エピローグ【2】 U-TOPIA
薄暗いその部屋の中央には、円を描くように無機質な物体が立ち並ぶ。
どこともなく灯る人工的な青緑色の光。その薄明りを頼りにそれらをよく観察すると……物体は四本の足を持つ椅子のように見える。しかしそれらに人体の曲線に合わせた起伏は無い。実用性とはおよそ無縁そうな、ただただ全てが直線で構成された、椅子という道具を模しただけに過ぎない代物だった。
そして十二脚の椅子が向き合うその真ん中。円の中央に佇む一人の影。
全身は黒いローブにすっぽりと包まれており、頭からは顔が隠れるほどにフードを深く被っている。
顔はおろか性別、年齢すらも窺い知ることはできない。わかることといえば、フードの中央に大きく何かの紋様のようなものが金糸で刺繍されていることぐらいであった。
やがて――無機質な物体に変化が起こる。
一つ、また一つとその椅子の背もたれにあたる部分に各々異なる紋様が浮かび、灯る。
どこかで見覚えがあるようなそれは――黄道十二星座のシンボルマーク。命が宿るように虹色の輝きをぼんやりと放ち、暗闇へ浮かんでいる。
…………
しばらくの後、また新たに一つの椅子に光が宿る。それに反応するかのように――
「遅い。自分で招集しておいて遅刻とはどういうことだ。
一つの椅子が言葉を発した。それは男のもののようであるが、どこか籠ったように虚ろに響き、若いのか、老いているのかも判断に迷う声質のものだった。
「あら、そう? そんなに待たせたかしら?」
天秤座と呼ばれた椅子から声が響く。口調から推察するにおそらく女のものであろうか。
「なんだと? その言いぐさはなんだ」
「まあまあ、いいじゃありませんか。落ち着きましょうよ、ね?」
反論をしようとした男の声に、また別の声が宥めるように言う。若い男のように聞こえる。
「うむ。そんなことで時間を潰すことこそ、かえって非効率な行為だ」
また別の声が響く。初老の男性のようだ。その言葉が利いたのか、男は反論をやめ、部屋は再び静寂に包まれる。そして見計らったかのように天秤座と呼ばれた女が言う。
「もう全員揃った?」
「くはは……大体いつもお主より遅く来る者のほうが稀であろう。何人か不在の者はいるようだが……時間も押している――もうよかろう」
先ほどの初老の男の声が答える。
「あら、
天秤座とは別の椅子から女の声が響く。
その指摘の通り……蠍座の紋様が刻まれた椅子のそれは消灯したままだ。
「ああ。蠍座は来ないわよ。じゃあ――始めさせてもらうわ」
天秤座が話し始める。
「報告は二つ。まずは吸収増幅機構の回収に成功した事。それにアクセスコードは既に変更したから、我々以外の者からのアクセスも不可能」
「なんと……」
「おお……ついに」
天秤座の報告に部屋がざわめく。
「そして二つ目。
「なんだと!? 我らU-TOPIAに裏切り者が居たというのか!」
「蠍座が……! なんと愚かな……」
この報告は先ほどのものより衝撃的だったらしく、ざわめきが大きくなる。
「それで……蠍座は?」
誰か――どれかの椅子――からの問いに中央に立つフードの人物が口を開く。
「マスターの資格無しと『21』が判断。既に『21』はアンインストールされた」
淡々とした口調だが、何か人の心に直接響いてくるような魅惑的な声。それは性別を超えてあらゆる人間を魅了するような危険さを孕んでいる。
それを聞き、椅子たちは口々にしゃべり出す。
「まあ、当然の結果よね」
「しかし実に忌々しい。おかげで四年もの時間を無為にしてしまった」
「……だが、計画が成就すれば、そんなものは大した損失ではないだろう?」
「左様。むしろ吸収増幅機構を無事回収できたことを喜ぶべきであろう」
老若男女の声が響く。いや、正確には声の持ち主がそうであるのか、はっきりとはわからない。中には明らかに判別のつかないものも交じっている。
その騒ぎを静めるかのように、フードの人物が口を開く。
「豊穣なエーテルの確保、強き魂の
人物の足元の床に紋様が輝く。フードに施された刺繍と同じそれは――
「さあ、魂に
「魂に恤救を……!! 魂に恤救を……!!」
人物に続き、椅子が繰り返す。そして――しばしその言葉は暗闇で木霊を繰り返した。
…………
全ての椅子から紋様の灯りが消え――暗闇と静寂が部屋を支配する。
「ふふ……もうすぐ……もうすぐ逢える……」
闇に佇む影は独りごちる。その口元が歪み――笑みが浮かんだ。
――――
…………
「報告終了――っと」
キャンパスの敷地の一角。『21』を終了し、ポケットにスマートフォンをしまう。ベンチの背もたれに身を任せ、響子は空を見上げて呟く。
「叶えてみせる。あの子の願いは――あたしが、必ず――」
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