海王《ネプチューン》編

プロローグ 海王《ネプチューン》

 いくつものエキゾーストノートが、闇夜に響いていた。

 それは、4B11MIVECの排気音サウンドだったり、EJ20の排気音サウンドだったり、FA20の排気音サウンドだったり、RE13Bの排気音サウンドだったりした。

 ここ箱根には週末という事もあって、大勢の走り屋ストリートファイターが集まっていた。

 東山ひがしやま洋志ひろしもその中の一人だった。

 東京への出向も終わり、こうして自分の主戦場ホームへ帰ってきたのだ。

 九月も中旬の事だ。

「やっぱり主戦場ホームはいいな」

 箱根湯本から芦ノ湖までを既に三往復して、洋志は改めて主戦場ホームのありがたみを実感していた。

 首都高速での対戦バトルはそれはそれでいろいろ収穫もあったし、いい経験になったと思っている。

 だからこそ、感じるのだ。主戦場ホームはいいと。

 知ったコースで、新しく得た事を試す。前の走りがわかってるから、変化にも気づける。自分の成長を実感できるのだ。

 箱根湯本で一息ついてから、洋志は再び、愛車、マツダ・RX-7で国道を上り始めた。

 コースのあちらこちらに走り屋ストリートファイターが走っている。なので、平日のようにコース幅を目一杯使ってのコーナリングは出来ないが、それで充分、走りを楽しむ事が出来た。

 しばらく走っていると後ろからパッシングを受けた。

「正気か?」

 混雑している週末では、対戦バトルはしないとういのが、走り屋ストリートファイターでの暗黙のルールになっていた。

「どこの初心者素人だ?」

 ルームミラーで車種を確認する。

「!?」

 洋志は息を飲んだ。

 エアダクトやエアロパーツを廃したサイドライン。ウイングのないリア。低いフロントのエアインテークには、三叉の銛トライデントのエンブレム。

 それは紛れもなくマセラティ・MC20だった。

「なんで最速屋ケレリタスが、国道ここで……」

 箱根では走り屋ストリートファイター最速屋ケレリタスは、はっきりと区分けが出来ている。走り屋ストリートファイターなら国道、最速屋ケレリタスなら芦ノ湖スカイウェイといった具合だ。

 なので、これは明らかにだった。

 それにも関わらずMC20は、どけ、とばかりにしつこくパッシングしてくる。

 洋志はルームミラーに目を凝らした。ドライバズシートの他にサイドシートにも人影かがある。どうやら女連れらしい。

 隣の彼女にいいところを見せたくてイキっている。洋志はそう判断した。

 彼女にいない歴=年齢の洋志は、カッとなった。

「なら、乗ってやるよ!」

 短くハーザードを点灯させる。それで対戦バトルが始まった。

 曲がりくねった国道を、二台はテールトゥノーズで疾走した。

馬力パワーはあっちの方が上か……」

 だが、コーナーはこっちの方が上だとも洋志は思った。

 いつ対向車が来るかわからないので、基本的に片側車線のみを走っている。なので、コース幅を一杯に使った時に比べて同じコーナーでもRがキツくなる。

 そこをRX-7はドリフトで駆け抜けていった。対してMC20は、グリップ走行でクリアしている。

「これなら勝てる」

 洋志は確信した。コーナーばかり国道では馬力パワー差に任せて直線で抜く、という事がほぼ出来ないからだ。

 大平谷のヘアピンをドリフトで駆け抜け、続く右の低速コーナーも洋志はドリフト状態で突入する。

 すると、MC20はアウトから反対車線――インへとアプローチしてきた。

「なに!?」

 不意を突かれた洋志はどうする事も出来ず、左車線をアウト・アウト・アウトのラインでクリアする。

 それに対してMC20は理想的なアウト・イン・アウトで、コーナーを抜けた。

 立ち上がりでMC20が前に出る。

「無茶しやがる」

 洋志はMC20の無謀さに呆れながら、直ぐにテールへとついた。

 さっきとは逆に順位で、二台はテールトゥノーズになって連続する中速コーナーを走って行く。

「そっちがその気なら……」

 洋志は対向車のに気を遣いながら、反対車線へ飛び出しMC20を抜こうとした。

 だが、MC20はそれに素早く反応してブロックしてくる。

「あぶっ……!」

 半ば強引に前を塞がれて、洋志はアクセルを緩めてなんとか回避した。

「なんてことしやがるだ!」

 洋志は怒りにまかせて叫んだ。

 普通、追い抜きを掛けられた場合、相手がノーズを突っ込めばそこでラインを譲るのが暗黙のルールになっていた。これは競争屋レーサーでも最速屋ケレリタスでも走り屋ストリートファイターでも同じだ。

 だが、MC20はそれを無視してのだ。

 冷静さを欠いた洋志は、なんとしてもMC20の前に出るんだと思った。

 狙い目は宮ノ下の交差点。左の直角コーナーだ。

 MC20がブレーキランプを点灯させた。そのタイミングで洋志は反対車線へと飛び出した。

 ブレーキング競争でMC20の前に出る。そこからドリフトへと持ち込んだ。

 RX-7は、アウトからMC20に被せるようにインへとアプローチする。

「勝った!」

 洋志ははっきりと感じた。このまま立ち上がれば前に出られる、そう思った時、

”ドスッ!”

 鈍い音がしてRX-7の車体がアウトへと吹っ飛んだ。

「!?」

 とっさにカウンターを当てる。それでも横滑りは止まらず、RX-7は直進方向の道路へと飛び出す。このままでは旅館の入り口にぶつかってしまう。

「ちっ!」

 慌てた洋志は、サイドブレーキを引いて車体をスピンさせた。

 その横をMC20が意気揚々とコーナーを駆け抜けていく。

「ふーっ……」

 なんとかRX-7を止めた洋志は、深く息をついた。それから急いで車を降りると車の左側に回り、ドアを見た。

 案の定、そこには接触の痕があった。

 MC20はドリフト状態のRX-7のサイドにぶつけてきたのだ。

「なんてことしやがるだ!」

 洋志は憤慨した。

 そこで洋志は、チームメンバーから聞いた話を思い出した。

 曰く、最近、走り屋ストリートファイター目標ターゲットにして、ラフプレイを仕掛けてくる最速屋ケレリタスがいると。

「通り名は確か、海王ネプチューン……」

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