第11話:大ヒマワリの種

 家の中からディビナが戻ってくると、俺は家の中に案内された。

 木造建築の家は日本にもあったが、現代建築な雰囲気はなかった。いかにも昔ながらな建物だ。前の世界で言うアンティークと言ったほうがいいかもしれない。


 両開きの扉もガタガタで壊れる寸前。床は土を何かで固めただけ。

 入口から入ると、そのまま一軒家の中すべてが見回せる作りだ。


 ベッドの上に座っていたのは、長老らしき白いひげを生やしたじいさんだった。

 頭に毛はなく、ツルツルだ。

  

「お主か? 聞きたいことがあるというのは?」


 俺は頷く。


「はい、ちょっとこの辺のことについて知りたくて」


 じいさんが俺の後ろに視線を送る。

 そこには入り口をその巨体で無理矢理に通ろうとして、すっぽりはまってしまったモキュがいた。


「キュ~~」


 あ、結構、入口大きいからぎりぎり通れるかな?と思っていたが、あと一歩のところで駄目だったようだ。

 そして、俺が手を引っ張って中に引き込むと、すぽっと家の中に入ることに成功した。壁に若干亀裂が入ったが、見なかったことにしよう。


 長老はモキュの大きな姿を見て、ひげをさすった。


「大きいのう……げほげほっ!」


 そして、口からドバっと血を吐きだした。

 え? は? 

 まさかモキュの大きさにびっくりしすぎて、吐血したとかじゃないよな?

 

「あの……口から血が出てますけど、大丈夫ですか?」


 か~ぺっ、と桶に唾を吐き出して、手を振ってきた。


「まだ大丈夫じゃ」


 まだ……とか、怖いこというなよ。

 ベッドに寝てたから、なんか病人ッぽいし。そういう病気なのかもしれない。

 ディビナは慌てて、木のコップを差し出して何かを飲ませた。

 もしかして、あの集めていた草は長老のためだったのか?


 まあいい。とりあえず、ここが何の村なのかを最初に聞くことにした。

 

「それで、この村は一体……」

「そうじゃのう……。まずわしがこの村の長老じゃ。この村はゴルボ村といってのう。すぐ近くにガーダバルン帝国という国があるのじゃが、その最東端の辺境にある村なんじゃ」

「ガーダバルン帝国……?」


 名前で判断するのはどうかと思うが、響きから俺の行きたいようなまともな国なのか?と疑問を持ってしまった。

 侵略戦争とかしてそう……と想像してしまうのは、漫画の読み過ぎなのだろうか。


「帝国は発達した技術と魔法戦力を保持している、世界最大の領土と兵力をもつ国家と言われておるのじゃ」


 あれ? 予感が当たったのかな。

 いや、まだ結論を出すには早いか。それより……、


「……そんなに規模の大きな国に属しているのに、この村はなぜこんな干からびたみたいになってるんです?」

「それは……立て続けに悪いことが起こってのう。最初、村から少し離れたところに川があったのじゃが、遥か北の上流にダンジョンが生み出されたせいで、せき止められてしまったのじゃ」


 ふ~ん、ダンジョンができると、そういうこともあるのか。


「じゃが、悪い出来事はまだ続いた。水が手に入らないからと、水魔法の使える冒険者を雇って畑や生活の水を補っていたのじゃが、数日前に商人の一団が魔物に壊滅させられて、食糧が届かなかったのじゃ。物資輸送のためにつくられた街道付近に魔物の群れがすみついてしまって、物資や食糧の調達もできなくなってしまった。そのせいで、冒険者もさっさと帝国へと帰ってしまった。さらに重ねて。近くの山に山賊がすみついたのじゃ。村から、若い娘は攫われ、食糧も奪われる始末。その出来事がきっかけでほとんどの住人たちが、帝国の都市へと移って行ってしまった……のじゃ」


 じいさんの長い話を聞きながら、なるほどと相槌を打った。

 どうやら、そんな危険な村よりも帝国の方がはるかに安全で移住してまで住みたいと思われる場所らしい。

 なら、このまま帝国へ行くのがよさそうだ。

 にしても作為的な出来事が多いな。そんな悪いことばかり偶然起きるわけがない。

 また、なんか政治的な争いごとかな? 

 なるべく関わり合いにならないほうがいいかな。


 他に聞きたかったこの世界やついでに帝国のことなどことをいくつか質問した。

 それによるとどうやら帝国は、比較的よそ者でも住みやすいことがわかった。

 その後、俺は礼を言ってここを去ることにした


「話を聞かせてくれて助かった。俺はこのまま帝国へ向かうことにする」

「……そうか。気をつけてのう」


 長老の家を出ようと思った時、隣にモキュがいないことに気づいて辺りを見回した。


「あ、いた」


 モキュは家の隅にある何かのにおいをかいで、「キュ~」と鳴いていた。


「ん? これは?」


 俺は隅の方へと歩いて行くと、モキュの視線の先には大きなヒマワリの種があった。

 この柄といい、見た目といい、間違いない。

 だが、知っているヒマワリの種とはサイズがケタ違いだった。

 

 それに反応したのは長老だった。


「それは大ヒマワリの種じゃ」

「なぜこんなものが家に?」

「それは、この辺から東部周辺にかけて、そこにいおるハムスターと同種の『ビッグハムスター』という種の動物が生息しているのじゃが。もともと、ビッグハムスターが生息するようになった理由こそが、この大ヒマワリが咲くポイントだからであり、この地域に餌場がいくつもあるためじゃ」

「ほうほう、なるほど……モキュのように大きいハムスターがまだたくさんいると?」

「いや、生涯の中でもここまで大きいのは、さすがに見たことないのう」

「そ……そうか」


 ついモフモフ天国を想像してしまった。

 このモキュは同じ種の中でも特別デカいようだ。

 そこで、じいさんのすぐ横にいるディビナを見て納得した。

 あの時、魔物でないことを納得したのは、よく見てビッグハムスターだとわかったから、ということらしい。

 

「ここにあるのは『ヒマワリ油』にして生活に使うためのものじゃが、村の技術をもった者がほとんどいなくなってしまった今、生成できないで放置しているのじゃ……」


 再びじいさんからモキュへ視線を移すと、物欲しそうな目でその大ヒマワリの種を見ていた。


「欲しいのか?」

「キュ~」

「そうか……。長老、この種をくれないか? 対価はすまないが、俺にできることならなんでも……だな」

「ん? いいが、どうするのじゃ? ああ、餌にか……」


 じいさんは改めてモキュが食べたそうにしているを見て納得した。


 よし、この状況で俺のしたかったことを思いついた。

 前の世界では、俺はほとんど誰かに褒(ほ)められたことがなかった。

 小学生の時、百点をとったから急いで学校から家へと戻ったら、母親は寝室で別の男と浮気中だったし、それならと思って父親に褒めてもらいに行ったら、「うるせー!」と蹴り飛ばされて、ビリビリに答案を破られた揚句(あげく)、ゴミ箱にたたき込まれた。

 その後、母親は蒸発して消え、父親は腹いせで若い女を襲い始め……。


「おい、大丈夫かの?」


 知らないうちに目から涙がこぼれていたらしい。


「い、いや……」


 涙を手の甲で拭った。

 この程度で感情が揺らぐなんて、俺もまだまだ甘いな。

 もう自由なのだ。あの日のことは忘れよう。

 

「そうか?ならよいのじゃが」

「よし、そういえば、さっき川がせき止められたとか魔物や山賊がどうとか言ってたな。村の障害は俺の方で排除しておく。だから、そろそろモキュに食わせてやっていいか?」

「それはどういう……? いや、種はもちろん食ってくれてかまわんが」


 俺がモキュに頷いて


「よし、食っていいぞ」

「キュッ、キュ~~~」


 するとモキュは、ヒマワリの種に飛びついて、殻をガリガリむき始めた。


「じゃが、本当にそんなこと、お主がたった一人で出来るのか?」


 じいさんの目は疑心に満ち、隣のディビナなんて、詐欺師を見るような目で胡散臭そうな顔をしていた。


「ん? ああ、まったく問題ない」


 その返事にまだまだ信じられないような顔をしたままのじいさん。

 まあ、川をせき止めているダンジョンを取り除いて川を復活させ、街道の魔物の群れを討伐し、山賊を排除するなんて、普通は無理だ。

 俺を除けば。


「そんなこと全部、たった一人で出来るわけないです! あなた死にたいんですか!?」


 ちょっと興奮した感じで、反対してきた。

 なんでこの子……こんな俺に対してあからさまに否定的なんだ?

 別にどうでもいいか。どう思われようと俺はいま自由なのだ。


 自分の意志で好きなことをし、『褒められる』という一点のために行動する。いや、餌代でもあったな。


「まあ、死ぬことはない。大丈夫だ」


 と言葉を残して、ヒマワリの種を食べ終わったモキュと一緒に家の外へと出た。


 最初は山賊のお掃除だ。 


「覚悟しておけよ!」


 俺は山の中にいるであろう、山賊たちへと吐き捨てた。

 モキュの餌代と俺の私欲のために、クソ野郎どもには今から死んで頂こう。

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