2 霞という少女
翌週。
バイトを終えた天道は、家へ帰るといつも通り
(あれ……そう言えば……)
そこで天道は、今日、数学の宿題が出ていたことに気付く。
慌てて、鞄の中を確認する。
「……ない」
宿題用のプリントは影も形もなかった。教室の机に忘れてきたのだ。
普段、家ではほとんど勉強しない天道だが、数学の教師は宿題のフォローが厳しい事で有名だった。
「ちっ! しゃーねぇ」
諦めた天道は脱ぎかけた制服を着始めた。
この時間ならまだ残業中の教師が残っているはずだった。エキシージで学校まで行ってプリントを回収して、そのまま
家を出てガレージに入る。習慣になっている走行前点検を終えて、天道はエキシージを発進させた。
「よし、まだ閉まってない」
校舎に灯りがついていて天道はホッとした。もし、閉まっていたら校門を乗り越えて不法侵入しなければならなくなるところだった。
少し迷ってから、来客用の駐車場にエキシージを駐め、天道は自分の教室にダッシュしてプリントを回収する。
再びエキシージに乗り込み、校門を出る。
「
予想以上に旨く運んで天道は上機嫌だった。まだ学校横の、余り広いとは言えない片側一車線の道だったが、アクセルとグッと踏み込む。
”ブォォォォーーーーーン!”
エンジンがうなりを上げて、エキシージが爆発的に加速し始める。
その時、
「ん?」
暗い路地の脇から人影がフラフラと飛び出してきた。
「チッ!」
天道は舌打ちをした。それから考える。
距離が近すぎて、ブレーキは間に合わない。
ステアリングを切っても、歩行者はまだこちらには気付かず道路の真ん中を目指しているので避けきれずに跳ね飛ばす危険性がある。
(やるか……)
千分の数秒の間に自分が出した結論にげんなりしながら、天道はブレーキを軽く踏む。それから、右手で握ったステアリングを勢いよく右へと切った。
車体が旋回を始めるのが、体にかかる横Gでわかった。
そのタイミングで、左手でサイドブレーキを引いた。同時にクラッチも切る。
”キィィィィィィーーーーーーッ!”
途端にリアタイヤがブレイクして、テールが左へ流れ始める。それを見計らってクラッチを繋ぐと同時にアクセルを目一杯踏み込む。テールの流れが早くなり、エキシージは、フロントを軸に勢いよく回転を始めた。
サイドターン、だ。
「きゃっ!」
その時になってやっとエキシージに気付いた人影が、悲鳴を上げて尻餅を付く。その僅かに手前をテールで掠めながら、エキシージはちょうど180度回転してストップした。
「ふーっ」
シートに体重を預けた天道は、ホッと息をついた。
避けられるのはわかっていたが、それでも安堵せずにはいられなかった。もし、人でもはねてエキシージに傷を付けたら、空子に怒られる。
「てめぇーっ!」
安心すると今度は怒りがこみ上げてきた。眉をつり上げてシートベルトを外すと、勢いよく右のドアを開けて飛び出して人影に怒鳴りつけた。
「死にてぇーの……」
が、途中で言葉を止めてしまう。そこに尻餅を付いていたのが、知っている顔だったからだ。
ジャージ姿のその少女は、紛れもなく、霞だった。
「アンタかよ……」
自分の運命を呪うように、天道は
「…………?」
しかし、当の霞は、惚けたような顔で天道を見上げてから、小さく首を傾げた。
「蓮實だ! 同じクラスの!」
天道は憤慨したが、それでも霞はわからないようだった。
「この前、階段で助けたろう!?」
「…………あっ」
それでようやく、自分の目の前に立っているのが誰だか気付いた。
「……ったく」
腕を組んだ天道は、鼻を鳴らして霞を睨みつけた。それから、霞に手を伸ばした。
「……?」
一瞬、霞はまたもわからないような顔をする。しかし、今度はすぐに自分の右手を差し出した。
霞の小さな手を握りしめて、天道は起こし上げた。
その時、ジャージの裾に隠れていた霞の手首が露わになった。そこに無数の傷があるのを天道は見逃さなかった。
さーっと、全身の毛が逆立つのを感じた。
(コイツ……!)
このまま霞と別れてはいけない、と思った。
「なんで、こんな時間に、こんなところにいるんだよ?」
立ち上がった霞に、天道は、まず肝心な事を聞いた。
「お婆ちゃんのお遣……い」
ボソボソっとしゃべる霞の左手にコンビニの袋が握られていた。
別に死に場所を求めて彷徨っていたわけではなさそうだった。階段の時と同じで、今のもたまたまなのだろう。
少し安心してから、天道はさらに聞いた。
「家、どこだよ?」
「……」
それに対して霞は戸惑いの表情を見せる。何を言っているかわからない、そんな顔だった。その察しの悪さにちょっとイラッとしながら、天道は言い放った。
「送るから、乗れ」
「いい……」
しかし、霞は首を横に振って拒否する。
(あぁーっ! もぉ!)
天道は、めんどくさそうに頭を掻いた。
「この辺りは夜は暗いから、そんな風にフラフラしてたらまた引かれるぞ?」
そして、もう一度、言い放った。
「だから、乗れ」
天道のしつこさに、霞は少し考える素振りをする。それから真顔で言った。
「そのまま……どこか人気のないところに連れて行く……の?」
「しねぇーよ!」
天道は、すかさずッッコんだ。冗談にしては、質が悪すぎる。
「そう……しないん……だ」
が、霞は、残念そうに呟くと、酷くガッカリしたようにうなだれた。
(コイツ!)
天道は心の中で毒づいた。
それは、破滅願望の表れなのだろう。自分で死ねないのならば、誰かに壊して欲しい、という願い。
血が一気に頭へと昇り、脳天がカッと熱くなる。
「いいから、乗れっ!」
語尾に怒気を込めて再度言い放つと、天道はエキシージの左ドアを開けた。
「……」
その迫力に押されて、霞はのっそりとエキシージのサイドシートへ滑り込む。
天道もすぐに右側に回り、ドライバーズシートに乗り込んだ。
「でっ? 家はどこなんだよ」
ちょっと凄んだ声で天道が聞くと、霞はジャージのポケットをまさぐり始める。
その間に天道は、あらためて霞の身なりを見た。
着ている赤いジャージは、チャックのないタイプで、かなりクタクタに着古していた。平らな胸には、どこかの学校の校章が刺繍されている。もしかしたら、前の高校の指定ジャージなのかもしれない。
「……」
目的の物を探り当てた霞はそれを取り出すと、表紙を開いて天道へとかざした。
生徒手帳だった。
今と同じく長い前髪で目元を隠し蒼白い顔をした霞の写真の横には、名前と住所が書かれていた。
「そこか……」
その住所の辺りは、中学校時代の友達が住んでいたのでよく知っていた。さっきターンしたので、方向はこのままでいい。
天道はエキシージのミッションを1速に入れて、エキシージを
かなり強引なことをやっているという自覚はあった。これではさっきの霞ではないが、拉致しているのと変わらない。
だが、それでも強引に霞を乗せたのは、この方が説得しやすいと思ったからだ。
天道にとっては、ここからが本番なのだ。
「なぁ……」
さっきとは打って変わって、ゆっくりとエキシージを走らせながら、天道はいきなり核心を突いた。
「アンタって、死にたいのか?」
霞の肩がビクッと揺れる。それから、ゆっくりと頷いた。
ほとんど確信していた事が事実だったとわかり、天道は心の中で溜息をついた。それから、さらに核心を突く。
「なんで、死にたいんだ?」
しかし、それに対して霞は無言だった。
「東京から転校して来た事と関係してるのか?」
それでもお構いなしで、天道は畳み掛けた。
「それは……関係……ない」
と、霞は、肩を振るわせて俯きながら、絞るような声で答えた。
「じゃあ、なんでだよ?」
「あなたには、関係……ない」
あまりに
「まぁ、確かにそーなんだけどよぉ」
天道は自嘲した。それから、横目で霞を見る。
「なんかアンタ見てるとイライラするんだよなぁ」
霞の肩が再び、ビクッと揺れる。
「死ぬことを舐めてる態度がさぁ」
その瞬間、霞は唇を歪めて頬を僅かに膨らませた。前髪隠れた眉と目が怒りにつり上がる。
「アンタ、本当にわかってんのか?」
霞がムッとしているのは気付いていたが、それでも天道は言葉を続けた。
「死んだら、今まで積み上げたきたものも、培ってきたものも、育んできたものも、すべて無になっちまうんだぜ?」
それは、天道が両親の死を通して得た教訓だった。
天道の父と母は
自ら
世界でも類を見ない、軍から払い下げられた非武装のジェット戦闘機を運用する民間
そんな両親を幼い頃から見て育った天道もいつかは両親のようなパイロットになるのを夢見て、日頃から鍛練を積んできた。
しかし、十二歳になってすぐの時、練習中の事故で父と母は他界してしまう。
それがきっかけとなって
両親の死で、それまで積み上げてきた父と母への賞賛や栄誉も、培ってきたチームスタッフとの絆も、育んできた飛行技術も、一瞬にして無になってしまったのだ。
天道はそれを純粋に怖いと思った。
あんな風になるのはゴメンだ、と。
だからこそ、腹が立つのだ。霞の態度が、あの恐怖を知らずに死を選んでいるように見えて。
あの恐怖を知っているなら、どんな理由があろうとも死など選ぶわけがない。
だが……、
「それでいい……の」
「えっ?」
霞の唇から細く零れた言葉に、天道は一瞬、耳を疑った。
「わたしには……、もうなにも無い……から……」
霞は、膝の上にのせた手を強く握りしめた。
「わたしに残ったのは……、もうわたし自身だけだ……から……」
口調こそ静かだが、語尾には明らかな怒気が籠もっている。
「だから……それも無くして……、全部、無にする……の」
「…………」
しかし、天道には、それがまるで悲鳴のように聞こえた。だから、それ以上、なにも言えなくなってしまう。
自分の価値観が足下から崩れる感覚に襲われて、口を開こうとしても言葉が見つからない。
重い沈黙がコクピット内を包む。
「そ……こ」
それを破ったのは霞だった。のっそりと手を上げて、フロントウインドウの先を指さす。
そこには、古い木造立ての平屋があった。周りは畑で、その中にぽつんと佇んでいる。
この地方の典型的な農家で、都会の家と比べれば大きいと言える建屋は、建てられてからかなり年数が経っているようで古ぼけていたが、広い庭の中に建てられているガレージだけがつい最近建てられたように真新しかった。
(…………クッ!)
一瞬、躊躇してから、天道はブレーキをそっと踏んで、エキシージを停止させた。
左のドアを開けて、霞が降りる。そして、そのまま天道の方を見ずに無言で門の方へとフラフラと歩き出した。
天道は、それを見送ることしかできなかった。
本当は引き留めなければならなかった。自分は、まだなにも出来ていないのだから。
だが、その言葉さえ、今の天道は思いつかない。
「畜生っ!」
言いようのない敗北感に襲われて、天道は怒りに任せて拳をステアリングに叩きつけた。
湯気の中に浮かんだ細い
木製の湯船からお湯がわずかに溢れて、石造りの床へと零れる。
膝を軽く折って浴槽に寝そべるように座った霞は、俯くと顎までお湯に浸らした。
黒髪が頭の周りで海草のようにゆらゆらと漂っている。
女子ならば、浴槽に浸かる時は時は髪を纏めるのが普通だが、今の霞にとってはどうでもいいことだった。
洗髪さえ、祖母と同じ特売品のシャンプーのみを使っている。その横には、いつの間にか置いてあった、昔、愛用していたシャンプーとコンディショナー、トリートメントなどもあったが、使おうとは思わなかった。
本当は入浴さえ、したいとは思えなかった。実際、そうしていた時期もあったが、今は祖母の勧めで毎日していた。
(変な人だっ……た)
前髪に隠れた瞳で湯面をぼんやり眺めながら、霞はさっきのまでのことを考えていた。
イライラする、と言われた時は、正直、カッとなった。
だから、自分もつい言い返してしまった。あの時から、ずっと自分の心の中だけに止めていた感情をぶつけてしまった。
でも、死んだらなにもなくなる、と言う言葉には実感が籠もっていた。
(そういう経験をしたことが、あるのか……な?)
だからなんだろう、と霞は思った。
あの時から今まで、死ぬなと言った人達はいた。けれども、死ぬことを怒った人は彼が初めてだった。
(……心配して、くれたんだよ……ね?)
怒りも冷めた今ならわかる。乱暴な物言いも優しさだったのだと。
(蓮實君…………だっ……け?)
その時はわからなかったが、確か毎日、朝の挨拶をしてくれる名前も知らない生徒といつも一緒にいる男子だ。
(そういえば……、この前、本、見て……た)
こんな風に誰かを意識するのは、あの時以来、初めてだった。
(車……好きなのか……な?)
だが、今の霞はその事には気付いていなかった。
「おはよっ!」
朝の教室に入った澄生は、爽やかな笑みを浮かべていつものように明るく挨拶した。
「おはよ!」
「おはよう、銀矢!」
「今日も、元気だね!」
と、男女問わず、クラスメイト達からも挨拶が返ってくる。
陽気で人懐っこく、すぐに冗談を言って周りを笑わせるて場を盛り上げる澄生はクラスのムードメーカーであり、かつ中心的な存在でもあった。
女子生徒達とたわいもない会話を交わしてから、澄生はこれもまたいつもように天道の席へと向かう。
で、足を止めた。
自分の席に座った天道が、背中から不機嫌オーラーを全開でばらまいていたからだ。
「どうしたんだよ?」
それでも躊躇せずに、澄生はいつも以上に爽やかな笑みで声を掛けた。
「あぁ?」
案の定、天道は怪訝そうな目付きで澄生を睨む。
だが、そんな
「車でもぶつけたか?」
「はぁ?」
その言葉に天道は、ますます眉をつり上げる。
「そんな、ヘマするかよ」
「じゃあ、なんで不機嫌なのさ?」
「それは……」
天道は口籠もった。強気で直球勝負が心情の天道がこういう態度を取る時は、なにか後ろめたいことがあると澄生は知っていた。
「なに、やらかしたんだよ?」
だから、意識して生暖かい目で天道を見る。
「別に……」
「いいから、言ってみな」
視線を反らした天道に、澄生はさらに畳み掛ける。
「ったく……お節介が」
それで観念した天道は、溜息をついてから、昨夜のことをザッと澄生に話して聞かせた。
「おまえ、馬鹿かっ!」
そして、怒られた。
この
が、澄生は天道の予想の斜め上を行った。
「そういう時は、希望通り、人気無いところに連れて行ってあんな事やこんな事……」
「そっちかよっ!」
即、立ち上がった天道は、澄生の胸座を摘むとおもいっきり締め上げた。
「冗談だ! 冗談!」
「ったく!」
ギブアップする澄生を放してから、天道は鼻を鳴らした。
「しかし、相変わらずの直球ぶりだな」
ワイシャッの襟を直しながら、澄夫は苦笑いをした。
「で、挙げ句、司馬を怒らせて説得に失敗したから不機嫌になってる訳か」
「別に、不機嫌になんかなってねぇ!」
そう口では言ったが、それが虚勢であることは天道自身もわかっていた。
昨夜、霞と別れてから、天道はそのまま家へと帰った。
とても
部屋のベットの上で、あの時のことを何度も思いだし、自分は何を言えば良かったのかずっと考えていた。
しかし、答えは見つからなかった。
霞の言葉がグルグルと頭の中を周り、心の中には、どうしようもない敗北感だけが残った。
それは、勝ち気な性格の天道にとっては我慢ならないことだった。
本当は今、すぐにでも、もう一度、霞と話がしたかったが、今、話したところで説得できないこともわかっていた。
だから、イライラするのだ。
あの時、なにも言えず、今もなにも言ってやることが出来ない自分自身に。
”ガラッ”
その時、教室の後ろの扉が開いた。
澄生が何気に見ると、霞が入ってくるところだった。
すぐに天道も気付いて、思わず霞の姿を視線で追ってしまう。
「おはよっ!」
そのままいつも通り、ふらふらとこちらへ歩いてくる霞に澄生は声を掛けた。だが、やはりいつも通り、なんの反応もないまま霞は二人の横を通り過ぎようとする。
(ん……今?)
その時、天道は、一瞬だけ霞が自分の方を見たような気がした。目元は前髪に隠れているのでわからないのだが、なんとなくそんな気がした。
(やっぱ、まだ怒ってんのかぁ)
天道は心の中で冷汗を掻いた。今で誰にも無関心だった霞が今日に限って自分を気に掛ける。その理由は一つしかない。
「怒ってないみたいだな」
「はぁ?」
しかし、席に着く霞を眺めながら、澄生はまったく正反対の見解を示した。
「今、司馬、俺のこと睨んでなかったか?」
「いや……気付かなかったけど?」
怪訝そうな天道に澄生はほんの少しだけ戸惑いを滲ませながら答える。
(俺の気のせい、なのか?)
自問しながら、天道はとりあえずそう思うことにした。
「しかし……まさか、司馬が本当に自殺志願者だったとわね……」
顔を陰らせながら、澄生は溜息混じりで言った。
その可能性を考えなかいわけでもなかったが、それでも現実を突き付けられて、かなりの
「きっと……彼女も大切な何かを失ったんだな」
おまえと同じく、とまでは、澄生は言わなかった。そんなことは、当の本人が一番わかっているだろう。
天道が何を失ったかは、既に小学生の時に聞いて知っていた。
「俺には、理解できないけどね」
わざとらしく肩を竦めた天道は、投げるように言い放った。
「失うことを知っていて、それでも、これ以上、失おうとするなんて……」
だから、昨夜、天道はなにも言えなくなってしまったのだ。自分とは正反対の位置に立っている霞に。
「うーん」
天道の言葉に、澄生は腕を組んで考え込む
「だからこそ、司馬は、今も生きてるのかもな」
それから、ぽつりとそんなことを言った。
「はっ?」
「失うことの怖さを知っているからこそ、今も生きてるんじゃない?」
眉を顰めた天道に、澄生は同意を求めた。
「なるほど……」
確かに澄生の言うとおり、霞が本当に失うことを怖いと思っていないなら、その、大切な何かを失った時に死んでいるはずだった。
だが、霞は今も生きている。
失いたいという意志と失いたくないという恐怖。それがせめぎ合っているのが今の霞なのかもしれない。
(もし、その事を指摘したら……)
「ただ、それを言ったところで司馬が失うことをやめるとも思えないけどね」
天道の考えを先回りするように澄生は警告した。
「っていうか、あんまり刺激しすぎると、おまえが引き金、引きかねないぞ」
昨夜の話を聞いていて、最初に感じたのがそれだった。
「……だな」
天道もその可能性には気付いていたので、素直に頷いた。
「けど……」
澄生は言いながら、口元に笑みを浮かべた。
「おまえがそこまで他人に世話を焼くなんて珍しいな」
澄生が知る限り、天道は他人の事情に踏み込むことはめったにない。とはいえ、周りの人間に関心がないわけではなく、生まれ育った環境から個人主義が身についているだけだ。
―― そんなことをして訴えられたらどうするんだ?
以前、天道が口にしたその言葉は笑えないジョークだった。
「別に世話なんか焼いてねぇ」
しかし、天道は澄生の言葉を強い口調で否定した。
とはいえ、周りから見れば霞を気に掛けているように見えることもわかってはいたし、自分が余計な事をしているという自覚もあった。
だが、肯定すれば、このお節介好きな悪友を喜ばせることになる。
それは、シャクだった。
なので、天道はワザと投げやりな口調で言った。
「ただ、このまま負けっ放しなのは俺の主義に反するだけだ」
「ふーん」
しかし、澄生はニヤニヤと笑いながら、受け流すようにおざなりに頷くだけだった。
「……なんだよ?」
その態度が気に入らなくて、天道はキッと睨んだ。
「まぁ、でも……」
その視線をかわすように霞の方に顔を向けながら、澄生は静かに言った。
「なんとかしてやりたいよな……」
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