6 個人授業《プライベートレッスン》

 ――悔しい…………!

 ――悔しい……!

 ――悔しい!

 ――悔しい!!

 心の底から沸き上がる怒りで身を震わせながら、霞は早朝というにもまだ早い時間の芦ノ湖スカイウェイへと入った。

 こうして車を運転すると、屋上での出来事が鮮明に蘇ってくる。

(勝手に関わっておい……て!)

 ヘタクソだとか、自分も巻き込まれる可能性があったとか。

(余計なお世……話!)

 それなら初めから関わらなければいいのだ。

 以前は、車の乗ると考えるのは自分の存在を消すことだけだった。だが、今は天道を倒すことだけしか浮かんでこない。

 しかし、意気込みとは裏腹にいっこうに速さを手にすることは出来なかった。

 最初は怖いの我慢してブレーキを遅らせればいいと思った。だが、そうするとフロントが流れてターンインすることさえままならなくなる。

 曲がりきれずそのまままっすぐガードレールに突き刺さりそうになり、焦ってブレーキを踏み続けたことも一度や二度ではない。

 それは、ほんの少し前まで自分が望んでいたことだったはずなのに。

 なので、今度は立ち上がりでリアが左右に流れるのを押さえ込もうとした。天道に抜かれたのも立ち上がりだったことを思い出したからだ。

 が、流れに反応してステアリングを素早く逆に切ってもすぐに逆に方向に流れてしまいうまく止めることは出来なかった。

(難し……い)

 一年近く458に乗ってきたが、運転がこんなに難しい感じたのはこれが初めてだった。

(ううん……違……う)

 けれども霞は直ぐにその考えを否定した。

(わたしは、今までちゃんと運転していなかったん……だ)

 自分を無に帰すことだけを考えて、運転と――車とちゃんと向き合うとしなかった。そんなことを考えもしなかった。

 霞は今、初めて自分の愛車、フェラーリ・458をもっとうまく走らせたい。もっと速く走らせてあげたい。そう思うようになった。

 だが、その方法がわからない。

 まだ免許を取る前、ラリーのサイドシートに乗っていた時、晶がどんな風に走っていたか思い出そうとしたが、あの頃の自分は無になることしか考えていなかった――このまま事故って死ぬこと期待していただけだったので思い出すことは出来なかった。

 唯一、参考に出来るのは、自分を抜き去った後の天道の走りだ。

 車が急にクイッと回転するように横を向いたと思うとそのまま横滑りでコーナーへとアプローチしていく。

「…………」

 その姿を思い出すと何故か頬が熱くなり、頭がボーッとなってくる。まるで美し名画を見た時のようにうっとりしてしてしまうのだ。

 そんな自分に気付いて霞は邪念を払うように頭を左右に振った。

「彼は……敵」


 そのままなんの進歩もなしで、箱根の料金所まで来る。

「えっ……?」

 そこで霞は眉を顰めた。

 道路の端に止まる白い車を発見したからだ。それは紛れもなく天道の車、ロータス・エキシージCUP260だった。

 何故、こんな朝早くにいるのか疑問に思いながら、霞は458を少し離れた場所に駐めた。天道が自分を待っていたような気がしたからだ。

「やっと来たか」

 案の定、エキシージの右ドアが開いて中から天道が出てきた。眠そうに大きく伸びをしてから、ゆっくりと自分の方へと歩き出した。

「どうし……て?」

 霞も458のドアを開けて外へと出た。

 と、天道は少し驚いたような顔で霞をジッと見詰めた。

「……?」

「あっ……いや……」

 霞が首を傾げると、天道は慌てたように明後日の方を向いて僅かに頬を赤くした。

「学校とは髪型違うんだな」

「…………?」

 それがヘアバンドで前髪を上げていることだと気付くのに、霞は数秒を要した。

「邪魔、だか……ら」

 それからどうでもいいような口調で答える。

「えーっと……なんだ……」

 と天道は、珍しく歯切れの悪い態度で再び霞を見た。

「少しは旨くなったかよ?」

 霞はムッとなった。関係ないと突っぱねようと思ったが、天道が当事者であることに気付いて寸前で口を紡ぐ。

 霞が次の言葉を探していると、天道は458を親指で指しながら言った。

「ちょっと乗せてくれねぇか」

「えっ……?」

 一瞬、何を言われているのか霞はわからなかった。

「隣で俺の走りを見せてやるよ」

 だが、すぐに天道の意図を理解すると驚きで目を開いた。

「どうし……て?」

 そして、また疑問を口にする。

「うーんとだな……」

 と、またもや、らしくない歯切れの悪さで天道は頬を掻いた。

「待ちくたびれた」

 それから唐突にそんな事を言った。

「アンタが旨くなるのを待っていたら、雪が降っちまいそうだからな」

 その言い草に霞はますます顔を険しくした。まだ夏も始まっていないのに、馬鹿にするにもほどがある。

 もちろん、断るつもりだった。しかし、それよりも早く天道は458に近づくと左ドアを開けて勝手にドライバーズシートに乗り込んでしまう。

「あっ……」

 止める余裕ヒマもない。

「マネッティーノモードは……スポーツ。シフトは……本当にAUTOかよっ」

 それから、いそいそと操作系を確認し始める。

 霞は呆気に捉えるしかなかった。今の自分との関係を考えれば正気の沙汰とは思えない。

「乗らねぇのか? 置いてくぞ」

 だが、そんな霞の心情などお構いなしで、天道は本当に一人で走り出しそうな勢いで言った。

「…………」

 仕方なく、霞は458の右ドアを開けてサイドシートに滑り込んだ。ムスッとした顔のままでシートベルトを装着する。

 こういう時、押しに弱く何も言えなくなってしまう自分を霞は情けなく思った。

(だから、お父様……は…………)

 必然的に思考が負に囚われそうになる。

「暗い顔してんじゃねぇよ」

 だが、それを天道の一言が断ち切った。

「俺を倒すんだろう?」

 その通りだった。今はまだ自分を無にすることは出来ない。何故か笑みを浮かべている天道をキッと睨んでから、霞は正面を見据えた。

 それを確認した天道は、コンソール下にあるパーキングブレーキを解除してアクセルペダルをじんわりと踏み込む。

 二人を乗せた458はゆっくりと発進スタートした。

 その速度のままで、天道は最初のコーナーへ進入した。感覚を確かめるように慎重にブレーキやステアリング、アクセルを操作してクリアする。続くコーナーでも同じ事を繰り返す。

「……」

 それを霞はジッと見詰めていた。敵である天道に運転を教わるなど、本当なら以ての外だ。だが、手詰まりだったのも事実なのだ。天道がどういうつもりで自分に運転を教える気になったのか本当の理由はわからないが、今はそれを好機チヤンスとして捉えようと思った。

 それに、天道のあの走りを間近で見られるのだ。そう思うと、自然と心が跳ねた。

「そろそろ、行くぜ……」

 40Rを抜けて登りの直線に出たところで、呟くように宣言してから天道はアクセルとグイッと踏み込んだ。

”ブォォォォォォォーーーーーーーン!”

 甲高いエキゾーストノートと共に回転計タコメーターの針が一気にレツドゾーン手前まで跳ね上がり、強力な加速Gと共に速度が上がろうとした。

 が、その瞬間、アクセルの開閉度とは無関係に回転計タコメーターの針が落ち、加速が鈍る。

「ちっ!」

 それを察知した天道は、すかさずアクセルペダルをほんの僅かだけ戻す。すると、再びアクセルに合わせて針が動き始め、加速も再開される。

 有り余るパワーは直進状態からの加速でも全てを路面に伝えることが出来ず、一瞬、トラクションコントロールTCSが動作したのだ。

 一応、気をつけて踏んだようだったが、エキシージの倍以上あるパワーに感覚が狂ったらしい。

「さすが578馬力ps

 天道は軽く口笛を吹いた。今の僅かな失敗ミスさえ楽しむような表情で。

 その間にも458は加速を続け直線を駆け上がる。その先には、やぎさんコーナーが迫る。

「…………」

 霞は息を潜めて天道に運転を目を凝らしていた。もうすぐ、だ。

 が……、

”キィィッ!”

 霞が思っていたよりもずっと早い位置で天道は右足でブレーキを叩き踏んだ。

(えっ……?)

 と、その疑問を見透かしたように天道は口を開いた。

「アンタはさぁ、突っ込み過ぎなんだよ」

 言いながら、アンチ・ロック・ブレーキABSが動作する寸前で右足の親指の力を抜く。

「だから、制御コントロール出来なくなっちまう」

 それから素早く右足をアクセルに戻すとステアリングをゆっくりと切る。コーナー手前で適切に減速された458は、フロントタイヤの切り角に合わせて綺麗にターンインしていく。

「重要なのは、常に車を自分の制御コントロール下に置くことだ」

 やはり親指を意識しながら、アクセルをじんわりと踏み込む。それに合わせて458は徐々に速度を上げながらコーナーを回っていく。その加速はノーズがコーナーの出口方向へ向くほどに高まっていき、完全に立ち上がった時に最大値マックスに達した。

 お手本のようなグリップ走行。

 それは期待していた走りとは違っていたが、それでも霞は驚かずにはいられなかった。

(速……い!)

 ブレーキングこそいつもの自分よりもかなり手前だったが、コーナリングや立ち上がりの速度は今の方が遥かに上だった。突っ込みの損失ロスを差し引いても、コーナーをクリアする時間タイムもこちらが上であることはすぐにわかった。

 それはまさに、コーナーの出口で制御を失った愛車を立て直す為の損失ロスが発生してないからに他ならない。

「アンタはその為の――車を制御コントロール下に置く為の約束事がまるでわかってない」

(・・・・・・わたしは、根本的に間違って・・・・・・た?)

 霞は愕然とした。

「例えば、ブレーキを踏みながらステアリングを切るなんていうは論外だ」

 言いながら、天道は再びブレーキを叩き踏んだ。その先には40Rの右コーナーが迫る。

「基本はブレーキを離してからステアリングを切る、だ」

 霞が注目すると、確かに天道はブレーキを離すと同時にステアリングを切っていた。

「そうしないと、フロントタイヤが簡単にロックして曲がらなくなっちまう」

 その通りだった。自分の欠点を的確に言い当てられて、霞は天道への怒りを忘れて素直に感心してしまった。

「ただし、離したらすぐにステアリングを切らないと荷重が逃げちまうから注意しろ」

「荷……重?」

 知らない言葉に、霞は無意識のうちに呟いていた。

「こーいうのだよ」

 それを聞いた天道は、80Rを抜けて短い直線に出たところで、思いっきりブレーキを踏んだ。

「!?」

 不意の出来事に、霞は前のめりになってシートから放り出されそうになった。3点式シートベルトが平らな胸とお腹に食い込んでそれを押さえ込だ。

「……!」

 即、抗議するような目で天道を睨む。

「今のがフロントに荷重がかかっている状態」

 だが、天道はそれを涼しい顔で受け流して言った。

「この時、ステアリングを切るのが一番曲がるんだよ」

 その理屈は何となく理解できた。それを教えるためには今の方法が一番わかりやすいことも。それでもいきなりやるのはやめて欲しいと霞は思った。

 天道は再び458を加速させた。グリップ走行で100Rを抜けて、30Rのヘアピンまで来る。

「それとアクセルワークも重要だ」

 流れるような動作でフットブレーキ、ステアリングホイールと操作してコーナーへとターンインする。

「例えば、立ち上がりでこんな風にスロットルを一気に開けると・・・・・・」

 フロントノーズがコーナーの出口へと向いたのを見計らって、天道はアクセルとグイッと踏み込んだ。

 途端にリアタイヤが空転ホイルスピンしてリアがアウトへと流れようとする。

「テールが流れて、制御下コントロールから外れちまう」

 だが、それも一瞬だった。すぐにトラクションコントロールTCSがアクセルとは無関係に路面に伝えるトルクを適切に調節して空転ホイルスピンを止める。同時に横滑り防止装置ESCが車体の乱れを最小限に押さえ込もうとする。

「もっとも、コイツの場合は車がなんとかしてくれちまうみたいだけどな」

 普通ならカウンターで立て直さなければたちまちスピンしてしまってもおかしくない状況だったにも関わらず、何事もなかったようにコーナーを立ち上がった458に、天道は苦笑いした。

「・・・・・・?」

 その反応リアクシヨンの意味がわからず、霞は首を傾げた。自分にとってはそれが当たり前だったからだ。

「あなたの車は、違う・・・・・・の?」

「こんな無粋なもん、付いてねぇよ」

 心外そうな表情で天道は吐き捨てるように言った。

 今や自動車の標準装備になったトラクションコントロールTCSは簡単にいうとタイヤの空転ホイルスピンを防ぐ為の装置である。

 タイヤは一定以上の駆動力を与えられるとグリツプが失われて空転ホイルスピンを起こす。それを速度とタイヤの回転数から察知して自動的に適切な値まで出力を落とすのだ。

 しかし、後輪駆動車を速く走らそうとすると、今、天道が見せたようにコーナリング中にタイヤを意図的に空転ホイルスピンさせなければならなくなる。

 コーナーのRよりも浅くステアリングを切り、足りない分をタイヤを空転ホイルスピンさせてリアを滑らすことで補う。そうすることでフロントノーズがまだコーナーの出口を向く前から加速ペダルを踏むことが出来る――より早いタイミングで加速に入れるからだ。

 だが、トラクションコントロールTCSはそれを抑止しようとするのだ。

 横滑り防止装置ESCもまた同様で、Gセンサー等の各種センサーで車の横滑りを察知してエンジン出力を制御しつつ、同時に四輪それぞれのタイヤ一つ一つに適切なブレーキをかけて横滑りを止めようとする。

 それがドライバーが意図的に行ったものでも、だ。

トラクションコントロールTCS横滑り防止装置ESCなんていうのは、結局は安全に走らせるための機能だからな。速く走るにはかえって邪魔なんだよ」

「そう・・・・・・なん・・・・・・だ」

 どうして邪魔なのかは車の知識のない霞には全くわからなかった。でも、それはとても重要なような気がした。だから半信半疑で頷きながらもその言葉を脳に強く刻み込んだ。

 さらにいくつかの注意点を説明しながら458は湖尻峠の分岐点まで来る。

 そこでUターンした天道は、そのまま458を車道の脇へと停めた。

「じゃあ、やってみな」

 そして、左のドアを開けるとドライバーズシートから降りた。

「・・・・・・」

 無言で頷いた霞も右のドアを開けてスルリとサイドシートから這い出ると、車の反対側へと回る。

 シートに滑り込んでシートベルトを付ける。それからおもむろにステアリングホイールの右スポーク下に埋め込まれたマネッティーノのモードセレクトスイッチに手を伸ばした。

「待て」

 だが、それを天道の声が止める。

「念のために聞いておくが、何をするつもりだ?」

 片眉を跳ね上げた天道に霞は当然のように言った。

トラクションコントロールTCS横滑り防止装置ESCをオフにする・・・・・・の」

 それを聞いた天道は頭痛を堪えるように頭を振ってから霞を睨みつけた。

「アンタみたいなヘタクソがいきなりそんな行為マネしたら、コーナーどころか直線まっすぐだってまともに走れねぇぞ!」

 そして、立てた人差し指を霞を突きつけておもいっきりツッコミを入れる。

「・・・・・・!」

 それを聞いた霞はカッとなった。露骨にムッとした顔で天道の方を向くと、いつもなら前髪に隠れたパッチリとした黒目がちな目で睨み返す。

 二人の間に緊張が走る。

「わーったよ」

 先の折れたのは意外にも天道の方だった。

「どーなっても知らねぇぞ」

 それから気に入らなそうに明後日の方を向いてしまう。

「フ・・・・・・ン!」

 霞もまた鼻を鳴らすと、嫌なモノから目を反らすようにように再びステアリングに視線を戻す。その為、天道がつけかけたシートベルト外したことには気づかなかった。

 改めて霞は、セレクトスイッチを回してCSTオフにセットした。これでトラクションコントロールTCS横滑り防止装置ESCは切られ、車側からの介入はアンチ・ロック・ブレーキABS電子制御制動力配分システムEBDなどごく一部に限られる。

 パーキングブレーキを解除する。それから霞はいつものようにアクセルをグィッと一気に踏み込んだ。

 途端、

”キィィィィィィッ!!”

 リアタイヤから激しいスキル音とともに白煙が舞い上がり、ほんの僅か前進したと思うとリアが勢いよく左へと流れる。

「!?」

 予想外の出来事に霞はほとんど反射的にステアリングを右へと切った。すると今度は右へと大きく流れてノーズが反対車線の方へと向く。

 なんとかまっすぐに向かせようとステアリングを右へ左へと動かすが、458は言うことを聞いてくれない。よろよろ蛇行しながら反対車線へと飛び出すとそのままガードレールへと迫る。

「うっ!」

 焦った霞はなおもステアリングと格闘するが、コーナーの立ち上がりで蛇行するときよりも数段速い速度でテールが流れるので思った方向へと導くことが出来ない。

(あっ・・・・・・)

 そこでようやく霞は、自分がアクセルを踏み続けていることに気づいた。

 慌ててペダルから足を離そうとする。

 が、

「アクセルを戻すな!!」

 怒鳴り声とともに天道が自分とステアリングの間に飛び込んできた。

「!?」

 ビクッとなった霞が右足の動きを止めたのと、サイドシートから無理矢理体を伸ばした天道がステアリングの頂点を乱暴に掴んで勢いよく右へと切ったのは同時だった。その力強さに霞は思わずステアリングから手を離してしまう。

”キィィィィィィィィィィィッ!!”

 ボディ全体を包み込まんばかりの白煙がリアタイヤから上がり、458はフロントを中心に右へとターンし始める。

「うっ・・・・・・!」

 首を襲う強烈な横Gに霞は思わず呻き声をあげた。フロントウインドウ越しに見えるガードレールが急速に横へと流れて道へと変わり、さらに遠くのガードレールへと変わっていく。

「ブレーキっ!」

 そのタイミングで再び天道が怒鳴った。言われるままに霞はアクセルから足を離すとブレーキペダルを叩き踏む。それに合わせるように天道もステアリングを逆方向へと切った。

 僅かなタイムラグの後、458はガードレールにテールを向けた状態でターンを止めた。

 パワーターン、またはアクセルターンと呼ばれる運転技術テクニツクを、天道は不自然な姿勢のままで霞に指示しながらとっさにやってのけたのだ。

「ふっ・・・・・・・・・・・・」

 深い息を吐いた霞は、脱力してシートに身体を預けた。

「・・・・・・言わんこっちゃねぇ」

 と、お腹の辺りから呆れたような天道の声がする。視線を下向けると自分の太股に身体を預けた天道が、恨みがましい目でこっちを見ていた。

「だから、まともに走れねぇって言ったろう?」

 なおも天道は詰るように霞を糾弾するが、その言葉は霞の耳にはほとんど入っていなかった。

 太股から伝わる天道の身体の重さと温かさを感じてしまったからだ。

 父親以外の男性にこんな風に密着されてのは初めてだった。今の自分達の格好ポーズを意識すると自然と鼓動が速くなり頬がカッと熱くなった。

「あっ・・・・・・・・・・・・」

 と、そんな霞を目にした天道の顔も戸惑いへと変化する。そして、まるで伝染したように頬を赤くした。

 静寂が二人を包む。

「重・・・・・・い」

 それを破ったのはいつも以上にぶっきらぼうな霞の言葉だった。

「おっと!」

 ハッと我に返った天道は慌てて隣席サイドシートへと飛び退いた。

「・・・・・・とにかく、だ」

 それからわざとらしく咳をすると、今の出来事をどこかへ追い出すように話の続きを始めた。

「アンタはまず、トラクションコントロールTCS横滑り防止装置ESCを入れたままにしておいて、走らせるようにしてみな」

「わかっ・・・・・・た」

 霞もまだ心の中に浮かんだ得体の知れない気持ちを振り払うように頷いた。

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