第3話 落ちこぼれの少年と恵まれた少年と

–少しだけ時間を遡りリュカ4歳のある日。


幼いリュカは父ヨハンに連れられ、遥か東のドワーフの国"山の下の国"へ向かう事になった。リュカの父ヨハンは王国に仕える"宮廷魔導師団"の魔導師長を務める偉大な魔導師で今回の様な遠方への任務も度々あった。

ヨハンは冒険好きな我が子リュカをとても愛し、

今回任務で向かう事になった、ドワーフの友人が暮らす"山の下の国"へリュカを連れて行く事にした。

"様々な経験をさせてやりたい"、"友人の息子がリュカと歳が近かったから新しい友達を作ってやりたい"と、少し過保護な父親ヨハンなりの優しさである。


赤茶けた大きな岩山と奇怪な形をした巨大な岩に囲まれた"山の下の国"ペリヴァージャ市は、リュカが生まれ育ったマグノリア王国グランツァーレ市から東へ脚の早い馬で12日程、馬車で向かうなら2週間ともう少しの場所にある。

シュヴァルツヴァイト領からから出た事の無い少年にとって初めての長旅で、リュカはこの先2週間、見た事の無い土地を渡り、初めて知る大きな生き物を見たり、恐ろしい魔物に襲われヨハンに退治して貰ったりとワクワクしっ放しの馬車旅となる。


2人は果てし無く続く草原で野営をし、その草原を抜け国境付近の"向こう岸の見えない大河"を渡り、初めての訪れた街で宿に泊まり、森の街、川岸の街、拓けた大きな市街を抜けると、外の風景はだんだんと緑が少なくなり太陽が近くなった。森が林になり、林は牧草地に変わり、牧草地は石ころだらけの荒れた草原に変わった。もう少し進むと窓の景色はリュカが見た事も無い様な木も草もない広々とした砂漠のような干からびた土が剥き出しの大地になった。


それから更に2日程先へ進むと、2人がグランツァーレ市を出発した頃には、秋の淡い光が手足を照らし、うっすらと暖かかった太陽はギラギラと音が聞こえそうな程に灼熱の猛威を振るい、馬車の中に風と温度調節の魔法を使用しないと蒸し暑くて干からびてしまいそうな程になった。やがて恨めしい程の太陽が西の地平線にその姿を隠そうとする頃、ヨハン・リュカの2人は"山の下の国"ペリヴァージャ市の市外壁にある正門へ辿り着いた。


「うっわああああぁぁ!」

「はははっ!大きいだろう!」

「凄い!父さん凄いよっ!」

余りの市外壁の大きさに興奮したリュカは馬車から身を乗り出して叫んでいる。

ペリヴァージャ市を護る市外壁は厚さ3m以上、高さに於いては実に12m以上にも達する。この地域でよく使われている"アドベ"と呼ばれる"砂と粘土に藁を合わせ天日干しして作られる煉瓦"を、幾万幾十万積み重ね築いた巨大なペリヴァージャ市外壁は、見る者の心に壮大な歴史の重さを刻み込み、畏怖の念すら感じさせる。


「おい、入市税は2人で銅貨6枚だ。こっちの持ち込み制限のある荷が無ければ、あっちで税金を払って入って構わないぞ。」


「でも何から街を護る為にこんなに凄い市外壁を作ったんだろう…」


ペリヴァージャ市に入る為の税金をヨハンが払い、正門に作られた関所を潜り抜ける時にリュカはふと気になった事をヨハンに尋ねた。


「ああ、このドワーフ族の街ペリヴァージャ市は、大昔近くの山の地下にあったんだ。だけど、地下にあったペリヴァージャの街に突然竜族が入って来て、危険を感じたドワーフ達は街を放棄して地上にこの街を作ったんだよ。余りに急な事で地下に街を建設する時間が無かったから、ここのドワーフ族だけは地上に住んでるんだ。」


「…竜族…竜族って大きいの?」

まだ少しだけ熱を持つ太陽が街の石灰岩を掘り作られた住居を照らしていた頃、市街地に入りゆっくりとした歩みの馬車の中で、予想もしていなかった理由を聞いたリュカは思わず口を噤むぎ、子供らしい質問をヨハンに投げかけた。


「そうだね、だいたい6-8m以上はあるんじゃ無いかなぁ?父さんも昔に一度だけ見た事があるけど凄く大きかったよ。」

「へぇぇ、まだ地下に居るのかなぁ?街が襲われたら嫌だなぁ」


未知の生物の存在に少しだけ怖くなったリュカは、ヨハンの服の袖を握り心配そうな顔になった。ヨハンは「ワシャワシャッ!」とリュカの頭を撫でると、"もうずっと現れて無いし竜族達は山脈の地下ダンジョンに住んでいるから大丈夫だ"と言って優しくリュカを抱えあげた。

ややあって、2人の馬車はヨハンの友人であるアルベルティ家の屋敷…もとい、巨大な岩の住居の前に付けると、ヨハン達が正門を潜り抜けた時に門の通行を管理する衛兵達が先に到着を伝えたのだろうか、アルベルティ家の玄関先には上品で綺麗な格好をした使用人達がリュカ達を出迎えてくれた。


「久しいな!シュヴァルツの大魔導師ヨハンよ!」

「ああ久しぶりだ、レオン!でも大魔導師は辞めてくれよ。子供の前で恥ずかしいじゃないか!」


開口一番に豪快な挨拶とハグをして恥ずかしい"通り名"を口にしたレオンに、ヨハンは呆れた様子でリュカを紹介する。

「こっちが息子のリュカだ。何度か手紙に書いたアンネリースとの子供だ。」


「まぁ良いではないか。事実じゃ。おお、噂のアンネリースとの息子か!良く似ておる。目元などそっくりじゃ!わっはっは!儂がドワーフ5氏族の"ディオニソス"氏族の長、レオン・アルベルティ・ディオニソスじゃ。宜しくのぉ!」

「リュカ・シュヴァルツヴァイトです。僕の方こそ宜しくお願いします。」

「おお、アンネリースに似て礼儀正しく可愛らしいのぉ!気に入ったぞ!」


リュカの母親の事をよく知っているドワーフの氏族長であるレオンは、その明らかに力の強そうな隆々とした筋肉を剥き出しにした大きな手をリュカに差し出した。少年と握手を交わした後は力任せに抱えあげ「ガシガシッ!」と乱暴に頭を撫でるがリュカはちっとも嫌な気持ちにはならず、寧ろ少年が幼い頃に亡くなった母親を褒めてくれる事が嬉しくて、リュカにしては珍しく俯き赤面していた。



リュカを抱えたレオンはそのまま歩き出すと、「疲れたじゃろう。もうすぐ飯の用意が出来るからこっちでゆっくりせぃ!」と、また豪快に笑い2人を奥の部屋へと案内した。


しばらくしてがっしりとしたレオンの腕から逃れる事に成功したリュカと仕事を始めたヨハンが、案内された部屋で寛いでいると、何処からかスパイシーで食欲を刺激する香りが漂ってきた。初めて訪れた街と初めて出会ったドワーフ族に興味が尽きないリュカが、部屋で書物をしていたヨハンに"ドワーフ族の鍛治師"の事や、ペリヴァージャ市の珍しい話を聞いていると「くぅぅ…」とリュカの腹の虫が可愛らしく悲鳴をあげた。



「うっわあああぁぁ!」

今日何回目か分からない程の歓声を上げたリュカの前には、真白で清潔なクロスを張った大きなテーブルに、所狭しと"ご馳走"と言って差し支えない様々なエスニック料理が並んでいた。

元来、珍しい物好きな少年が初めて見る料理を前に感激している姿を見て、大人達が微笑ましい笑みを零していると「ただいまぁ」と1人の少年が外出から帰って来た。


「おお、丁度良い時に帰ってきたわい。おい、エル!手ぇ洗ったらさっさとこっち来て挨拶せぃ!」

と、豪快なドワーフのおじさんが大声で少年を呼び寄せた。


「親父ぃ!そんなデカい声出さなくたってちゃんと聞こえてるよぉ!」

少しだけ面倒くさげな声で返事をしながら、少年が部屋に入って来てヨハンに気付くと、慌てて身形を正し丁寧に挨拶をした。


「あっ!ヨハンおじさんお久しぶりですっ!」

「やぁ!エル君久しぶりだねぇ!しばらく見ない間にまた大きくなったんじゃないか?ああ、こっちは僕の息子のリュカだ。仲良くしてやってくれ」

ヨハンの突然の紹介にリュカは少し慌てて"エル君"と呼ばれた少年と握手を交わした。


「初めまして。僕はリュカ・シュヴァルツヴァイトだよ。よろしく!」

「ああ、俺はエリンツォ・アルベルティ・ディオニソスだ。こっちこそよろしくな!腹減ったし、あっちで一緒に飯食おうぜ」

「うん!僕もさっきからお腹がぺこぺこなんだ!」


もうお腹が減って仕方ないリュカはエリンツォに連れらてテーブルを回り込み、3歳年上のエリンツォと一緒に食事を始めた。

初めて見るエスニックな料理を前にして、どれから手を着けるか考えていると、「これがうまい」だとか「この緑のは変な味がする」とか「これはすげー辛過ぎて危険」だとか、エリンツォが教えてくれて2人は一緒に料理を楽しんだ。大人達がワインをたらふく飲んで豪快に食べていると、子供達の話題は"ブレス"の話題になった。


「なぁ、リュカはもう神様からブレス受けたか?」

「ううん、まだなんだ。エル君は?」

「そうかぁ、悪りぃ事聞いた。俺は4歳の時に神プタハ様のブレスを受けたぜ。まぁ丁度今のお前と同んなじ歳だったし焦る事ないぜ!」


「うん、全然!その神プタハ様ってどんな神なの?僕は聞いた事無いよ。」

「へへっ、神プタハ様はヘリオポリスの神様で鍛治の神様なんだぜ!」


少し辛い油の乗った柔らかい鶏肉を2人で分け合って、少しずつ食べていると"また"新しい単語を聞いてリュカが目を輝かせた。


「ヘリオポリス??」

「ああ、ずっと昔に西の海を渡った所にあったっていうデカい大陸の国なんだ。ずっと昔にヘリオポリスは無くなったらしいけど、今でもそこの魔法道具とかは見つかってて"アーティファクト"って言われてる。知らないのかよ。」


「へぇ、初めて聞いたよ!エル君って凄いね!神様ってギリシャの神様やローマの神様だけじゃ無いんだね!」

「ああ、そんなのあったりまえだろ。世界中に神様は居んだから、そりゃたくさん居るだろ。」

「あはは!確かに!でさ、神プタハ様てどんな神様だった?」

「そうだなぁ、なんかさ、金色で白い服着てて、杖なんか持ってて、手とか顔が緑なんだぜ!俺達ドワーフとかシュメールの民とか、西の方のエトルリア人はヘリオポリスから来たみたいでさ、俺はプタハ様に会ってからヘリオポリスの勉強してんだ!」


にししっと、屈託の無い笑みを浮かべたエリンツォは少しだけ自慢したい気持ちを抑えて、年下の友人にドワーフ族の言葉と文字、エトルリア人の文字、ヘリオポリスのヒエログリフと呼ばれる文字の事を教えてくれた。


「ぐわはははは!」と時折聞こえるレオンの相変わらず豪快な笑い声に、「うちの親父うるせーよな」と顰めっ面で大人達に聞こえないようエリンツォは愚痴を零す。それからも色々な話で子供達は盛り上がり2人でケラケラ笑い楽しい時間を過ごした。

あれだけ沢山あった料理もだいぶと少なくなっていた。



それから約一週間、しばらくデュオニソス家に滞在したリュカがグランツァーレへ帰る頃には、2人は大親友になっていた。リュカは目を輝かせて"ワクワクする夢"の話をするエリンツォが大好きになり、エリンツォも愚直な程に真っ直ぐ挫けないリュカを友達として認め大好きになった。




「リュカ、もう帰んのか。まだゆっくりして行っていいんだぜ!今度俺の宝物のアーティファクト見せてやるしさ!」

「うん、ありがと!次会う時は、僕の神様から貰ったブレスの話をするよ!僕は絶対冒険者になるからっ!」


大親友となった少年達は硬く握手を交わし次の時の約束を交わす。夢を全力で追う2人はキラキラと目を輝かせていた。


「おう!諦めずに頑張れよな!大人になったら俺がお前の武器を作ってやるから楽しみにしとけよ!」

「ほんとに!約束だよ!」


「エル君、リュカがお世話になったね。これからも仲良くしてやって欲しい。さ、リュカそろそろ帰ろうか。母さん達が待ってる。」



–いつ迄も話が尽きない2人にヨハンが割り込み半ば無理矢理挨拶をして親子は馬車に乗り込んだ。リュカの初めての遠出は、新しい事の連続の毎日で掛け替えのない友人が出来た充実した旅となった。

リュカは新しく出来たドワーフの大親友に再開を約束してシュヴァルツの屋敷への帰路に就いた。

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