第8話 ある錬金術師達の罪と罰

「ねぇ、リュカ。食事が出来たわ」


シャルロッテの魂の存在を"霊体"として視認してから、リュカは地下室の部屋に篭り、ニコラスの書き溜めた手記と研究の資料を読み漁って、"石の錬成方法"と"魂の定着方法"を調べていくうちに、石の錬成の段階で自らの身体の一部が素材として欠損する事が分かった。


ニコラスの作り出した石の錬成概念の根源は、

"アカシックレコード"という世界記憶の概念で、虚空に存在するとされている、"アカーシャまたはアストラル体"と呼ばれる、"世界の記憶層"という機構を再現すると言う物だった。


"アカシックレコード"には、世界が神々により創り出されてから現在に至る迄の、"全ての出来事や事象や感情が永久的に記録されている"とニコラスは記録していた。


ニコラスが考えた"不死"の魔法を以ってしても、生きた人間の身体を"不老"にする事は叶わず、死んだ者を生き返らせる事も叶わなかったらしい。


錬金術という概念は"失われた大陸"であるヘリオポリスで考えられ、その後人類が世界中に生存圏を広げて行く過程で、世界中のあらゆる地域で研究されてきた。ヘリオポリスの人々、ケルトやシュメール、エトルリアの人々、遥か東の大陸の果てにある清の皇帝も錬金術を研究した。


その全ての錬金術の最終的な目標は、"賢者の石"の生成を成功させ、"不老不死"の魂と肉体を手に入れる為だった。他者との争いで勝ち残り、多くを従える様になった国は、栄華を極め、その国の支配者たる王や皇帝は短過ぎる人間の"生"を出来る限り引き延ばそうとした。


錬金術とはある意味、人間の"人間だけが持つエゴ"を可能に至らしめる為の学問であり、この世界に存在し、様々な恩寵を与える神様達に人間が成り代わる為の学問なのかもしれない。

「そう言えば」とリュカは、1人の神様の物語を思い出した。医療の神アスクレピオスの物語だ。


神アスクレピオスは、神アポロンとコロニスと言う人間の間に生まれる神だ。

コロニスを愛していたアポロンは、コロニスに1羽のカラスを与え、カラスを通じて連絡を取りあっていた。ある日カラスは、コロニスが浮気をしているとアポロンに告げと、アポロンは激怒しコロニスを殺してしまう。

コロニスは子供を宿していると告げて死んだ為、アポロンは胎児を助け出し、ケイロンというケンタウロス族の賢者に子供を預けアスクレピオスを名付けた。

ケイロンの元で医療の才を伸ばし、師をも超える力を持つ事になるアスクレピオスは、数々の勇者の傷を癒し、時にはメデューサの血の力を使い"死者"すら生き返らせる事が出来たという。

冥界の神ハデスは、死者の魂が自らの領域から奪われていく事に激怒し、神ゼウスに神域侵犯だと強く訴える。世界秩序を乱す者として許さなかった。

また神ゼウスも人間が過ぎたる力を獲得し助け合う事を神域侵犯だと認め、アスクレピオスを雷で撃ち殺してしまう。過ぎたる力が身を滅ぼす物語だった。


物語を思い出しながらクロエと食事を摂ったリュカは、地下室に戻り必要な情報を読み漁る。


ニコラスは手記にて"賢者の石の錬成が成功には至らなかった"とし、作り出した石を"極めて近く異なる物"とした。"命の水"と呼ばれる、人間に"不老不死"を与える"賢者石から精製される薬水"を作る事が出来なかったからだ。リュカは1つの疑問を浮かべる。



−仮に賢者の石の生成に成功したとして、命の水を作り出した者が"不老不死"の力を得たとする。確かに捉え方によっては神に近づく行為かも知れない。でも、そんな"人間の理を外れた存在"が人間と言えるのだろうか?


ニコラスは膨大な魔力と知識を以って、死を否定し"不死"を得た。"不死"を得た彼は超越した者となり、遅らせながらも老いていく体を材料に"賢者の石の紛い物"を作り出した。

仮に、ニコラスが肉体を手放さなければ、モンスターの"スケルトン種"に近い風貌になっていただろう。もし不老の術が完成していたとしても、その様な存在が"生物"であるはずがなく、人間と呼べるはずがない。


人間が"不老不死"を追い求める事の根源が"自己の消滅の回避"であると、考えに至たったリュカは妙に納得した。つまりは過去の王達は永久に"自己が消滅する事無く世界を支配する事"を望み、その存在である自らが"人間であるかどうか?"など関係無かったのだ。



−そう考えればニコラスの研究は失敗では無かったのかも知れない。



ニコラスが示した"賢者の石の紛い物"のレシピは、

・生きた人間の細胞

・生きた人間の血液

・ミスリル(魔法銀)にニコラスの術を施した水銀

・亜鉛、鉄、硫黄などの鉱物類

・アンモニア


ニコラスが発見した石の錬成方法は、魔法銀であるミスリルに、ニコラスの術で記憶層を設けた水銀を核とし、生命を宿す人間の細胞と血液等で石を形成するやり方だ。"不死"となってまで、この世界に存在を留める為に"生命"を糧にするなど皮肉な話だ。


魂の定着に関しては、魂の受け入れを前提とした記憶媒体を石の核にしているので、封する魂に呼び掛け、術を展開する事でその魂は石に記憶される。

封する事が可能であれば開封する事も可能とニコラスは記していた。



−これだけの実験と結果を蓄積して、法則を割り出し術として成功に至るまで、一体何人の魂を犠牲にしたんだろうか。


これだけの事を研究する為に人体実験が不要なはずがない。もはや人間の所業とは思えないニコラスの実験の記録と手記を漁りながら、リュカは以前ニコラスから聞いた"ある言葉"を思い出す。


『不死を得て肉体から解放された魂は、永遠に刻む事の無い時を経て、魂の存在が薄れ希薄になる』



−肉体から切り離された魂が、時間の経過と共に希薄し消滅する事を確認する実験って何だよ…


リュカは背筋に冷たい汗を感じながらシャルロッテに残された時間が限られている事を知り作業を早めた。



翌日から、リュカはもう1つの課題に取り掛かっていた。"ホムンクルス"と呼ばれる人工生命体を生み出す研究だ。それこそ"リュカですら禁為"と呼べる研究その物だった。


その罪悪を例えるならば、実験の為に"様々な術を施した不完全な胎児"を女に産ませ、記録し処分する研究だ。この研究には"命の尊さ"など微塵も感じられ無かった。


『いいかい君達。人間というはね、我儘で強欲で嫉妬深く愚かな生物なんだ。"知識欲"や"物欲"あらゆる"欲"を満たす為に、時に同族を殺して肉親でさえ糧にするんだ。そこの少年が使う錬金術とやらなんて、その最たる果ての力さ。救いようが無いよ』



リュカは神ハデスから聞かされた、人間という存在の愚かしさを思い出し堪らない気分になった。

所詮、人の技術や知識の歴史は数多くの犠牲の上に成り立っている。神のブレスの様に何も無い所から生まれる訳ではない。

だからと言ってリュカもその手を止める訳にはいかなかった。とっくの昔に賽は投げられている。



かの有名な錬金術師は、人間の精液と羊水、人糞で作り出した人間とは呼べない物体に、人間の血液を与え、ホムンクルスとして"製造"したと言う。


ニコラスはかれの研究を手記にて否定していた。

"ホムンクルスの研究は、無生物から生物を錬成するものだ"と持論し記している。

ニコラスのホムンクルスの研究は、ダンジョン内にて起こる"魔物の発生"に着目していた。


この世界で魔物は、魔石もしくは魂晶を核として発生する。詳しい魔物の発生原因と理由は解明されていないが、魔力と呼ばれる"エネルギー"が特定の場所に吹き溜まり、濃縮された魔力が魔石という結晶になる。魔力濃度が高ければ、より純度の高い魔石が生まれ、更に魔石が成長を重ねる事と様々な要因が重なって、特異な魂晶が生まれる。


ニコラスはこの魔物の発生過程を研究する事で、人工的に魔物を魔石から生み出す事に成功していた。

また、それを医療として転用し"ホムンクルス技術を用いた義体製造と人体への接合の技術"を生み出している。


概要は、人体を構成する素材と高位の魔石(もしくは魂晶)を用意し、魔石に被験者の魂の結合を促す術式を埋め込み、その魔石を核にして人体の欠損部位を錬成し結合する。但し、人間の心臓部を始め重要な臓器、脳を義体として製造する事は叶わず、それを実験として行った結果、被験体の人格は破壊され人とは呼べる物では無かった。と記している。

また、魔石を素材に製造したホムンクルス義体を結合した被験体は、核とした魔石の固有能力を被験体に与えた。追記があった。


「既に人間とは呼べなくないかな?」


一抹の疑問を感じながらリュカはホムンクルス義体に必要な素材を集めて回った。

人体の素材はありふれた物で、街に行けば幾らでも調達出来る物だった。




その夜、"賢者の石の紛い物の素材と錬成術式"と"魂の定着術式"、"ホムンクルス義体の素材と錬成術式"を揃え、リュカはシャルロッテの部屋を訪れていた。クロエを連れて来なかったのは、錬成に自身の身体の一部を使う為だ。


相変わらずシャルロッテは自室の隅ですすり泣いていた。リュカはその姿を、胸を締め付けられる想いで見つめてから、シャルロッテの部屋に魔法陣を二重に描いていく。

赤色と白色で2種類の魔方陣を描き終わり、素材を陣内に並べ、錬成に必要な大量の金貨を取り出し、リュカは用意を済ませた。少年はシャルロッテの姿を一瞥し、覚悟を決めてニコラスの手記にあった術式を展開する。


「錬成"Philosopher's Stone"賢者の石 錬成術式を展開。及びシャルロッテ・シュヴァルツヴァイトの魂の定着術式を同時展開!」



リュカは予め犠牲にすると決めていた左手で床に描かれた魔方陣に触れる。


魔方陣が眩い赤色の魔方陣が先に光を放ち、熱を持ち始めた。石の錬成術式だ。

用意していた大量の金貨、約1000枚がみるみる姿を変えて砂に変わる。術式が作動し、"錬成は成功する"とリュカが確信を得た時に、少年がその代償を支払う時間が訪れた。


魔方陣に触れている左が溶け始めたのだ。いや、解けていると言った方が正確かもしれない。

左手が皮膚から分子レベルで分解していく。手のひらを"焼けた鉄"に押し付ける様な感覚を覚える。


「…ゔゔゔぅ」


必死に痛みを堪え、歯を食いしばり悲鳴を噛み殺すリュカ。左手の手首まで無くなり、手首から先が無くなった腕から、大量の赤黒い血液が溢れ出す。

その鉄臭い血液は溢れ出しては、赤色に光る魔方陣に吸い込まれ消えていく。

シャルロッテの幼い魂と、少ない魔力を書き込むだけの記憶媒体ならば、左手の手首から先で足りると少年は計算していた。


−術式が止まらないっ!


リュカの左手を分解し始めた術式は、左腕の肘の辺りまでに達していた。徐々に痛みが苛烈さを増している。左腕を抉り焼き付ける様な痛みが際限なく増幅し、リュカは堪え切れずに声を漏らしてしまった。


「ゔあああああああ!」


左腕の肘から更に上へ、石の錬成術式がリュカの身体を喰らい続ける。


−失敗だったか…身体全部持って行かれるっ!


リュカの瞳が焦りの色を濃くし、左腕の分解が肩まで達した時、赤く輝いていた魔方陣が光を失い、代わりに白色で描いた魔方陣が青い光を放ち始めた頃、小指の先程の小さな"赤黒い石"がリュカの前にあった。石の錬成は成功した。

しかし、リュカの体力は限界を優に超えていて目の前が見えなくなり、血液を失い過ぎた身体は血の気を失い震えている。身体を支えられなくなり、リュカは床に倒れ伏せた。

リュカの肩からは、いまだおびただしい赤黒い血液が流れ続けている。止まる気配が無い。


−まずい、持って行かれ過ぎた…早くポーションを使って血を止めないと…


用意していたポーションを肩から掛けたリュカは、錬成に成功した少しの満足感と、身体を思った以上に消費してしまい、生命の危険を感じて焦燥する感情を胸に、シャルロッテへ出来るだけ優しい口調で語りかけた。


−これで魂の定着を成功させる…


「シャルロッテ、僕は君を世界樹の元に連れて行き、妖精女王 ティターニアに会って、君を妖精に転生させる。例え何年掛かっても。だからね、兄さんと一緒に旅に行こう」


−まずい、血が止まらない…


錬成で失った腕の傷は"最初から無かった"、つまりその存在自体を失っていて、傷を回復させるポーションは止血する事が出来なかったのだ。リュカには"存在の消失"など分からなくて当然だった。


止まる事無く流れ出す血液を感じながら、自らの読み間違えを悟り"失血死"を意識したリュカは、その意識を赤黒く染まった闇の中に手放した。




「リュカっ!」


激しい焦りの表情をしたクロエが、部屋へ飛び込んで来たのはリュカが意識を手放したその後だった。


おびただしい血溜まりに倒れ伏せたリュカ、床に描かれた2色の魔方陣、大部分を砂塵に変えた金貨だったと思われる山を見てクロエは絶句し、一気に血の気が失せるのが分かった。


少女は状況を判断し、リュカが"賢者の石"と呼ばれる石の錬成を行い、何らかのリュカの考えが及ばなかった原因で彼の行った術は失敗し、現在リュカの命は危機に瀕している事を察知した。リュカの側にポーションの容器が転がっている。


−これだ!血を、血をどうにかしないと!


クロエは直ぐにリュカの胸に耳を当て、心臓の音を聞いてみる。弱々しいリュカの鼓動が聞こえた。

少女は少し安堵したが一刻の猶予も無い。

リュカはポーションを使ったみたいだが、恐らく効いていない。対処方が分からず、ダンタリオスを召喚しようとした時に、クロエは馴染みのある声を聞いた。


「その愚かな少年は助からないよ」



神ハデスから告げられた、非情な宣告に少女の視界は真黒に暗転した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る