エピローグ

エピローグ【1】 訪れた平穏

 四日後――叡都大学。ガーデンの一角。丸テーブルを囲むその中に真斗の姿があった。

「――ああ。被害の方はうちのグループ会社のほうで処理している。それから、警察への対応もな」

 そう言うと宝條はグラスの中の冷えた緑茶を口に含んだ。磯崎との闘いで破壊されたビルの修理、そしてトラブル対応の件だ。かなりの大事であったが、宝條コンツェルンの各方面への影響力は強く、全て何事もなかったかのように処理されるとのことだった。

「それにしても、まさか磯崎がスコーピオンだったなんて」

 苦い口調で唸るように雅美が言った。手元ではビリーが笑ったままの顔をしかめ、何度も強く頷いている。

 早乙女先輩はあの日、磯崎に眠らされていたらしい。昼前に磯崎からコーヒーの差し入れがあったというから、おそらくその中に睡眠薬が仕込まれていたのだろう。真斗はそう推測した。そして目が覚めた後は真斗と怜奈を探し奔走しているところで偶然響子と遭遇。事情を聞き、真斗のピンチに駆けつけたとのことだった。

「おーい真斗ー、ってあれ? 神崎、如月も――」

 少し離れたところからよく知った声がかかる。烈だ。毎日学校では顔を合わせていたはずなのに、真斗はなんだか随分久しぶりに会った気がした。

「今日こそは付き合えよ――ってなんだか随分賑やかな……」

「真斗くんのお友達? あらぁ、近くで見るとなかなか……カワイイ顔してるわねぇ」

 近づいてきた烈を見るや、雅美は頬をわずかに赤く染める。

「う――えっ?」

 初対面の雅美の思わぬ反応に烈がたじろぐ。

「さっすが早乙女先輩。お目が高い。彼は数多の恋愛を経験してるらしくって――そんな経験から創られたっていう『真の愛の詩』、おススメですよー」

 響子が悪い顔で、にやにやしながら雅美に言う。

「あらぁ、素敵ねえ。是非アタシにも聴かせてもらいたいわぁ」

 じわり、と雅美が烈に歩み寄る。

 烈は身の危険を感じ、ざざっ、と下がる。そして――

「うっ……うわああああああぁー!!」

 踵を返し一目散に駆けだした。雅美はすぐにそれを追う。

「ああん、もう、待ってえぇぇぇん!」

 腕のスイングを利かせ、例の走りで雅美は烈を追いかけていく。今日は一段と走りにキレがある。

「早乙女先輩、今日の走り。キレっキレだなあ」

 真斗は友の無事を祈った――まあ、無駄な祈りだろうとは思いつつ。

 …………

「それで……磯崎は……?」

 怜奈が宝條のほうを向き、訊ねる。

「うちのグループの医療機関に収容している……といっても完全に外界からは隔離されているからな。むしろ幽閉していると言ったほうが正しいかもしれん。そして容体だが、肉体的な負傷の治療は順調で命に別状はない。……しかし魂のエーテルをほとんど失い、意識は不明のままだ。エーテルを吸収して目を覚ますまでは相当かかるだろうな」

 磯崎からまだ色々と聞き出したいことはあるのだが――当分は無理だろう。怜奈と真斗は息を漏らす。

「そうですか――あ、そういえば袴田は?」

 気を取り直し、真斗が話題を変える。

「袴田は四年前の磯崎の凶行を目撃して、それ以来、磯崎に命を担保に脅されていたそうだ。磯崎が倒れた今、あいつにもう俺たちを襲う動機は無い。それになにより――」

 宝條がちらり、と響子に視線を送る。

「あたしがボッコボコにしてやったしね♪ もうあたしらに盾突くどころか、近寄りもしないんじゃない?」

 そういって響子が笑う。

「活殺自在、ね。響子ちゃんが相手なら無理もないわね」

「神崎先輩ひどーい」

 怜奈の言に、響子が頬を膨らませて抗議する。怜奈と宝條が笑い、真斗も釣られて笑うが――ふと気になっていた事を思い出す。

「あっ、あの……こんな事聞くのもなんかアレなんですけど……」

「ん?」

 おずおずと真斗が言う。宝條は不思議そうに真斗を見る。

「その……宝條先輩と如月って恋人同士とか……なんですか?」

 真斗が遠慮しがちに言うと……宝條と響子は顔を見合わせ、そして笑い出した。

「……ははは。いや、響子と俺はただの従兄妹同士さ。俺の父の妹が――響子の母、というわけだ」

「あっ……そ、そうなんですか。す、すみません! なんだか下の名前で呼び合ってたんで、つい!」

 真斗は恥ずかしくなって下を向き真っ赤になった。

「そういえば響子。叔母さんは元気か?」

「んー? 日本に来たのはあたしだけだし、どうなんだろ? ま、あの人なら大丈夫っしょ」

 さり気ない宝條と響子の会話に、真斗はまた引っかかる。

「え……? それってどういう……?」

「あ、言ってなかったっけ? あたし入学前まではアメリカに居たの。そもそも両親は国際結婚だし」

「きっ……聞いてねえし! っていうかじゃあお前って……」

「ん? ああ。あたしも茜もハーフだけど。まさか髪の毛金髪なの染めてるかと思った?」

「響子ならともかく、俺はそんなことしないしな。……あ、それとこの瞳の色もカラコンではないからな。夜霧」

 真面目に付け加える宝條。いや、眼鏡してるんだしそりゃあないと思っていたが……思わずツッコみたくなるも、真斗は言葉を飲み込む。

「あたしならともかく、ってどーいう意味よ? 茜」

 響子がきっ、と宝條を睨む。宝條はすぐに視線を逸らした。

「……まあいいわ。さぁーって、と」

 手を組んで大きく伸びをすると、響子は立ち上がる。

「……? もう行くのか?」

 その様子に真斗が訊ねる。

「あたしも色々あって忙しいのよ。……茜も用が済んだらさっさと退散しなさいよ。二人の邪魔しちゃ悪いでしょ?」

「ちょっ……ちょっと響子ちゃん!?」

 がたっ、と椅子から腰を浮かせ怜奈が喚く。顔が真っ赤だ。

「あはは。さっきのお返しです♪ じゃー、ごゆっくり♪」

 響子は悪びれもせず、手を振ると去って行った。

「ふむ……響子のいう事も一理ある。俺も早いところ用件を済ますとしよう」

 真斗と怜奈は真っ赤になったまま黙って座る。

「神崎、これは返しておくぞ」

 そう言いながら宝條は怜奈の持っていた記録水晶を差し出す。

「……いいんですか?」

「当然だ。もともとそれは神崎の物だ。残る二枚は俺と、うちの研究機関で保管させてもらうが、な」

 怜奈は宝條から記録水晶を受け取り、ストラップのリングに嵌める。日の光を浴びて、円盤がきらきらと輝く。

「怜奈……」

 それを見つめる怜奈にエフが声をかける。

「もう大丈夫。これで私は先に進める。父は私の記憶に――生き続けるもの」

「……ああ。そうだな」

 エフは頷くと、静かにほほ笑む。

「それと吸収増幅機構だが、アクセスコードが無効化されていてアクセス不可能となっていた。磯崎が仕込んでいたのか――まあ、それはおいおい調べるとするさ。小早川先生の為にも、な」

 かつてホルダーとして小早川教授に師事し、教授の研究を手伝っていたこともある宝條にとって、小早川教授の研究成果の喪失は許しがたい事態なのだろう。

 真斗を見て、宝條は続ける。

「そして最後に夜霧。小早川先生が治療したという少女のことだが――」

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