第23話:天の裁き
首のない男の兵士の胴体の背後から、血を滴(したた)らせた日本刀のような黒い刀を持つ騎士が、はっきりと俺の目の前に現れた。
血の色のような髪は、そいつの存在の異様さを際立たせていた。
こいつ……、口封じのつもりか? 首を切り落としやがった。
騎士は刀を一振りして、刃先についた血を払った。
周囲にいた兵士の一人が『タリバ様』と呼んだのが聞こえた。
こいつが例の最高指揮官の騎士か。
俺はその騎士を睨みつけた。明らかに尋問の邪魔をされたのだ。
「おい、いいところだったのに邪魔するなよ」
手に持っている槍を騎士へと向けなおす。
だが俺は目の前の騎士の姿を見失った。
その姿は蜃気楼のように消えたのだ。
この技は知っている。王国の騎士が使っていたものと同じだな。
いや、刀ならば攻撃を受けても問題ない。
そこで姿を再び表すまで俺はしばらく槍を構えているだけにした。
俺には斬撃・刺突無効があるから、能力範囲である『生き物ではない鉄の刀』は効かない。
騎士が再び姿を現したとき。すぐ鼻先まで迫っていた。
持っていた刀を俺の胸へと突き刺そうとしていた。
ふん、刀なんて効くわけ……、と思っていると、胸にすっと何かがめり込む感触がした。
「ぐはっ!」
俺は心臓をそのまま一突きされていた。
強烈な痛みが襲い、俺は腹を抱えるようにして刺さっている方な刀へともたれかかった。
赤い髪の騎士、タリバは俺を冷めた目で見下ろしてこう言った。
「お前……魔法を舐(な)めていないか?」
騎士が刀を抜いた途端、胸からは大量の血があふれていた。
ぐああああああああああ。
痛いんだよクソが……。
俺は痛みで地面にうずくまった。
日常的ないじめから痛みに耐性があるとはいえ、刺されたことはさすがになかった。
「お前の能力はすでに知っている。何が強みで……そして、何が弱点になるのかもな」
俺のことが知られている?
馬鹿な。ありえない。
俺は今日、この帝国の首都に来たばかりだぞ。
それではまるで俺のステータスを見たうえで対策を立てたようじゃないか。
「この剣は妖刀といってな、生きているんだよ。ダンジョンと同じ生命体なんだとさ。お前を殺すためだけに、女皇様がわざわざ用意してくださったんだぜ? すげーだろこれ?」
もがき苦しむ様を醜いゴミ虫を見るような目で見ていた。
武器が生きているだと……。なんだその反則的なまでの刀は。
確かに日本でも妖刀という単語くらいは聞いたことがある。
それが生きている? そんなの知るわけないだろ。
そこでふと、騎士は何か別のことをを思い出したようにニヤケ笑いをする。
「どうも俺様の妹が世話になっているみたいだから、死じまう前に感謝だけ言ってやるよ」
視界が霞んでいく中で、俺は絞り出すように呟いた。
「妹……お前まさか……モニカの……兄なのか?」
「はっ、そうだよ」
そう吐き捨てるように答えた騎士は俺の身体を思いっきり蹴り飛ばして、地面を何回もはねた。
騎士は止まった俺の身体を足の裏で踏みつけた。
「あれは俺様の妹……の皮をかぶせた人形だよ、ただの。あいつ幼児体型だからヤリはしなかったが、いろいろ遊んでやったよ。お前はどうだった? もう手を出したんだろ?」
何度も俺の腹を蹴りながら汚いセリフを吐き続けた。
俺は思い出す。
ああ、こいつはまるで、俺の嫌いな存在そのものだと。
生きているだけで吐き気のする人間を体現したような。
あの下劣な言葉を吐く父親と暴力をふるうイジメる奴らが、この騎士に重なって見えた。
俺はその騎士のたわごとを無視して、怒りで手をぎゅっと握りこんだ。
その瞬間、上空に待機させていた鉄柱の重力制御を解いて、物質操作へと切り替えた。
このポイントへといますぐ落とす。俺もろともこの場にいる全員を消すことにした。
もちろん、その中心点はこのカス野郎――赤髪の騎士の脳天だ。
加速した鉄柱の先が赤熱化して、この地点へと落下を続けていた。
痛みをこらえながら、俺は踏みつけている騎士の右足を掴んだ。
「……なあ、俺も一つ……言わせてもらっていいか?」
「あ? お前まだ生きてんのかよ? しつこい奴だな。とっとと死ね!」
刀を振り上げて、今度は俺の脳へと突き刺そうとした。
「お前こそ、俺の『物質支配』の力を舐めてないか?」
俺はわざと表情をいやらしくして、空を見上げた。
その瞬間、剣を振り上げた状態の騎士は上空の異変を察した。
「おい、なんだよあれ……」
騎士も空を見上げて何かが迫っていることを知ると、その場を離れようと俺から背を向ける。
が、俺が騎士の足をつかんでいるせいで、騎士は逃げることができないでいた。
「クソッ! その手を離しやがれ!」
騎士に何度も蹴りつけられたが、俺は死んでも離す気はなかった。
こいつだけは絶対に逃がしはしない。
あとで一命を取り留めたとな奇跡さえ起こさせない。
脳天へと巨大な鉄柱が激突した。
そのまま全てを押し潰して、地面にぶつかった瞬間、大爆発を起こした。
空気は熱で膨張して突風が吹き荒れ、地面のタイルは粉々に砕け散った。
周囲にいた人間も熱波を撒き散らす爆風で周囲に吹き飛んだ。
まず人間は生きていられないだろう。
嵐がおさまると、地面の土が直に見えた。
なんか下がツルツルしているが気にせず、周囲を見回した。
広場は全壊していて、周囲一帯の建物も全てなくなっていた。
騎士の姿もどこにもない。
あのタリバという騎士だけは、直に消滅するのを確かめたから間違いなく殺した。
おそらく他の騎士もこの場で消すことができたようだ。
俺は胸に当てていた左手を離した。
刺された箇所の応急処置をなんとか終えた。
胸から心臓、背中まで開いた穴はシリコンで埋めて内部を血管のように通し、水流操作で血流を整えた。
光を使った能力で、直接血液の流れを目に映しながらだが、医療知識のない俺ができるのはここまでだ。
心臓の構造や流れは知っているが、心臓の実物は見たことがない。せいぜい動画で心臓手術の映像を目にしたくらいだ。
この血液の流れが正しいのかもちょっと怪しい。
病院へ行かないと……ってここ異世界だから、病院はどうなっているのだろうか。
そこで、歩いている風景の中で、黒く怪しい光を放つ刀が地面に突き刺さっていた。
引っこ抜くと、あの騎士がもっていた妖刀みたいだ。
何かに使えるかな?と思いつつ、刀を手に再び歩きだす。
と、俺は途中でふらついて地面へと手をついた。
やばい、血を流し過ぎたのか知らないが、身体が上手くいうことを聞かない。
俺はそこで目の前が闇に包まれた。
倒れる感覚だけがあった。
その時、俺の身体をふさふさとした何か柔らかいものが包み込んだのだ。
ああ、この感触は……来てくれたのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます