愚者と金貨と魔導書の契約者~ティレニア地下大墳墓と死者の書 編~

ゴブちん

プロローグ 賢者に導かれた少年

第1話 錬金術師と悪魔召喚師

–迷いの森シュヴァルツヴァイト 地下大迷宮。


この地下大迷宮は、マグノリア王国シュヴァルツヴァイト領南西部の南北150km、総面積7000㎢以上にも及ぶ広大な森林、通称"迷いの森"のほぼ中央に位置する。

大昔から"魔女が棲む"と言われるこの大森林は、大樹が幾重にも重なり更にその樹間の欝蒼と茂った樹々が太陽を覆い隠す、昼間でも常に薄暗く濃霧と瘴気が充満している森である。

そんな大森林を抜けて辿り着く事の出来る地下の大迷宮は全30階層で、10階層・20階層そして最深部の30階層に"階層主"と呼ばれる群を抜いて非常に強力な魔物が棲む。


現在、この大迷宮最深部30階層の階層主 漆黒の首無し騎士【デュラハン】に挑む少年と少女の影があった。

白い髪の少年は錬金術で巧みに敵を牽制しながら一瞬の隙を見つけて敵の首を刈り取る"アサルトスタイルの錬金術師 "リュカ・シュヴァルツヴァイトと、

契約悪魔を召喚し悪魔魔法を行使する、少年の妹クロエ・シュヴァルツヴァイトである。




デュラハンと対峙した白い髪の少年が頃合いを見計らい、右手を横一閃に振り抜くと"赤・白・黒・灰・白の魔法石"が浮かび上がる。


「"Physical Up"第2位階:身体能力向上」「"Magic Counter Field"第3位階:魔法反射」「"Anti Death Magic"第3位階:致死魔法回避」「"Fairy Ling"第4位階:状態異常耐性向上」「"Mirage"第2位階:攻撃回避」


次に少年が魔法名を唱えると同時に魔法石が弾け、全て街で購入出来る低位階の補助系魔法が発現、少年は赤い瞳を躍らせ一気にデュラハンの懐まで距離を詰め本体に切り掛かった。2閃3閃とナイフで斬り付けるもデュラハンの大剣で全て凌がれてしまう。

一度距離を取った少年が今度はデュラハンの馬の前脚に狙いを定め、両手のナイフでラッシュを見舞う。


「クロっ!」


「…来て、ソロモンの書序列66位 勇猛な戦士の悪魔 キマリス」


デュラハンの体勢が前屈みになった瞬間、少年が声を掛けると申し合わせた様に、少女は悪魔キマリスを呼び出すと、"黒く大きな馬に跨った騎士風の悪魔"が少女の身体にその力を分け与え、彼女は白く輝くミスリルのソードを袈裟斬りに振り抜いた。


『おおおおぉぉぉぉ!』

デュラハンの胸に斜め一閃の傷が出来ると、首が無い漆黒の騎士は咆哮をあげる。ビリビリと大気と地面が悲鳴をあげ振動し少女は足元を取られた。その隙をデュラハンが見逃す訳も無く大剣を横に薙ぎはらう。少年は背中に冷たい汗を感じる…


「低位:錬金術"Wall"土壁!クロ油断しないでっ!右に周り込んでアモンで決めろ!」


「態勢の立て直しが早いわね」


「これで終わり…来て、ソロモンの書序列7位 強欲の大罪 アモン」


少年がデュラハンの薙ぎ払いを低位錬金術"Wall"で受け止め指示を出す。土壁の後ろを擦り抜けた少女がデュラハンの右前方に躍り出て2体目の悪魔を召喚した。

淡い光を放った後に"蛇の尾に梟の頭を持つ狼"の悪魔が顕現する…


–やばいやばいやばいやばい…息が…きつい…


あまりに圧倒的な存在感、臓腑を握られた様な重圧感と悪意の奔流に呑まれ一瞬少年の足が竦んでしまう。

何気にアモンが口を開いた瞬間、まさに地獄の炎の全てがここに集まったかの様な、真っ黒い油煙をあげる毒々しいほどの赤黒い炎の奔流が30階層に解き放たれた。轟轟と炎の音が響きわたる。

迫り来る炎の濁流から紙一重で転がり逃れた少年はそれでも全身から煙をあげて悲鳴をあげた。


「熱っ!やばいやばいちょっと待ってっ!あああああああぁぁぁ」


「なにをしているの?早く退かないと今晩のおかずになってしまうよ?」


「ちょっ!本当に熱いからっ!」


「大丈夫?今ポーションを出すからちょっと待って」


–あ…少し焼き過ぎてしまったかも…でもこの様子じゃデュラハン位では跡形も残らないわね。

討伐成功を確信した少女は魅力的な口元を手の甲で隠しながら笑いながら少年に駆け寄り声を掛けた。




未だに少年は「ううぅ」と唸り声をあげている。

ややあって炎が消えた跡には、未だ冷める様子の無い、赤黒い光を放ちながら柔らかな水飴の様にドロドロに溶けた地面と、所々で燻る炎が残っていた。

目を凝らすと少し離れた場所に少し大きめの"デュラハンの魂晶"が転がっているのが見える。


「ねぇ、まだ魂晶がまだ熱そうだから少し休みましょ」


戦闘が終わり緊張感を解いた少女は、壁際に歩きながら振り向きざまに少年へ訴える。28階層から一気に降りて来た少年にも異論は無く、両手に握られた"ウンネフェルのナイフ"と"ミスリルのナイフ"を腰の鞘に戻しながら後に続いた。


「クロ、初攻略おめでとう。最後は完全にオーバーキルだったよね。アモンが出た時なんか僕一瞬足元が完全に竦んだよ」


「そうね、でもリュカは3年前に単独で初攻略したんでしょ?それに比べたら」


–確かに少年は13歳と8ヶ月でこの大迷宮を単独踏破し地元のグランツァーレ市で注目を集めていた。


「そうだね、でもあの時はほら、2ヶ月以上掛かったしね。29階層で野営をしながらデュラハンの攻撃パターンと弱点探して、16回目のアタックでやっと倒せたんだ。ははは」


「えっ!ちょっと16回目って、あなた正気?普通なら諦めるわね。笑い事じゃないわ」


はぁ…っと呆れた声でため息を吐きながら、白くしなやかな手を額に当てる。


「でも…でもね、勝てなさそうな相手のデータを集めて分析して挑む時って冒険してるって感じがして、凄く怖いけど楽しいんだよ」


「ん、それはちょっと分からないわ。でもそのお陰で怪我も無く討伐出来たし、今日はありがとう」


少し焦りった様子の少年に、少し俯きながら少女は嬉しそうな声で言うが、最後の言葉は小さ過ぎて聞こえなかったかもしれない。


「"Teleportation"低位階:瞬間移動」


–ややあって、"デュラハンの魂晶"を拾い上げた少年と少女は2週間ぶりの帰路に就くためアイテムポーチから灰色の魔法石を取り出し砕いた。

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