第五章【7】 死闘
「怜奈先輩っ!」
真斗の右手が……怜奈の肩を掴み、空中で抱きとめる! そして真斗は屋上へ向き直り必死に左手を伸ばすが……指先は柵をかすめ空を切る。真斗の視界が――歪む。
駄目なのか――!!
――どんっ! ――どっ……。
鈍い……衝撃音。真斗は――ゆっくりと目を開ける。怜奈は――目の前にいた。ビルの屋上に力なくうつ伏せに倒れている。振り返ると、先ほど上空から真斗と怜奈が落下していた場所には、うっすらと消えかかっている大剣の影。
「ふん……」
磯崎が鼻を鳴らす。その視線の先には、地面に倒れながらも、右手を出す宝條の姿。
真斗と怜奈がビルの外へと落下する、その直前、宝條はそこに魂装具を具現して弾くことで、ビルの上へと落下の軌道を変えたのだ!
「く……なんとか……間に合ったか……しかし……」
今ので胸の傷が開いたのか、宝條に苦悶の表情が浮かぶ。
真斗は腕に力を込め、身体を起こしながら、出血でジャケットを赤くを染めた宝條と、依然倒れたまま動かない怜奈を見た。
…………
あの時と同じだ――
両親を亡くし、そして……妹に救われたあの日。
本当は……手が離れたんじゃない。澪は自ら腕を振りほどいたんだ。そのままアスファルトへ頭から落ちるはずだったオレを――かばう為に。
そして……オレだけが助かった。……澪の記憶を引き換えに差し出して。
残酷な事実。無力さに苛まれ、自身を嫌悪し、罪悪感に締め付けられ、魂は軋みをあげて哭いた。
その重圧に耐えられなかった。だからずっと、真実から目を背けてきた。
嫌だ。もう……あんな思いは。
誰も救えず、ただ守られて自分だけが残る。大切な人を目の前で失う。そんなのはもう、嫌だ――
…………
「まったく……つくづく君は私の邪魔が好きだな」
倒れる宝條の傍らに磯崎が近づき、見下ろす。左手から延びる二つの鉤爪がゆらり、と宙で狙いを定める。
「よかろう……では貴様から先に逝くがいい!」
宝條の頭と背に向かい、その凶刃が降りかかる!
――じゅばっ!
磯崎の前を漆黒の何かが通り過ぎた。やや遅れて――からんからん、と乾いた金属音が響く。磯崎は左手から伸びた鎖の先を目で追う。宝條へと振るわれた二つの鉤爪は……そこには、無い。鎖は鋭い断面を残し、切断されていた。そしてその先にあったものが地面に転がっている。
一瞬何が起こったのか、状況が理解できない磯崎。何かが飛来してきたその方向を見る。
その先には――右手で魂装具を振り抜いたままの姿勢の真斗の姿。その手に握られた刀の刀身は黒く染まっていたが……蒸発するように黒い霧が湧くと、本来の白銀色へと戻った。
「……。君の仕業か? しかし今のは――」
磯崎は何かを言おうとしたが、それを遮るように真斗はうつむき加減のまま、呟く。
「……ナナ」
「……はい。マスター」
ナナがいつになく、静かに、だが力強い声で答える。そして――
「具現せしたる我が力――」
ナナの声が響く。
真斗の心に、どこからか自然と言葉が、そして色々な想いが、感情が浮かんでくる。それは魂の――叫び。
「主たる我が魂の叫びに応え――」
真斗から虹色の光が揺らめきながら湧き上がる。
「彼の者の願い叶えんと――」
「其の戒め解き放ち――」
ナナと真斗は続ける。そして――
「――いま此処に、漆黒の怒りとなりて顕現せよ!」
ナナと真斗の口から力ある言霊が発せられる!
真斗の魂から湧き出したエーテルが手にした魂装具を包み込み、光を放つ!
そして――
手に握られるは空気をも闇色に染める漆黒の刀。刃から湧き出す黒いオーラが宵闇を飲み込み、深淵へと誘う。
「なんだと……!?」
磯崎が驚愕する。
「……ま……真斗……くん……」
意識を取り戻した怜奈が、うっすらと目を開ける。
「怜奈先輩! 良かった……」
近づくと真斗は怜奈を抱き起し、壁にもたれかかるように座らせた。相当なダメージを負っている為、まだ立ち上がることはできないようだが、S.N.Sの強化回復がある。安静にしていればなんとか大丈夫だろう。
「真斗くん……無理……しないで。あなただけでも逃げ――」
真斗はゆっくり首を振り、そしてほほ笑む。
「大丈夫です。後は、オレに任せてください。それに――約束したじゃないですか。必ず二人で小早川教授の無念を晴らすって」
「…………」
しばしの間。そして怜奈は黙って頷く。はらり、と目から一筋、熱いものが頬を伝う。
…………
「磯崎……お前だけは……許さない!」
刃の動きに合わせて闇色のオーラが軌跡を描く。磯崎を見据え、真斗は魂装具を構えた。
「ふん……いい気になりおって」
磯崎は切断された魂装具を具現させる。再び四つの鉤爪が磯崎の周囲に宿る。
「さあ――次はお前の番だ……!」
磯崎が両腕を振るう! その動きに合わせ一斉に鉤爪が真斗を取り囲むように迫る! 正面の左右から同時に二つの刃が襲いかかるが――
「はあっ!」
刀を左から右へと一閃する! 黒い軌跡を空に残しつつ、切先は左、右と二つの爪を弾き飛ばす! 真斗は刀を振り抜き、そのままに身体を右に回転させて背後へと反転する――弾かれた鉤爪はすぐに軌道を修正し真斗をえぐらんとその背へ再度迫るが――残された黒い軌跡がその場で回転、漆黒の斬撃を連続で発生させる!
――しゅばばばっ!
漆黒の斬撃が二つの鉤爪を弾き返している間に、真斗は残る二つの鉤爪へと向き直る。それは既に左斜め上と右斜め下から迫っている! 時計回りに円を描くように漆黒の刃が動き――丸い軌跡を残しながら、左の鉤爪を打ち上げ、次に右下の鉤爪を撃ち落とす!
「ぬうっ!?」
思わぬ展開に磯崎が声を上げる。円を描く黒い斬撃は鉤爪を寄せ付けることなく弾き続ける!
その間に真斗は円を描いた刃を流れるように鞘へと納め――一呼吸後に、右手を抜き放つ! 神速で放たれた居合! 磯崎目がけ、漆黒の切先から黒い閃光が疾る!
「!? くっ……!!」
磯崎はとっさに身を左に捻るが――漆黒の剣波は頬をかすめる! 刻まれた傷痕から鮮血が伝う。
「おのれっ……!」
磯崎は体制を立て直すも、ここに走り込み間合いを詰めた真斗が迫る!
「ふっ! ……はっ!」
真斗は磯崎の左脇腹を狙い、魂装具を振り上げ、逆袈裟斬りを放つ! 磯崎は身を左へと捻りこれをやり過ごすも……真斗は流れるように左から右への横薙ぎで胴への一閃を狙う!
「ぬっ……ぬううっ!!」
伸ばした魂装具の鎖を縮めながら、磯崎は後ろへ飛ぶ! 黒い軌跡が虚空を斬る。真斗はそのまま右足を踏み込むと――磯崎の喉元目がけて突きを放つ!
――ぎっ! ぎいぃん!
金属の衝突音が響く。真斗の手から真直ぐと伸びたその切先を、磯崎は手にした左右一対の鉤爪を交差させ、受け止めていた。
交差させた鉤爪を離すように振り払い、刀の切先を弾き飛ばすと磯崎が構える。
両手には一対の鉤爪、そして手首から鎖を伸ばしながら、もう一対は磯崎の両肩の上に浮かぶ。
「調子に乗りおって……!」
磯崎が動く! 右手の爪が真斗の側頭部に迫る! 真斗がこれを最小限に身を引き躱すと……すかさず磯崎は左手の爪で真斗の右首筋を狙う! 真斗は柄を上に、刀を立てて構えこれを受け止めると……左上空から降下してくる第三の爪目指し、力任せに刃を振り上げる! 磯崎を押し返しつつ、黒い閃きを描く切先は迫る鉤爪を宙で両断! 切断された爪は力なく地に落ちる――とそこに右から最後の鉤爪が真斗の腹部へと迫るも、真斗は左から右へと刀を一閃! 打ち払う!
「……かかりおったな!」
磯崎が叫び、右を向いた真斗へ迫る! 真斗の首を挟み、切断せんと両手の爪を交差させ、喉元へと一気に凶刃を振り抜く! 魂装具での防御は間に合わない!
「もらった――!」
磯崎の顔に笑みが浮かぶ。真斗は振り抜きの勢いのままに身体を右に回転しながら身を屈め――磯崎の刃が空を斬る――そのまま足払いを放つ! 足元をすくわれた磯崎の体勢が崩れる!
「なっ――!?」
磯崎の顔が歪み……回転を終えた真斗が体勢を立て直す。そして――
「おおおおおっ!」
黒く染まる刀身を右から左へと一閃する! 漆黒の軌跡を描いた刃が、磯崎の胴を薙ぎ、めり込み、そして黒い衝撃波が磯崎を貫通する!
「ごっ……! はぁぁぁっ!!」
磯崎の身体が衝撃に曲がり――宙へと舞う!
しばしの滞空。そして――勢いを失った磯崎はどさり、と地に落ちる。
「……やったか!?」
宝條が倒れ込んだまま叫ぶ。怜奈も磯崎へと視線を送る。
真斗も目を離さず、じっと倒れたままの磯崎を見る。
…………
しかし……
「ごふっ、ごはっ! くっ……くふふふふふっ……」
――! よろよろと――血を吐きながらも、磯崎は立ち上がる!
しかし、もはや足元はおぼつかない。かろうじて立ち上がったといった印象だ。
「もう終わりだ、磯崎!」
真斗が言い放つ。
「……終わり? 終わりだと……? お前は何か大切なことを忘れているな……」
磯崎はうつむきながら、低い声で言い、その口元にうっすらと不敵な笑みを浮かべる。
「何……?」
真斗は警戒する。
「忘れたか……!! 私は無限にエーテルを使える! つまりそれは、こういう事も可能だ!」
顔を上げ、磯崎が四つの鉤爪を放つ! 真斗は構えるが……
「な……何!?」
放たれた全ての鉤爪が……闇へと吸い込まれて消える! そして……真斗を取り囲むようにいくつもの闇が発生する!
「マスター! 注意してください!」
ナナが叫ぶ。それと同時、闇の一つから鉤爪が出現する! 真斗は素早く反応し、魂装具を振るい弾き返す! 黒い軌跡が次なる攻撃を弾くべく斬撃を放つが……弾かれた爪は再び闇へと消え――別の闇から現れ真斗に襲いかかる!
「っ……!!」
足元から放たれた一撃をぎりぎりのところで上体を反らし、避ける。しかし、次なる鉤爪が左上後方から、そして正面から迫る!
「うっ……うおおおっ!」
刀を振るい、正面の鉤爪を弾きつつ、身体を右に回転させ左からの一撃を躱そうとするが――わずかに間に合わず激痛が肩に走る!
「ぐ……!」
その間も次なる攻撃が繰り出され――真斗を八つ裂きにせんと四方八方から絶え間なく刃が殺到する!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
身を返し、刀を振るい、斬撃を撒き、真斗は致命傷を受けまいと必死に攻撃を凌ぎ続ける!
右下から鉤爪が迫る。右手で刃を降りおろし、これを弾きつつ漆黒の斬撃を放つが――
――ごっ!
鉤爪の再度の攻撃。鈍い音と共に斬撃が消える! 爪は勢いを失わず真斗の右のふくらはぎを穿つ!
「ぐああっ!」
斬撃の威力が……弱まってきている!?
「どうした? そろそろエーテルが不足してきたんじゃないのか? さあ、いつまで持つかな! ふははははは……!」
磯崎の笑いが響く。
「マスター! もうエーテルが……!!」
ナナが悲痛な声を上げる。
「くっ……そっ……!!」
真斗が刀で正面からの攻撃を弾いた……直後! さらにその後ろからもう一つの鉤爪が迫る!
「しまっ……!」
「――真斗くん!」
怜奈の悲鳴が響く!
――ぎぃぃぃぃぃぃん……!
…………
それは……幾度となく見た背中。思わず真斗の胸に熱いものが込み上げる。
「……ごめんね、真斗くん。大分遅くなったわ」
鉤爪を魂装具で受け止め、背を向けたまま言う。
「マサミ先輩!」
真斗より先に、怜奈の方が叫んでいた。しかしその間にも真斗の背後から二つの鉤爪が迫りくる!
――ぎゅぎぎぎぎぎぎぎっ!
「おっとと……こっちもオッケー♪」
回転させた大鎌で鉤爪を巻き取った響子が振り向き、親指を立ててウインクした。
「響子!」
今度は宝條が叫ぶ。
「ぐっ……次から次へと……貴様らぁっ……!!」
磯崎が怒りを露わにし、弾かれた二つの鉤爪を振るうが……響子が動く! 旋風の大鎌が瞬時にこれをも拘束する!
「……真斗くん。小早川教授の敵……怜奈の想い、叶えるんでしょ」
雅美が真斗に向き直る。真斗は強く頷く。
「今がその時……! さあ……いくわよ……!」
雅美の意図をくみ取り、真斗が雅美の前に出て構えを取る。雅美は魂装具を低い位置で構え、その体躯を捻る。地を踏み締め、一気に全身のバネを解放する! 運動エネルギーが雅美の身体を伝い、その腕へと集約され、巨大な槌を高速で前へと押し出す! その瞬間、真斗は飛ぶ! 左の足が雅美の槌を捉える。そして――
――ど……ごぉぉぉぉぉぉぉっ!
振り抜かれた雅美の魂装具の勢いを得、弾丸と化した真斗は磯崎へと迫る! 左手を前に、右手を引き、突きを構える! 漆黒の刃から湧き出すオーラが尾を引き、残像を残し、深淵の闇を刻みながら、突き進む!
「くっ……くふふっ!」
磯崎が声を漏らす。
「!?」
「やはり――」
磯崎は両腕を開く!
「やはり、最後の手は取っておくものだな!」
磯崎の胸元に闇が現れ――そこから一本の鉤爪が生える! そして爪は闇を渡り、磯崎へと進む真斗の背後に出現! 真斗の右腕を巻き、鎖を絡め、その勢いを殺さんと鉤爪が宙に停止する!
――ぎっぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……!!
踏ん張る鉤爪と、真斗の突進力がせめぎ合い、空気を震わせる!
「く……くっ! おおおおおおっ!」
「ぬううううううっ!」
真斗と磯崎の口から声が漏れる。
――――
…………
やがて……真斗の身体は磯崎にあと一歩の手前で――ほとんど勢いを無くし――刹那、空中に止まる。
磯崎の口が、にやりと歪む。
「これで……終わりだ……!!」
踏ん張っていた反動を活かし、上空の鉤爪が真斗の胸を目がけ降下する! 真斗の心臓を狙い、穿ち、えぐり取りにかかる!
――ず、ざんっっ……!!
…………
真斗の眼前を、紅いものが通り過ぎた。真斗の心臓を貫くはずだったそれは、紅蓮に染まる刃に貫かれ、そして火の粉を散らし、消える。それと同時、真斗の右手を拘束していた鉄鎖が、光を放つ大剣に断ち切られる。
片膝で身体を支えながら、魂装具を放った宝條と怜奈が叫ぶ!
「行けっ! 夜霧!」
「今よ! 真斗くん!」
真斗は右足に力を込め、地を強く蹴る! 負傷した足から血が噴き出す! しかし――真斗はそのまま強く全身を捻り、渾身の力で右手を前へと突き放つ!
「マスター! 行っけぇぇぇぇぇ!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ……!!」
ナナが、そして真斗が吼える!
右手に握られた漆黒の刃が闇を吐き、空を斬り、音を穿つ! そして――深淵の闇を纏う無音の衝撃波が放たれる!
「なっ……!? ぐっ……ごおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……っ!!」
闇は磯崎の胸へと突き刺さり、骨を粉砕し、血管を断裂し、螺旋状の尾を引きながらなおも進む! 磯崎の足が地から離れ、身体が宙を舞う! 衝撃のままに磯崎は吹き飛び――貯水タンクへと激突! タンクが大きくへこみ、そして止まることのない闇が――磯崎の身体を通過し、タンクを貫通する!
やがて一筋の漆黒は――夜の闇へ溶けて……消える。
磯崎は白目を剥きながら……タンクから漏れ出した水と共に、べしゃり、と落ちた。
…………
「はぁっはあっ……はあっ……!!」
真斗の刀が虹色の霧となり、消える。その場に倒れ込みそうになる真斗を……柔らかく何かが包む。
「やった……わね」
耳元で怜奈の声が聞こえた。
「……ええ」
真斗はそう言うと、わずかに笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます