第6話 高校二年生 12月 俺の人生は姉妹のもの

 終業式のあとに自宅に帰った俺は、いつものように家事をこなし、シャワーを浴び、少しリラックスする時間を取る。

 この間の修学旅行の時にじゃれあった、魂の兄弟たちとのやり取りが思い浮かぶ。


 遠藤は体毛が濃いのが悩みだ。腕毛、すね毛、胸毛までしっかり生え、毎朝ヒゲと格闘し、夕方にはまたヒゲが青々としている。手の甲まで毛に覆われているのもコンプレックスらしい。男性ホルモンがかなり多いんだろうな。体格はがっちりして筋肉質だし、ちょっと日焼けもして、男っぷりが上がっている。さすが引越しのバイトで鍛えているだけはある。こいつの体の悩みは俺にはよくわからない。なにしろ俺と真逆の体だから。そしてバイトのおかげか、意外と細かいところまで気配りできるいい奴だ。女子にもよく話しかけられてはいるが、あくまでもクラスメートとしての関係。遠藤はやはり年上のきれいなお姉さん好きというところは曲げられないらしいし、話しかけてくる女子も理解しているようだ。見るからに『頼れる男』で、気は優しくて力持ちというのは、こういうやつのことを言うのだろう。

 樺山の体は標準的といったところか。夕方に顎が青々してることもないし、腕がゴリラになっていることもない。すねは手の平でクルクル撫でるとアリンコができるくらいで、これも平均的。胸毛もない。背も高いし、眼鏡の向こうに光る目は涼しげだし、髪もサラサラして、何気にかっこいい。女子が思い描くイケメン男性というのはこういう感じなのだろう。趣味と言葉遣いに少し、じゃなかった、すごく難があるが、オタクを感じさせない容姿が奏功し、休み時間に他のクラスから女子が覗きに来ているらしい。だが同じクラスの女子は本性を知っているからか、こいつを交際相手の候補として考えている人は誰もいないようだ。それはそれでどうかと思うが、本人は特段気にしている様子はない。彼の頭は、鉄道と、エロ本の中のきれいなお姉さんで占められているようだ。仮に女子に告白されても素で悪気なくその気持ちを踏みにじりそう。そして、女の子が泣いて帰っても一切フォローしなさそう。

 一方、俺は特に男らしい体つきではない。体毛に悩まされることはほとんどないし、髪はふさふさしているけどヒゲに悩まされることもない。腕も胸も綺麗なものだ。そのかわり、背は中学のころからほとんど伸びていないし、声変わりもほとんどなかった。身長も164センチ程度で止まってしまった。筋肉質でもないし、だからといって贅肉が付いているわけでもなく、骨張っているわけでもない。中性的な体つきだと言われる。下手したら、男性ホルモンより女性ホルモンのほうが強いのかな。

 遠藤と樺山が修学旅行の風呂の時にやたらに俺の体に触りたがったのは、中性的だからなのか、それともそっちの趣味に目覚めたのか、どっちなんだろう。俺としては前者であってほしいものだ。俺はこいつらと恋愛したり体の関係になるつもりは皆無だからな。


「おまえ、すべすべだよなあ……。」

「筋肉ほんとないですよねえ。」

「やめろって、くすぐったいだろ。」

「お姉さんの体ってこんななのかなあ……。」

「やめろ、そんなところを揉むな!」

「遠藤先生、小郡さんは特殊な趣味の女性に気に入られそうな感じですねえ。」

「確かに小郡を男として見ることは難しいな。」

「だからこそ、一部のお姉さんにとっては極上の逸品なんでしょうなあ。」

「だからやめろってば!」


 いろんなところをベタベタベタベタ触りまくられた。

 股間を触られなかったのが救いだった。


 そして、修学旅行といえば、こんな一幕もあった。


 大型バイクの主人公が活躍する映画に影響を受けたと思われる納富のうとみが、大の車好きとしてクラスの男子に認識されている遠藤に喧嘩を売ってきた。どうやら、メカが露出している大型バイクにしがみついて自由自在に操る刑事が、障害物の多い場所でバイクで逃亡を図る凶悪犯をきっちり追い込むシーンにいたく感動したらしい。カーチェイスならぬ、バイクチェイスだ。ごちゃごちゃした大型機械を全身で操作して自分の手足のように動かすところに男心をくすぐられたのだという。それに対し、自称「フェアな男」の遠藤は、

「小郡がバイクの良さを俺に説明できたらバイクも車として認めてやろう。小郡に一週間、考えさせてやってくれないか。」

 と言った。結局、納富の持ってきたバイク雑誌やバイクのカタログの資料一式が俺の手元にやってきた。


 修学旅行が終わった後、納富の資料とウェブサイトを眺めながら、海沙お姉ちゃんと葉月とバイクについていろいろ検討してみた。

 俺だってもともとバイクに興味がなかったわけではない。ただ、雑誌の表紙をちょっと見て、ぱらぱらと流し読みをして、遠くまで行ったら楽しいだろうな、くらいにしか考えてなかっただけだ。まじめにバイクを知る機会が巡ってきたと思えばいい。

 バイクの醍醐味といえば、彼女と密着してタンデム、要するに二人乗りだ。むしろ、姉妹と毎日のようにいちゃいちゃしている俺には、これくらいしか思いつかない。上品に膝を揃えて乗ることができるスクータータイプはいまいち魅力がない。否定するつもりはないが、これは趣味の乗り物ではなく、移動のために仕方なく使う乗り物にしか見えない。

 日本の法律上、バイクは排気量が50、125、400ccを境として4区分にわかれる。バイク初心者なら、二人乗りが許される、排気量が51から125ccのいわゆる原付二種になると思う。高速道路は乗れないけど値段も手頃だし、どうせ免許を取ってからは3年間、高速道路の二人乗りは無理だ。大きいバイクのほうが格好いいかもしれないけど、まずは小さいバイクから慣れておかないと。

 バイクはただでさえ危ないと誰もが言うけど、だからこそ注意は必要だ。事故率は意外と低いが、事故になった時のダメージは大きい。とはいえ、パワーがないとそれはそれで問題なのかな。大きい荷物を持った人がすばやく動けないのと同じだ。こう考えると、125ccは無謀なのかも。一人で乗るならともかく、タンデムするなら250ccでも厳しいかな。下手したら、値段が張るけど400ccにせざるを得ないかもしれない。そのあたりは一度、プロに話を聞かないとダメかも。

「バイクって、最初は筋肉痛が酷いんだってね。ずっと馬に乗っているような体勢をとって、慣れない筋肉を酷使するから、らしい。」

「私達は肉体がないからいいけど、遥お兄ちゃんは大変だよね。」

「この人、幹線道路だとススにも苦労する、って書いてるな。」

「峠道を攻めるバイカーや舗装のないオフロードが好きな人もいるみたいだけど、この手の楽しみ方で二人乗りは厳しいよね。」

「一方、ひたすらまっすぐな道を走りたがる人もいるけど、この辺りだと、あまりないよね。海岸線沿いの道路をひたすら走るのはありかな?」

「もちろん、騒音公害を起こしたり、わざと警察に叱られる乗り方をするのは論外だな。

 私達みたいな美しい女性とタンデムして嫉妬されるのは全然問題ないけどね!」

 ……自分で言うなよ。


 調べれば調べるほど難しい課題だと思ってしまう。でも、デメリットばっかり、なんてことはないはずだ。

「爽快感と加速感は他の乗り物と比較にならないくらい楽しいらしいよ。小型バイクだと加速はいまいちだろうけど、パワーがあると爽快感はあるだろうね。」

「あと、フルフェイスのヘルメットから長い髪のかわいい女の子が出てくる。

 これだよ、これ! バイクの最大のよさ!」

 それだ!

「遥お兄ちゃん? 無愛想なヘルメットを外した私が『遥お兄ちゃん、お疲れ様☆』と笑顔を見せたら、遥お兄ちゃんの疲れが吹き飛んじゃうでしょ?」

 吹き飛ぶ。

「あと、普段と違う服装の女の子もギャップ萌えするよね? 事故防止のために、ぴったりとした長袖長ズボンのバイク用の格好。私みたいな胸の大きめの女の子だったら、おっぱいが強調されて興奮しちゃうかもよ?」

 興奮する。

「途中でヘルメットを交換するのもいいな。彼女の汗と匂いがたっぷりこもったヘルメットを味わうんだよ? これはもう、ご褒美だな。」

 いいかも。

「彼女も免許持っていたら運転する役と抱きつく役を交代でやるのもいいかも。」

「天気と気温がほどよい時期に、そこまで遠くもなく、だからといって近すぎてつまらなくもない場所に乗るのがおすすめかな? 路面状況がよく、天気予報で降水確率が低い日を狙って、前々から予定を立てずにふらっと出かけるの。」

 むしろ、候補の案を用意しておいて、いつ実施するかどうかは直前に決める感じかな。

「はじめのうちは夜間の運転は厳しいから日が沈んだらアウトだな。バイクは自動車より安いから大学生でも手が出しやすいけど、二人乗りをすることを考えると、使える日が車よりずっと少ない。」

「郊外の安宿が目的地の一泊旅行なんて、いいんじゃない?」

「葉月、ナイスアイディア!

 筋肉痛が酷いだろうからゆったりリフレッシュしたいよな。

 荷物をあまり持てないから二人でバイクで数日間の旅行はお勧めできない。」

「でしょ?

 もちろん! お風呂は二人で入らないとね。

 疲れてお風呂で転倒するとか、思わぬ事故があったら大変じゃない。

 せっかくだしお互いに体や髪を洗いっこしないとね。」

 やっぱり、そうなりますか。

「当然でしょ? そのシチュエーションのためのバイク旅行なんだから。

 私達も問題が起きないよう頑張るけど、遥も自分でできる限りのことをしておけよ。」

「一つの狭い浴槽に二人で入るのって、いいよね。狭すぎるお風呂だと向かい合わせになるのかな。」

「新婚生活を始める時はお湯代を浮かせるために一緒に浴槽に入ることになるんだろうから、今のうちに慣れておかないと。」

「あと、マッサージ! 一日バイクに乗った後は激しい動きをする気にならないだろうから、激しく求めるというよりは、ベッドで甘く優しくいちゃつくに限るよね。」

「一日バイクにまたがってると、何かにまたがっていないと、何か物足りないと思うんだよね。遥が彼女にまたがってもいいし、その逆でもいい。」

「遥はどっちがいい? 上と下。」

 どっちもいいけど、下のほうがいいかな? 相手を潰したくないし。

「遥、優しいな。でも遥の体重で潰れるような女は後々大変だからやめとけ。結婚相手にはある程度の体力を求めないとな。」

「女の子も、たまには迫られるのも好きなんだよ?」

「マッサージに戻るけど、足の指や足の裏、ふくらはぎ、太ももと、手と唇と舌を使ってちゃんと気持ちよくさせてあげるんだからな。バスタオル一枚の彼女を足のほうから眺めるのも一興だぞ。」

「遥お兄ちゃん? 今、海沙お姉ちゃんの無毛のお股を想像したでしょ?」

 ぎくっ。

「背筋も疲れてるだろうから背中もマッサージしてあげるんだよ?」

「遥が頑張ったらおっぱいでマッサージしてもらえるかもな。」

「遥お兄ちゃん? おっぱいは、最後のご褒美にとっておくんですよ?」

「お風呂のボディーソープは使い放題だけど、口に入れないようにしておけよ。」

 話が変な方向に向かっている気がする。

「ん? ここ、面白いこと書いてるな。」

 コーナリングをする際、体を一緒に傾けないと転ぶことがあるようだ。

「まずは彼女とこれをやる練習をしておかないと。そうだな、枕にでもまたがってやるとよさそうだ。バイクのタンデムでは、自分が相手を信頼していないと、自分も相手も両方大怪我するかもしれない。だからお互いの信頼を高めることができる。これが最大の長所かな。」

 そうだね。確かにそうだ。


 後日、遠藤と納富に俺の検討結果を話したら、遠藤が悔しそうな顔をしていた。

「お、俺は、エアコンの効いた車内でお姉さんといちゃつきたいんだ……!」

 強がっているけど心がかなり揺さぶられたようだ。

 後ろで話を聞いていた樺山はなぜか泣きそうになっていた。

 そして納富は思った回答が返ってこなかったせいか意外な表情をしていた。大型バイクで爆走する格好良さを理解してくれると思っていたようだ。とはいえ、「そうか、こういう考え方もあるんだな」と俺の意見に感心していた。そして、こうも言った。

「遠藤と樺山が何で小郡をマエストロと呼ぶのかわかったよ。俺からもマエストロの称号を与えてやろう。」


 大学に入ったらバイクに挑戦してみようかな。

 そう考えはじめて以来、道路でバイクを見るたびに姉妹とバイクでタンデムする空想をしてしまう。

 いつも強気な海沙お姉ちゃんが後ろから抱きついてくるのって、何か新鮮な感じかも。でも、運転中にお腹をさわってきそうだな。安全運転に徹したいので、そういうのは休憩中にしてほしい。海沙お姉ちゃんは峠道を攻めるのがが好きそうなイメージだ。「やめてー」と絶叫マシンに乗ってる時のような声をあげつつ、目を回しそうになってる俺を見て大笑いしそう。

 逆に、普段はおとなしい感じがする葉月が運転したら凄そうな気もする。650ccくらいの大型バイクで、太陽の光を反射してキラキラと輝くエメラルドグリーンの塗装の、メカがほとんど見えないフルカウル。もちろん、ヘルメットは日差しを反射して輝くエメラルドグリーン。ド派手に決めて、他に誰も居ないような直線道路を全力で爆走しそうだ。後ろに乗った俺は振り落とされないように必死に葉月にしがみつくんだろうな。そして、葉月は絶対に俺に運転させてくれない気がする。


 そして一つ、気がかりなことがある。

 倒れたバイクを自分で起こせることが最低条件らしい。実はこれが大変で、バイクは大きさにもよるが数百キロのものもある。物理の考え方を使えば、すごく大雑把に見積もって、この半分程度の重さを浮かすことができなければバイクを起こすことが出来ない。200キロのバイクを考える場合、いわば、ツルツルの壁の横にある100キロくらいの箱を、全身を使ってでもいいから地面から浮かすくらいの力がないとダメなんだそうだ。もちろん手だけの力では無理だから、全身を使うことになる。

「筋肉質な遥って変な感じがするから、筋肉つけるのも程々にね?」

 こんなことも言われてるし、バイクを買う場合、バイクの本体重量も気にしないと。都合がいいものが見つかるといいな。


 冬休みの間は一人か。そうなると無駄に騒がしいあいつらが恋しくなってくる。いつの間にか、学校であいつらと過ごす時間が少し楽しみになっている自分がいる。姉妹と仲良く過ごすのとは違う、別の楽しみだ。そういえば最近、人生に楽しみが増えてきたな。無気力だった中学の時とは全然違う。

 家にいる時間が長くなると思うと気分が塞いでくる。


 そんなことを考えながら布団に入ると、海沙お姉ちゃんから話しかけられた。

「なあ、遥。明日から冬休みで憂鬱だと思うが、私からもちょっと、真面目な話がある。」

 海沙お姉ちゃん、何?

「嫌な話かもしれないけど、私が隣にいるからね、遥お兄ちゃん。」

 二人とも改まるなんて、なんだろう。


「どこから話そうか。

 遥、私達神様って、どんな存在だと思う?」

 ……いきなり言われても、困るな。

「言い換えるか。神社って、何のためにある?」

 おみくじを引いたり、お願いをするところだけど、神様を祀る場所なんだよね。

「多くの人間はそう思ってるよな。

 でも、冷静に考えると、神様が人間の身勝手な言い分を黙って聞く存在、なんて虫のいい話はありえないと思わないかい?」

 ああ、そうだ。言われてみたらそうだ。

「だから神主とか巫女といったプロが、人間代表として私達のご機嫌取りをしたり、私達に心からのお願いごとをするわけだ。基本的には、豊作、豊漁、水難除け、つまり、『個人の願い事』ではなく、『社会全体、みんなにとっての願い事』だ。いくら神様といっても、一般人のわがままなんていちいち聞いてられないって。あちらを立てればこちらが立たず、って話になるから、そもそも全員の希望を叶えるなんて、無理だ。」

 だったら、神社なんてなくたっていいじゃない。

「遥にしては、いい線ついてくるな。

 そう、神社なんて、本当はなくてもいいんだよ。」

 え?

「ぶっちゃけると、神様は人間の心を喰って生きている存在なんだ。

 私達に感謝する人が多ければ、優しい神に。恨む人が多ければ、手のつけようがない祟り神に。喰った心次第で全然違うものになってしまう。

 だから、人間は神社って場所を用意したんだ。

 神社という場所で、プロが神様に接して気持ちを捧げることで、私達を人間にとって都合のいい状況にしておくわけだ。

 実際に場所があると、多くの人もわかりやすいでしょ?」

 そうなんだ。

「逆に言うと、神社という場所を介さずに、直接神様が人間と触れ合い、人間が神様に気持ちを捧げることも可能なわけだ。いわば、人間がまるごと神社なわけだ。」

 まさか……俺……もしかして、俺が海沙お姉ちゃんと葉月とやってきたこと……?

「ああ、その、まさかだ。

 私達にとって、遥は『夜伽巫よとぎかんなぎ』だ。」

 何だよ、その「夜伽」ってのは。

「毎日、遥は私達のことを好きだとか、愛してるとか、心からそう思ってるだろ?」

 ああ。

「私達はその気持ちを受け取って日々頑張ってるんだ。それが、『夜伽』。」

 何だよ。俺の好意を喰って生きてる、ってこと? 俺、利用されていたのかよ。

「まあ、正直に言うと、利用した、といえば利用したんだよね。」

 俺は葉月のほうを見る。葉月は申し訳無さそうに、俺の手を握っている。

「でも、遥にとって一方的に悪い話じゃないんだよ。」

 え?

「だってさ、遥が不幸だったら、私達をちゃんと愛せないでしょ?」

 そうだ。

「だから遥が幸せに生きていけるように私達も頑張ってるんだよね。遥が早死にしたり不幸になったりすると私達だって不利益を被る。本来、得ることが出来る利益を失っちゃうわけだから。夜伽巫を使い捨てるのはあまりにももったいない、合理的なやり方じゃないんだよ。そういう意味でも遥にとって悪い話じゃないんだ。

 それに、振り返ってみたら、私達が来てからいろいろ変だと思わない? 薄々、わかってるでしょ?」

 ……そういえば、そんなことあるかも。

「第一志望の高校もちゃんと受かったし、学校ではお友達もいるでしょ? 毎日が充実してると思わないかい?」

 まさか……全部あんたらの仕業だったのかよ?

「遥。お姉ちゃんに『あんた』は失礼だと思うよ? でも、今日は動揺してるみたいだし、大目に見てあげるか。

 遥は毎晩のように私達と愛を囁きながらいちゃついてたでしょ。」

 ああ。

「人間にとっての最も強い好意は愛情だからね。毎晩のように行われている私達との『夜伽』が、私達にとって最高に美味しい感情なんだよね。ありがとう、遥。」

 葉月が俺の手をさっきよりも強く握る。

「私達が遥にべたべたに甘いのは、甘ければ甘いほど遥は優しい気持ちになって、心がとろけて私達を求め、底なしの好意と愛情を注いでくれるでしょ? これが最も効率よく遥からプラスの感情をもらう方法なんだよね。私達は甘くて濃厚な関係が大好きだから、遥は遠慮する必要ないんだよ?

 私達が遥の人生がうまくいくよう根回しし、幸せな遥が私達を愛し、私達を心地よくさせる、みんなが得する状況だったんだよ。」

「お兄ちゃんのおかげで、私も海沙お姉ちゃんも、すっごく楽しいんだよ?」

 ……なんか複雑な感じがする。俺は利用されていたことは事実なんだけど、だからといって、俺に一方的に迷惑をかけていたわけではないようだ。

 そうか。アリとアブラムシ、イソギンチャクとクマノミみたいな、お互い得する関係なんだろうか。


「で、ここからがもっと嫌な話なんだが、夜伽巫やその女性版の夜伽巫女よとぎみこが暴走したら、どうなると思う?」

 どうなるって?

「神様が味方だからといって、好き勝手するようになって、私達を手酷く扱うようになったら、どうなると思う?」

 神様が暴走する、のかな?

「そう。でも私達だって暴走したくないからね。黙って乱暴されるわけではなく、抵抗だってするわけだ。自分の身を守るためには当然のことだよな。

 となると、私達が暴走しそうになる前に、仕方なく道を外れた夜伽巫や夜伽巫女を始末するはめになる。そいつが再起不能になって暴走を引き起こす能力を失うように。それが合理的な結論だ。」

 ちょっと……。どういうこと?

「もう予想ついていると思うけど、私達は清海神社の神様、人間の言葉では神使だな。

 遥は最初に清海神社で願い事をしただろ? いい家族が欲しい、だっけ?

 私達は、その願いを叶えたわけだ。遥が夜伽巫として役割を果たす限り、私達が遥の家族になる。

 そしてこれも大事な話だ。清海神社の公式の神職や巫女とは別に、清海神社の神使はある一族の者を夜伽巫や夜伽巫女として選ぶことにしている。建前でなく本音で接することができる、私達の協力者としてな。もっとも、この『裏』の巫や巫女のことは公になっていないけどね。『表』の人も知らないはずだ。」

 葉月が寄り添ってくる。

「遥の両親が遥のことを気に留めなくなったのは、いつからだった?

 その頃に大きな出来事があったでしょ?」

 まさか……!!

「遥が不幸になったのは、ある意味、私達のせい。

 先代は道を踏み外した。」

 おい。まさか、マジかよ……!!!!

「だから始末せざるを得なかった。その結果、彼女は会社も家族も名誉も、すべて失うことになった。」

 何だよ。何だよそれ。俺はとばっちり食らったのかよ。

「まあ、私達みたいな神使が介入しなかったら、そもそもあそこまで人生を成功させることはできなかったんだろうからな。正直なところ、彼女をあのように育ててしまったのは私達のせいだ。私達、と言ってるが、私と葉月じゃないからな。他の神使だ。

 悪いのは成功して調子に乗りすぎた彼女か、彼女が将来的に豹変することを見抜けなかった私達か。両方なんだろうな。

 その罪滅ぼしというわけではないけど、私達は遥を次の夜伽巫として育てることにした。私達は遥が辛い思いをする遠因だから、その責任を取りたい。犠牲になった遥に幸せになってほしいんだ。」

 全部、そっちの都合かよ。

「遥には道を踏み外してほしくない。私達だって、無駄に悲しい思いをする人が増えてほしくないんだ。

 遥には幸せになる権利と義務がある。私達は遥を信頼している。どうか、裏切らないで。同じ過ちを繰り返したくないんだ。」

 くそっ。ふざけんなよ。俺は何なんだよ。生贄か?

「そうね。幸せな生贄、ってところかな? 全てが順調にいけば、遥は夜伽巫であることをできるだけ隠し、人に紛れて生きていくんだ。遥は強運に恵まれるが、派手に目立ち過ぎて嫉妬されると迷惑だから、他の人からは変に見られないようにする。そして大きな不幸がほとんどない人生を送ることになる。人生、本当にいろいろうまくいくんだよ。そして、さっきも言ったが、私達は遥を不幸にするつもりはない。できるだけ長く、質の高い夜伽を楽しみたいからな。私達が遥の人生をサポートするから、遥は私達を末永く大切にしてね?」

 葉月は黙ってずっと寄り添っていてくれている。

「遥、いつか言わないといけない話だったが、今まで先延ばししてしまった。騙していたようで申し訳ないが、それが遥にとってベストだと判断した。そして、話すことを決めた以上、この件について私達は嘘はつかない。遥に現状を正しく理解してほしいからだ。残酷なくらいきつい言い方になってしまったのは、そういう理由だ。

 今日は遥は私と夜伽する気になれないだろうから、今日は私はパス。私をまだ受け入れるというなら、また明日。

 葉月、あとはよろしく。」

 あの、最後に一つ、聞いていい?

「何?」

 あのクソババアも、こんなことしてたの?

「相手は他の神使だったけど、正直言うと、私達と遥みたいな関係にはなってなかったらしいよ。そもそも望んでいなかったんじゃないかな。私達を利用できればそれでいい、くらいの認識だったみたい。最低限の意思疎通が出来ていて、社会的に影響力がある人間だったから、切る決断が遅くなったんだろうな。」

 影響力があったほうがいいの?

「当たり前だ。影響力があればあるほど、私達にとって都合のいいように社会に干渉できるだろ? 夜伽巫はバカじゃ務まらないよ。私達もサポートするけど、本人の努力も重要だ。そういう意味では、遥に成功した人生を送ってもらったほうが、私達にとってもいいことなんだよね。だから、応援する動機がある。

 夜伽巫の修行って何だと思う? 普段の生活なんだよ。普段の生活で人生経験を積み、夜伽に反映したり、より適切な行動を取れるようにする。ピンチになった時は私達が助けるけど、頑張ることは大切だ。」

 じゃあ、何で俺とはこんな関係になったんだ?

「そりゃあ、遥が好きだからさ。葉月もそうだろ?」

「もちろん。遥も嫌じゃないでしょ?」

「私への質問はもういい? おやすみ、遥。」


 海沙お姉ちゃんとの接続がこれで切れた。

 葉月が、心配そうに俺の顔を覗き込む。

「あのね、遥お兄ちゃん。嫌なことがあったら、葉月を頼っていいんだよ?」

 …………。

「葉月は遥お兄ちゃんが落ち着けるまで、ぎゅっと黙って抱きしめてあげる。遥はどうする? 私を突き飛ばして、私を捨てる? おとなしく抱かれる? それとも、私をボロ雑巾のように扱ってレイプする? 遥お兄ちゃんが選んでいいよ?」

 ………………くそっ。選択肢があるように見えて、実際は一つしか無いじゃないか。

 俺は……俺は葉月といたいんだ。心優しい葉月に酷いことなんて出来ない。八つ当たりのような形で葉月に酷いことなんて、できないよ。

 葉月。こんな俺でも、兄だと思ってくれる?

「もちろんだよ。遥お兄ちゃん。

 遥お兄ちゃんは、私達にとっても、まわりの人間にとっても必要な存在なの。もっと自分に自信持って。」

 葉月が優しく俺を撫でる。

「遥お兄ちゃん、今まで黙っててごめんね。

 でも、遥お兄ちゃんはもう私達の大事な家族なんだよ。私達と、ずっと、末永くいい関係を築いていこう? 葉月は遥お兄ちゃんにかわいがられているときが一番幸せなんだ。大好き、愛してる、幸せだっていう言葉が、私達を幸せにするの。だから私達も遥お兄ちゃんを全力で幸せにしたいの。

 私は大好きな遥お兄ちゃんに不幸になってほしくないんだ。」

 ……こんなのアリかよ。葉月にそう言われると逃げ道なんかないじゃないか。

「だから、お兄ちゃん。私にキスして。これからもずっと私を優しくかわいがるよ、という、誓いのキス。」

 葉月は何もしない。何も言わないで、微笑みながら、俺の方を見ている。

 自分の意志で決めろ、ということなんだろうな。


 くそっ。わかったよ。こうすればいいんだろ?

 俺は、遥を優しく抱きしめ、俺の唇を葉月の唇に重ねた。

 そして、優しく舌を葉月の唇の間に入れる。


 葉月は俺の頭を優しくなでた。

 葉月の舌が俺の舌に絡みつく。

 俺も葉月の頭を優しくなでた。

 葉月の舌と俺の舌が絡みあう。


 しばらくして、唇を離す葉月。


「遥お兄ちゃんの気持ちがよくわかったよ。キスで交わす気持ちに嘘はつけないから。これからも葉月をよろしくね? 私、遥お兄ちゃんのこと大好きだよ。」

 でも、こんなの絶対おかしいよ。生贄を増やして人間を弄ぶのが神様なの? こんな狂ったシステム、終わりにできないの?

「遥お兄ちゃんが代わりの方法を考えてくれるのなら、私達だって検討するよ。私達だって生きていくためには仕方ないんだよ。遥お兄ちゃん等の人間にも譲れないことがあるように、私達にも私達の都合があるの。だから現実を受け入れて。遥お兄ちゃんは他の人と違う子になっちゃったけど、そんなに気にしなくてもいいんじゃない? 幸せは約束されてるんだから。」

 葉月が申し訳なさそうに、少し悲しそうに言う。

 でも……。

「でも私達だって生活がかかっている。そして遥お兄ちゃんは私に優しくキスした。私といることを選んだ。

 諦めて、遥お兄ちゃん。歪んだ形かもしれないけど、私たちはずっと遥お兄ちゃんを大切にするからね。一緒に幸せになろう?」

 …………はぁ。

 葉月、わかった。俺は生贄になるけど、こんなこと、もうやめて。お兄ちゃんとしてのお願いだ。

「約束はできないけど、善処するね。

 今日はこれで終わりにするからね。おやすみなさい、遥お兄ちゃん。」


 ◆ ◆ ◆


 昨晩の話を聞いたせいか、今日はほとんど何も手がつかなかった。

 俺は騙されていた、利用されたという思いがある。

 一方、海沙お姉ちゃんと葉月のおかげで毎日が充実していることも確かである。

 俺はもう引き返せない。他の人とは違う、夜伽巫という存在になってしまった。運命の観点から見るとクラスメートのみんなとは置かれている環境が全然違うんだ。

 だけど、姉妹と仲良く家族として生きることは魅力的というか、もう姉妹と離れることはできない。家族なんだから離散したくないよ。


 どうすればいいんだろう。


 心の奥底では俺の気持ちはとうの昔に固まっている気がする。

 でもそれを素直に認めることは出来ない。認めたくない。

 俺は姉妹の生贄なんだけど、幸せでいられる生贄。


 俺をどん底に突き落としたのは清海神社だ。

 でも、拾い上げてくれたのも清海神社だ。

 持ち上げるためにわざと落としたのか。

 でも、今更何かすることもできない。


 そうか、選択肢はもう選べないんだ。

 生贄が不幸だなんて、誰が決めた?

 だとしたら俺が取るべき道は……。


 ある決意をして布団に入る。


「遥、気分はどう? 昨日いろいろ言った私が言うのも何だけど。」

 責任とって。

「責任って?」

 海沙お姉ちゃん、横になって。

「あらあら遥、私を犯しちゃうの?」

 海沙お姉ちゃんが横になる。

 俺は海沙お姉ちゃんの上にまたがり、そして頭を海沙お姉ちゃんの胸のあたりに持ってくる。

 海沙お姉ちゃんがちょっとびっくりするけど、海沙お姉ちゃんに腕を回し、海沙お姉ちゃんの胸に俺の頭を押し付け、海沙お姉ちゃんを抱きかかえながら横に転がる。

 二人が横向きになる。

 葉月、後ろから俺を抱いて。

 俺が美人姉妹の間に挟まる。二人のおっぱいが頭に当たる。

 海沙お姉ちゃん、葉月、俺の心を満たして。抱いて。撫でて。犯して。でも、俺一人で満足して。ゆがみは俺一人で引き受けるから。これ以上、他の人間に手を出さないで。

「私達は遥で十分だけど、神使は他にいっぱいいるから、他の人間に手を出さないとは約束できない。でも、遥のからっぽな心は私達が満たしてあげる。」

「遥お兄ちゃん、満たされなくなったらいつでも言ってね? そのための葉月だから。」

 ああ。俺の身も心も姉妹のものだ。嫁にすると決めたんだ、どこまでも付き合おうじゃないか。毒を食らわば皿までだ。


 ◆ ◆ ◆


 全てを知った上で姉妹のものになることを伝えた翌日。今日はクリスマスイブだ。とはいっても、俺にとっては特別な一日ではない。日中を普通に過ごして、寝る時間になったら普通に布団に入る。


 しばらくしたら海沙お姉ちゃんと葉月があらわれた。

 クリスマスパーティーを意識したのか、海沙お姉ちゃんは黒いオフショルダーのシンプルなロングドレスに、ブルーのファーのボレロ。

 髪を結い上げてるんだけど、一筋だけ前髪を垂らしていて、大人っぽい。ほっそりした首筋と、耳に揺れる雫型の瑠璃のピアスに、ドキッとする。

 葉月は淡いグリーンの、胸の開いた少しフリルのある膝丈のふんわりワンピース。長い髪は普段よりふわふわしたカールでお人形のようだ。

 海沙お姉ちゃんとお揃いの、グリーンのファーのボレロ。

 胸の膨らみの間にきれいに収まった、鏡のように磨かれた翡翠の首飾り。

 それにしても、二人とも肩が出てるドレスのくせに、何でファーのボレロなんだろう。

 そして、俺は女の子の衣服について、何でこんなに詳しくなってしまったんだろう。もしかしたら、クラスの男子の中で一番詳しいんじゃないかな?

 俺は、いつもの制服のワイシャツとズボン。でも、二人と一緒に過ごすのに合うような服といえば、これくらいしか思いつかないから、いいか。


「遥の社会ではクリスマスはケーキを食べて祝う風習らしいから、今日はそうしてみたけど、いいよね?」

 三人でソファーに並んで座る。俺が真ん中、左に海沙お姉ちゃん、右に葉月。

 これは年功序列というか、年上が利き手の右手で年下を可愛がれる配置だ。

 美人姉妹が俺の両隣からべたーってくっついてくる。いつもより密着度が高い気がする。

「ケーキといえばバスの中の広告でケーキを食べさせあう写真があったよね。

 遥、私達と一緒にケーキを食べようか。」

 目の前には小さめの苺のショートケーキが1つ。

「広告の写真では女の人が男の人に『あーん』ってケーキを食べさせてたよね。」

「まずは姉の私から。遥、あーん。」

 広告だと食べさせていたのはもっと大きいケーキだったけど、気にしてはいけないんだろう。

 俺は海沙お姉ちゃんのほうを見る。

 海沙お姉ちゃんがフォークに載せたケーキを俺の口の前に持ってくる。半分に切ってある苺も載っている。

「はい、あーん。」

 口を開けて食べる俺。

「次は遥の番。ケーキとって?」

 ケーキをフォークで削りとって同じようにする。

 あーん。

 フォークを見て、俺の顔を見て微笑んで、フォークを口に含む海沙お姉ちゃん。

 顔にフォークが刺さらなくてよかった。

「うん、おいしい。

 次は葉月に食べさせてあげて。」

 同じことをする。

 あーん。

 フォークを見て、そして俺の顔を見る葉月。

「頂こうかな?」

 手を俺の膝の上に乗せて口を近づけてくる葉月。

 葉月の喉が動いたからケーキが通るのがわかった。

「ありがとう、遥お兄ちゃん。

 次は私の番ね。」

 葉月がケーキを多めに削り取る。

「はい、あーん。」

 葉月が手を滑らせた。

 俺の口の周りにクリームがついてしまった。

「初めてだからちょっと失敗しちゃった。

 遥お兄ちゃんも海沙お姉ちゃんも、何でこんなに食べさせるのがうまいの?

 お詫びの印に、私がクリーム、とってあげる。」

 葉月が迫ってくる。手に何も持ってないのに、どうやって拭き取るのだろう……。

 ん? なんか目が怪しく光った気がする。

「おとなしくしててね?」

 葉月が左手で俺の頬を支え、右手で俺の顔のクリームがついている場所が葉月を向くように調整する。

 葉月が俺の口の横をペロって舐めた!

 びっくりして動けない俺に顔を離した葉月が言う。

「あーあ。私の口の中にクリームが残ってたから、まだちゃんと取れてないや。

 だから遥お兄ちゃん、もう一回?」

 口をちょっと開け、舌の先を見せるように葉月がまた迫ってくる。

「葉月? 何わざとらしいことやってるの? あざとすぎるんだよ。」

「遥お兄ちゃんは別に嫌がってないよね?」

「葉月だといつまでたっても拭きとらないだろうから、代わりにお姉ちゃんが拭いてあげる。」

 海沙お姉ちゃんは俺の顔を無理やり自分の方に向け、俺の肩と頭に手を回し、口を近づけ、そして俺の唇の間に舌を入れ、激しいキスをしてきた。

「海沙お姉ちゃんの嘘つきー!」

 葉月の非難を無視し、海沙お姉ちゃんは俺の口の中を貪る。

「葉月? 私は嘘をついていないよ? 遥の口の中を掃除してあげたんだから。」

「うーっ。海沙お姉ちゃん、やりすぎだよぉ。」

 半泣きの葉月。

「最初に遥で遊んだのは葉月でしょ?

 まだケーキが半分残ってるから、もう一周やるか。」


「そういえば、ケーキの食べさせあいやってる写真、結婚式場の広告だったよね。」

 海沙お姉ちゃんが俺の前にフォークを持ってくる。

「へぇ。結婚式でやるようなことを私達やってるんだね。」

 俺が海沙お姉ちゃんにケーキを食べさせる。

「私をかわいいお嫁さんだと思って、ケーキを食べさせてね?」

 俺が葉月にケーキを食べさせようとする。

「おい遥! もう少し雰囲気出せ!

 たとえば、『葉月、大好きだよ。』とか、『きれいだ、葉月』とか、そういうこと言いながらやりなよ。」

 葉月、大好き。

「そうそう、そんな感じ。私の時にもやらせたらよかったな。

 次やるときは忘れないようにしないと。

 じゃ、葉月。セリフに期待してるぞ。」

 葉月が残りのケーキをフォークに載せる。

「遥お兄ちゃん? ケーキも私も、美味しく食べてね?」

 俺の頭がグラっとなる。

「グッジョブ葉月! でも、遥は葉月だけのものじゃないんだから、ちゃんと私と仲良く楽しもうね?」


「そうだ。クリスマスにはプレゼント交換をやるんだっけ?」

「でも私達は形あるプレゼントを用意できないんだよね。」

「お姉ちゃんとしては遥が私達といることを選んでくれたのが嬉しいプレゼントなんだけどね。」

「そうそう。私も遥お兄ちゃんを信じていたけど、やはり私をこれからも愛してくれる、って言ってくれたのは嬉しかったな。」

「遥にもご褒美をあげようと思うんだけど、何がいいと思う?」

「私の膝枕なんてどうかな? 道を踏み外さなかった遥お兄ちゃんを、いっぱいなでなでしたいな。」

「せっかくだから二人一緒にかわいがるのもありだよね。じゃあ、遥。ちょっと立って。」

 立ち上がる俺。

 俺の意見は……。

「『そんなものないでしょ?』」

 二人が口を合わせて言う。

 海沙お姉ちゃんと葉月お姉ちゃんが隣に並んで座る。

「今日はダブル膝枕といこうか。

 遥、私達の太ももの上に寝て。

 頭は葉月の上。足は私の横。

 顔は葉月のお腹にうずめなさい。」

 ダブル膝枕なんてあるんだ。

 大好きな姉妹が一緒に俺をかわいがってくれるなんて幸せなことだ。

 二人の膝に横になろうとしたら葉月から止められた。

「遥お兄ちゃん、ちょっと待って。生の膝枕の方がいいでしょ?」

 生の膝枕?

 疑問に思ったら、葉月が少しスカートをたくし上げた。

「ここ、ここ。」

 あらわになった太ももの上に頭を乗せる。

「このほうが直に肌を感じられていいでしょ?」

 うん。

「遥お兄ちゃんはそのまま動かないでね。えいっ!」

 何が起こったんだろう? 目の前が一瞬でグリーン一色になった。そして布の優しい感触を感じる。

「お兄ちゃん、頭が葉月のスカートに包まれるんだよ? どんな気分?」

「あ! 葉月ずるいぞ! 私もやりたい!」

「海沙お姉ちゃんはロングドレスだもん、今日は無理だねー。」

「くそー、覚えてろ、葉月。次は私の番だからな。」

 なんか、頭の上で揉めてる。俺はそっちのけのようだ。

「せめてこうしてやる!」

 海沙お姉ちゃんの声とともに、頭がワシワシされた。もちろん、葉月のスカートの布の上から。同時に、頭が葉月の太ももに直に押し付けられる。

 目の前が見えない状態で、何をされるかわからないのはドキドキする。

「あー、もう、海沙お姉ちゃん。突然ワシワシされたら遥お兄ちゃんがびっくりするでしょ? こうやって優しくなでなでしないと。お姉ちゃんはお尻触り放題なんだから、お尻で楽しんでね?」

 葉月が優しく俺の頭を撫でる。

「そうだな、今回はこれで我慢するか。でも次の時は私が頭側だからな。」

 そう言いながら海沙お姉ちゃんが俺の尻を撫でる。

「はいはい、海沙お姉ちゃん。」

 やはり俺の意思は関係ないらしい。


「遥お兄ちゃんって、こうやって頭をなでられると、リラックスして落ち着くんだよね。

 そうしたら私への愛情がいっぱい流れ込んでくるんだよ。私も嬉しくなっちゃうんだ。」

 葉月が俺の頭をゆっくりなで続ける。

 癒されるような、抱きかかえられるような、優しい感情が湧いてくる。

「この体勢だと私は遥のお尻と背中が撫で放題なんだよね。

 遥? こうやってお尻をなで回されると、何か心が震えるでしょ? 遥の心の揺れが、私には心地いいんだよ。」

 妙にえっちな気分がする。

 このままお尻を叩かれたらお仕置きになるけど、優しく撫でられるのは不思議な感じ。「お尻の穴に指とかいれても楽しいんだろうけど、遥はそういう経験ないから、いまいち気持ちよさをわかってもらえないのが残念だ。」

 そんなことするの?

「遥に人間の彼女ができたらやってもらえばいいじゃない。むしろ、やらせないと。

 まだ遥にぴったりの彼女がいないから、もうしばらく我慢してもらわないといけないけど、ちゃんと私達がなんとかしてあげるからね。」

 何か話が不穏な方向に進んでるんだけど、何だ?

 彼女をなんとかしてあげるとか、彼女にお尻の穴に指入れさせるとか。

「遥はリラックスして私達に心を委ねてくれたらいいんだよ?」

「私達に従う間は遥をいっぱい幸せにしてあげるからね。」


「でも、いつまでも彼女なしというわけにはいかないから、そろそろ私達も本気を出さなきゃだめかな?」

「遥お兄ちゃんもちゃんと身を固めておかないと、大きくなった時に苦労しちゃうもんね。」

「恋人探しとか結婚の準備とかで無駄な時間やお金を取られるのも困るよね。できれば学生の間に相手を確保しておきたいところだ。」

「遥お兄ちゃん? 遥お兄ちゃんにはお給料いっぱい稼いで生活に困らない、ちゃんとした社会人になってもらわないと困るの。ニートなんて許しませんからね?」

「就職して自分で金を稼げるようになったら今の家から出ていけるようになるだろ? そして、結婚したら、遥が納得行く形で、自分の力で自分の家庭を築きあげればいい。」

 ああ、そうだった。就職して金を稼ぐんだ。

 自分で生活できるようになって今の状況から抜け出すんだ。

「遥お兄ちゃんにはいっぱい頑張ってもらうことになるけど、私達が支えてあげるから安心してね。」

「残念ながら人間にはタイムリミットというものがある。年をとりすぎてから子供を作ると、体力的に厳しくなってくる。35くらいが限界って言われてるんだっけ?」

「そんな限界を無視する人もいっぱいいるけど、やはり遅すぎるのもよくないよね。」

「全力で気をつけるけど、遥が事故や病気に遭って子供を作れる体じゃなくなったら、もうあきらめるしかないんだから。」

「私達としては夜伽巫や夜伽巫女の候補は多いほうがいいもんね。」

 おい。まさか俺の子供を……!

「遥、深く考えちゃだめだ。お嫁さんが『子供欲しい』といったら、協力するのがパパのあるべき姿だよね。」

「逆算すると、子供が複数人、間に数年あけるとすると、20代半ば、遅くても28くらいには結婚してもらわないとね。」

「28じゃ遅すぎるよ。大学か大学院卒業して数年以内に結婚ってことになるかな。いくら引っ張っても25、26くらいだ。私達としては学生結婚でも全然いいんだよ? 早いぶんには問題ないんだから。」

「年齢が上がり過ぎると、『お金ないから派手な結婚式できません!』って訳にはいかなくなるから、そういう意味でも遥お兄ちゃんは早めに結婚しておいたほうがいいよね。」

「結婚式なんて、それこそ時間と金の無駄だもんな。」

「でも、遥お兄ちゃん? ウェディングドレスだけは買わないと私達二人とも怒るからね?」

「ウェディングドレスは二着買うこと。彼女の好みと、遥の好みで。レンタルは許さないから。」

「ウェディングドレスを着ていちゃつくのって何回やってもいいと思うんだよね。それに若い時のほうがドレスが似合うよね。」

「葉月。それについては、私も完全に同意する。」

「夜伽で私達がウェディングドレスを着れる日が楽しみだなー。」

「遥はウェディングドレスがどういうものか、しっかり質感を覚えないとな。ドレスを着た女性の感触をちゃんと把握しておかないと実感ある夜伽は出来ないし。遥にもどこかで一度はタキシードを着てもらったほうがいいのかな? まあ、こっちはどうでもいいか。」

 そうか。結婚式って考えたことなかった。

 俺も誰かと結婚することになるんだ。特定の相手と結婚して、子供を作って、養っていく。

 家庭を築くってそういうことだ。

「話は戻るけど、遥が就職した後、変な女に絡まれて面倒なことになるのも嫌だし、既婚者としてふざけた女遊びをパスできるようにしたほうがいいと思うんだ。」

「そういう意味でも早めな結婚は欠かせないよね。全ては私達のウェディングドレスのために。」

「葉月? 一言余計だ。」

 上で延々と謎の会話が続く。

 ダブル膝枕で頭を葉月のスカートの中に入れている俺の上で、俺の人生をどうするかといった話が、俺の意思を無視したまま繰り広げられる。

 葉月はたまに俺の耳のあたりを触りながら俺の頭を撫でる。海沙お姉ちゃんは俺の背中の下の方や、俺の尻を撫でる。

 二人に優しく扱われると、このままずっとかわいがられたい気がしてくる。

「遥お兄ちゃん? 何か行動を起こすタイミングになったら私達が教えてあげるからね?」

「遥がミスしたせいで私達の計画が失敗したら私達は許さないからね?」

 俺、何なの?

「私の大切な遥よ?」

「大好きな遥お兄ちゃん。」

「遥も疲れてきたようだし、クリスマスパーティーはこれくらいでお開きにしますか。」

「おやすみ、遥お兄ちゃん。私達のダブル膝枕、楽しかったでしょ?」

 楽しかった。おやすみ、また明日。


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