第五章【6】 スコーピオン
「小早川先生の無念、今こそはらさせてもらうぞ、スコーピオン!」
宝條が地面を強く蹴り、磯崎に向かって飛ぶ。その背に虹色の霧が発生し……魂装具が具現する! 現れたのは両刃の西洋風の大剣。その全長はゆうに二メートルを超える。刀身は白銀に輝き、内周には輪郭にそって金色のラインが走る。その内側には蔦のような文様が掘りこまれており、大剣であるにも関わらず無骨さは微塵もなく、むしろ優雅さを感じさせる。
「はっ!」
宝條は磯崎目がけて右手を振るう。すると宙に出現した大剣が右手の動きに合わせ磯崎に襲いかかる! 魂装具を直接触れることなく制御している!? 真斗はその技量の高さに驚き、目を見開く。
「……ほう」
感心するように呟き、磯崎は自身目がけて振り降ろされた大剣を右手で――いや、右手に具現した魂装具で受け止める! 衝撃を受け止めた磯崎の両の足が、貯水タンクの鉄板をへこませ、身体がわずかに沈む! その間に磯崎の左に着地した宝條がすかさず次の行動へと移り――右手を左へと振り払う! これに呼応し、大剣が磯崎を両断せんと横薙ぎの軌道を描く!
「むっ――!」
これを磯崎は上体を反らしながら後方へ飛び、寸でのところで回避。そのまま貯水タンクからコンクリートの屋上へと降り立つ。
磯崎の右手に握られるのは緩やかに湾曲した一本の爪のような刃物。長さは五十センチほどだが、肉厚でずっしりとした印象を受ける。その形状は切断するというよりも、突き破り、引き裂く。そういった使い方に適しているように見えた。
「なかなかのパワー、そしてそれにも関わらず十分な剣速だ。ふむ――それを受け続けるのはさすがに骨が折れる」
磯崎が先ほどの宝條の攻撃を評し、肩をすくめてみせる。
「ならば逃げるか? お前のその魂装具のリーチでは俺の間合いの外から戦うことはできまい」
宝條が貯水タンクの上から磯崎を見下ろしながら言う。
「いや……それには及ばんよ。何故なら――」
磯崎が魂装具を宝條の顔目がけて投げ放つ! 宝條は首を少し右に傾けこれを難なく避ける――が。そのまま彼方へと消えると思われた爪は空中で急停止、再び宝條の頭めがけて舞い戻る!
「何!?」
宝條は素早く身を屈めこれを回避。磯崎を見る。
先ほどは磯崎の手に握られていた鉤爪は今はそこではなく――磯崎の右肩の上、宙に停滞している。その根元からは鎖が延び、宙にカーブを描き、そして磯崎の右手首へと続いていた。そこには小さく黒い空間――闇があり、鎖はその中へと続いている。
「これが私の魂装具だ。さすがにパワーでは劣るだろうが――どうだ? なかなかのリーチだろう?」
にやり、と笑みを浮かべ磯崎はそう言った。紅い月を映し、切れ長の目の奥で瞳が光る。その輝きはループタイにはめ込まれたカーネリアンと同じく血のような深紅――
「君のそのリーチで、どう戦うのか――さあ、見ものだな」
磯崎の魂装具が動く。緩やかに鉤爪をもたげ、標的を狙う。その姿はまさに蠍――スコーピオンだ。
――ぎゅんっ!
空を斬る音と共に鉤爪が飛ぶ。宝條が手のひらを正面にかざすと、大剣が盾のように立ちはだかり、これを弾き返す。しかし弾かれた鉤爪は怯む様子もなく――次なる刺突を放つ!
「くっ!」
爪の動きに反応し、宝條も手を返し、大剣を振るいこれを払い落とす――が、鎖で繋がれた爪は生き物のようにうねり、再び凶悪な牙を剥く!
――ごっ、ぎっぎっぎぎぎぎぎぎっ!
絶える事のない連突を宝條は腕を降り、大剣を操り、弾き続ける。今のところ宝條にダメージは無いが……これでは埒が明かない。
「ふん……なかなかに固いな」
その様子を見ながら磯崎が言った――その時。
「私たちの事を忘れてやいないかしら!」
宝條に気を取られがちだった磯崎に、距離を詰めた怜奈が魂装具を振るう! 魂装具を宝條への攻撃にまわしている磯崎は丸腰だ。怜奈の薙ぎ払いが磯崎を捕らえる――
――ぎんっ!
磯崎の左手に逆手に握られた鉤爪――それが怜奈の魂装具を受け止めていた。
「なっ……!」
「ああ……言い忘れていたが、私の魂装具は一本だけではない」
横目で怜奈を見ながら磯崎はそう言うと、左から薙ぎ払われた怜奈の魂装具を上へと受け流すように弾き……そのまま返す左手で鉤爪を怜奈の首筋目がけ振り払う! 怜奈は身を引きこれを躱すが、磯崎はそのまま鉤爪を手から離す。右手の爪と同様に手首から鎖が延び、螺旋にうねりながら下がる怜奈へと迫る!
「……くっ!」
怜奈は魂装具でこれを弾くが……万全の体勢ではない為、勢いを殺し切れない。鉤爪は時計回りにコンクリートの地面をえぐりながら怜奈を執拗に追いかけていく!
「今よ、真斗くん!」
怜奈が叫ぶ。刀を抜き放ち、真斗が走る!
「ぬっ……!」
わずかに呻き、磯崎は怜奈とは反対側――右側へと振り返る。真斗が右上からの一閃を放つが……磯崎は右手の鉤爪を素早く戻し、これを受け止める。
「ふっふっふっ……狙いはいいが、その速さでは届かん。……B評価といったところかな」
磯崎が余裕の表情で言う。その態度に真斗が顔を歪める。
「離れろ! 夜霧!」
宝條の声が響く。
真斗が磯崎から距離を取りつつ貯水タンクの上を見ると、宝條が右手を高く掲げている。そしてその上空には彼の魂装具の大剣が宙に浮いていた。
「喰らえっ!」
宝條が一気に右手を振り降ろす。すると大剣が光を帯び、巨大な矢のように磯崎へと降りかかる!
「……ふん。つまらん」
磯崎はそう呟き、大剣の着弾予想点から半歩身をずらす。
「……かかったな」
今度は宝條が呟く。そして右手を捻り、ぱちん、と指を鳴らす。瞬間、大剣が強く輝き光を広範囲に放つと――その姿が光に包まれた無数の短剣へと変貌する!
「!? なにいっ!」
初めて驚愕の声を上げた磯崎。その一帯に光の矢と化した無数の短剣が雨のように降り注ぐ!
――じじじじじじじじじじっ!
止むことのない大量の光と熱が、まるで昼間のように辺りを明るく照らし、そして周囲には何かが焼ける臭いが立ち込める!
…………
閃光に目を開けていられなかった真斗が、ゆっくりと目を開きその熱源を見る。
そこには……先刻と変わらぬ磯崎の姿があった。その両手には遠心力に振られ高速で円を描く一対の鉤爪。磯崎は己の魂装具を高速回転させることで先ほどの無数の刃を防ぎ切ったのだ!
「……くっ、くっくっくっ。なかなかの攻撃だ。評価A´だな」
磯崎は魂装具の回転を止め、その手に鉤爪を収めながら言った。
「そうか、ならば今からA評価に上げてもらおう!」
「なっ――」
先ほどの攻撃の間に、既に間合いを詰めていた宝條が右手を振り抜く! 再び大剣の姿へと戻っていた魂装具が磯崎の肩をかすめた。
「ちっ……宝條茜……貴様さえ居なければ……!」
「その言葉そっくり返すぞ! 磯崎! 貴様さえ居なければ俺の師……小早川先生は死なずに済んだ!」
矢継ぎ早に繰り刺される宝條の斬撃。再度不利な接近戦へと持ち込まれ、磯崎は憎々しげにその顔を歪めた。磯崎の魂装具の手の内がわかった今、宝條に油断はない。
「神崎! 今の内だ!」
磯崎との攻防を繰り広げながら、宝條が叫ぶ。
「わかったわ! 真斗くん。頼むわよ!」
怜奈は魂装具を構える。そして怜奈とエフの言葉が紡がれる。
「具現せしたる我が力――主たる我が魂の叫びに応え――彼の者の願い叶えんと――其の戒め解き放ち――いま此処に、紅蓮の裁きとなりて顕現せよ!」
怜奈の魂装具に紅蓮の刃が宿る!
「くっ……おのれ……!」
横目でその様子を見た磯崎が左手を振るい、魂装具を怜奈目がけて放つ! 真斗は怜奈の前に出て、左下から右上へと刀を一閃、これを弾き飛ばす!
「さあ、怜奈先輩! ここはオレに任せてください!」
真斗の言葉に怜奈は頷き――技の準備へと入る。槍が回転し、炎の輪が怜奈の正面に現れる! その間も、鉤爪はそれを妨害せんとうねり、狙いを定め、そして突きを放つ! 真斗は切先に集中し、これを刀で弾き、返し、受け流す!
「ぐぐっ……!!」
次第に炎は火力を増し、勢いを増していく。火の粉が散り、熱で空気が揺らぐ。磯崎の顔に焦りが浮かび始める。
「もう少し! 頑張って、真斗くん!」
真斗の背に怜奈の声がかけられる。真斗は集中を絶やすことなく、鉤爪の次なる一撃目がけて刀を振るう。切先が攻撃を弾く――そう思った瞬間。真斗の刀が空を斬る。
――!?
そこに浮かぶのは……闇。先ほどまでそこにあったはずの爪はその中へと吸い込まれるよう消えており、それへと繋がる鎖だけがあった。そして、怜奈の頭上に闇が生まれ――そこから消えたはずの鉤爪が出現する!
「!! しまった!」
真斗が振り向く。闇を通じ、空間を渡った鉤爪が怜奈の脳天目がけて迫る!
「くっ――!」
気づいた宝條が自身の魂装具を怜奈の頭上目がけて投げる! 光の如き速さで大剣が飛び、かろうじて怜奈と鉤爪の間に割って入り凶刃を弾く! しかし――
「おっと――よそ見はいかんな」
この隙を逃さず、磯崎が右手の魂装具を振るう! 鋭利な爪が宝條の胸へと突き立てられ、そのまま下から上へと引き裂くように走る!
「ぐっ……ごはあっ!!」
血を吐き、鮮血を宙に散らしながら――まるでスローモーションのように宝條が空へと舞う。
「宝條先輩!」
怜奈と真斗の声が響く。宝條は怜奈のほうを見据え叫ぶ。
「構うな! やれっ、神崎! チャンスだ!」
その声に怜奈は気を取り直し、視線を磯崎へと戻す。
「真斗くん!」
怜奈の合図に真斗は横へと飛び、怜奈の正面――磯崎へと続く道を空ける。
怜奈は魂装具の回転を止めると右足を下げ、身を捻り両手で右脇に深く槍を構える。眼前で渦巻く炎の端々が、紅蓮の穂先に集まるように尾を引いていく。
「……いくわよ!」
そして――怜奈は左足を軸に右足を強く踏み込む! その勢いのままに身体を左へと捻り、構えた槍が一気に正面へと突き出されていく! 右手から回転の加わった槍が延び――輪の中心を貫き、周囲の炎は渦を巻き、穂先へと集約し、それが紅蓮の衝撃波となり音速の如き速さで突き進む!
――じゅごごごごおっっ!!
迫りくる煉獄。磯崎は目を見開き、これから逃れようと身をよじるが――それは瞬きする間をも与えぬ速さで迫る!
空を焼き、大気を焦がし、地面を粉砕し、そして――灼熱の渦が磯崎を飲み込む!
「ぐっ……!! うおおおおおーっ……!!」
磯崎の断末魔が闇に響く。衝撃で爆発、炎上した炎はしばし勢いも衰えることなく燃え盛る。
…………
やったか――!?
やがて火の勢いは弱まり、立ち込める煙も風に流され薄くなっていく。そこに残るのは焼き尽くされた磯崎の姿――
「!?」
「なっ……!?」
「……!!」
――では……なかった。怜奈、真斗、宝條は愕然とする。
「くっくっくっ……」
磯崎の前には先ほどの宝條の光の短剣を凌いだときと同様、鉤爪の魂装具が回転運動をしていた。しかし……それは明らかに先ほどとは異なり……磯崎の周囲に四つの円を描いている……!
魂装具が……増えている!? 先ほどまで左右一対だった鉤爪は今や、その数を倍に、つまり片方の腕に二つの魂装具が宿っている。
「……吸収増幅機構、インストール完了だ。これで……私の魂は不滅となった……!!」
磯崎の全身からおびただしい量のエーテルがうねり、陽炎のように揺らぐ。
「くっ……間に合わなかったか……!!」
負傷しうつ伏せに倒れていた宝條が顔を上げ、歯を噛みしめる。
「くくく……無限のエーテルを得たこの力……。試させてもらうぞ」
磯崎は怜奈と真斗に視線を向ける。二人は警戒し、構える。
「はっ!」
磯崎が両手を交差するように振るう! それと同時に四本の鉤爪が一気に真斗と怜奈へと襲いかかる!
「真斗くん、後ろをお願い!」
怜奈はそう言うと、真斗の背後へと回る。背中を合わせ、二人は攻撃に備える! 真斗と怜奈を取り囲むように鉤爪が迫り、そして各々が不規則な動きで迫る! 右斜め上から迫る爪を真斗は刀を振り上げ弾き返す! ……がその隙を狙い別の鉤爪が左から脇腹を狙い突っ込んでくる!
「くっ!」
これを真斗は柄の先端――頭(かしら)と言う――の部分で受け止める! その間にも右の爪は既に空中で体勢を戻し眉間へと迫る! 柄に力を込め、左の爪を押し返し、流れるように右手を振り上げ一閃! 危ういところで致命傷の刃を弾く。
怜奈はというと、魂装具を高速回転させ迫る刃を弾き返すも……やはり真斗と同様、矢継ぎ早に繰り出される攻撃に防戦を強いられる。
「くっ……これじゃキリがないわ!」
もう何回目だろうか、再び迫る凶刃を怜奈が払い落とそうとしたとき――その刃が闇へと呑まれ、消える。同時に真斗の頭上に現れる闇、そこから刃が出現する!
「! 真斗くん! 危ない――!」
振り返った怜奈が、真斗の背を突き飛ばす! 真斗の身体は大きく飛び、地面へと倒れ込む。慌てて振り返ると――
――ざんっ……!
「う……あっ……!!」
垂直に降るその鉤爪に左脇腹をかすめるようにえぐられる怜奈の姿! その衝撃にそのまま空中で錐もみに回転し――次の瞬間、四つの刃が一斉に怜奈目がけて動く!
「怜奈先輩!」
真斗が叫ぶ。その間にも鉤爪は怜奈へと殺到し――
――ごっ! ごっ! ごごごごごごごごっ!!
四つの鉤爪が四方から順々に怜奈を斬り付け、殴り、そして落とすことなく上空へと撃ちあげていく!
「っ! !! ……!! !!」
声にもならない苦痛の呻きを上げながら、遥か高く吹き飛ばされる怜奈。そして一つの鉤爪の峰が顎を強く打ち付けると――そのまま数メートル上空で怜奈の身体に二本の鎖が巻きついていく!
「……があっ!」
鎖に身体を絞られ怜奈の口から苦悶の声が漏れる。しかし、それでは終わらない。
磯崎は巻きついた鎖の右手を引くと――そのまま振り抜き、怜奈を地面へと叩きつける!
「――あうっ!!」
怜奈の手から槍がこぼれ、金属音を立ててコンクリートの地面を転がっていく。再び磯崎は右手を高く振るい、怜奈を宙へと舞い上げると――そのまま再び振り降ろす! ……二回、三回、四回――怜奈の身体が何度も打ち付けられ、コンクリートの地面にひびが入る。
「やめろっ! やめろぉぉぉ!」
真斗が絶叫する。
やがて、怜奈はぐったりと動かなくなり……転がっていた魂装具が霧散する。
「……ふむ。そろそろ限界か?」
力なく倒れる怜奈を見ると磯崎はそう言い……右手を引き、宙へと放つ。怜奈の身体が宙へと舞い、そして――磯崎の鎖が緩む。
!! その先はビルの屋上の外。地面までは十数メートルの高さだ。死は――免れない。
「うおおっ!」
真斗は怜奈の方へと全力で走る! 屋上の端にたどり着き、落ちてくる怜奈へと手を伸ばすが……わずかに届かない! 頭から真っ逆さまに落下していく怜奈の姿。
「よせっ! 真斗!」
真斗の行動に、エフが叫ぶ。
しかし真斗は屋上の柵に足を掛け……落下してくる怜奈へ向かって強く飛ぶ!
「怜奈先輩っ!」
真斗の右手が……怜奈の肩を掴み、空中で抱きとめる! そして真斗は屋上へ向き直り必死に左手を伸ばすが……指先は柵をかすめ空を切る。真斗の視界が――歪む。
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