五月も末になり、クラス親睦会と称した遠足があった。僕らのクラスの参加者は帆淡を除いた全員だ。行き先は隣の市の緑地公園。遠足と呼ぶにはやや近いところにあるが、いくつかスポーツをしたあとバーベキュー場で班に分かれてバーベキューというのは、中学生にはなかなか魅力的なプログラムだった。

 親睦会ということで、班分けはくじで決まった。クラスには何人か、部活が同じだったり帰る方向が同じだったりで話をする友達もいたが、誰とも同じ班にはならなかった。残念だとは思わなかった。気のいいやつばかりのクラスだ。誰となっても楽しめるだろうと、思っていた。

 バスで三十分の道程。座席も班で決まっていたので、僕は同じ班になったほとんど喋ったことのない男子と隣同士で座ることになった。

「どうも、真山くん」

「真山でいいよ」

「じゃあ俺も、天野で」

 彼の名前は天野勇飛といった。天野は僕より少しだけ背が高くて、前髪も後ろの髪も男子にしては少し長めだ。それまで喋ったことはほとんどなかったので、人見知りをせず友達の多いやつだというぐらいのことしか、知らなかった。

「なんか部活入ってんの?」

 席に座ると、バスが発車するのも待たずに彼は会話を始めようとした。僕はかばんから、水筒を取り出しながら答える。

「うん。天文部。そっちは?」

「俺はサッカー部。天文部って、星見たりするのか?」

「流星群の時期とかには、出かけたりもするみたいだけど。普段は週一回のミーティングで、天体の簡単な勉強みたいなことしてる」

「へー。部活でまで勉強してんのか、すげーな」

 説明するたびに言われ慣れていることだったので、曖昧な笑みを返す。勉強といっても星座早見盤の見方とか、惑星の模型を動かしてみたりだとかで、理科の教科書に載っているようなことを理論的に学んでいるわけではないのだが、そんなことは彼にとってはどうでもいいだろうと思ったので、口には出さなかった。

 バスでの移動中、天野との会話はずっと続いた。僕はそんなにお喋りな性質ではないのだが、彼が提示してくる話題は多種多様に渡っていて、飽きずに移動時間を過ごすことができた。友人が多い分手に入る情報量も多いようで、ここの部活は上級生が物凄く怖いとか、あの先生はまだ二年目だから発言権がないだとか、そんなことまで知っていた。

 緑地公園へ到着すると、土色のバケットハットをかぶった担任からいろいろな注意を受けてから、僕らはキックベースとこおりおにと王様ドッジをやった。チーム分けは班単位でおこなうので、班のメンバーは必ず同じチームになるようになっている。

 僕は小学生の間水泳を習っていたおかげで体力はあったが、蹴るとか投げるとかの運動神経は平均以下だったので、こおりおに以外はメンバーの迷惑にならない程度の活躍を心がけた。王様ドッジの王様をチームの人たちが決めるのを眺めながら、帆淡がここに入ったとして、果たしてうまくやっていける可能性が少しでもあるだろうかと考えてみる。駄目だ。帆淡が僕以外の同年代の子供と接する姿は長らく見ていないので、想像することさえできない。帆淡は僕以外の男の子にどんな態度を取るんだろう。女の子の中でどんな風に内緒話をするんだろう。帆淡は公園でも独りぼっちだ。  

 一度、僕と一緒にいる時に五、六歳ぐらい女の子から遊ぼうと誘われたことがあったが、口をパクパクさせている間に相手はどこかへ行ってしまった。たぶん、なんと返事をすれば良いのか迷っていたんだと思う。相手の女の子は今頃そんなことがあったことすら忘れてしまっているだろうけれど、帆淡はあれを今でも覚えているような気がする。僕の憶測だ。

 気づけば天野がこちらのチームの王様になっていた。王様がアウトになった途端負けが決まる王様ドッジは、いかに相手のチームに王様を悟らせないかが重要で、だからこそ普段から隅の方で逃げている女子なんかを王様に決めていることが多い。けれど天野は前に出て積極的に参加する方だ。キャッチが上手いとは言え、ボールに接触する機会が多いだけにアウトになる危険性も高い。どうやら裏をかいた作戦のようだ。天野はいつも通りに参加して隅の方にいる人たちを守っていると見せかけつつ、強い相手のボールは極力他の男子に取らせている。やがて僕らのチームの人数は減っていったが最後まで王様が誰だかばれることなく、相手チームの王様のアウトを取った。僕らが勝ってから相手チームにネタばらしをすると、とても悔しがっていた。

 バーベキューの場所に行くと、ベンチが向かい合って並んでいて、真ん中のテーブルに網が乗せてあった。どうやら中がくりぬかれてコンロになっているらしい。僕らが着いた頃には火はほとんどおこし終わっていて、僕らはただ、傍に置かれた材料をトングでつかんで網の上に乗せるだけでよかった。

 班ごとに、片側に女子、片側に男子がかたまって座った。それぞれのコンロに炭を追加してくれる施設の管理の人を眺めながら、天野は不満そうな顔をしていた。

「バーベキューっていうから火起こしからできるのかと思ったのにさ」

「そんなこと、危ないから中学生にはやらせてくれないよ」

「危ないってそんなの、炭と着火剤積んだら、トングで触りながら待つだけだろ? 火のついた炭つかんで振りまわしたりする馬鹿は、このクラスにはいないよ」

 そう言われてみればそんな気もした。「火起こしは危ない」というのは、偏見だったかもしれない。中学生は火起こしができる。わざと危なくするようなことをする馬鹿がいるかもしれないという理由で、僕らはその機会を奪われる。

 天野は率先して具材を網の上に乗せていた。肉を中心にして、火が通りにくそうな野菜も同時に焼いていく。焼けたものは天野が取り分けてくれた。班員の女子二人も「鉄板奉行だね」とか言いながらタレを人数分お皿に注いでくれる。何かしようと思ったけれどお茶は各自持参しているし、することがなかったので僕は天野から運ばれてくる具材を冷めないうちに順番に食べる。天野は、焼きながら喋りながら自分の分もしっかり食べていて、すごいなと思った。中学生男子にしては出来過ぎている。

 最後に一袋ずつ麺が配られて、少しずつだけ焼きそばを食べる。焦げた野菜の端なんかが色々入った、締めらしい焼きそばだった。食べ終わった女子二人が、他の班を眺めながら話す。

「他の班はみんな、女子と男子が三人ずつだね」

「クラスの人数って三十六人じゃなかったっけ」

「そうだよね……あ、そっか。安西さんが、来てないんだ」

 帆淡の名前が出たので口の中にある物を急いで咀嚼する。

「安西ってどんなやつ? 真山、知ってんだよなー?」

 もう一人の男子が尋ねる。みんなが追究はして来なくても、やっぱりクラスにひとつの空席のことは気になっているのだろう。班員の注目が向けられるのがわかる。

「うーんと……何考えてるのかあんまりわかんない子。あんまりたくさんは喋らない。帆淡は花が好きで……大人が、嫌いなんだ」

 そっと口に出してみた最後の情報に、班員は顔をしかめた。大人が嫌いって、どういうこと? じゃあお母さんとかお父さんは? だから学校に来ないの? 

 何言ってるの?

「…………僕もよく、わかんないんだけど」

 それらの疑問はどれ一つ口に出されたわけではなかった。ただ僕が、聞こえたような気がしただけだった。みんなは、ふうんという顔をして会話に戻っていく。天野が最後まで僕の顔を見つめていた。

 護身のために付け足した言葉は、口の中で苦く残った。

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