第46話 非常事態

 ちょうど国の境界線まであと少しといった地点のちょうど真上に異変が起きた。


 空が割れるようにして空間が歪んでいく。


 その間から雷が垂直に落ちるように、莫大な閃光の塊が真っすぐ地面へと落ちた。


 俺たちは台地に衝突した時の余波で爆風にあおられる。


「クソっ! なんだあれは!?」


 悲鳴を上げる後ろの3人を振り向くことなく、手をかざすと、風を操作して爆風をそらす。


「な、何事なのでしょうか?」


 ディビナはその光の方角へと目を凝らしていた。


 モニカは怯え、なぜかフィーはハイテンションだった。


「今度はなんスかあれ!」


 光の中でたっているものをよく見て見ると、一人の巨大な男だった。


『ふう、うまくいったぜ……』


 そこに立っているのは、黒い皮膚をした巨大な男だった。


 男は俺たちの視線に気づき、赤い目をこちらに向けた。


 そう、俺が魔王として想像したのはあんな感じの男だった。


「まずいな……あいつ、雰囲気がやばそうだ」


 とりあえず、モキュから俺一人だけ上空へと飛んで離れる。

 そして、モキュごと上に乗っている全員を空間で覆って、アルカリス王国の王城へと転移させた。

 目の前から3人とモキュの姿が消えた。


 いま、この世界の力関係で任せられて実力があるのはあそこの魔王しかいない。



 王城の方へ目線をやっている間に、銀硝鉱石に通した光レーダーが攻撃を探知した。


 俺は妖刀を抜いて構える。

 電磁気操作で全ての神経、細胞、電磁パルスを極限まで挙げて、神経伝達・反射・運動機能を限界まで引き上げた。


 攻撃は……右か。


 俺は空間を纏わせた妖刀を右へと反射的に防御の構えを取る。


 何かが刀にぶつかる感触がすると、俺はもう吹き飛ばされていた。


「ぐああああああああああああ!」


 とっさに大量の空気をクッションに変えて、地面への衝突を回避する。

 身体からは全身がしびれるような感覚がした。

 あまりの威力に内臓が潰れたんじゃないかと錯覚したくらいだ。


 それを見たさっきの男が、少しだけ感心した声を上げた。


「へえ、今ので肉塊みたいに潰れねえのか。お前……人間とは思えねえな」


 俺はペッと口から血を吐きだす。


「誰だ……いきなりな挨拶だな」


「見りゃわかるだろ? 誰もが恐れる大魔王様だよ。ああ、いまのちんちくりんのことじゃねえよ。初代だよ。いまいる魔王の父親……だったと言い換えてもいい」

「なにをふざけたことを」

「……もしかしてこの世界の人間じゃないのか?」

「そうだ」

「……第49世界――地球出身者か?」

「お前……」

「悪いな。あの世界はもうねえんだわ」


 俺は驚愕の表情でそいつを見返した。


「おい、何言ってんだよ……。地球がもう無い?」

「ああ、さっき滅ぼしてきた」


 俺はそんな話をどこかで聞いたことがあった。


「……じゃあ、この世界に初めて来たときにマルファリースが言っていた魔王ってのは。世界を滅ぼそうとしている魔王がいると……」


 正確には、それを代弁した騎士団長の言葉だった。


「あのババアが? じゃあ俺のことだろうな」


 あっさりと目の前の男は認めた。

 あたおかしな奴が現れたな、まったく。


「滅ぼしたって、人類をか?」

「そうだよ。それ以外ねえだろ。こっちに来る時に惑星ごと世界を消しちまった。まあ不可抗力ってやつだ。こっちの世界から地球に転移させられた時はどうなるかと思ったが、戻ってこれてよかったぜ。ハハハハハハッ。いや、正確には俺の送られた世界だから、お前の世界と全く同じかはわからんな。そう落ち込むことはねえ。お前の世界はまだあるかもしれねえ」

 

 男は馬鹿笑いしていた。

 正直、わけがわからん……。

 何言ってんだこいつ? 滅ぼしたのに世界がある?


 魔王は支配の数で強力な魔法が使えるようになっていく。地球の全人類を支配したのか。


 それで世界を渡るだけの転移魔法を発動した……ってところか、おそらく。

 で、その魔法の反動であっちの世界ごと消してしまったと。

 だが、それが俺の来た世界かは不明と。

 ふざけた奴だ。


 俺はいいことを教えてやった。

「っていっても、マルファーリスは俺が殺したがな……」


「そうか、死んだのか。やり返す相手がいなくなっちまったな」

「やり返すだと?」

「そうだ。あいつが俺の力を知ったから転移させやがった。あいつ知恵だけは回るからな。まあ、あいつがいないんなら、頭を使わなくていいから楽だぜ。人間と竜種、他の種族もまとめてこの世界を支配させてもらうだけだ」

「……こいつもか」


 あいかわらずの頭のとち狂った奴がまた現れやがった。

 いい加減、まともな者が力を持ってほしいものだ。


 そうか、だからメアリスに俺は好印象を持ったのかもしれない。

 この世界で強力な力を持った奴で、まともなのがいなかったからな。


 だが、待てよ……。

 こいつはいまその大事な支配をしているものがいない。

 来たばかりで支配数が0じゃないか?

 なら、王クラスではない……かもしれない。


 じゃあ、なんだこの雰囲気は?

 圧倒的強者の感じがする。


「ハハハ、わかったぜ? お前の疑問がな。俺がこの世界でどのくらい強いのか計りかねているんだろう。まあ、当然だぜ。お前は俺がいた時代の俺を知らねえ。あの男の冒険者(今は爺か?)と王女のババアくらいだった」


 そういって手を掲げた先から魔法陣が展開された。


「おい、何をしている?」


 俺はそれ自体が何かやばいものだとしか思えなかった。

 しかし、動くこともできなかった。

 いや、妖刀がなぜか動くのを邪魔するように位置を固定しているのだ。

 まるでいま動いたら殺されると言わんばかりに。


「簡単なことだよ。お前はメアリスに会ったことあるか?」

「あ……ああ、さっきな」

「じゃあ、わかるはずだ。魔王は魔族の王だ。メアリスの所に魔族はいたか?」


 俺は息をのんだ。


「……そういえばいなかった」


 魔族の王だと言うのに、支配しているのは全員騎士や勇者といった人間だった。


 せいぜい異質に見えたのは魔物くらいだ。

 俺が魔物使役の能力を持つ騎士を殺したから、魔王に能力が戻ったとして、やっぱりどこにも魔族はいないのだ。


 この大陸にはいないとか……?


「簡単なことさ。魔族を支配しているのは今でも俺だけってことだ」


 魔法陣は黒い穴を空へと生みだした。

 そこから何かがイナゴの大群みたいにたくさんの黒い何かが出てきた。


「そして、魔族の王がこの世界で特別なのは、俺が魔界から魔族を呼びだすことができるからだ」


「おいおい……なんだあれは」


 俺がファンタジーで知っている種族がかなりいる。


 見る限りでも悪魔族・鬼族(吸血鬼)・夢魔族など。ダークエルフや黒竜もいる。

 わかる範囲でこれ。

 化け物のオンパレードとはこのことだ。


 まだまだ知らない謎生物がどんどん穴から出てきた。

 数は地球の人口なんて比じゃないのではないか? と思うほどだった。



「こいつらがこの世界の別の次元『妖魔界』にいる魔族たちだ」


 そういうことか。

 こいつの支配しているのは正真正銘の魔族の支配者……魔王か。

 

 俺は妖刀を男の拳から振りほどき、心臓へと突き刺した。


 引き抜くとどす黒い血が噴き出す。


「ぐっ……」


 うめき声を上げたものの、顔が笑っている。


「やっぱり効かないか……」


 胸の穴が瞬時にふさがれた。


 マルファーリスといい、こいつらの完全不死体性は本当に厄介だ。

 胸に穴があいたら死んどけっての。

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