第4話 僕と"秘密の部屋"と女の子


–僕は5歳のあの夜、地下室の不思議な部屋でニコラスと名乗る老人の姿をした"それ"と出会い不思議な体験をした。


ニコラスは僕に"ニコラスが使っていた部屋"と、"赤黒い石の嵌った指輪"と、"ウンネフェルのナイフ"、それと真っ黒で重厚な感じの表紙をした"ソロモンの書"をくれたんだ。


次の日から、僕は夜になると地下室の"あの部屋"に籠って錬金術の勉強をした。ニコラスの手記は凄く古くて難しい単語が多かったけれど、出会った時は聴き取り難かったニコラスの話し声も段々分かる様になって、分からない事はニコラスが教えてくれた。


ニコラスの錬金術は"金"を逆錬成する事で、"金"を砂とエネルギーに分解して、その取り出したエネルギーで神様みたいな術を使うらしい。最初は全く分からなかったけれど、『木を燃やして"熱"と"炭"に分けて、その熱でお湯を沸かす様な感じ?』って聞くと、正確には起こっている現象は違うけれど似た様なモノだって言ってくれた。

ニコラスが言ってたんだけど、昔の錬金術を勉強していた人達は"違う金属から金や銀"を創り出す事を考えていたらしい。


–そんな事が出来たら皆お金持ちになるじゃないか


最近やっと錬金術で土人形を作ったり、水を凍らせて花を作ったり出来る様になった。ニコラスは僕を見て何となく嬉しそうにしているけれど、ニコラスは笑ったりしないし喋る時は単語が多いから分かりにくい。


やっぱり僕に神様は現れないまま月日は流れ、僕は7歳になった。





その日も朝からマーガレット先生に算術を教えて貰った後、剣の稽古をしてから、部屋で汗を拭いていると、父さんの馬車が帰って来たんだ。

暫くして、僕と妹のシャルが居間に呼ばれると、父さんと一緒に、僕と同じ位の知らない女の子が居た。


「父さんの弟の、ストラスブールに住んでいた叔父さんの家から来た子で、今日から新しい家族になる。歳はリュカの1つ年下で、シャルの2つ年上の姉さんになる。さあ、クロエちゃん挨拶して。」


「…はじめまして、私の名前はクロエ」



–わあぁ、綺麗な人。

かなり言葉足らずな女の子を見た、僕の最初の感想は"綺麗"だった。

黒くて艶々した髪を肩位まで伸ばして、前髪を片方だけ可愛らしいピンで留めた女の子の肌は、見た事も無いくらいきめ細かく透ける様な白さで、なんだかお人形みたいに見えた。

意思の強そうな唇は薄いピンクでしっかり結んでいる。少し恥ずかしがっているのか頬が少し朱に染まっていた。

そして何より目の造形が綺麗だった。なんで造形って表現するかは複雑な事情があったんだけど…


「は、初めまして!僕はリュカだよ!よろしくね!」

「シャルロッテです。長いんでシャルって呼んで下さいっ!えへへっ」


ちょっと緊張した僕が、声を張り過ぎたりたりなんかしながら、黒髪の綺麗な女の子と握手をしていると、シャルは意外にもしっかりと挨拶をして、「ペコリ」とお辞儀をした。

そして僕にだけ聞こえる声で「デレデレし過ぎですっ!」って呟いた。


–えぇぇ!そんな事無い…んだけど。無いよね?


ふと目が合った父さんも僕の方を見て意味深にニヤニヤしている。


–なんだよ父さんまでっ!やりにくいよっ!


なんだか勝手に見透かされた気がして少し熱くなった頬を右手の人差し指で掻いていると、父さんは真面目な面持ちに変わって新しく家族になった年下の女の子の話をしてくれた。


「ストラスブールに住んでいた父の弟のマルクス叔父さんをが戦争で亡くなったのは2人にも話したね。あれから暫くして、クラウディア叔母さんも病気を患っていたんだけど、つい先日亡くなっでしまったんだ。…僕とアンネ、エルフィが結婚する時にも、2人が産まれた時にも凄く喜んでくれて、本当に優しい良い人だった。」


父さんがクラウディア叔母さんの話をしている時、女の子はずっと俯いて声を殺して泣いていた。落ちる涙も拭わず、ずっとずっと肩を震わせていたんだ。


–あぁ、だからか。


僕がさっき感じた違和感に1人で納得していると、父さんは話を続けた。


「それでクラウディア叔母さんが亡くなってから、暫く近所の良くしてくれていた家で、クロエは預かられていたんだ。だけど、やっぱりちゃんとした家族が必要って事で、近所の方が僕宛に手紙を出してくれてね、僕がストラスブールに迎えに行って来たって訳なんだ。クロエは今迄沢山辛い思いをして来たから、2人とも仲良くして欲しい。これからは兄妹3人、家族5人が笑って暮らせるようにしたいって父さんは考えてる。」


–父さんや母さんが死んでしまったらどんなだろう?…嫌だ嫌だ嫌だ!ああぁ、キツイな…


父さんが話をしている間少しでも泣いている女の子の気持ちを理解しようとして、僕は少し父さんと母さんが死んでしまった事を考えたんだ。そしたら悲しくて悲しくて僕は泣きそうになって、頭を振って必死にさっき考えた事を頭から追い出した。そうしないと本当に泣いてしまいそうだったから…


僕とシャルは言葉が見つからずずっと俯いていたけど、僕は勇気を持って顔をあげて言ったんだ。


「分かったよ、父さん。僕はクロエと仲良くする。しようと思う。だから、ん〜…上手く言えないけどさ、…うん、過去に悲しい事があったなら、これからはみんなで楽しくなる様に、僕がクロエを守ろうと思う。…出来るかな?出来なきゃいけないけど。」


僕がそう言うと、ずっと俯いていたシャルも顔をあげて首肯して同意を示し、父さんとずっと黙って話を聞いていたエルフィー母さんは嬉しそうに頷いてくれた。


でもまだその時クロエはずっと俯いて黙っていたんだ。



重い空気の家族会議が終わってからすぐに母さんは、少し遅くなった昼御飯を用意してくれて、僕達はみんなで一緒に御飯を食べた。

昼御飯を食べ終わった僕とシャルはクロエを連れて屋敷の案内をした。

その間もクロエはあまり話さなかった。


夜になっていつもの様に地下室の"あの部屋"に向かう時、クロエの部屋から声を殺した嗚咽混じりの泣き声を聞いて、何故だか僕は堪らなくなった。

だから秘密の部屋に入ってからも僕はクロエの事を考えていた。


–どうしたら笑顔に出来るんだろう。


錬金術の勉強をしながら気付けば、ぼうっと空を見上げて僕は考えていた。

その日は答えが分からないまま部屋を後にした。



翌日も、その翌日も、またその翌日もクロエは夜中になると必ず泣いていた。

そしてある日僕は思いついたアイデアを決行する為に行動した。


「コンッ!コンッ!」


僕はクロエの部屋の窓ガラスをノックした。

そしたら、真っ赤に腫らしたクロエが目を拭いながら窓際に歩いて来た。


「何?こんな時間に」


「夜中にごめんね。ちょっと窓を開けて見ててくれる?」ってクロエにお願いして、用意していた"水の入った花瓶"を窓際に置いてから、僕はこの2年間1人で地下室の"秘密の部屋"で練習した錬金術を使う。


–左手に1枚の少しくすんだ色の金貨を握り締め、右手で花瓶の1番膨らんだ場所に、手を添える様にそっと触れる。


『錬成"Frozen Flower Arrangement"』

僕が錬成を開始すると花瓶から氷の枝が幾本も生えてきて、冷気の靄を優雅に漂わせながら氷の枝はピキピキと音を立てながら成長していく。氷の枝が伸び切った瞬間や葉が出来上がる瞬間には、シャリンシャリンと聞こえそうだ。

最後に幾つもの花を枝に着けて、僕が錬成したこのフラワーアレンジメントは完成した。



「…ふわぁぁ」


一瞬目を見開いたクロエは、驚いて開きっぱなしの口元を両手で覆い隠し可愛らしい感嘆を洩らした。

その声を聞いた僕は心の中で小さな握りこぶしを作り満足げに頷いた。


「あははっ!どう?驚いてくれたっ?」

「ええ、とっても驚いたわ。…綺麗」


–いや、綺麗な人に綺麗って言われてもどうもしっくり来ないなぁ…


心の中で根も葉もない突っ込みを入れつつ、僕は予め用意していた言葉を慌てて引っ張り出す。


「夜中になるとクロエ毎日泣いてるだろ?僕知ってるんだ。毎晩こいつの練習で部屋の前を通るから。

…何とか喜ばせてあげたくて。喜んでくれた?」

「…ん。とっても素敵。こんなの初めて見たわ。その…ありがとう」


喜んでくれたと確信した僕は勇気を振り絞って、もう一歩クロエの核心へ踏み込む。


「その…良かったらクロエが泣いている理由を僕に話してくれないかな?なんていうか…ほっとけなくて」


少し俯いて思案していたクロエが口を開く。


「ええ…詰まらない話だけれど…それでも良ければ」


首肯し了承してくれたクロエは「そんな事より中に入ったら?」と、いまだ窓の外に居た僕に部屋に入る様に促してくれた。

そしてクロエの部屋に入り僕が椅子に腰かけたタイミングを見計らって、とんでもない事を告白した。


「私ね…信じられないかも知れないけれど…」


「…私が居ると周りの人が不幸になってしまうの」


一瞬、僕は意味が分からず呆けた顔をしていたかも知れない。少しの間を置いて「どういう意味?」と僕は聞き返す。


「どういう意味って…そのままよ。…私が2歳の頃あの人が来たの…」


と沈痛な面持ちで、クロエは少し唇と肩を震わせて、1人で抱えていた秘密を話し始めた。


「私が2歳になって暫くした時だった。…お昼に寝かられて起きた時に、私のベッドの隣に帽子を被った男の子が立っていたの。…まだ小さかった私はブレスの事も神の事も何も分からなかったけれど、彼は自分の名前を"冥界の神ハデス"そう言ったの」


–死を司る神ハデス…かぁ…

僕もよく知っている神様。しかも不吉とされる名前を聞いて僕は絶句する。


「3歳になった時ようやくブレスの事を理解して怖くなった私は母に相談したわ。母は大丈夫って言ってだけれど暫くして父が戦争に行く事になった。今思えばあれもおかしかった…」


「えっ?」


「だって父は狭い土地だったけれど、領地を与えられた貴族だったのよ?その今まで平和だった土地の貴族がわざわざ戦争に呼ばれるなんて…。とにかく、父は戦争に行って帰って来なかった」


そこからの話は、以前父さんから家族会議で聞いた事のある内容だった。

「そして母も病気になって、段々瘦せ細って、最後はずっと何か呟きながら亡くなった。だから私は"死"に取り憑かれてるいるの。周りの人を不幸にするから、此処にいちゃいけないの」


我慢出来なくなったクロエがポロポロ涙を流す。そして嗚咽を漏らしながらクロエは核心を語った。


「だから父も母も私が殺したのも同じ事よ。私のせいで父も母も……」

「それは違うよ!クロエは悪くない。お父さんもお母さんもクロエは殺してなんか無い!そんなの絶対におかしい!」


僕は最後までクロエの言葉を聞かず咄嗟に否定した。全てを背負い込もうとするクロエに我慢が出来ず僕は言葉を続ける。


「そうやって不幸を自分の所為にしちゃダメだよ。それに神ハデス様は死を司る神様だけど"逆説的"に捉えれば、"生きる事を司る神"でもある。"死は生の終わりにして新しい生の始まり"なんだ。錬金術を僕に教えてくれてる人は、あらゆる占いや占星術、魔術、神話を研究していたんだけどね、タロット占いの"死神"のカードも裏を返せば"再生・再スタート・起死回生・挫折から立ち直る"って意味合いを持つんだ。」


そこまで黙って僕の話を聞いていたクロエが、少し納得した様に顔をあげた。目も泣き腫らして真っ赤になって鼻も鼻水でグスグスだ。


「詳しいのね。ところで錬金術って何?さっき見せてくれた魔術の事?」

「あ、さっき見せたのは錬金術で、錬金術は魔術じゃないんだ。実は僕には魔力も殆ど無いし、僕の前には神様は現れなかった。寧ろ2歳でブレスを受けるなんてクロエは凄く恵まれてると思うよ!」


「…そうだったの」と呟いた女の子の表情は申し訳無さそうにしていたけれど、さっきまでの悲壮感は感じられなかった。

それから僕はクロエに色々な錬金術を見せて、魔術や錬金術、占星術、占い、呪いや神話、悪魔の話を聞かせている間、女の子は真剣な表情で僕の話を聞いてくれた。



–その日からクロエに少しずつ笑顔が戻り始め、シュヴァルツヴァイトの家族に溶け込む事になる。

誰にも秘密だった錬金術の事は、クロエと2人だけの秘密になった。

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