第43話 王の力の真実

 避難が遅れた少女を拾い上げることにした俺は、ゆっくりとモキュを風の操作で接近させた。


「おい、大丈夫か? 逃げ遅れたのか? とにかく乗れ」


 驚いた様子の女の子は、モニカとディビナに引き上げられると、そのまま上昇した。

 

「……あの」


 女の子は怯えた様子でぽつりとつぶやいた。


「ん? どうした?」

「あなたたちは悪い人ですか?」

「……いや、悪い奴ではないと思うぞ?」


 俺は念のため、ディビナとモニカに確認の視線を向けた。


「大丈夫ですよ」

「お兄ちゃんはいい人です」


 いや、そこまで言われるとさすがに違うと思うんだが、ちょうどいい。いまは否定しなくてもいいか。


「そうですか……」


 安堵したように、その女の子はほっと息を吐いた。


「それで、なぜあんなところに?」

「そ、それは……魔物が……」

「まあ言いたくないなら別にいい」


 やけにおどおどしている子だ。

 気が弱いのだろう。


 と、そこでさっきの重要な話を思い出し、フィーに問い返す。


「そうだ、さっきの話だが、その人が王だと魔法もなにか違うのか?」

「はいっス。人間の場合しか知らないんスけど、人間の王は犠牲の数によって『魔法』の威力や性能をどこまでも上げることができるんスよ」


 なぜかフィーは『魔法』をかなり強調していた。

 人間の王として力を上げられるのは、魔法だけらしい。それ以外はダメってことか。俺は魔法が使えないから、人間の王になってもその無限増強のような資格はもらえないと。


「なるほど……マルファーリスみたいなものか」

「そうっす。この世界には人間だけでも複数の王がいるっす」


 そこにモニカがこう付け加える。


「私が知っているだけでも、魔族の王と竜種の王がいるらしいです。ちなみに魔物の王が『魔王』です。竜の方は『竜王』と呼ばれています」


「ふ~ん、人間以外の王か。いまから会いに行く魔王がつまり魔族の王で、魔王となるわけか」


「人間以外の王は種族ごとに一体だけと言われているっス。でも人間以外の王が何を増やせば魔法の力を上げられるのか、詳しいことはわからないっス。人間とは違うことだけはわかっているらしいっスけど」


「それを……誰も知らないのか?」


 俺は3人を見回すが、皆が首を振った。


「そうか……」


 そこで、モキュの上を不安そうにしがみつく女の子が小さな声で言った。


「それは……『支配』です」

「いまなんて言った?」


 俺は声の聞きとり辛い女の子へと聞き返した。


「魔王は『支配』している数が多いほど魔法が強くなります」

「……そうなのか?」


 じっとその子を俺は見つめた。


 怯えつつも、「はい」と首を縦に振った。


「支配……か。すると、竜王もそうなのか?」

「いえ、竜種は支配する『領土』だと言っていました……」


 言っていた? 誰が?

 いや、そこは問題じゃない。

 竜はこの世界の『領土』のほとんど、中央大陸を支配しているらしい。

 たしかにマルファリースがいくら化け物で犠牲を重ねても竜王に届かなかったわけか。

 それに……


「いまの魔王は……」


 現時点での魔王の強さは、支配の数に匹敵する。

 支配数が多いほど魔法が強くなる。

 つまり、最低でも十数万の軍勢を動かしているだけの勢力を支配状態に置いている。

 それでいて不死。

 さて、マルファーリスとどっこいどっこいの化け物ってことだけは確定だな。


 人間の王は死者。

 竜王は支配領土。

 そして魔王は支配。


 なんとなくだが、この世界の仕組みの一端がわかった気がした。


「あの……」

「なんだ? そういえば、君の名前は?」

「あ、えっと、メアリス……です」

「そうか。しばらくついてきてもらうことになるけど、いいか?」

「……どこへ行くつもりなんですか?」

「そりゃ、魔王がいるっていうアルカリス王国の王城だな。ちょっと見て見たいのと、話がしたい」

「……わかりました」


 俺は改めて魔物と騎士の軍勢を見下ろすと、その全てが動きを止めていた。


「なんだ? 進軍を止めた……」


 小さな声でメアリスは言った。


「私がやりました。王城に行って魔王に話があるんですよね?」

「君がやったのか? 魔法……なのか?」

 

 確かに手に持っている黒い棒から魔法陣が一面に浮かび上がっていた。

 背は小さいが、騎士レベルの魔法の才能があるのかもしれない。見た目は侮(あなど)れないな。


「そうです。あの……魔王に何を聞きたいのですか?」

「ん? 魔王に聞きたいことは一つだけだ。この世界を滅ぼそうとしているのかどうかだ。それ以外は、ついでにクラスメートに言ってやりたいことはあるが、ついでのさらについで程度だ。世界が滅ぶと困るのは俺たちだからな」

「そうですか……魔王はそんなこと考えていないです。と私が言ってもこんな私の言葉を信じてはくれませんよね」

「……いや、たしかに君に言われてもな」

「あの一つ約束してほしいのですが、魔王軍の本当の目的がわかるまでは敵対軍事行動はやめていただけますか?」

「……なぜだ?」

「いま戦争をしているはずの魔王軍の中に入れば当然騎士や勇者たちに攻撃をされます。それでは戦いになってしまいます。そうではなくて、魔王の真意を確かめることだけに目的を絞ってほしいのです」

「まあ……3人も連れがいたら、確かに戦いというのは良作ではないが」

「きっと、あなたにも悪いことではないと思うんです。私を人質にして、中に入ればきっと攻撃もしてこないはずです。」


 彼らは仲間ですから、と最後にポツリと呟いた。

 そういったメアリスの目が真剣だった。いままで怯えたような不安そうなそんな顔だったのにだ。


「そうか、わかった。メアリスを人質にして、魔王軍側の攻撃をやめさせよう。それでとりあえず話し合う。その方法でも容赦なく君を殺して俺たちの命を取りに来たら、こちらも容赦はしない」

「そうしてください」


 若干頭の悪い作戦と思わなくもないが、俺はなぜか彼女の言っていることが一番正しい道に思えてならなかったのである。

 旗から見れば極悪非道。その役目を見ず知らずの人間に提案できるというのは、相当勇気がいることだと思うのだ。


 メアリスの覚悟めいた宣言から一通り段取りを考えることにした。

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