第6話 魔物の集団と王国の大商人

–"迷いの森地下大迷宮"の地下30階層の階層主デュラハンを討伐したリュカとクロエは"低位階:瞬間移動"の魔法石でダンジョンの入口まで戻り、迷宮にほど近いカナン村まで戻って来ていた。

2人は行きに屋敷から村まで走らせた馬を、預けていた宿に引取りに来ている。


「久しぶりの外だし移動する前に食事だけでもして行かない?」と、リュカがクロエに配慮し、2人は宿の食堂で食事を頂く事にした。


カナンの村はダンジョンに近い事もあるが、グランツァーレ市とカールスルーエ市を繋ぐ街道沿いにあり、ストラスブール市からも近い事で小さい集落ながらいつも人で賑わっている。

2人がダンジョンから戻って来たこの日も例に違わず、食堂は満席に近く活気に満ちていた。


「凄い活気。さっきまでダンジョンに居たのが嘘のようね。…ねぇ、私、汗で臭わないかしら」


「大丈夫だよ。僕らダンジョンの中でも錬金術と魔法を使って、セーフティでお風呂に入ってるし。気になる様なら先に宿でお湯を借りてくる?待ってようか?」


「それじゃあ、大丈夫」とクロエは空いていた席に先に座ってメニューを見始める。少し遅れてリュカが席に着き、辺りを見渡していた。

ややあって、リュカが食堂の給仕を呼ぶと注文を始めた。


「しかし、凄い人だね。席が空いていて良かったよ。あ、僕はチキンの香草焼きにするよ。それとライ麦のパン。それと、飲み物は炭酸の無いミネラルを。クロエは?」


「じゃあ私も同じミネラルと、このニジマスの白ワイン蒸しにするわ。それとソーセージも食べたいのだけれど、リュカも一緒に食べられる?」


「うん、大丈夫だよ。それじゃあ、パンは半分ずつにしてソーセージも頼もう。あ、この羊と牛肉のソーセージのグリルも追加でお願いします」


一通りの注文が終わって料理が用意されている間、ディラハンとの戦いでの、"ロールアウト"のタイミングがどうだとか、"あの場合はノックバックで後ろに凌いでからスイッチしても良かったね"みたいな戦闘の話題で2人は盛り上がっていた。


質素ながらも重厚な木材で誂えた店内が、先程にも増して昼食を求める食事客で埋まり、熱気が最高潮に達した頃2人の注文した料理が運ばれて来た。褐色の肌が健康的な20歳前後の女性の給仕さんだった。


「待たせしてしまってすまなかったねぇ。飲み物追加サービスしとくから許しておくれよ。最近特に忙しくてね。もう、目が回っちまうよぉ!」


「あははっ、大丈夫ですよ。僕らは急ぎませんから。それより何かあったんですか?いつもより人が多い気がするんですけど」


「そうなんだ、お兄さん良く知ってるね!あんた、冒険者だろ。だから知らないんだと思うんだけど、先月西の方の領地で小さい小競り合いがあったんだ」


褐色肌の健康的な店員さんが声を潜めて教えてくれる。何でもストラスブールのずっと西の方でまた戦争があったらしい。


「また戦争ですか。巻き込まれる人は堪らないですよね」


「そうなんだよ!まぁ何でも、それで薬やら何やらが足りなくなって、グランツァーレやカールスルーエ、辺りの商人が挙って商売に行ってるのさ。街道でもたまに魔物が出るだろ?商隊の奴らや、そいつらの警護の依頼を受けた冒険者やらでごった返しさ」


「ちょっと!ハ〜ンナ!何してるんだい、料理上がってるよ!」


騒々しい店内の奥の方から、凄まじい声量でハンナと呼ばれた呼ばれた女性は「やべっ、じゃあゆっくりしておくれよっ」と、舌を出して奥に戻って行った。




食堂の料理はどれもボリュームはしっかりあって、味付けも良く、2人は大満足で料理を平らげ宿を後にして馬を引き取った。外の季節は夏だけれど、この辺りは涼しい気候だから馬に揺られて風に当たると心地が良い。

それほど急ぐ旅路でも無かったから、リュカは馬に揺られながら、次に契約したい悪魔をクロエに聞いていた。


「今のところ、神ハデスから戴いたアモンと、追加契約したクロセル・キリマス・アムドゥシアス・ダンタリオンの合計5体。今後の事を考えると、フェニクスかデカラビアの回復能力もしくは、火力ならマルコシアスも捨て難いわね」


「そうだね、1日一体につき一回限りの使役制限があるからね。アモンの火力は申し分無いけど普通のモンスターには過剰火力だし、キリマス・アムドゥシアスは戦闘補助系、ダンタリオンとクロセルは情報系の悪魔だもんね」


「ん。広域殲滅能力は魅力的よね。私達は人数が少ないし数で押されると厳しいから」


「後は、やっぱり回復は欲しいよね。ニコラスのポーションは通常のポーションより2倍位の効能があるけど、それも限界があるしね。フェニクスの仲間全員を回復させる能力は凄く魅力的だな」


「そうね、怪我をした時の事を考えると…ねぇ、あれ!あの商隊襲われてない?」



よく見れば街道の先、少し草原に入った辺りで逃げた隊列が魔物に追い付かれて襲われていた。

見える限りでは大きいオークが2体と小さいのが5体ほど。プラスα加味して合計10体前後か…


「助けに行こう!クロエは今日アモンとキリマスを召喚してるから、ロングソードで対応して。アンデッド系が居たら最期の"火葬"は任せる」


「ええ、了解」


少し離れた場所に馬を止めて、リュカとクロエが足早に走りながら敵戦力を確認する。


「敵はオーク2体片方は手傷を負ってる。あと、ゴブリンが5…6体、ハウンドドッグが3体。オークは後回しにして、脚の速い奴から仕留める!クロエは商隊に取り付いてるゴブリン2体を引き離して!」


「了解。リュカ気をつけて」



–リュカはクロエと別れてハウンドドッグ3体に走り寄ると、まずは一体を背後から"バックリッパー"で首を落とす。

右にロールアウトした所で残り2体がこちらに気づいた。右側のハウンドドッグに投擲ナイフで牽制し、左側の個体へ一気に詰める。


「…くそっ、速いよっ」


しなやかな流線型の体躯で駆け寄って来た"それ"をサイドステップで躱し、すれ違い様に首へスタブを撃ち込む…くそっ外した!


–的が小さいんだよ…とりあえずは手傷は負わせたから後回しにして…もう一体の奴を!


先程、投擲で牽制を入れた個体が飛びかかって来た所を、ノックバックの要領で、ハウンドドッグの牙を左のナイフで引き付け、右のナイフの"スローター"で頸動脈を断ち切る。大量の血が噴き出した。

先程、手傷を負わせた個体はかなり弱っていたので直ぐに片付いた。


「ゴブは…よし、こっちに気付いてない!」


リュカはすぐに商体から離れていたゴブリン4体を相手取る。戦闘方針は、スタブ・リッパーで一撃に仕留め切れない敵は、中途半端に手傷を負わせ行動不能にし、まずはスピード重視で敵戦力を減らす事。


まずは一体群れから離れたゴブリンに"アルバー"の構え(両手を下げた状態)で駆け寄り、右のスラッシュアップで手傷を負わせる。

リュカはすぐに離脱し、ゴブリン3体に近付き一体の頭部にナイフを投擲、もう一体の背後からバックスタブを入れる。


「ハウンドドッグよりはマシかな…って、オークっ!デカイのは後に回したかったのになぁ…」


–愚痴を言っても寄って来たモノは仕方ない…


リュカはゴブリン1体・オーク1体に対し、戦況が変わる中一旦距離を置く。左手にナイフと金貨を持ち、右手ナイフを鞘に戻すと、地面に手を着き錬成する。


『錬成"Earth Javelin"岩投槍』


約13m程離れた所から、錬成したジャベリンをオークの胸へ投擲し、同時にゴブリンに駆け寄り棍棒の攻撃をロールアップ(前方に転がりながら距離を詰める)で避けて、すかさず左手のナイフでスローターを決める。ジャベリンを抜こうとしているオークの背後に回り込み、バックリッパーで首を落とした。


「後は…クロエの2体とオーク1体っ!」


今度は商隊の方へ方向転換し状況確認。

クロエはゴブリン1体を倒し、怪我をした青年の盾になりゴブリンと斬り結んで…えっ!ハウンドドッグ!?


「まだ居たのかよっ!クロっ!アムドゥシアスでオークの足止め頼むっ!」


スピードを上げて近寄り、地に手を着く。


『錬成"Marsh"泥沼』

「来て、ソロモンの書序列67位ユニコーンの悪魔 音と樹木を司る者 アムドゥシアス」


クロエに駆け寄っていたハウンドドッグを泥沼に沈め、残りの1体のゴブリンをネックスタブで仕留めていると、同時に辺りの草木が生きているかの様に蠢き色を深め、騒つき始める。一気に質量を増した草木が形を変え、緑色の濁流になりオークに絡みつき、押し流し、やがてオークは見えなくなった…


「何だよあれ…いちいち過剰なんだよ」


オークに過剰な足止めをして辺りが静かになったのを確認し、倒れてまだ息のあるゴブリンと泥沼で動けなくなっているハウンドドッグに止めを刺した。


「クロエ、後は…あれに埋もれたオークだけだし僕がやっとくから、クロエは商隊の人の治療をしてあげてよ。ポーションはこれを使って」


「ん。了解。…悪魔達はいつもやり過ぎるわ」


クロエは過剰過ぎた足止めが恥ずかしかったみたいで、悪魔のせいにして足早に商隊の方へ去って行った。


–うん、恥ずかしいよな。オークみたいな低位モンスター相手に、最終奥義みたいな派手な術を使う所を見られてしまったら。…クロエどんまい。




激しく巻き付く草木に埋もれて、瀕死だったオークを片付け商隊の方に戻ると、クロエは既に粗方の怪我人の治療を終えていた。


合流して治療を手伝っていると、腕に包帯を巻いた恰幅の良い、仕立ての良い商人風の格好をした壮年の男性が歩いて来た。

白いシャツを内側に着込み、若草色の鮮やかなベストとズボンに茶色いブーツを履き、銀糸や金糸で細やかな細工を施した黒地のローブを纏っている。 上品に仕上げられ、両端が「クルッ」とカールした口髭が印象的で、温和そうな面持ちをしていた。


「これは冒険者様方、私共の商隊をお助け頂き誠にありがとう御座いました。護衛の者も連れていたのですが、生憎突然襲われてしまった所、対応が後手に回ってしまいましてな。本当にありがとうございます!」


「いえいえ、先程位の戦闘であれば何の問題ありません。それよりも貴方に大きな被害が無く、救助に間に合って良かったです」


「お若いのにあれ程腕が立つとは!先程のオークを一撃で捉えた木の魔法は初めて見ましたが、いやはや威力も凄まじく素晴らしかったですな!あの魔法は此方の女性の術でございますかな?」


「いえ、あれは"兄の"樹木に干渉する魔法で…」


「あははっ、大した事はないですよ」

–おい、なんでだよ…


チラチラとクロエに視線を送るが、クロエは断固として目を合わせない。明後日の方向を見て遠い目をしている…ずるいよ。



「おお、左様で御座いましたか!私はグランツァーレで商いを営んでおります、マンハイム商会のアルベルト・ガンツと申します。今は旅の途中で御座いますが、此の度の御礼は是非させて頂きたい。貴方のお名前をお伺いしても良いでしょうか?」


「これはマンハイム商会の。存じ上げております。私はリュカ・シュヴァルツヴァイト。こちらは妹のクロエ・シュヴァルツヴァイトです。どうぞお見知りおきを」


マンハイム商会はマグノリア王国でも有数の商会で傘下に幾つもの商会を抱えている。アルベルト・ガンツはその商会を束ねる凄腕の豪商人だ。

"地獄の悪魔も金を置いて逃げ出す大商人"とも言われている彼は、父ヨハンが懇意にしている事もあって、リュカも話は聞いていたが…うん、聞いていたイメージとは大分違ってはいる。だが、気にしないでおこう。



「なんと!シュヴァルツの伯爵様の御子息でしたか!これは素晴らしい!伯爵様も大層な魔法の腕をお持ちだが、御子息に至ってはこの若さであれ程…いやぁ、感服しましたわい!伯爵様には平素よりお世話なっておりましてな。グランツァーレに戻りましたら是非私の屋敷までお立ち寄り下され。」


「ありがとうございます。ええ、父から話は伺っております。でも、先の事は大した事ではありませんので、もし何かあれば寄らせて頂く事に致します。それでは家族が待っておりますので、私達はこれにて失礼します」



もう最後の方は照れ臭くなって早く帰りたくなっていた。相変わらずクロエは我関せずの方針を貫いている。アルベルト・ガンツは2人と別れると、商隊を引き連れてグランツァーレ市街の方へと帰って行く。


–そうして漸くリュカとクロエは2週間ぶりの我が家へと帰って行った。

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