ところで僕らの担任は、未だに公園や安西家へのゲリラ的な訪問を続けていた。

 公園へ行くのには初めの方ついて行っていた僕も、いちいち説教するような担任の口調に辟易し、また帆淡自身はそれがストレスになったりするほど耳を傾けてもいないとわかったので、やめてしまった。公園で担任とうっかり遭遇したくはなかったので、帆淡に会う頻度も少し減っていた。そして家に行く方も、まあ大体同じような理由で、やめた。僕が担任の動向を知る手段は帆淡からの情報だけだった。帆淡は担任のことを「先生」などとは呼ばず、ただ「あの大人」と言ったが、僕には十分に通じた。そして帆淡は担任の言葉にはさして注意を払っていなかったが、存在や行動を案外詳しく覚えていて、「おとといの前の日に、赤いろの変な靴をはいていた」だとか、「あめの日に、みずいろの長い傘を持って、あのへんに立っていた」だとか、僕に教えてくれた。

 天野が帆淡にまた会いたいと言ったその日の放課後、僕は公園に向かうことにした。帆淡に昨日のことを、少しは謝っておくべきかもしれないと思ったからだ。学校のかばんを持ったまま直接向かう。息を切らして公園に踏み込んだ。花壇の傍に行く。ベンチにも帆淡の姿はない。遊具の近くにもいない。いないだろうと思いつつグラウンドの方にも行ってみるが、やはりそれらしき姿はない。

 帆淡は公園以外に行くようなところもあまりないし家にいるのも好きではないのだが、時々体調を崩して、こうやって公園に来ても会えない時があるのだった。月に一回ぐらいだろうか。子供とは言ってもかなりの頻度だ。成長の遅さという特殊性に関連した体質なのかもしれない、と思っている。今日は会いたかったんだけどな、と考えながら公園を出ようとすると、タイミング悪く、担任と鉢合わせてしまった。

「真山くん」

「……先生」

「安西さんに会いに来たの? どちらにいるのかしら」

「あ、帆淡は、いないみたいです。時々あるんですけど」

「あらそうなの。時々、ねえ。じゃあおうちの方に……まあ、いいか」

 鞄からハンカチを取り出し額に当てると、担任は、ふう、と大きく息をついた。六月に入り、晴れの日の気温は少しずつ高くなっている。担任はいつもスーツを着ていた。ここまでは早足で来たのか、暑そうだった。

「先生、しんどそうですね」

「ええまあ……いえ、たいしたことは。ところで」

 あまりにも一瞬でひるがえされたので、いったんは肯定したということに気付くのに少し時間がかかった。そして素早く話を切り替えられる。この人は受け持つ社会科の授業の時にもこんな調子で、ただついていこうとするだけのことに多大なエネルギーが必要なのだ。

「真山くん。あなたは確か、天文部じゃなかったかしら。そして今日月曜日は、ミーティングの日と決まっていたような」

 どきり、と心臓が早鐘を打った。担任は赤ぶちの眼鏡をぐいと持ち上げる。

 言う通り、今日は天文部のミーティングの日だった。けれど出席必須とはいっても、毎回必ずクラブメイト全員が集合しているような集まりでもなかったし、今日は特に決めなければならないことなんかもなかったので、僕は欠席していた。昼休みにわざわざ二年生の教室へ行って部長にきちんと申し出ていたので、無断欠席というわけでもない。……用事があって、という理由は、ほんとと言えばほんとだが、嘘と言えば嘘でもある、かもしれないけれども。

「今日は、休んだんです。いつもは出席してますけど。……この後、歯医者に行くので」

「あらそうなの。そう……。真山くんは、天文部ではうまくやっている?」

「はい、たぶん……。友達もできたし、おもしろい、です」

「そうなの。それはいいことだわ。クラスの友人も、部活動での友人も、それぞれ大切にね。それじゃあ先生は、今日は帰りますから。……お大事にね」

 一瞬おいて「歯医者」へのレスポンスだと気付き、はい、と変な調子で返事をする。担任はやっぱり汗を拭き拭き、公園を出て行った。安西家には寄らないらしい。

 僕はもう一度だけ公園をぐるりと回り、帆淡がいないことを確認すると、間違っても二度と担任と行き合うことのないように、ゆっくりと歩いて家へ帰った。

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