第2話



次の日の土曜、早起きをし、午前中には掃除と洗濯を済ませ、昼前からキッチンに立ち、クリームシチューをつくり始めた。


正直、料理は苦手……



「濃厚過ぎるのは好きじゃないの。ジャガイモは大きく切ってね。タマネギは入れ過ぎないで。お肉に下味をちゃんとつけてね……」


つき合いたての頃、新品のエプロンをつけ、はりきってキッチンに立ったわたしに、彼女がまつわりつき、細かく注文を並べ立てた。


もうっじゃあ自分でやってよ!……と、のどまで出かかった言葉を飲み込んで、必死でつくったクリームシチューを一口食べて、彼女は、


「うまーい……」


と、のどを鳴らした猫みたいな顔をして、微笑んだ。


その笑顔に、シチューの中のタマネギのように甘くとろける……



キッチンの窓を大きく開ける。


シチューの匂いがアパート中……、もっと遠く……、彼女のもとまで届くよう……



時計を見て、あわてて鍋の火を止め、財布をつかんで買い物に出た。


四階に住む彼女を、夕食に招待するつもりだった。


パン屋で焼きたてのバゲット、スーパーでサラダの材料と、一応、ワインと缶ビールも大急ぎで購入し、最後にコンビニでカシスアンドラズベリームースを二つ買って走って帰った。




食後のデザートには昨晩のお詫びのつもりのカシスアンドラズベリームース……


「あ、ほんと、おいしい……」


「でしょ!コンビニのデザートとはいえ、なかなか侮れないんです」



そのあとは、ソファ替わりのベッドの上に座を移して、夜を徹してのガールズトーク……


「彼氏、いるんですか?」


彼女は長い脚を前に投げ出して座り、照れたように笑いながらクッションを抱きしめ、答える。


「えー、いないです。……います?」


美しい黒い瞳がわたしを探るように見る。


「いないです!いないです!」


喜んで答える。


「どんな人が好みなんですか?」


その潤んだ黒い瞳にわたしが映っている。


「……あなたみたいな人です……」


「えぇ?」


綺麗な笑顔がかたまる。


「あなたみたいに笑顔が素敵で、ショートヘアがよく似合う華奢な首の女の人が大好物なんです!」


わたしは戸惑う彼女を無理矢理抱きしめ、押し倒し、彼女の匂いやかな首すじに唇を這わせる……


……非現実な展開。


しかも安っぽい……


「どんな人が好みなんですか?」


「わたし、〇〇君の大ファンなんです~」


普段から用意している男性芸能人の名前を出す。


いつもの退屈な展開。


無難ではあるけれど……


あの素敵な笑顔で「彼氏、います」と、言われてしまったら……


わたしはまだまだ修行が足りないので、きっと……いや、絶対、気持ちが急降下して、虚ろになってしまい、言葉がつづかなくなってしまう……


いつもそう……


自分から話を始めたくせに、相手が素敵な女の人であればあるほど……




夕方、テーブルセッティングまで済ませたあと、はりきって階段を上り、四階の彼女の部屋のインターホンを押した。


……が、彼女は留守だった。



本日のわたしの夕食は、鍋一杯分のクリームシチューに、アボカドとトマトと生ハムのサラダ二人前、そしてデザートはお楽しみ、カシスアンドラズベリームース……


バゲット一本とムース一個を残して、すべて胃の中に収めた。



「産まれる~……」


わたしは食卓からまったく動けなくなって、ふくらみきったお腹に手をあて、ひとりごちた。


キッチンの窓辺にぽつんとひとつ置いてある、真っ赤なカフェオレカップが目に留まる。



「わ……綺麗!」


彼女にプレゼントした時、小さな顔中を口にして喜んでくれた。


「これじゃないと一日が始まらない」


そう言ってやわらかく微笑んで、両手であのカップを包み、起きぬけのボサボサ頭のまま、毎朝カフェオレを飲んでいた。


なぜ、取りに来ないんだろう……


新しい朝を迎えられなくて、彼女はどうしているんだろう……



這うようにベッドに移動した。


彼女が選んだ特別やわらかい肌触りのクリーム色のタオルシーツ……


甘みの抜けたバニラムース……


寒々しいベッドの上、なかなか眠気がやってこない。


吐きそうなほど、満腹なのに……



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