンか、オーケー、わかった」

『それじゃあ、明日』

 それで通話は終わった。

「なんだって?」

「今は話せないから、明日、直接会う事になった」

 澄生の問いに、天道は簡潔に答えた。

「あたし達もついてって良い?」

 由布子が心配そうに聞いた。

「いや……他の人には聞かれたくないって言ってた」

「そっか……」

 その言葉に由布子は思案した。

「なら、他の席からこっそり様子を伺うっていうのは?」

「バレたら面倒だな」

 由布子の提案に天道は難色を示した。

「でも、気になるようね?」

 なので由布子は霞を巻き込む事にした。

「う……ん」

 霞はコクッと頷いた。

 それを見た天道は、髪をかきむしった。それから由布子に、

「絶対、バレるなよ?」

 と、念を押した。

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