第2話 神様達の加護と隠者の導き

–その昔この世界には沢山の"神様"が居て、神様達から愛され"ブレス"と呼ばれる恩寵を受け"アビリティ"を得た冒険者達は、日々"魔物"と呼ばれるモンスター達に挑み身体を鍛え、様々なダンジョンに赴き戦いを挑んでいた。

ダンジョンとは【広大な森】【古代遺跡】【集団墓地】【古い塔】【放棄された要塞】【地下にある迷宮】【魔物に占拠された市街】【海底の沈没船群】など魔物が潜む冒険者に与えられた舞台だ。

【アースガルドのグラズヘイム】の様な神オーディンが地上で初めて作ったとされる神話的なダンジョンまであるという。世界にはまだまだ未発見のダンジョンがに潜み、また新たなダンジョンが生まれていた。




世界"5大陸"中、最大の大陸の西部 に位置するマグノリア王国シュヴァルツヴァイト伯爵領グランツァーレ市。その近郊の"魔女が棲む森"近くに屋敷を構える、領主シュヴァルツヴァイト家は古くから優れた魔術師を輩出しており、その多くの者が王国より功績を称えられてきた、マグノリア王国きっての魔術の名門家である。現在のシュヴァルツヴァイト家当主、ヨハン・シュヴァルツヴァイトも例に洩れず王国宮廷魔術師団の魔術師長を務めている。


–シュヴァルツヴァイト家 屋敷の庭にて

「やあああああぁぁぁぁぁ!」

小さなリュカは小さな木剣を持ち父ヨハンに打ち込む。カコン!コンッ!ゴンッ!と"下段の払い"から"中段の突き"を繰り出し、リュカは思いっ切り飛び上がり"上段からの振り下ろし"まで連撃を繰り出す。リュカは「まだまだ!」と、軽くもキレのある木剣の剣撃を打ち込むが父親はニコニコしながら全て防いでいる。時に長剣であるいは短剣を使いながらリュカは諦めずに持てる限りの剣撃を放った。


春はどんどん深まりいつからか風の匂いが変わって近くの森の色合いも変化した。森に住む生き物達の音も違った響きを帯びるようになっていった。そして季節は初夏に差し掛かった頃、シュヴァルツヴァイト家の大きな屋敷にある、隅々まで手が行き届いた緑が美しい庭に、半刻ほど前から軽快な木剣のぶつかる音が絶え間無く響いている。


–この子が早産で産まれた時は細く小さくて、抱えると壊れてしまいそうだったのに、こんなに明るくて優しい良い少年に育つなんて!魔力が殆んど無かったり、人より"ブレス"が遅いなんて些細な事に思える。我が子の成長がこんなにも嬉しく楽しみだったとはね!アンネリースに見せたかった…


リュカの父ヨハン・シュヴァルツヴァイトは我が子の成長が嬉しく生き甲斐に感じている反面、母親似の線の細い少年を見て、早産が産後の経過に影響し亡くしてしまったリュカの母親アンネリースを想った。

リュカは父ヨハンと母アンネリースとの間にアルビノ(先天性色素欠乏症)という真っ白な髪、真っ赤な瞳の少し特殊な体質の少年であった。

アルビノの子供達は色素が薄く強い陽射しに弱い為、剣術の稽古時の様に外出する時は魔法で防護する必要があった。また、特徴的な外見から学校の友達には馴染めず家庭教師を呼んで屋敷で勉強し、ヨハンが剣術の指南をしていた。



「もちろん冒険者だよっ!」

前屈みに膝に手をついたリュカは、父の質問に対し即答出来る程、一途に冒険者に憧れている。少年は興奮した面持ちで言葉を続ける。


「冒険者ぁ!絶対の絶対に冒険者になるっ!」

「そっかぁ!リュカも冒険者か!ははっ!父さんも小さい頃に冒険者に憧れたよっ!」

「うん!僕ね、父さんみたいな強くて立派な冒険者になりたいんだ!」

「嬉しい事を言う様になったじゃないかっ!リュカはどの神様に会いたいんだい?」

「軍神マルスみたいな強い神様がいい!」


リュカは大好きな父親に毎日毎晩の様に冒険者時代の冒険譚を聞かせてもらい、見た事の無い大陸や、薄暗い迷宮、森の中のエルフの塔、海賊船のダンジョン、地下の墓地遺跡などを想っては"ダンジョン"に夢を馳せ、いつしか少年は生まれ持った魔力が少ないながら巧みな剣術で斬り込む"前衛タイプ"の冒険者に憧れていた。


神様達は愛する子供達の前に姿を現し、自らの"祝福=ブレス"を与える。特殊な"生まれながらに授かった者"以外では、早ければ2-3歳、遅くても5歳迄には現れるという。将来を約束された様な恵まれた環境に産まれ、真面目に日々努力と研鑽を積み重ねた、"愚直なまでに真っ直ぐな少年"リュカ・シュヴァルツヴァイトの前には3歳になり、4歳が過ぎ、5歳になった今も軍神マルスはおろか、どの神様は現れなった。




–そしてある日少年の前に現れたのは、彼が待ち望んだ"神様"では無く1人の"隠者"であった。"隠者"とは様々な修行を積み力を得た後、あらゆる神々や宗教・世俗との関わりを絶ち、隠遁の生活を送る"愚者"を導く存在である。また、この隠者と愚直な少年は"少し風変わりな"出会い方をした。



5歳を過ぎたリュカは、ここのところ夜中にベッドを抜け出しフラフラと徘徊する様になっていた。本人に自覚は無かったが、アンネリースが気付くと寝ているはずのリュカが居なくなっており、居間や応接間、キッチンをフラフラと何かを追う様に歩いている事があった。


その日もリュカが夜中に目を覚ますと、ぼやっとした薄い緑色に光る美しい蝶々がひらひら薄暗い部屋を舞っている。ぼうっと眺めていると薄い緑色に光る蝶々はしばらくリュカの周りを飛んでいたが、何処から現れたか同じく薄い緑色の、細い煙の様な光の靄が蝶々に絡み始めている。蝶々はひらひらと飛びながら光の靄の続く先へ上へ舞い上がったり、ひらひらと舞い降りたりしながらゆっくり飛んで行く。

そこでリュカは徐ろにベッドを抜け出し、眠たい目を擦りながら蝶々の跡を追いかけ始めた。

ただただ不思議で綺麗な光景でリュカに怖いという感情は無かった。


夜の帳はその静けさをリュカに自慢するように主張している。梟が鳴くわけでもコオロギが羽根を擦る音が鳴るわけでもなかったが、時折窓の外の風音だけが漏れ込んでくる。この時間に目を覚ましているのは世界中にリュカだけの様に感じる程、外の世界と切り離された様な空間であった。

一歩一歩と淡い光の道とひらひらと舞う蝶々を追いかけ進んでいるうちにリュカは地下室へ続く階段を下り始めた。


"……ュカ………ァル…"


–何処へ行くんだろう…この下は物置と食糧庫しか無いはずだけど…それにさっきから聞こえるのは音?声?


"…サナキ……シノシ……ルカ…ュヴァ………ァイト……ヨノ……カイ…ミルモノ…"


地下に続く階段を下り始め、ねっとり絡み付く真っ暗な闇に包まれたリュカは、足元を踏み外さない様壁に手を添えながら慎重に階段を下りる。暗闇から暗闇に歩を進めながらリュカは、しわがれた声とも隙間風とも取れる掠れた音に気付いていた。


"…ノマエ……スガタヲシメセ"

"…ュカ シュヴァル……ァイト"


–名前?誰かが呼んでる?…さっきから同じ事を言ってる気がする…あっ、今ほとんどハッキリ名前を呼ばれた!


地下に降り切ったリュカは物置がある方向へ導かれる。辺りはまるで我家ではありえない程、埃っぽくカビ臭い。何千年も前から時間が止まった様な湿っぽい空気の中を、眼前に舞う美しい蝶々を頼りに歩いてゆく。

蝶々のそれは羽根が擦れると光の鱗粉を撒き散らす様に闇を自由に舞い、まるでシャリンリン…シャリンリンと音が聴こえる様だった。

既にリュカには、どう進んだのかどれ位歩いたのか分からなくなっていたが、少し先の暗闇に薄暗い部屋の様な空間を見つけてからは、リュカは歩を進めながらその部屋をぼうっと眺めていた。


薄暗い部屋には、茶色くボロボロのテーブルと椅子、所狭しと幾重にも重なる古そうな羊皮紙の山、古めかしく重厚に凝った装丁の分厚い本が幾つも並んでいて、更には羊皮紙の山の脇に血の様な赤黒い光を放つ石が据えられた指輪と、何語かも分からない象形文字の様な刻印のある、古めかしいながら美しい刀身のナイフが置かれていた。

そしてリュカにはこの頃、先程から聞いていた掠れた隙間風の様に思われていた音は、小さく掠れくぐもったと老人の声だと認識して出来ていた。直接音を聞いているのでは無い様な直接頭に語りかけられている様な浮遊した感覚だ。


"ヨノ…ツカイヲミシ…シュヴァルツノコ…リュカ…"


リュカが赤黒く光る石に触れた時、石は光を増し1人の老人の様な形を浮き上がらせた。老人のような姿のそれは朱殷(しゅあん)をもう少し暗くした様な

色の古風なローブを羽織り、少し猫背な格好で顔は陰になり見えず両の手の先を腹の前で絡めた姿で立っていた。

最初リュカは少し驚いたが不思議と老人の様なそれが怖いとは思わなかった。どこか初めて祖父に会った時の様な感覚に近い不思議な気分。

先程から老人の様なそれは、掠れた大きな息遣いの様な音を時折挟みながら、呪文の様な言葉を掠れてくぐもった声で紡いでいるが、リュカには返す言葉が見つからずただただ内容を把握理解するだけで精一杯であった。


"…カミ…コトワリカラ…ハズレシ…シュヴァルツ…ノコ…ナンジ…コノヘヤ…ケッカイ…ヲ…アタエ…ヨウ…"


"…ワ…ヒト…ウマレ…シヲ…コエ…ヒトノコトワリ…ハズレシモ……ニコラス…レンキンノノロイ…フシ…ソンザイ…オーバーロード…ナンジ…リュカ…スベ…"ヨノイシ"…"ウンネフェル…ナイフ"…アタエ…"



–どれ位の時間が経っただろうか。

同じ事を言葉を何度も何度も言い回しながら、老人の様なそれが紡いだ言葉でリュカが理解出来た内容は、彼がシュヴァルツのニコラスという名前である事、彼が人に生まれながら人の存在を外れた超越した存在である事、彼の結界に隠されたこの部屋と、錬金術という術、彼が出てきた赤黒い指輪、ウンネフェルのナイフ"と呼ばれる象形文字を刻んだナイフ、そして"ソロモンの書"という漆黒の丁寧な装丁の魔術書を与えるとの事だった。

魔術書に関してはリュカが持っている事に意味がある…的な言い回しで理解が難しかった。


夢から醒める様にリュカは地下室へ続く階段の扉の前で目が覚めた。先程の出来事が夢では無いと主張する様に手には指輪とナイフが握られ、小さな腕には黒い装丁の分厚い本が抱えられていた。


–幼いリュカはこの日ニコラスという錬金術師の師を戴く事になった。

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