第24話:お兄ちゃん

 意識が明滅する中で俺が覚えているのは、とにかくこの命の危機から脱するために能力を繰り返し試したことだ。

 微弱な電気パルスを操作して、擬似的な心臓の鼓動をつくりだしたのもその一つだ。

 そんなわけで心臓を復元して機能を元に戻すまでは、意識を手放すわけにはいかなかった。

 半分無意識状態だったせいか、その時の出来事は夢のような感覚があった。。


 その中で。直接頭の中に女の子の声が聞こえた。


『主様(ぬしさま)、僕を使って……』

 

「……誰だ?」

『僕は君の持っている妖刀なんだ。いまは詳しい話をしている時間がないよ。早く魔法を発動させて。傷を治すんだ』

「何言ってる? 俺に魔法は使えない……」

『主様(ぬしさま)は使えないけど、僕が使えるから。その応急処置じゃ例え勇者でも危険なんだ、死にたくないなら早く……』

「……わかった。どうすればいい?」

『能力を使う時と同じでいいから、手に持っている僕を武器として使うように念じて……あとは心臓を治癒箇所(ヒールポイント)にするんだ』

「わかった。だが、魔法は代償がかかると……」

『代償はすでに払っているよ』


 魔法を使うには勇者や騎士なら寿命を、他のものが使うと誰かを生贄にすることが必要だ。

 ……そうか。ここにいた騎士たちか。


 心臓にどろっとした何かがあふれるのを感じた。

 心臓を治したのだ。

 ドクドクと鼓動を久しぶりに感じた。

 

 それが終わると、外から身体が揺れるのを感じていた。

 俺は目をあけると、モキュの背中にのって運ばれている状態だった。


 そのままモキュの背中の毛をモフりながら、お礼を言った。


「ありがとうな、モキュ」

「キュッ! キュ~~」


 俺が目覚めていることがわかり、嬉しそうな声を挙げた。

 このままモキュの上に乗って宿へと向かうことにした。

 どうやら、街のところどころでは兵士たちが慌ただしく声を掛け合っている音が聞こえてきた。

 あの鉄柱を落とした爆発のせいで、騒ぎになっているようだ。

 




・・・・・・・・・・・・




 宿の前で街路を見ているモニカとディビナがいた。

 俺が帰ってきたのを見てモニカが最初に声を挙げた。


「あ、帰ってきましたよ!」

「ホントですね……モキュちゃんが出ていった時は、何事かと思いましたけど。大丈夫そうですね」


「ちょっと遅くなったが、宿は大丈夫だったか?」

「はい、問題ありませんでした。それよりもモキュちゃんが一緒でよかったです」

「ああ、迎えに来てくれたみたいだ」


 ディビナはモキュに近寄って顔を撫でていた。

 ディビナの話だと、ものすごい爆発音が聞こえた直後に、モキュがものすごい勢いで馬小屋を出ていき、どこかへ走り去って行ったらしい。


 街の兵士たちの間ではちょっとした騒ぎにもなっていたらしい。

 まあ、謎の爆音に加えて、これだけデカいハムスターが走り去れば騒ぎにもなるか。


 俺は宿で少し休むことにした。

 完全回復したわけではないのだ。体力を回復する必要がある。

 宿番のお婆さんに食事があると言われて、ディビナは一階へと残った。

 俺はモニカと二人でニ階の部屋に戻るとすぐに、モニカが話しかけてきた。


「あの……どうしてモキュちゃんの上に乗ってきたのですか? いつもは空を飛ぶのに。もしかして何か……あったのですか?」


 う~ん、話すべきか?

 モニカは兄を探して助けてほしいみたいに一度頼まれていたし、偶然に兄を見つけることがあったら連れてきてやるかくらいには思っていた。

 まだこの街で頼みたいことがあったからな。


 それが、なんやかんやでモニカの兄を木端微塵に消してしまった。

 しかし、なぜあのカス兄貴を助けてなどとお願いしてきたのだろうか?

 俺だったら、父親が消えたら嬉しさで飛び跳ねていたはずだ。

 例え夜中でも町内を一周走ってくる程度はしていたかもしれない。


 あんな兄でも慕っていたということなのだろうか。

 そうでもなければ土下座して頼みなどしないだろう。


 俺がう~ん、と唸(うな)っていると、モニカは何か良くないことがあったのだと察した見たいだった。


「なにか、あったんですよね……」


 俺は口ごもらせながらも教えてやった。


「ああ、ちょっと言いにくいんだが、モニカの兄はこの世にもういない……」


 殺したとは言えなかった。

 それを聞いた瞬間、どんな顔をしていいのか分からないといった表情で俺を見た後、顔を伏せてしまった。

 想定していた以上のことを聞いたせいだろうか。

 泣いているのか?と顔を覗き込もうとした時だった。


「そうですか……」


 ぽつりとそう一言だけ言った。

 泣いてはいなかった。が、その表情はとても悲しそうだった。


「あの……それで聞いてほしい話があったんですが、聞いてくれますか?」


 モニカは改めて口を開くと、宿を出る際に言っていた話のことだろうか。俺に了承を求めてきた。


「ああ……」

「といっても、話したいことが少し変わってしまいましたけど」


 ホっとした顔で、そう言って話を始めた。


「私は数年前まで母と兄と私の三人暮らしでした。兄が騎士になったのは母が死んでからでした。この国のことはすでに知ってもらったと思いますが、高い税を払えなければ人権を奪われてしまうものでした。奴隷になる人もいますし、奴隷に向かない人は真っ先に生贄にされてしまいます」


「ああ、何度か俺も見たな……」


「それで母が死んだ時、お金を稼ぐ手段がありませんでした。私に残されたのは母と住んでいた思い出の残る家と兄だけでした。だから……私は兄に頼るしかありませんでした」

「そういうことか……」


 俺は兄というポジションであるだけで、なぜあのタリバという騎士が妹を好き勝手に出来るようなことを言っていたのかがわからなかった。

 前の世界で俺の置かれた状況に似ていたのか。

 あのとき俺は子供だったから、ただ我慢して耐えるだけだった。

 

 と口をゆがませた俺に、モニカは恐る恐る聞いてきた。


「あの……、もしかして何か聞いたんですか? まさか兄に……」


 俺は怯える顔をするモニカへと誤魔化しを入れた。

 きっとこの子にとっては嘘でもそう言った方がいい。

 俺を含めた他人には、その間何があったのか知られたくないのだろう。


「いや、俺の前の世界でも似たようなことがあったと思っただけだ」


「……そうですか。話を続けますね。、兄はすぐ地位をあげていきました。そのせいで私はだんだんと横暴になっていきました。昔、『お兄ちゃん』と呼んでいたころの優しい兄は見る影もなくなっていました。そんな兄に耐えながら、それでもこの家を手放したくない一心で日々を過ごしました」


 口には出さないが、何があったかは苦渋の表情からなんとなくわかった。

 『兄』と呼んでいるのは、兄に対するせめてもの抵抗なのだろう。


「ところが、兄が突然姿を消したために、税が払えなくなってしまったんです。当然、家は権利を没収されて、私も人権をはく奪される一歩手前になっていました。そこでこの帝国を出て兄を探ししました……兄が見つかれば何をしてでもお金を出してもらって、家だけでも取り戻せると思ったんです……。もう家はなくなってしまいましたけど、あの場所は大切なものです。まだ瓦礫も残っていましたし、立て直してもらうことだってできるはずなんです。例え残骸になったとしても、母のいた家が私にとっては大事なんです……」


「そうか……」


 じゃあ兄を探していたのは、母親と暮らした家を取り戻すためだったのか。

 それで潰れた家を見て、泣いてしまったのか。

 いまこうして悲しんでいるように見えたのは、兄が死んだことそれ自体ではなく、兄が死んで家を取り戻す方法がなくなってしまったことだったのか。


 じゃあ、俺が今回やったことって、ただ兄を奪ってこのモニカから家を取り戻す唯一の希望を奪っただけってことになるのか?


 すると、モニカは真剣な表情でこちらを見ていた。


「あの……、だから私はあなたにこう言うしかないんです。お願いです……大事な家を取り戻してくださいませんか? 帝国の外にいてもそのうち魔物に殺されるか、野垂れ死にするでしょう。帝国にいても奴隷か生贄にされてしまいます。だったら、私は家を取り戻すためにこの身を捧げます」


 モニカは泣きながら、床へと頭をつけて土下座していた。

 

「――私をあなたの奴隷にしてもらってもかまいません。それで家を取り戻してくれるのならば、私はあなたに私の全てを捧げます! お願いします」


 俺はその請願を最後まで聞いて、即座にこう答えた。


「断(ことわ)る」


 それを聞いたモニカはぴくりと身体を震わせて、目にたまった涙を拭きながら立ち上がった。


「……そうですよね。私なんかもらっても仕方ないですよね。あの家に釣り合う価値もありませんし。私はコウセイさんならいいと思ったんです。だからって知り合て日が浅いのに、こんなずうずうしいお願い普通あり得ませんよね。無理を言ってごめんなさい……」


 そういってモニカは部屋のドアから出て行くのだった。


 別に必要ないのだ。


 俺は自由になりたいから、ここまで来た。

 誰かに私が奴隷になってやる。といわれて、はいそうですか、なんて御免だ。

 それに奴隷とか欲しいと思ってないからな。今あまり必要性を感じない。


 もちろん、兄を葬ったのは俺だから責任を取ってやるべきなのだろうが。モニカはなぜ兄が死んだのか、それを知らない。


 俺は扉をじっと見つめていた。

 すると入れ違いで食事を持ったディビナが戻ってくると、不思議そうにこちらへと視線をやった。


「なにか、あったのですか?」

「いや……別に何も」

「そうですか……」


 まあ、何もなかったなんて言って信じるわけはない。

 泣きながら、力なく出て言ったのだから。


 俺は出されたパンとスープを食べながら、今後の方針を、モニカと集めに行った紙に書くことにした。

 


『前の世界でできなかったこと……


ペットを飼う ○(○=達成)

人々からの称賛 ○(○=達成)

宿に泊まって食事をする ○(○=達成)

能力の応用を考える △(△=未達成)

武器屋、図書館・本屋に行く △(△=未達成)

この帝国の皇帝を始末する △(△=未達成)

俺の――』



 そこでふとペンが止まった。

 

「こんなこと、本当に頼んでもいいことなのか?」


 そんなことをふと呟いていた。


 俺には今、『なって欲しいもの』がある。

 が、頼んでそうになってくれるとは必ずしも限らなかった。

 さっきモニカに言うことができなかったのは、お願い事を聞く時に『パンツを差しだそうとする』こと以上におかしなことを、俺が頼もうとしていたからだ。


前の世界で言っていたら、


『なにそれ……キモっ。死ねば?』


 とか思い浮かぶ限りの罵詈雑言を浴びさせられるだろう。

 もしもそれを口にして、馬鹿にされるようなことがあったら、めったくそに精神が打ちのめされることになる。

 これは取引でなってもらえるものでもない。

 だが、モニカの涙を見て、もしかするとなれるかもしれない……と思ってしまったのだ


「クソッ!」


 食事をそのままにして、俺は窓から部屋を出ていくことにした。

 窓枠に足をかけた所で、


「どちらへ行かれるんです?」


 ディビナはなぜか嬉しそうな表情で問うた。


「ああ、ちょっとな」



・・・・・・・・・・・・


 俺は窓から飛び降りて道の先を見ると、街をふらふらと力なく歩いていたモニカをみつけた。

 そばまで走ると、モニカの手をつかんだ。


「ひゃっ!」


 悲鳴を上げるモニカに、「俺だよ」と言ってやる。


「実は、お前に頼みたいことがあるんだが……」

「……え?」


 振り返ったモニカは泣いて赤くなった目で俺を見つめ返した。


「馬鹿げたお願いだとは思う。だが、俺は欲しいものがあるんだ。モニカが良かったらでいいんだが、俺の――」


 俺は一呼吸おいた。

 おそらく、前の世界でこんなことを年下の女の子に行ったら、頭がおかしい奴と思われたはずだ。

 だが、どうしても欲しかったのだ。母親が出て行って、結局その望みも無くなった。

 

 俺は迷いを断ち切って、力強く言った。


「俺の妹になってくれないか?」


 モニカはきょとんとした顔をして、静かに俺を見つめる。

 いま私は何を言われているのだろう? と言う表情をしていた。


「お遊びの妹とか何かのプレイとかじゃなくて、本当の家族として俺の『妹』になってくれないか?」


 言った意味を理解すると、モニカは嬉しそうに微笑んだ。


「はい、よろこんで。――お兄ちゃん」


 この日、俺に家族ができた。

 そして達成した。

 妹から『お兄ちゃん』と呼んでもらうことができた。


 さて、これからやることは決まったな。

 帝国に妹の家(の利権)を返してもらうことにしよう。

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