1.レーシングスポーツ《RS》7

「♪~ずいずいずっころばしごまみそず……い」

「♪~茶壺にトッピンシャン抜けたらドンドコショ」

 手の平を握って作られたに歌に合わせて指が出たり入ったりしていく。

「♪~たわらのねずみがこめくってちゅ……う」

「♪~チューチューチュー」

 司馬しばかすみは、片手だけ茶壺を作り、もう片方の手は人差し指を立てて茶壺を出入りしていた。

「♪~おとさんがよんでもおかさんがよんでもいきっこなしよ」

 それに対して遠山とうやま姫子ひめこは、両手で茶壺を作り、霞と合わせて楽しそうに歌を歌っている。

「♪~井戸の周りでお茶碗欠いたの……誰」

 歌が終わり、指は霞の茶壺で止まった。

「ひめのかち!」

「お姉ちゃん、また負けちゃっ……た」

 大喜びの姫子に対して霞は困ったような笑みを浮かべた。

 そんな様子を、ソファーに背中をもたれかけた蓮實はすみ天道たかみちは、ほこりと眺めていた。

 ところはSolarWindソーラウインドの事務所建屋の応接スペース。

 天道の愛車、ロータス・エキシージCUP260の半年点検に、霞もついてきたのだ。

 姫子とまた遊びたい、という理由で。

「ヒメ?」

 と、そこへ遠山とうやま拓美たくみが顔を出した。

「そろそろお昼ご飯だから、お家に戻ろうか」

「もう、そんな時間か……」

 言われて天道は時計を見た。確かに既に十二時を回っている。

「俺達も飯にするか」

 点検は一日かかると最初から言われていたので、天道と霞は自分で昼ご飯を用意していた。行きにコンビニで買ったのだ。

「ほら、ヒメ、おいで」

「いやー!」

 拓美は即したが、姫子は首を横に振ってイヤイヤをした。

「ひめも、かすみちゃんといっしょにごはんたべる!」

「困ったな……」

「わたしは別に構いませんけ……ど?」

 苦笑いする拓美に霞が言った。

「じゃあ、ちょっとママに聞いてくるよ」

 そう言い残して拓美は事務所を出て行った。

 待つ事、数分。

「おまたせ」

 ラップのかかった皿を持って、拓美が戻ってきた。

「ママ、一緒に食べて良いって」

「やたー!」

 大喜びの姫子にソファーに座るように言ってから、ローテーブルに皿を置いた。皿にのっていたのは、オムライスだった。

「美味しそ……う」

「俺達も食べるか」

 ケチャップで、『SolarWind』と書かれたオムライスを羨望の眼差しで見る霞に、天道は言った。

「う……ん」

 おもむろに霞はコンビニ袋から弁当を取り出した。弁当はおにぎりにおかずのついたおにぎりランチでだった。一緒に買ったお茶も取り出す。

 天道も自分のコンビニ袋からサンドイッチとペットボトルのコーヒーを取り出す。

「じゃあ、いただきま……す」

「いただきます!」

 霞と姫子はすると、箸とスプーンを伸ばした。

 それに癒やしを感じながら、天道もサンドイッチの包装を破いた。

「首都高では大暴れだったみたいだね」

 互いのおかずを美味しそうだと言い合う霞と姫子を微笑ましく眺めながら、拓美が天道に聞いた。

「ちまたじゃ、噂にになってるよ」

 いつもの人懐っこい笑顔を浮かべながら、拓美は言った。

白翼の天使ホワイトエンジェルが復活したって」

「えっ?」

 その言葉に、天道は首を傾げた。

「そんなに派手に対戦バトルしてないんだけどなー」

 首都高では実質三人としか対戦バトルしていない。しかもその三人とも自分がコーナーの魔法使いウイザードだと知っていた。

 たまたま対戦バトルを目撃した者がいて、そこから尾ひれがついたのだろうか?

 そんな事を考えながら、天道はサンドイッチを頬張った。


 コツコツと黒板をチョークが叩く音が教室内に響き割っていた。

「メイド喫茶」

 肆輪よつわ由布子ゆうこが読み上げた声に銀矢かねや澄生すみおが黒板に正の字を書き込んでいく。

「お化け屋敷」

”コツコツ”

「メイド喫茶」

”コツコツ”

「演劇」

”コツコツ”

「メイド喫茶」

”コツコツ”

「メイド喫茶……これで最後だよ」

”コツコツ”

「決まりだな」

 澄生はチョークを置くと手のひら同士を叩いて白い粉を落とした。

「と言うわけで、文化祭の三年七組の出し物は、メイド喫茶に決まりました」

 澄生の声に男子生徒から一斉に拍手が起こる。逆に女子からは、えーっと不満の声が上がった。

「しょーがないだろう? 投票で決まったんだから」

「なんか、作為的なものを感じるんだけど?」

 一人の女子生徒が異議を申し立てる。実際、事前に男子が共謀してメイド喫茶に投票するように結託したのだが、澄生はその事には触れなかった。

「なら、男子は執事服で接客するっていうのはどう?」

 そこへ由布子が助け船を出した。

「銀矢の執事姿とか見てみたくない?」

「おい!」

 だが、当の本人にしてみれば、意外な方向から飛んできた鉄砲玉だった。

「見たーい!」

 女子が一斉に歓喜の声を上げる。

「しゃーねぇな」

 言いながら澄生は席に座る他の男子に目配りした。みんな仕方ないと瞳で頷いていた。

「じゃあ、その条件で決定ね」

 由布子の声に特に異論は出なかった。

 そんなやりとりを天道は教室の隅で、聞き流していた。自分はどうせ厨房裏方だろうと高をくくっていたからだ。

 なので、由布子が目を輝かせて天道を見ていたのには気付かなかった。


 十月に入り、御厨高校文化祭まであと一週間ちょっととなった。

 放課後の校内も騒がしくなり、あっちこっちの教室でトンカチを叩く音や生徒の指示が飛んでいる。

 天道もその中の一人だった。

 今日はバイトが休みなので、メイド喫茶作りの手伝いをしていたのだ。今は調理班でメニューの作り方手順書マニュアルを作成していた。

 そこへ、

「蓮實、お客さん!」

 由布子が声をかけた。天道が顔を上げると、教室の入り口に、由布子と見慣れない男子生徒の姿が目に入った。

「誰だ?」

「ゲーム部の人だって」

「ゲーム部?」

 怪訝そうな顔で近づいた天道に、男子生徒は人の良さそうな笑顔で声をかけた。

「蓮實君ですな?」

「そうだけど?」

 それでもなお警戒心を解かなかった天道だが、男子生徒はそれを気にする様子も無く気軽に話を続けた。

「うちの部長が、協力して欲しいことがあるので部室まで来て欲しいとのことです」

「ハッ?」

 それは天道にとっては寝耳に水だった。

「ゲーム部が俺に何の用だ?」

「それは来てのお楽しみです」

 男子生徒は笑みを崩さず、ウインクまでしてみせる。それが胡散臭くて天道はますます怪訝そうな顔をした。

「俺、今、忙しいんだけど?」

 とりあえず、牽制してみる。

「そこをなんとか」

 だが、男子生徒は拝むような仕草でお願いしてきた。

「行ってやれよ」

 と、それまで事の成り行きを静観していた澄生が割って入る。

「こっちなら、大丈夫だから」

(余計な事言いやがって)

 天道は心の中で詰った。これでは外堀が埋められてしまう。

「なにとぞ」

 男子生徒は期待と不安が入り交じった瞳で、天道を見詰めてくる。

「わーったよ」

 頭を振った天道は、諦めたように吐き捨てた。

「ちょっと外れる」

 それから調理班のメンバーに断ってから、喜びの笑みを浮かべる男子生徒に先導されて教室を出た。

 御厨高校名物の長い廊下を端まで歩いて、階段で一階まで降りると校舎を出る。そして、部活棟へと向かった。

「部長、蓮實君を連れてきました」

 男子生徒に続いてゲーム部の部室に入る。

「!?」

 中へ入ると天道は目を見張った。

 狭い部室のど真ん中には、大型液晶とバケットシート、それにハンドルコントローラーにペダルが設置されていたからだ。

「やぁー、来たね」

 そんな天道をゲーム部の部長、生沢いくさわは笑顔で出迎えた。

「これは?」

レーシングスポーツRS7用の筐体だよ」

 レーシングスポーツRS7。それは有名なドライビングゲームで、実際の運転を極限までに再現するシミュレーターだ。

 最大の特徴は、家庭用コンシューマーゲーム機だけでなく、PC用も販売リリースされてることで、そのおかげで有志によるMODが豊富にあり、本来、ゲームにはない機能も追加できる。

 今回も、対戦バトルの様子をリアルタイムで実況する機能、コースタイムをランキング表示する機能などが追加されていた。

「PC部の協力を得て実現したんだ」

 生沢は胸を張った。

「凄いだろう」

「はぁ……」

 しかし、ゲームにもPCにも疎い天道は生返事しか出来なかった。

「でっ? なんで俺が呼ばれたんだ?」

 わからない事は棚に上げて、天道は本題に入った。

「君が最速屋ケレリタスだと聞いてね」

 シートに招き入れるように腕を広げて生沢は言った。

「試乗をして欲しいんだ」

「試乗?」

「実際の運転にどこまで近いか確かめて欲しいんだ」

 そう言う話なら是非もない。

「オーケー」

 頷いた天道は、早速シートに座る。

「スライドも出来るんだな」

 シート位置を調整してペダルを合わせる。ペダルはアクセル、ブレーキ、それにクラッチペダルまでついていた。シフトレバーはハンドルの横に小さなH型とステアリングにT型のパドルシフトがついている。

「これ、どっちでも使えるのか?」

「マニュアルを選べば、あとは車種によってゲームが自動で判断してくれるよ」

 と言う事は、車も選べる事になる。

「ステアリングのスタートボタンを押して」

 生沢に言われた通り、天道はスタートボタンを押した。すると、オートマかマニュアル化の選択画面が表示された。

「ステアリングを左右に動かせば、選択を変えられるから」

 天道は迷わず、マニュアルを選んだ。次に、自動車会社メーカー名がエンブレムと共に表示される。ステアリングを右に動かしお目当ての自動車会社メーカーを探す。

「あった」

 自動車会社メーカーはもちろんロータス。続いて車種選択画面になる。

「あっ……ロータス・ヨーロッパがある」

 ロータス乗りなら一度は憧れる車に、天道は一瞬、選びそうになった。

「おっと、じゃねぇーよな」

 だが、直ぐに邪念を頭から蹴り出すと、エキシージを選択した。

「色も選べるのか……」

 次に画面で色を選択。これは白を選ぶ。最後にアンチロックブレーキトラクションコントロールのオンオフの画面になった。天道はもちろん両方ともオフを選んだ。

 短いローディングの後、表示されたのは見慣れた箱根料金所だった。

コースは芦ノ湖スカイウェイなのか」

 画面右上には芦ノ湖スカイウェイのが表示されていた。

「これも我が部のオリジナル」

 生沢は胸を張った。

「実際にコースを走って集めた画像と全地球測位システムGPSデーターを組み合わせた自信作だよ」

 その言葉通り、一件、いつも走っている芦ノ湖スカイウェイと見分けがつかない。

「ほーっ」

 天道は感心した。そして、俄然やる気が出てきた。

 画面に大きく数字が出てカウントダウンが始まった。

 天道はクラッチを切って、アクセルを吹かす。

 STARTの文字で、天道はクラッチをミートした。同時にアクセル調整してホイルスピンを押さえる。

 絶妙のスタート。

 加速しながら最初のコーナーへと突入する。

”パンッ!”

 ここ、というポイントで天道はブレーキペダルを音がするぐらい強く叩き踏んだ。

「ヒッ!」

 それを聞いた生沢の顔が引きつる。

 ロック寸前でブレーキを抜き、シフトはそのままでステアリングを右に送って、最初の115Rへと突入する。

 オーバースピード気味に突っ込んだエキシージのフロントはアウトへと流れ、うまく旋回ターンインしない。天道はアクセルをゆっくり開けてリアを滑らせる。

 結果、エキシージはコーナーを横に滑るようにクリアしていく。

「ドリフトだ!」

 それを実況画面で見ていたゲーム部の部員達がおーっと響めいた。

 天道もまた、コーナーリングに再現性に感心していた。見ている分には実際に乗っているのと変わらない。

 続く110R、30R、110R、65Rと次々にドリフトを決めながら、天道はコーナー駆け抜けていく。そのたびに部員達の喚声が上がった。

 40Rをクリアして直線に入る。画面の景色が急速に後ろへと流れていく。天道にとってそれは不思議な感覚だった。

 直線が終わり、やぎさんコーナーへと入る。いつも通りフェイントモーションで続く30Rまでを滑りっぱなしでクリアする。

 実況画面に映るエキシージの動きに、部員達がまたもや喚声を上げた。

 だが……、

「ちっ!」

 天道は舌打ちをした。ラインがもずれたからだ。

 山伏峠の80Rと短い直線を挟んだ100Rもドリフトで駆け抜ける。その先の杓子峠の30Rヘアピンでもドリフトを決め、中速コーナー区間に入る。ここでもエキシージをドリフト状態に持ち込み、滑りっぱなしで走り抜けていくが、天道は片眉を跳ね上げ、顔を顰めた。

 いつものようにベストラインに乗せられない。

 コーナーをクリアする時に感じる違和感。それは低速コーナ区間に入ってますます大きくなった。

 その正体にようやく気付いた時には、天道はゴールの湖尻峠に着いていた。

「乗りずれー!」

 筐体を降りた天道は開口一番、吐き捨てた。

「なっ……?」

 それまで自信満々だった生沢が、絶句した。

「どこら辺が?」

 代わりに、天道を連れてきた部員が理由を聞く。

「画面はリアルだし、車の動きもエキシージそのものなんだけどさ」

 そこで天道は一拍をいた。

「Gが感じられない」

加重?」

 その言葉に生沢が聞いた。

「そう」

 天道は頷いた。

「コーナリング中の横Gとか加速や減速時の縦Gとかが感じられないから、車の動きが今イチわからん」

 加重は車を運転する上で重要な要素だ。車のどこにGが掛かっているかで、次に車がどう動くかを判断できる。

 特に天道は普段、千分の数秒単位でGを感じ取り速さに繋げているので、Gを感じないゲーム筐体では違和感が半端ないのだ。

「うむ……」

 天道の意見に生沢は考え込んでしまった。

「この筐体でGを再現するのは、ちょっと不可能だな……」

 もっと大がかりなシミュレーターでは、筐体自身を前後左右に動かす事でGを再現する事が可能だ。だが、さすがに高校の部活レベルでそこまでの筐体は用意できない。

「今、どこにGが掛かっているかを表示するMODがあったから、それで代用するか……」

 独り語ちる生沢に天道は言った。

「俺はもう帰って良いのかな?」

「ああっ……済まない」

 それで生沢は我に返った。

「本番ではもう一台筐体を用意して対戦バトルできるようにするから、良ければ遊びに来てくれ」

「おうっ!」

 それだったら今度は霞も連れて対戦バトルしにくるか、などと考えながら天道は部室を後にした。


 天道が教室に戻ると、開口一番、由布子が叫んだ。

「確保!」

 その声に女子達が一斉に天道に取りつく。

「!?」

 なにが起こったのかわからず、天道は反応が出来なかった。それを良い事に女子達は天道を押し倒すとブレザーのボタンを外しに掛かった。

「ちょっ……!」

 あっさりブレザーを脱がされた天道に、続けてワイシャツのボタンとズボンのベルトに手を掛ける。

 ようするに女子全員で天道を脱がしに掛かっているのだ。

「おい! やめろ!」

 天道は抵抗しようとしたが、女子相手に本気で力は出せない。

「ズボンを脱がすな!」

 さらに下手に変なところを触ってしまったら、セクハラだと言われかねないので、言葉で抵抗するしか無かった。

「タカ……君」

 そんな様子を霞はオロオロと見ているしか無かった。横では澄生が苦笑いしている。

「だから、なにを着せてるんだ!」

「いいから、いいから」

 楽しそうな女子達はTシャツとボクサーパンツ姿になった天道に、ワンピースとエプロンを着せていく。

 ニーソをはかせ、頭にカチューシャを被せれば完成だ。

 着替えを終わらせや女子の群れが一斉に離れる。メイド衣服姿の天道が露わになった。

(ゲッ……可愛い)

 その姿に澄生は顔を引きつらせた。

「タカ君、可愛……い」

 霞はすかさず携帯電話スマホを取り出すと、写真を撮り始めた。

「蓮實、美人」

「可愛い」

 周りに群がる女子も同じように携帯電話iphoneで写真を撮る。

「てめーらっ!」

 その場であぐらを掻いた天道がそんな女子達をギィッと睨んだ。

「これはどういうことだよ!?」

 それから主犯格の由布子に向かって吠えた。

「メイド服ができたから、試着させてみただけだよ」

 だが、怒りの天道にも由布子はしれっと応えた。

「そんなの自分で試せばいいだろう!?」

「試してるよ?」

「えっ?」

 その時になって初めて、天道は由布子も同じメイド服を来ている事に気付いた。周りを見ると霞もやはりメイド服姿で、澄生に至っては執事服を着ている。

 由布子達が着ているのはいわゆるミニスカメイド服で、ニーソとの組み合わせでできる絶対領域が眩しい。

 澄生が着ているのはブレザーの裾が長い執事服で、長身の澄生によく似合っている。

「なんか胸元がスカスカす……る」

「そぉ? あたしはちょっとキツいんだけど」

「平均サイズで作ったから、多少合わないのは我慢して」

 メイド服作成班の女子が言った。本番では七着作ったメイド服を女子で着回すように事になっていた。さすがに文化祭レベルでの予算では、女子全員分のメイド服は用意できない。

「どうよ? あたし達のメイド服姿?」

 霞を前面に押し出して、由布子は聞いた。

「……いいんじゃね」

 天道は視線を照れくさそうに視線をそらすと、投げるように答えた。

「でっ? なんで俺にも着せたんだ?」

「いやぁ、本番でその格好で接客するのはどうかなぁ、と思って」

「冗談じゃねぇーぞ!」

 薄笑いを浮かべた由布子の提案を天道は一蹴した。

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