11
なんとなく予想していた通り、天野はそれから頻繁に公園へ足を運ぶようになった。
僕が次に帆淡と会った時、帆淡がぽつりと言った。「あの男の子が来た」と。それは僕らが三人で会った週の土曜日のことらしかった。
「何か話した?」
「何も」
「そう……帆淡、何か言いたいことがあれば、言っていいんだよ」
「……わかった」
と、帆淡は一応うなずいていた。
そしてその日の遅い時間に、またしても天野はやってきた。息を切らしている。今日は、僕が公園に来るとは、言っていなかったはずなのに。
「あー、間に会った。あ、またその本読んでんの? 安西も気に入ったのか?」
まっすぐに顔を覗き込まれて、帆淡は目を泳がせながらも、なんとか肯定らしき頭の動きを見せる。また帆淡を家まで送るということになって、帆淡、僕、天野の順で並ぶ。天野は頭の後ろで手を組んで、言う。
「大人って、ずるいよなー」
鼓動が、大きく響いた。何の気ない言葉。だけど僕にはそう思えなかった。なぜなら“帆淡は、大人が嫌いなんだ”という僕の失言は、天野がいる場でのことだったからだ。
「平松先生がさ……あ、俺の部活の顧問なんだけど。サッカー部の。昨日はゲームをする予定だったのに、いきなり翻すんだよ。最近お前らはたるんでるから、キソレンだ、とか言って。最近たるんでる、って何なんだよ。最近っていつからいつのことなんだよ。まあ俺たちは逆らえないからさ、走るわけだよ、校舎周りとかを。んで使うはずだったグラウンド見たら、陸上部が使ってんの。まあそれはいいんだよ、グラウンドはみんなのもんだもんな。でもそれで上級生はピンと来たらしいんだよ。盗み聞きだけど、平松先生は、陸上部の顧問の西谷先生に惚れてるらしいって。陸上部は市の大会前で大事な時だから、グラウンド権を譲って、良い印象つけとこうって話。ずるいだろ? 子供には見えないところで好きなように物事動かして、もっともらしい理由をつけてさ。舐めてるよな。でもそれが、大人なんだよ」
天野は僕に口を挟む隙も与えず、それらの不満をぶちまけた。ゲームとかキソレンとか、上級生からの盗み聞きとか、運動部らしいそれらのワードを並べる天野を、僕は畏怖の念を持って眺める。舐めてるよな、か。大人は子供を舐めている。子供はおとなしく舐められて、大人の都合に搾取される。
「僕たちは、子供だね」
「そーなんだよ!」
予想外に大きな声で賛同の意を示した天野に、僕と帆淡はぎょっとする。帆淡は、さっきの天野の言葉のどれだけを理解していたんだろう。
「だからさ、俺は……はやく大人になりたいんだよ」
大人になりたい。それを聞いて、僕は呼吸の止まる思いがした。
天野の普段からの不満を聞いていて、僕は思っていたのかもしれなかった。天野も帆淡と同じで、大人が嫌いなんだ。大人はずるい。汚い。そして勝手だ。大人のいない世界でなら、帆淡は純粋無垢なまま、生きていける――
「子供じゃなんにもできねーんだよ。例えどれだけ頭が良くても、気が利いても、子供は子供だ。俺ははやくばばあの監視下から抜け出して、自分のやりたいように生きたい。大人は自由だ。その分責任もあるけどさ、それさえ背負う覚悟があればなんだってできるだろ。大人の言いなりになってるのは、もううんざりだ」
少し早足になった天野に、僕は一生懸命ついていく。帆淡の手を握ろうとして、やめる。
たぶん天野の言う大人は、ほとんどがお母さんのことなのだろう。女手一つで息子を育て、成績にもいちいち「いちゃもん」をつけてくるという、天野のお母さん。サッカー部に入ったのも母親の勧めだと彼は言っていた。監視下から抜け出したい。大人になりたい。
天野と、帆淡は、違う。
「子供だけどさ、天野は大人っぽいなっていつも思うよ。しっかりしてるし、クラスのみんなにも先生にも、頼りにされてるだろ。天野はきっと、僕たちよりも一足はやく、大人になるんだろうな」
梅雨の始まらない六月の空は、濁った色をしていた。ぬるくなり始めた風が僕たち三人の間を曖昧に通り過ぎる。
手を繋ぐ代わりに僕は、帆淡の歩調に合わせるように、歩くスピードを落としていく。
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